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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
間章 追憶の日々
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血族 ⑤

「何もかもが灰になる」


 歩く。もうここらに居る黒と銀の連中は死んだ。確実に、死んでんな。戦いだけは千里眼で見てたから激戦だったのはわかる。

 敵の軍団、八割を殺すなんて普通はねぇよ。それで負けたのは、あの道化の仕業かね。ただあの国はもうダメだろうな。此処まで兵が居なくなる羽目になったんだ終わりだろ。


「私の過去は悉く灰となる」


 死体は全部目玉が刳り貫かれてる。銀色と黒色の瞳。術式を解明するため、ってのはあるんだろうが美術品にでもするつもりかね。

 マジで困ったもんだ。


「故にこそ魔女。燃え尽きるが宿命」

「……カルペッシニスの暴龍討伐第三章『紅蓮の魔女』かぁ。終わりに聞くには少し音程が外れてるけど、悪くないねぇ」

「お。生きてたかアンタ。予想外だな、誰も生き残ってねぇと思った」


 黒の血族、次期族長グースエキウ。かなり強ぇはずだったんだが、あっけねぇな。

 栄枯必衰とは言うがよ、流石に予想外だな。いや、誰だって死ぬか。俺らみてぇな狭い血族じゃこれも道理かね。


「はは、は。そりゃねぇい。俺だって生きてるのは予想外だぜぃ。んーと、アンタ緑のイルだろ? 何度か話をしたよな?」


 息も絶え絶え。腹に槍が刺さってるのはいいが、下半身がないのは頂けねぇな。

 本当によく生きてたもんだ。それとも、これが黒の血族って事か?


「ああ、んだな。俺はちょっと銀の姫様を探しに来たんだが、アンタ知らねーか? せめて亡骸ぐらいは弔ってやりてぇんだよ」


 結局の所、ミランデルネートの姫様は俺に身体を許すことはなかったが。それでも僅かに愛着はある。

 惚れたとかそんな関係じゃねぇけど、妙に居心地が良かった。それだけの理由でしかねぇ。


「あっははは。言い訳もそこまでいけばじょーとぉじょーとぉ。んじゃ、黒の血族が究極を見せてやんよー。一度しか見られねぇので心して見ろよん」


 口から血を吐き出しながらよくここまで軽いノリでやれるもんだ。いや、こういうのは悪くねぇよ。嫌いじゃねぇ。

 もう少し長く話しておきゃよかったな。無意味な話だがよ。


「黒の固定は空間系術式。それで強制的に固定するってもんだけどもねぇ。緑にもあるんだろうけど、黒は空間の生成」


 瞼を閉じかけ、グースエキウが一点を見つめる。元々黒かった瞳が、夜以上の暗さを持つと同時に、空間が破砕する。

 少しばかり驚くね。こりゃ。


「別の空間を作り出して、そこに人間を置いておくた、確かに空間系術式にゃ、いや並の術式じゃねぇよこれ」


 破砕された空間の中から、出てきたのは浅く息をしてる銀の姫。

 これじゃあ、埋める事はできそうにねぇな。


「最高の見世物だぜ。これで一財産築けるんじゃねぇか、グースエキウさんよ」


 落ちてきたミランデルネートを抱きとめて振り向く。けれど、声はねぇ。

 すでに其処にあるのはあの面白い男じゃなくてただの骸だ。笑ってるのが、救いかねこりゃ。……もう一度ぐらいは話してみたかったんだが。


「……んじゃ、まあ、ありがとよ。アンタの瞳は貰っていくぜ。そこらの奴にくれてやるのは惜しいからな」


 片手でミランデルネートを抱えながら、片手で丁寧に黒い瞳を刳り貫いて氷術で固める。

 これを使ったから、傷の固定が出来なくなって死んだ、って所か。いい仕事したぜアンタ。だがま、安心しろよ。こいつは殺させねぇからよ。


「……ムーテ。お前は、どうだかね。大切な相手を助けられるか?」


 俺もこれから敵の軍団を抜けなきゃならねぇから人のことは言えねーけどな。


「まっ、やりますかね」



 ―――――――

 


