血族
2~4日ぐらいまで居ないので更新できません。
酔いの回っている者が増えてきていた。
ヒロムテルンは冷静に彼らの声を聞く。苛立ち混じりに口論をしているムーディルとダラング。寝言を呟くルカに物思いに沈むように音を発さないイニー。
ニアスとリーゼもまたやや酔いながらリベイラと三人でどうでもいい事を話している。
皆の息遣いや心の動きすらも読み取るようにヒロムテルンは酒を口に含み、初めて酒を飲んだのはいつだったかと思い出し僅かに苦い思い出と共に飛び出る。
黄金の姫に忠誠を誓った日なのだと言う事を思い出したためだ。
そしてそれは、永遠に続くと思われた森での暮らしが終わる前兆だったのだから。
―――――――
「私は金の血族、次期族長」
雪のように白い手が伸ばされる。僕はその手をじっと見つめていた。
「顔を上げなさい」
心に染み込む声は心臓を大きく振るわせる。その言葉ですら愛おしく。その一言だけで涙が出てしまいそうで。
「緑の血族、次期族長。ヒロムテルン・ドランクネル」
きっとその時に僕は、この方に恋をした。
―――――――
「あーあ。いやだなぁ」
木の上はひんやりと気持ちよくて好きだ。自慢の銀の毛並みが月に照らされていて良く栄えると思ってる。見せるような相手は生憎と居ないけど。
「めんどうくさいなぁ」
狐の形態はとても楽だ。移動をするのも楽だし木の上に登るのも楽だ。
それにとても落ち着く。人族の姿をとるのは悪くないけど、何よりもこの姿が一番楽なんだ。毛並みに緑が混じっているのも誇らしい。
父さんと母さんの子供だっていうのがわかるから。
「どうしたんだよムーテ。んな眠そうな顔してよ」
うとうとと木漏れ日の日差しに眠りかかっていると、人の姿をした幼馴染が上から飛び出した。こいつ、イルランテルトの悪戯はよくわかる。それに眼を使ってたから知ってたし。
「眠いんだよ。それに明日行かなくちゃいけないのも面倒くさいし。いつもの集会だって言うのは知ってるけどさ」
欠伸が出る。昨日は夜番で警戒をしていたから僕の瞳は深い緑色だ。扱いが中々慣れないから、上手く切り替えが出来ない。
でも、イルは上手い。僕と同じ歳だっていうのにもう切り替えが出来てる。ただ扱いは僕ほど上手くないけど。
「へぇ。でもよ、明日の集会にゃ、金の姫さんが来るって話しだぜ。聞いてなかったのか?」
言葉に驚く。術眼血族の最上位、金の血族。その姫ともなれば術眼血族の次期女王だ。
獣の顔でも驚きが見えたんだと思う。イルは悪戯っぽく笑った。
「んでよ。どうせだ。俺も連れていってくれよ。親父さんに頼んでよ、な?」
薄い緑の眼。皆よりも血が少しだけ薄い証だ。
普通なら皆は彼を嫌う。同じ仲間である血が薄いんだって。でも、イルはどこか人の心にすっと入り込んでくる笑顔だ。だから、僕もなんとなく頷いてしまうんだ。
「しょうがないなぁ。じゃあ父さんに言ってみる。ところで何で人型なのさ。森の中を歩くの大変じゃない?」
軽く伸びをしてから立ち上がり走り出す。狂獣にも太刀打ちできる身体能力だ。僕はまだ子供の方だから、それほどでもないけど。
武器があるならともかく人型である必要はないんだよね。
「人型の方がいろいろと便利だろ? この術式を開発した俺たちの先祖は偉大だな」
見せる笑顔は明るい。人の心を惹きつける笑みだ。羨ましい。僕にもこういう何かがあればいいのにな。
「そうだね。ああ、でも森の外に出るなら僕も人型にならないといけないのか。他の皆にも会うだろうしなぁ」
森の中を駆け抜ければ、大きな木の枝に一つの家がある。
部族の長が仕事をする部屋だ。そもそもこの木はとても大きくて古い。この木があるから周囲の木が出来たようにも思える程に。
巨木を上るのに慣れている僕はあまり苦じゃないけど、初めてここを上る人は大変だと思う。子供のころは苦労したし。
「父さ……あ、族長、いいですか?」
