――話 二人の騎士
「正直な所だがね、僕の愛しき妹よ」
「ん? 何でしょうか私の面白い兄さん」
聖騎士の二人が豪華な宿屋で話し合っていた。術式を周囲に張り巡らせ、例え襲撃が来ようとも逃げる準備だけは万端に。
すでに敵の大目的は国王らに話してはいる。それでも国王は、理由を知りたがっていたようだがそこまではいかに聖皇国と言っても知りえぬものだ。
「帝国の『斧』が死んだのは、納得が出来ないんだよね」
「でも死んだものは死んだじゃないですか。あの特務がやったのならばこちらも納得できますよ?」
かつて帝国に潜入していた時期に争った『斧』ラウベイルフ。その時は敵に地の利があったとは言え奥の手まで使わせる程の強者。
そんな相手とは言え、死ぬ時は死ぬといわれればそれまで。死ぬことが目的の一つであったのも理解はできる。
「だとしてもね。彼女がただで死ぬとは思えないんだよ僕の理解の早い妹」
「やれやれ。疑り深い兄を持つと大変です。調査はともあれ、血族相手には動かないといけませんし窓口に向かいましょうか」
溜息と共に双子の片割れ、聖騎士の一人アルネが黒い大剣を背負い立ち上がり、兄であるアクァルも黒い棺を背負い苦笑気味に立ち上がる。
向かう先は八軍。もしもがあれば、殺しても問題はないと国王から直々に言葉にされた現八軍将軍代理リーゼ・アランダムの元へと向かう。
「王国の町並みは雑然としているよね。僕はこういうの結構好きだけど、僕の聡明な妹はどう思う?」
「個人的には聖皇国みたいな整然としている方が好きですよ。商店街が中央左右に分かれているのはいいんですが、もう少しきっちりとしたいですね。そうなると城も邪魔なんですが」
王都の民が聞けばぎょっとするような事を軽い口調で言い合い二人は門番に見られる事もなく城へと入る。
もしこれで露見したとしても言い訳程度は十分に考えてあるので問題はない。そもそも聖皇国の人間を堂々と通す事は王国民の感情を考えれば行えるはずがないのだが。
「うーん。もしも王国軍に入るなら八軍がいいよね。あまり厳しくないだろうし」
「私は規律をもう少しきっちりしたいです。だからこその特務部隊だと理解はしていますが、あまり喜ばしくないですよね」
「もしもこの世が平和になった時には、というか他国に対する警戒が不要になった時には解体されるんじゃないかな」
概ね彼らの辿る道筋は処刑しかないだろう。下手に開放して暴れられては、治世に障りが出るのが容易に予想できてしまう。
「不要になったら捨てられるというのは何処の国でも変わらないよね。六連合も前円卓の老人は死んだし。王国も前国王は事故死しているし。帝国なんか派閥があるから更に面倒くさいもんね」
「聖皇国はそういう事は少ないですよ。聖皇様の気まぐれと愚かな上級神官共の腐肉喰いを除けばですが」
彼女が紡ぐ言葉にはやや疲労が混ざっている。それは汚濁に塗れた母国の上層部を思い浮かべてのものだ。
彼らに比べればまだ王国の貴族は随分とまともだ。異種族が上層部に居るという状況に少しは眉を顰める事もあるが、他のまともな者と違いこの二人はそこまで排斥しようと思わない。
「どうも。入りますよ」
「どうぞ。……毎度思うのですが、お二人はどこの所属なのですか?」
門番に声をかければ八軍砦へと入る門が開かれる。そして問いかけに答えるわけにはいかない。
「あはは。僕らは聖皇国所属の聖十三騎士だよ」
「そういう事ですので。開閉ご苦労さまです」
「はぁ」
信じていない、という以上に何を言っているのかと言う門番の顔が素直に面白かったのか通路を歩く二人は小さく笑みを浮かべた。
表に出ない部隊なので当然の事だ。普通の兵ならば知る事もなく一生を終える事になるのだから。
「相変わらずここは、変なところだよね。臭いは別にいいけど彼らの怯えてる視線が何とも言えない。聖皇国の奴隷地区じゃないんだから」
「第一特務の仕業でしょうね。先日の件で身体を失った者も多かったみたいでしょうし。私たちが一役買っているのは否定できませんけど」
欠損を治すために他人を腕を使い殺される、ならまだ生やさしいものだ。下手に生かされる時があるのを含めて考えれば殺されるのが有情であるさえ言える。
「全くだ。それじゃあこんにちは、お仕事頑張っているかなリーゼさん」
扉を叩くことなく開けば、ルカ、ヒロムテルン、ムーディル、更にはウィニスが中で警戒をしている。
