血族 ③
「黒と金の方々が来た。私たちは六人での会議がある。お前は、姫様の眼となる誓いをしてくるといい」
父さんは忙しいみたいだ。青、赤、緑の族長で集まったり、たまに銀の族長を入れて会議をしてるみたいだ。でも何を話してるのか教えて欲しいな。
イルは頑張って覗こうとしてるみたいだけど上手くいかないみたい。
「はい、わかりました。イルは待ってて。近寄ったらつかまると思うし」
姫様の周りには金の血族が二人護衛としてついてる。だから、単純計算で実力のある術士が六人居る計算だ。
それに黒の血族は全てを固定する術式だ。それと金の血族が合わされば。違う、僕ら血族を全員合わせれば、大陸最強にだって敗北しないはず。
「はいよ。面倒くせぇな。これから忙しくなるのか?」
「多分そういう事はないと思うけど。どうなの父さん?」
「三日ほどは血族の現状や周辺国家への現状を報告しあう事になるだろう。次回からはヒロムテルンにも参加してもらう事になるが、今日は良いだろう」
次回って事は急なことがない限り来年になるのかな。これからはなら、もう少し外の人の街に行く事も多くなりそうだ。
交渉も少しずつ覚えさせられえるのかな。
「んじゃ行って来いよムーテ。俺は適当に暇つぶししてるからよ」
「うん。でも夜は宴会があると思うから早く帰ってくるんだよ」
これだと僕が年上みたいだけど。言わなくてもイルは早く帰ってくるはずだ。……宴会だとお酒入って皆の警戒が緩くなるのが理由だとは思いたくないけど。
……でも、イルはなんかミランデルネートさんとよく一緒にいるし大丈夫、かな?
「じゃあ、うん。行って来る。後でどういう人だったかは教えるからさ」
「おう。どんだけ美人なのか楽しみにしてるぜ?」
うーん。僕にそれを聞いても無駄だと思うけど。イルは人族を基準に美人を決めてるけど僕は普通に狐族として美人を決めてるし。
最近はイルの基準を見てるから少しはわかってきたけど、たかにちょっとわからない時があるんだよね。
僕らに割り当てられてる簡易家屋を出て歩く。金のお姫様がいるのは一番奥。守るにも逃げるにも簡単な場所だと思う。
「行くの、嫌だなぁ。……あ、ケルンも行くの?」
見慣れた赤髪の背中を声をかけると、振り向いた顔は凄く嫌そうな顔だった。あ、そうか。ケルンは確か前に一度会ったことがあるんだよね。
だからこんな顔になってるのかな。
「そりゃね。挨拶はしておかないと。……アンタは今日が初めてだっけ。金の集落まで緑が行くこと、滅多にないしね」
父さんがあまり行かせてくれないのもあるけど、僕は外に出る方じゃないのもあるんだと思う。
それに金の人に会ったらその場で誓約をしないといけないんだ。誰よりも何よりも金を敬うっていう誓約を。
「うん。行く機会もなかったし。ところでさ、誓約って金の力を使うわけじゃないんでしょ?」
「当たり前じゃない。回数というか、数に限度があるんだってさ。金の一族の平均が五人で、今の族長が十人。お姫様は凄い多くて十三人だって」
天才。うん、天才だ。僕は、たまにいる程度だけど。
ケルンの術力量は歴代でも三本の指に入るし。ブラウブロウブランさんの解析力は凄い早い。ミランデルネートさんの殺害は普通なら一回で三人が限度なのに七人同時に行える。
黒のグースエキウさんの固定も同時に三つが普通なのに、五箇所の固定が出来る。
代を重ねて凄くなってるのかそれとも僕らが特別なのか。わからないけど。
「へぇ。ああ、ブラウ。ネーナを連れてきてくれてありがとう。アンタもでしょ? ネーナから始まって、グースエキウさん、ブラウ、私、それでアンタよね」
血族の序列から挨拶だ。そういう序列だと緑は一番下だから仕方ないよね。
でも少しだけ楽しみなのはあるけど。
「いひひひ。その順番で間違ってねーさ。ヒロムテルンもおはよん。今日も元気ぃ?」
ブラウブロウブランさん。青の血族。青い瞳を持つ、有翼族。
しなやかな筋肉を持つ男性。将来、こんな身体つきになりたいなと少し憧れてるのは秘密。そうすれば狩りとかも楽になる、気がする。
「うん。元気だよ。相変わらずブラウさんも元気そうだね」
疲れた顔をしてるけど、体調は悪くなさそう。僕よりも十歳年上の人。多分、次期族長に就任するのは僕よりも早い。黒の人と同じぐらいの時期になると思ってる。
それはきっと間違ってない、と思う。
「そりゃ俺から元気奪ったらなぁーんにも残らないかんねぇ」
でもブラウさんは疲れた、というかやる気のない顔しか見たことがない。笑う時だけは楽しそうだけど。
この人もよくわからないな。
「そりゃね。あーあ。本当、疲れるなぁ。あ、こういう事を言ってたって言わないでよ? さすがに怒られちゃうから」
「いひひひ。そりゃ言わねーさぁ。俺だってあんまり乗り気じゃねぇしぃ。疲れるんだよなぁ姫様とのご対面は」
「ダメですよ、そういう事を言っては。私たちの女王様なんですから。疲れるのは、わかりますけど」
疲れるような性格の人なのかな。それとも、威圧感みたいなの?