「なんて、数だ」


 歯を食いしばる。金の血族は一対一ならどんな相手にも負けない。銀と黒が大勢居ればなおさらだ。

 千や二千の軍団なら百人も居れば返り討ちに出来る。間違いなく。

 でも、一万の軍をどうにかできるような実力はない。例え姫が従える術士五人が一騎当千の実力でも本当に一軍を相手に出来るわけじゃない。


「銀は、二十人、黒が三十人で、金が百人。これで今まで持ってる方が凄いけど」


 前線に翻る銀の髪は多分、族長。ミランデルネートさんのお父さん。黒もグースエキウのお父さんだ。

 それでも無尽蔵に居る兵は歩みを止めないで進んでいく。普通なら、恐怖で逃げる事もある。でも彼らの目はまるでどこも見ていないみたいに、欲望のままに進んでいく。

 きっと正気じゃない。何かによって恐怖を忘れたんだ。


「間に合え!」


 この状況ならきっと姫は中央だ。四方から敵が攻めてくるのを今は防げてる。でも、よく見えるこの眼は告げる。

 あと、半日は持たない。それで逃げるにしても姫には莫大な褒賞が用意されるはずだ。打開するには、山脈へ逃げ込むべきかもしれない。あそこなら最悪でも僕らの安全は確約される。

 きっと二度と外には出られないけど。それでも死ぬのに比べれば、不自由の方が良い!

 駆ける。駆け抜ける。

 囲む後方を。稀に、僕に向かい剣が振り下ろされ、それが皮膚を僅かに引き裂く。

 駆けながら最適の道順を見つけ、ついでに指揮官の頭を射抜くけど軍団は止まらない。きっと最後の一兵になっても彼らは止まらない。


「緑のか! 姫は天幕に居る! 自決する気だぞ!」


 敵の兵を潜り抜けて、ようやく味方の居る地点まで出ることが出来た。身体の一部は焼けているし、水で穴も開いた。それでもまだ生きてるし、走ることだって出来る。

 僕はまだあの方を助けられる。


「止めます! 貴方も、時間を稼いでください!」

「任せろ!」


 酷い言葉だ。死んでくださいといってるようなものだ。それでも、僕らの命は金の姫に捧げるためにある。

 違ってもいい。皆がそう思っていなくても。僕はそう信じてるから。


「姫! お怪我はありませんか!」


 天幕の中に、入った。顔を上げて、一息に問いを吐き出して。


「久しぶりですね、ヒロムテルン。貴方がここに居るという事は、緑の血族全てが裏切ったわけではないのですか。安心しました」


 ――年月は、姫の美しさを引き立てた。

 戦場だっていうのに、言葉を無くすぐらい。周りの音が止まるぐらい。

 それ程までに、姫は美しくて。悲しくなるぐらい、儚い雰囲気を纏っていた。


「ひ、め?」

「名前で呼んでください。こんな状況なのですから、それぐらいの我侭は許されるでしょう」


 どういう意味なのか、少し、わかりたくない。

 けど言われたのならそうする。


「ネルセネス姫。すぐにお逃げを。今ならまだ、間に合います。山脈へ逃げれば」

「ヒロムテルン。金は支配者です。ならばこうなった責を取らなければなりません」


 意志を決めた声に、思考が停止する。

 責任? でも、そんなものは、どこにもない。相手がこっちに攻めてきて、緑と赤と青が裏切って。それは彼らの罠であったはずなのに。


「違います。本当の悪意を見抜きなさい。血族の裏切りは、思考を誘導させられただけでしょう。彼らの攻撃は手のひらで踊るだけ。誰かが裏で糸を引かなければこうも容易く術眼血族が敗北するなど、ありえません」