扉を前足で三回叩く。三回は問いかけ。二回は入るという通達。それ以外はない。
人族の偉い人たちはもっと沢山あるらしいけど、僕は知らない。……イルなら知っているのかな。将来は森の外に行くって言ってたし。
「ふむ。入ってもいいぞ」
イルに頼んで扉を開けてもらう。中に入れば、人の姿をとっている父さんの顔があった。
顔には切り傷とか、火傷の痕とか。狂獣とか人族と戦った痕がある。
長剣を腰に差してるのは大人の男として当然だ。
「はい。えっと、こいつが、イルが集会に来たいって言ってるんだけどいい? あ、いいですか?」
イルも珍しく背筋を伸ばしてる。僕も、少しこわばる。
父さんは厳しくて怖いから。しばらく沈黙が続いて。父さんが頷いた。
「構わん。イルランテルトも主力になるだろうからな。才能もヒロムテルンに劣らぬ。他の部族と交友を持つことは今後のためになる。深夜には出るぞ、準備をしておけ。ヒロムテルン、お前は人型を取っておけ。七日程の旅になるはずだ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
イルと僕の声が唱和して、頭を下げて外に出る。あっさりと言うべきかな。
でもこれが緑の血族を示してるかもしれない。血族の中でも最下位。斥候役としてしか用いられないのが僕らだから。
「俺も金の姫さんに会えるのかね? 一度くれぇ口説いてみてもいいかもしれねぇな!」
「やめておきなよ。そういう事したら、流石に殺されても文句言えないよ?」
「うへぇ。俺には全世界の女を抱くって目的があるからなぁ・
「……銀のお姫様とかにもやめておきなよ? というかそういう事をするから女の人から笑われるんだよ」
でもイルは、たまに街に出て行って女の人を口説いて寝てるからわからない。そんなに簡単に口説かれちゃうものなのかな。
そういうの、本当によくわかんないや。
「本当に、殺されないように程ほどにね」
「おいおい、俺だって時と場合ぐらいは気にするんだぜ? 俺の、だけどな」
「……いつか女の人に刺されても僕知らないからね?」
溜息だけ吐いて二人は準備のために歩き出し。
それから狂獣が出る前と道中の旅で出現したけど、難なく撃破して七日を費やしてようやく今回集会のある銀の血族の集落へと到着した。
「いやー、俺もうすげぇ疲れたぜ。俺ら最後なのか?」
「んーと。……まだ黒とか金とか青の人たちが居ないから最後じゃないみたいだね。父さ、あ、いえ族長」
旅は獣型なら二日ぐらい短縮できた気がする。でも確か、そうすると人族に狂獣と間違われて危ないらしい。
人族って人型じゃない人の区別つかないのかなぁ。
「ああ。我々が遅れるわけにはいかんからな。私は銀の族長へと寝床の話し合いに行く。お前らは、先に湖へ行き汗と埃を流してこい」
「はい」
銀の人たちの集落は未踏山脈の近くにある場所だ。それも北側。巨大な湖がある場所のため水資源が豊富に使える。
いい所に住んでいるよね、銀の人たち。猫族としては住みやすいのかわからないけど。
「そういやよ、銀の血族ってどういう力なんだ? 俺らみたいな千里眼じゃねーのはわかるんだが」
銀の人が案内してくれてる前でなんで聞くかな。別に秘密じゃないからいいんだけど。
「殺害だ。君らのように遠くを見通す事は出来ないが、視界に及ぶ範囲なら一気に殺す事が出来る力だな」
銀の毛並みを持つ猫族の人が悪戯っぽい笑みを浮かべて説明をしてくれる。
いつ聞いても怖い力だと思う。見ただけで殺せるんだから。だから銀の人たちは子供の内、咄嗟の暴走を防ぐために布で眼を覆ってるらしい。
僕も昔は眼が暴走して凄い先をずっと見てる時があったからわかるけど。
「到着だ。君と、ヒロムテルン様は此処で服もついでに洗っておいてください。帰りは平気ですね?」