お姫様だからそっちかもしれない。偉い人と会う時に疲れるのと似たようなものかな。
僕もきっと凄い疲れるのはわかる。疲れるのは、大変だもんね。
「うっし、ミラの嬢ちゃんここでおろすよん」
「ここまでありがとう。でも帰りも宜しくお願いしますね?」
そっとブラウさんがミランデルネートさんを地面に降ろす。この中で序列が一番高いのは彼女だから。
黒の人にまだ会えてないって事はもう天幕の中に居るんだと思う。
先に見える、二人の術士が立っている天幕の中。二人の術士はどこの部族でもないみたいだ。でもわかる、とても強い人たち。
僕なんかじゃきっとすぐに殺されちゃう。
「……銀の部族、次期族長。ミランデルネートです。此度は金の姫にお目通りを伺いに参りました」
恭しく膝を折る。猫の耳が垂れて尻尾も地面についた。
それを見て二人の術士は一度だけ頷いて一歩横に移動する。
「お疲れ様です」
姫の護衛。きっと、姫の所有物。だから恭しくしないといけない。何故ならこれも姫の一部だから。
僕らも頭を下げて天幕へと入ると、黒の血族が居た。
「やっ、君ら随分早いねぇ。私はもう少し遅いと思ったところだよ。そこらに座って呼ばれるのを待ってるといいんじゃない。ヒロムテルンなんか随分久しぶり」
笑顔で手を上げ出迎えたのはグースエキウさん。森人の男性。森人の癖に筋肉質の人。やっぱり、格好いい。
でも他の森人と違うのはそれだけじゃない。黒い眼に黒い髪。まるで海を渡った先の北にある武国人みたいな色。
「はい、久しぶりですグースエキウさん」
青のブラウさんと同じぐらいの年齢だ。だからきっと二人が先に族長になって僕らが続く事になる。
「中、広いんですね」
天幕の中をよく見ると仕切りがあった。空間系術式で拡張しているのか、見た目よりも内部は大きい。
僕ら全員が座れるぐらいに広いんだ。更に、仕切りが奥に一つ見える。眺めながら僕らは座る。
銀の人が上座に。僕は下座に。ここでどう座っても結局は、姫様の下なんだけど。
「まあね。姫様に狭い思いなんかさせられないのもあるしさ」
「へー、でもそれは」
「ミランデルネート、来ましたか。入りなさい」
涼やかに、けれど響く鐘のような荘厳な声。聞いただけで僕は、ううん。僕らの心臓が高鳴った。
「は、い」
いつも冷静なように見えてたミランデルネートさんが少しだけ上ずった声を出す。
先ほどまでふざけたような顔をしていたグースエキウさんも。疲れたような顔をしていたブラウさんも。不満そうな顔をしていたケルンも。
皆が皆、緊張した顔になる。
そして銀の彼女が入っていって。
しばらく待つ。銀が出た後には黒が呼ばれて。黒が出た後には青が呼ばれて。青が出た後には赤が呼ばれて。
出てきた皆はとても疲れた顔だった。緊張が解けたみたいな顔になっていた。
支配者。僕ら血族の頂点。こんな顔をするほど、凄い人なんだろうか。
「ヒロムテルン・ドランクネル。入りなさい」
呼ばれる。心構えはしていても、震えそうになる。名前を呼ばれただけで手が震えてしまうんだ。
「はい」
声は震えなかっただろうか。ちゃんとした声を出せただろうか。
唾を飲み込んで立ち上がり、更に開かれた奥に足を踏み入れると更に一つ仕切りがあった。開けてくれてたのは強そうな術士の人が二人。外と含めて四人。
更に奥がもう一度開かれて。
「よく来ました。初めまして」
美人、だとか。可憐、だとか。イルになんて説明しようか、なんて言葉が少しだけ頭をよぎる。僕はきっと説明できない。
例えるなら、初めて夜明けの太陽を見た時の感動としか言えない美しさ。だから、僕は自然と膝を付いた。
「私は金の血族、次期族長。顔をお挙げなさい」
雪のように白い手が伸ばされていた。僕はその手をじっと見つめていた。