 それは、希望的観測じゃないのかと少しだけ疑問に思う。だって現にこうして負けてる。確かに敵兵の動きは妙で、それに不自然を感じるけど。

 だからって何かが裏に居るのは――ダメだ。疑うな。姫が居ると言ったならきっと居る。


「ネルセネス姫。それならなおさらに逃げましょう。仇を討つために」

「いいえ。不可能でしょうね。貴方が逃げると見えるとしても私は逃げられないと考えます。一時的な逃亡は可能でしょうが、貴方は私を抱えて逃亡が出来ますか?」

「それは、いえ、ですが! 貴方が死ぬ必要はありません!」


 感情だ。僕の、感情でしかない。理性はこの人の言うことを正しいとするけど。

 それでも、一縷の奇跡に賭ければもしかすれば。


「奇跡とは、積み重ねの発芽でしかありません。そしてこの状況は聖皇国の行うであろう出来事すらも見越して仕掛けた事です。覚えておきなさい、私の愛するヒロムテルン。世の中には想像を絶する想いを持ち数百年の計画を紡ぐ者も居ます」

「そんな事よりも!」

「最後に。私は、貴方の瞳に惹かれました。強い意志を持っていると感じる貴方の瞳に。気持ちを忘れないで下さい、ヒロムテルン。そして――命じます『安全な場所まで逃げ生き延びなさい』そして私たちを滅ぼそうとした相手を、討ちなさい」


 黄金色の瞳が片方だけ輝きを増して、僕へと告げる。

 反論しようとして、出来ない。身体は勝手に動く。わかる、これが金の血族。絶対の魅了ではないけど、片鱗だって。


「姫、姫! ネルセネス姫!」


 言葉だけはどうにか、口に出せたけど。でも身体は動く。天幕を突き抜けて軍団から逃れる最善手を選び続ける。右目は適切な道を選び取って。

 そして、左目は、そこだけは姫の最後を見るために支配権を奪い返す。


 左の瞳は見続ける。姫の動きを。

 天幕の外へと歩みだし、従者の術士を連れて敵の中央を部下と共に突き進む。

 敵の大将を討ち取り、しかし雪崩のように進む兵を支配して、更にその兵を殺した者を支配して。

 最後には、自分の両目を潰し、心臓を破壊する凄絶な姿まで見続ける。




 僕は三日後に戦場へと戻る。すでに周囲に敵は居ない。残っているのは、両目のない虚の死骸と敵の兵たちの残骸だけだ。

 歩く足に力が篭らない。姫の最後の姿が頭の中で何度も繰り返される。


「姫」


 ムクランケルンとブラウブロウブランも、イルランテルトもミランデルネートも。

 あの四人がどうなったかも、わからないけど。姫は死んだ。ネルセネス姫は、僕が見てもわかるほど、希望も抱かせないほど凄絶に死んだ。


「ネルセネス姫」


 姫の亡骸はすぐに見つかった。言葉に出来ない程に破壊された姿でも、僕はこの方を綺麗だと感じる。

 でも、だから。

 あるべき物がない。自ら潰した瞳。だけど、これを奪ったのは、誰だ。


「許さない」


 許せるわけがない。何故、この死体には瞳がある。何故、歩く人々には瞳がある。何故、この方にはないのに。生きてさえ居ないと言うのに。


「許されるはずがない。全ての生物の中で最も美しいこの方にないものを、他人が持っているなんて僕が許さない」


 呟く。冷静に、呟く。考える思考はきっと普通だ。当然の事を当然のように思ってるだけだ。だから大丈夫。

 僕の行うべき事は、敵を殺す事だから。姫に言われた通りに、姫の望みのままに。僕の忠誠を示すべきだ。


「この方をこんな姿にした奴らは殺す。でも。世界よ、僕はこんな運命を作り出した世界も許さない」


 だから。


「見ていろ、いや、視る事も許さない!」


 布告だ。これは、世界への。あの方を僕から奪った世界への。


「僕はこの世の全てを、射抜く!」



 ―――――――

 


大陸暦三百四十五年

【機密文書】


報告


 数十年前より各国家で人を殺す森の死弾使いを捕縛。血族殲滅戦争の生き残りと見られる。

 情報の供給を条件に特務部隊へと編入させる事にする。

 なお。ムーディル・ラクラントスが製作した精神安定の道具がなければ精神の変調を起こすため危険度は高い。

 要人が幾人か彼により殺害されているため警戒を推奨。

 情報として坩堝に術眼血族の生き残りが存在している可能性は高い。最重要機密とするべき情報である。


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