後半は案内をしてくれた人が他の大人の人に向けたものだ。僕とイルは、やっぱり子供に含まれるらしい。しょうがないと思うけど。
あれ。そういえば赤の血族は居たって事は。
「すみません、ケルンはもう来てるんですか? 赤の」
「え? ああ。ムクランケルン様ですか。ええ、来ていますよ。ふふ、ヒロムテルン様はまだ来ないのかとしきりに口にしておりました。仲が、良いのですか?」
「ええと、そう、なのかな? よく蹴られたりするけど、歳も近いですから」
ケルン。ムクランケルン・エイリディメータ。僕と同時期に生まれた、赤の血族の次期族長だ。性格は、ちょっと怖い。よく僕を蹴るし。
でもあの子の赤髪と、赤い瞳と、浅い緋色の角は少し綺麗だと思う。
「へぇ。お前にもそういう仲のいい女が居るのか」
案内人の人が去っていったのを見送ってから、イルに変なことを言われる。うーん、ケルンは、違うと思う。
「仲はいいけどイルの思うみたいな関係じゃないよ。それに僕もケルンも次期族長だからね」
次代の優秀な血族を作んないといけないから、他の血族と混ぜ合わせるわけにはいかないし。それに、種族も違う。
違う種族同士が子供を作れるのは知ってるけど違う種族と血族が子供を作るなんて知らないしね。
「俺はそんなの関係ねーと思うがね。まっ、違うってんなら別にいいけどよ」
イルはそれでいいと思う。責任は上に立つ人の役目。だって父さんも言ってたし。でもそういえば、僕らのご先祖様は何を思って僕らのような血族を作ったんだろう。
殺人血族は仲間を守るためとか言われてるし、継承血族は最強を目指すためだって言われてる。なら僕ら術眼血族は何を目指した血族なんだろう。
「おいムーテ、いつまで水浴びしてんだよ。そろそろ行こうぜ」
「あ、うん。待ってよ」
考えてた事を水ごと振り払う。あ、ダメだ。人型の時はこういう癖を直さないと。人族はちゃんと布で身体の水をふき取るんだし。
でも一々服とか着ないといけないから人族の姿は面倒くさいな。銀の人たちは猫族なのにいつも人型になってて凄い。
「んでよ、ムクランケルンってのは美人なのか? だったら俺が口説いちまおうかな」
「たまにイルが本当に僕と同じ歳なのか不思議に思うよ。うーん、でも美人なのかはわからないかな。ほら、毛とかないから毛並みもわからないし」
「お前よぉ、人族の価値観になんで慣れねーかなぁ。人族の美人とか覚えておいた方がいいぜー? そこらを基準にしておきゃ美人かどうかわかりやすいからな。褒められて機嫌悪くする女はいねーんだからよ」
「えー、そうかなぁ。前に髪とか綺麗だねって言ったら殴られたよ?」
角も褒めたら蹴られたし。でも鬼族の集落で育った人は角で格好いいとか可愛いとか判断するんだっけ。
ケルンはよく色々な人に褒められてるし綺麗なんだと思うけどなぁ。
「甘酸っぱいねぇ。口説くのやめておくわ。俺、無意味なことはしねー主義なんだよ」
「? よくわからないけど、やっぱりそういう所は嫌われる所だと思うよ?」
「いひひひ。いいんだよ別に。俺みてぇな男に惚れる奴がいるわけねーだろ」
よくわからないなイルの言ってることは。イルは毛並みも綺麗だし顔立ちも凛々しいから将来は格好良くなると思うんだけど。
そうなれば番だってすぐ見つかりそうな気がするのに。
「変なイ」
「……おー、俺よぉ。人が飛ぶ光景初めてみた気がするぜ」
「ロォーム!」
衝撃がして、空が見えた。気がついたらなんか地面に倒れてる。うわ、なんか、頭が揺れるというかぐらんぐらんするって言うか。
凄い痛い。
「……もしかして、ケルン?」
「そうよ! アンタ、さっきミツァルダムズさんに変なこと言ったでしょう! 私がアンタを好きなんて! そんな事! あるわけないでしょう!」
口に出して言えないけどケルン揺らさないで。本当に、まずい。腹の中、もう口から。
「ケルン、御免」
「な、なによ」
「吐く」
僕の中から今日の朝ごはんが吐き出された。