他の者が殺しに来ることを警戒していたにしては過剰。ならばこの双子を警戒してのものだ。どうやって来るのを察知したのかまでは判明はできないが。
「……どうも。今回は、アンタらも動いてくれるんだよな?」
疲れた顔をしているリーゼには、僅かに覇気が見える。人の上に立つという責任が持たせるのか。それとも、最初からその資質がある者が人の上に立てるのか。
アクァルはどうでもいい事を考えつつ頷く。
「そちらも動くんだろうけどね。ただそっちと協働はしない、という事は承知して欲しいね。連携に不純物が混ざると練度が落ちてしまうだろ?」
「わかる話だ。知ってるとは思うが敵は五連盟の血族だ。可能なら生きたままの確保。そうでなくとも遺骸は返して欲しいらしい。……お前らにくれてやるつもりはないぞ」
今回、裏で糸を引いているのはおそらく道化師団。ならば血族を相手にするのも吝かではない。
骨のニアセント。人形のマルアニタ。罠のトライワル。鏡のリツァルト。最後に、拳のフェイズ。
群れられれば恐ろしい血族とは言え単体ならば聖騎士にとってそれほどの脅威にはならない。
「欲しいならこっちで独自に手に入れるかな。それに、血族は聖皇国の主義とは多少はずれるからね。とりあえず道化師団の本隊と出会ったらその場で討つ心構えだよ。……けど、流石に実力者四人に囲まれると怖いね」
「本当に。私たちみたいな若造の弱者を相手に名の知れた四人を付ける事はないじゃないですか」
年齢はリーゼとそう変わらない。だと言うのに、これ程に自信を見せられるのは歩んだ人生の差なのだろう。
神具を持ち激戦を生き抜いた彼らと、部隊長として人を率いた者の差とでも言うべきか。
「殺されなければそれでもいいが。情報は流す。あと……いや、これはいいか。何か必要な情報は?」
「ああ、それで暇つぶしなんですがね。貴方がたが前回争った帝国騎士の情報を聞きたいかな」
「……ルカ、書庫からもってきてくれ。この間の書類だ」
「ん。はーい」
元気の良い声を上げながらルカは後ろの部屋へと向かう。そして双子へと視線を向けるリーゼの顔は訝しげなものだ。
「死んでいるかの確認か? どうでもいいけど随分と口調が砕けてるな」
「敬語がいいならそうしますとも。リーゼさんなら許してくれると判断できたのもあるし、酒を飲みかわした中だからね」
「聖皇国は酒は祝祭日以外は禁止だったと思うがな。俺の勘違いか、それとも聞いた話しが間違っていたか?」
「聖皇様の私物はそこらを縛られないんだよ。それで答えると、興味だね。帝国の『斧』とは何度か殺しあった仲だから、詳細を知りたいんだ」
例えそれが納得できないものでも、何故死んだかを知れば自分の糧となる。
葬儀屋と呼ばれる意味は伊達ではなく。この年齢で聖騎士でも三番目の強さと呼ばれるにはわけがあるのだ。
「……お前らに伏せなければならない事もあるが、帝国騎士はあそこで死ぬ理由があったと思うがな。それよりもそういう事を知りたいならニアスに聞いてこい。ルカ、書類はいいからあそこに連れて行ってやれ。ヒロムテルンとムーディルもついでだ」
聖騎士の双子が覚えている限り笑顔を浮かべていたルカは、呼ばれると心底嫌そうな顔になる。
不仲があるのだとすれば付け込める材料になるなとアクァルは考え、何があったのかをアルネは思う。
その差異は役割の違いから来るものだ。実質的な戦闘を担当するアクァルと、実際的には援護や支援を行う事を得意するアルネ。そこから来る立場の違いが必然的に相手の弱みを見る視点が変わる。
「わかったー。じゃあこっちだよー」
曇り顔のルカを先頭に、ムーディルが後ろを歩きながらリーゼに毒を漏らしヒロムテルンがそれを擁護しつつ同意する。
随分と自由なものだと双子はそれぞれに思う。
「僕らの聖十三騎士も洗脳されたり生き残るには入るしかなかったりと言った者たちの集まりでよく聖皇様の文句を言ってますけど、貴方たちも似たり寄ったりですね」
「兄さん、余りそれを外で言ってはダメですよ。露見すると痛覚アリで拷問されますから」
「正直な本音を言うけど、僕らも大概だけど君らの所もかなり凄いよね」
ヒロムテルンが苦笑気味に相槌を打つ。本当だと信じているのかは問題ではないだろう。
要は互いに事情があるという事を知っただけの事だ。知ったとして同情をしたとしてもいざ戦闘になれば容赦などは存在しないが。
「けれど、王国の城に入るのは初めてだ。此処には怖い死人さんが居るからね」