心に染み込む声は心臓を大きく振るわせる。その言葉ですら愛おしく。その一言だけで涙が出てしまいそうで。
「緑の血族、次期族長。ヒロムテルン・ドランクネル」
きっとその時に僕は、この方に恋をした。
燃え盛るようにではないけど。永遠に消えない種火を受け付けられたような、恋。
「私の名前はネルセネス・ヴァルクレンキス」
金の姫様。ネルセネス。心の中だけで呟く。
輝くような黄金の瞳。その力は絶対の魅了。どんな相手でも視線を合わせただけで支配する術式。
でもきっと、そんな事は関係なくこの方は美しい。
「初めまして、ヒロムテルン」
「僕は、これから以後、絶対の忠誠を持ちます」
自然と言葉が漏れ出る。誓いだ。次期族長が必ず金の血族に誓う文言。
「貴女を裏切ることなく、この眼をもちあらゆる外敵を逃さず追い詰め」
けれど、今ここで口にするのは血族の習いだからじゃない。僕が心から心酔したから。
「あらゆる脅威を見据え、あらゆる害を予見し、貴女に降りかかる敵意を見極め、貴女に近づく者を見定めます。この腕、この足、この命、この瞳。全てが全て貴女ために存在し尽す事をお許し下さい」
「許します、私の瞳。愛するヒロムテルン。誓いなさい、私に」
愛。所有物としての愛。決して届くことのない隔絶した響き。それでも僕は十分だ。
「誓います。この命が尽きようとも貴女の瞳である事を。言葉の一つも裏切らない事を」
手に触れる。冷たい手で重い手。きっとこれからこの方は血族の全てを背負うんだ。
細い身体で、か細い足で。だから僕はこの人に力になる。非力な身だけど、訓練もしよう。この人のためなら何でも行おう。
「期待していますよ、ヒロムテルン」
「お任せを」
きっと僕は誓いを忘れない。この方に縛られたこの日を、二度と。
―――――――
「――無駄なのに」
思わず声に出た。嫉妬? 多分、それは違う。哀れみ。どちらかと言うとそう。
無意味なのに。あの方に恋をするのは当然だから仕方ないけど。無意味なのに。
私ですら見蕩れた。きっとネーナもそう。ブラウも、グーも。お父さんはそういう事がなかったらしいからやっぱり今の姫様が特別なんだと思う。
「言ってやんな、いひひひ。でもよぉ。ちょいとあの会話、少しだけ聞いちまったんだよ」
「趣味が悪いわね。それで、何よ?」
青毛のブラン。厭らしい人。銀髪緑のロムはこいつの事をいい人だって言ってるけど、あいつは緑の血族なのに人を見る眼がないから。
だから、私が守ってあげないと。いつか絶対騙されるもの。
「愛する、だとよ。いひひひ。俺らには良き隣人、だったって言うのにな」
「……別に深い意味はないでしょ。心の内まで見つめるような人だもの。私たちには私たちへの言葉ってだけ。そう、なんでしょ」
何でそれを私に言うのか。趣味が悪いし、意地も悪い。嫌な人。本当に、嫌な人だ。
いつも通りに黒のグーと話をしていればいいのに。何で、私にそれを言うんだ。
私は別に、アイツの事を弟としか思ってないっていうのに。そもそも種族が違うよ。だから例えそんな想いがあっても気のせい。気の迷い、なんだと思う。
「いひひひひ。そうならいい事で、嬉しい知らせだ。なぁに、しかしどうせよ。ろくな事はねぇんだ世の中はな」
誰にも聞かれてなければいいと思うのは何でだろう。答えは知りたくない。きっと知っても意味が無いことだから。
知ったとしても苦しくなるだけの事だから。
「……どうでも、いいわよ。本当、どうせ全部意味がなくなるんだから」
きっといつかは無意味だってロムも知るから。それまでは別に気にしない。
だからと言って私に来るわけじゃないのはわかってるけど。
「そうかい、そうだな。そうだといいねぇ」
本当に。それでもブラウの事は嫌いじゃないけど。仲間、なのだから。