―――――――
「いやぁ、アンタ面白ぇな。鬼族の脚力で蹴ったら普通、ああなるだろ。つーか頭打った奴を揺らすなよ。普通死ぬぜ?」
「……鬼族にとってはあんなの挨拶代わりだから。それに避けられなかったロムが悪い」
「あっはっは。アンタはもう少し他の種族の弱さを知ってくれって」
うーん。正直死ぬかと思った。こんな馬鹿みたいな所で死ぬのは僕も困るし。
でも死んだ場合は誰が継ぐんだろ。まだ父さん生きてるし弟でも生むのかな。
「むー。ロム、アンタはどう思うのよ。私が悪いの?」
ケルンの宿泊している家で横になる。鬼族用の場所は他の種族の人と比べて少し大きいと思う。僕らは正直な所、木の上とか木の根でもいいわけだから当然なのかも。
「僕もあんまりああいうのはやめて欲しいな。イルは馬鹿だしダメな奴だけど今回はイルの方が正しいと思うかな」
「おいムーテそれ聞き捨てならないんだがそこら辺どうよ?」
「うー……。ご、ごめん。あんまりああいうのは、今後は気をつける」
「そう言ってくれると嬉しいかなぁ」
でもこうなったのって多分、案内人のミツァルダムズさんが原因だよね。変なこと言うからこうなったわけだし。
別にいいけど。銀の人が起こす妙な行動は慣れてるし。
「そういえば、僕まだ銀のお姫様に挨拶してないなぁ。あの人は今日元気そう?」
「え? ああネーナなら今日は元気そうだったわ。一昨日までは高熱だったんだけどね。あの子、妙に身体弱いから。天才過ぎるっていうのも考えものかな」
集落の奥を見るケルンの目は心配そうに歪められてる。
銀のお姫様。ミランデルネート・ラクソルトート。銀の血族でも稀に見る程の天才と名高い次期族長。
僕もケルンも、緑の血族の中だとイルも天才って呼ばれてるけど。銀のお姫様はそれ以上の大天才だと思う。
「へぇ。美人なのか?」
「美人よ。でも、ていうかアンタ誰なの? ロムの兄弟?」
「同じ女を使ったことはねぇなぁ。な?」
「そういう下品なの」
「私、大嫌いよ!」
ケルンが思いっきりイルを殴った。ううん、多分少しは手加減してる。本気だったらイルなんか頭が弾けてるだろうし。
「それで誰なのよこいつ」
「いっつつ。冗談の通じねぇ奴だな。俺はイルランテルトだ。ムーテの兄貴分って奴?」
「あんまり肯定したくないけど間違ってないかなぁ。でも悪友みたいなもんだよ」
悪いことに誘われて、いつも断りきれない僕が悪いんだけど。集落だとそういう所の矯正諦められてるんだよね。
父さんがイルを連れてきたのもきっと色々な人たちに合わせて自分を見直してくれるようにって事だろうし。多分そんな事しないけど。
「へぇ。いつもじゃあロムが大人しいのはアンタの反動なの? 私もネーナと仲いいけどあの子いつも大人しいもの」
そういえば確かにそうだ。血族の序列とは関係なしにケルンはミランさんと仲いいように見える。対比って奴なのかな。
「んじゃついでに挨拶しにいこうぜ。多分、俺も斥候とかで色々やることになると思うし顔合わせはしとかなきゃいけねーよ」
「あー、うん。そうだね。イルは同年代の中だと一番早くで持久力もあるんだよ。千里眼は少し扱い下手だけど」
「へぇ。人は見かけによらないって本当なんだ。なら連絡とかで会う事もあるんでしょうね。じゃあ行くわよ。あ、でもネーナは純粋な子だから変なことしないでよ? 変なことしたら私の目で圧殺するからね?」
心配性だなぁ。でも脅しは本当にやりそうで怖いから、意味はありそう。
赤の瞳は確か、術力をそのまま相手に叩きつけるものだよね。相手の術式を砕いて進むから怖いんだよなぁ。防御とか意味ないし。
「怖ぇなぁ。んじゃ頼みますよ赤の次期族長さん」
イルの軽口にケルンが少しだけムッとした顔になる。この二人は相性悪そうだな。
でも、まあいいか。イルだって多分、羽目を外したりしないだろうし。
……そう信じたいなぁ。