「私たちの先代がちょっかいかけて、結局帰らぬ人になったんですよ。知ってましたか?」
知っていようが知っていまいが大して変わりはない。
城に存在する警護の番人とは特務も出会った事があるが、大した相手ではないのだ。実力的には。殺そうと思えば双子でも殺す事は可能だろう。
「あはは。あの人たち怖いもんねー。私とはたまに遊んでくれるよー。イニーもお世話になることあるかなぁ。何度でも殺せるから楽しくないみたいだけど」
「ルカ。あんまりそういう事は喋らないように」
ヒロムテルンの静止にルカは特に気にせずに頷く。だがその程度ならば、聖騎士である二人も掴んでいる事だ。絶対に死なない存在だと言う事は、流石に知っている。
城へと入り、突然二人の視界が閉ざされる。反応する暇もなく闇術を使われた事に聖騎士として警戒は持つが、納得はできた。
囚人たちを収監しておく場所をつかませないためなのだろう。同時に攻性術式の展開がないのが危害を加えないという証拠だろうか。
「彼にも困ったものですね。私も共にいきましょう。丁度、彼に用ありますし。ああ、お二人ともご安心を。アナレスと申します」
「……ああ。成程。本当に実力は上位という事ですか」
監査官、アナレス・スティルニス。とある森人族の次期族長だった男。そして、アクァルが過去に行った調査で判明したのは国王であるファジル、死神ムムと共に戦場に居たという事のみ。
「ええ。……そこの二人はもう帰っても宜しいですよ。どうせ乗り気でもないでしょう」
「えー。私帰りたいなー」
嫌そうなルカの声を無視して一行は進む。途中から腐肉の臭いが入り込み、更に呻き声のようなものが反響している。
地下、だと言うことだけはわかったが。
「ハルゲンニアス・ワークとの面会を希望です」
「はい」
アナレスの声に返事をする兵士の声を更に抜け、ルカだけはその場で待ち。
二人は彼の前へと現れる。
「お先に貴方がたの用事をどうぞ」
「では失礼して。お久しぶりですね。前回殺しあって以来でしょうか」
闇が払われ、目の前に飛び込んできたのは全身を鎖で繋がれ、爪を剥がされ更に鉄球を足に付けられたたニアスの姿だ。
どんな罪を犯せばこんな状態になるのかと言う疑問はあれど、わざわざそんな事を堕ちかけることはしない。
「……アァ、んだよ。聖皇国にでも引き渡されるのか?」
声から漏れる悪意は前に顔を会わせた時の比ではない。ここまで状態になっているのならば、おそらく復帰はないのだろう。
このままここで朽ちるか、それとも監獄国へと移送されるか。どちらでもニアスを引き入れようとは思わないが。
「いえ。少し聞きたいことがありまして。あの『斧』ラウベイルフと戦ったらしいですが」
名前に、ニアスの表情が嫌悪に、いや怒りに染まる。
人を食ったような女だ。ならばニアスもまた心に僅かな傷を刻まれたのだと判断したアクァルは、故に問う。
「あの人は、何故死んだかわかりますか?」
殺されたのは結果。戦いの果てに死を選ぶような女ではなかったとアクァルは思う。
生き汚く、生還を目的とし。そして、いつかは復讐を望んでいた女だと。
「……戦って死んだ以外に何かあんのかよ」
「本当にそれしか感じないなら、貴方はただの戦士でしかないと思います」
アルネは暇そうに欠伸を噛み殺し、アナレスは少しだけ楽しそうに会話を聞く。
二人の暇を潰そうとしているわけではないだろうが、ニアスは舌打ちを一度。
「どうしようもねぇから、記憶に残りたいから、派手に死んだんだろ」
「……成程。欲しい答えありませんけど、納得のいく答えです」
落胆し、アクァルはそのままアナレスの用件を耳に入れないために小部屋の外へと出てルカの隣へと立つ。
その姿に何かを思ったのだろうルカはアクァルを見上げて問いかけた。
「どうしたの? 嫌な気持ちになったの? 痛くする?」
「そういう気分ではないので。しかし理想は、理想でしかないんだなと少し悲しくなっただけですよ」
苦笑気味に、敬語で語る様子に頷きルカは興味を失ったようでぼーっとする。
兄の姿にアルネは何も言わず。アクァルもまた、妹に何も返さず。
小さく、呟く。
「彼女でも、生きる事ができないのなら。僕もまた無理なのでしょうね」
悲しげに呟かれた言葉に答える者はなく。地下室に満ちる空気のように沈殿する。
彼女の死にきっと、意味などなかったのだと言うように。




