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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      狩りの支度 ③

五千字前後になるよう心がけておるのですが、今回は少し長めになりました。

申し訳ありません。

 リーゼは剣を振るう。片手で、両手で。縦から、斜めから。

 朝焼けを浴びながら、静かにゆっくりと、勘を取り戻すように振るい続ける。

 第三壁の内側。八軍砦前。門番が二人胡乱な目でリーゼの方を見ているが、それはあえて無視をする。

 振り落とす。振り上げる。見る者が見れば即座にわかる、華のない平凡な剣線。

 並の兵とならば程よい打ち合いを出来るだろうし、勝つ事も可能だろう。

 しかしそれは素人目から見ても、強敵に勝つ事は出来ないような剣だった。本人もわかっているのだろう。よくよく見れば剣の型は守りを意識したものだ。


「朝から精が出るわね。私と変わってくれない?」


 そんな彼に近づいてきたのは、覇壁ユーファ。

 凛とした表情で、抜き身の剣の如き雰囲気で悠然と近づいてくる。目の下に僅かに隈が見えるのはご愛嬌と言ったところか。


「第五軍の政務か訓練かは知らないが、生憎と同性に異様に好かれる魅力はなくてな」


 剣を地面に突き刺して汗を拭い向き直る。

 言葉に対してユーファは少しだけ不機嫌な顔になりながらリーゼの身体を観察する。

 堅くはない、柔らかい筋肉。一撃よりも手数を重視するが故に付く筋肉だ。


「私だって好きで同性に好かれたいわけじゃないわよ。……へぇ。鍛えるのはやめてなかったんだ。それでもやっぱり、そこが限界みたいだけど。ああ、それと貴方は女性に好かれる男じゃないと思うわよ。仕事人間は嫌われ易いからね」


 まるで、どころではなく過去の行いについて詰られているのだとわからない程にリーゼの頭は鈍くはない。

 いや、彼が行った事を考えればこうしていることが望外の幸運なのだ。

 言い訳など出来ない程の裏切りを行った男へ話しかける、聖女のような女だ。その裏に謀が無いのなら。


「確かに。なら俺を好いてくれる女は、もう居ないだろうな」

「あら未練がありそうな言葉ね。そういう男も嫌われるわよ?」

「……じゃあ好かれるような男っていったいなんだよ」

「そういう事を聞くような男も嫌われるわね」

「…………俺が好かれないって素直にいってもいいんだぞ?」

「遠まわしに過去の女を落とす女なんか嫌われて当然よ?」


 どうあがいても女には、というよりリーゼはユーファには口で勝てない事を確認し終わる。

 やりたくもない確認だった。出来るなら一生知りたくないことだった。


「というかお前も早いな。まだ他の兵たちも起きてないだろ」

「ふふ。実は、今仕事が終わったばかりなのよ。ちょっと仕事が多くてね。将軍も忙しいし。結婚式の準備もあるし、色々多忙なのよ今。何でも竜種が目撃されたって噂もあるし……。二軍主導で五軍も協力する事になったからね。眠くて仕方ないわ」


 言われてみれば、と観察する。

 実際に触らないと判別は付き難いだろうが、髪はやや荒れていた。肌などは術式によって手入れはしているのだろう。それでも全体的に疲労の影が見え隠れしている。

 しかし、それ以上に聞き逃せないのは。


「……結婚、するのか」


 言っておきながら、リーゼは心臓が捕まれたような震えを感じた。同時に力が抜けて崩れ落ちたくなる感情。

 油断をすればそれらが全て表に出てしまいそうなことに、確かに未練だと自分を嘲笑したくなる。


「まさか。私じゃなくて、今の副将軍がね」


 副将軍。ユーファは第一大隊の隊長。そこまで考えて、僅かに息を吐く。


「……一応言うけど、私は貴方と縁を戻すつもりはないわよ」


 呆れたような目で見られるが、それでも。

 リーゼは、それでも安堵してしまった。未練たらしく、愚かしい、男の嫉妬。

 裏切ったのは自分だと言うのに。


「俺だって、そんな気はないさ」


 誰が見ても強がりだとわかる言葉を緩く微笑みながらユーファは受け入れた。

 おそらく、それだけは裏のない優しさだろう。


「そうよね。さて、からかって気疲れも発散したから戻って眠るかな。ああ、私と五軍の利益になりそうな事なら手伝うわよ。それじゃあね」


 ひらひらと手を振って去る姿を見送り、思わず座り込みそうになる衝動を抑える。

 昨日から人生の難易度が上がっているのは、おそらく錯覚ではないだろう。


「……あー。今日も朝から色々山積みで楽しい一日になりそうだ」


 予測だが、きっとこの先は計画通りに進むって事はない。

 いや、と否定する。計画通りに進むことなんて数え切れない程あったのだと。

 最高の作戦を考えようと、相手の気持ちを投影しようと。

 それが机上である限り、相手がそれを上回る事はある。その度に補正をして成功したように見せる。

 リーゼが己を評価するのは繕いの上手さ、それだけだ。


「精が出るな。うむ、訓練はするに越した事はない。だが大丈夫かリーゼ。怪我をしているようだが」

「怪我は絶えないし心労のせいで髪も心配な職場だよ。そういうアンタは今から仕事かアインスベ」


 剣を再び振り始めた背に次はアインスベが声をかけてきた。

 声に変調はなく、ユーファのように朝まで仕事だったわけではないのだろう。静かに振り返った所で、目を疑った。


「…………おい、誰だそっちの美人は、いや」


 淡い青色の髪は緩やかに伸ばされており絹を思わせる。浮かぶ表情は気品のある優雅な笑み。鎧を着ているアインスベにあわせているのか、それとも常駐戦陣を意識しているのか髪と同じ色の鎧を付けている。

 背から見えるのは四つの白い翼。腰に差す剣は鞘からして青い。


「初めまして、リーゼ・アランダム様。私は第五軍が副将軍トレクナル・エレヴィニウグと申します。貴方のような高名な方に存じ上げられて光栄です」


 トレクナル。五軍についての情報を、ユーファを避けていたために手に入れなかったリーゼですら知っている程に有名な名だ。人族に換算して若干二十二の際に大隊指揮官に就任。そして五年後、内乱が発生しその際に昇格。

 五軍『聖将軍』ユシナ・スティルニスの片腕となる。

 戦においては嵐の如き指揮を見せ、平時においては湖畔の水面の如き静かさで魅惑する。

 詩人は語る。


静かなる蒼騎士(エクロジウ・ドゥムン)トレクナル。彼女の剣にかかってはいかなる災禍も沈められてしまうだろう、彼女の智は波も立たせず全てを鎮める』


 指揮の腕もさるもながら、剣も術式の腕も一流。何よりもその戦いには華がある。

 万人を魅惑するような華が。

 余談だが、リーゼも詩人により謳われている。


『墓碑職人リーゼ。彼の勇は千を鼓舞し、彼の智は万を活かす。人々の名を刻む英雄は誰を前にしようと逃げる事はない』


 トレクナルへの賛美が百万言を突き詰めたものならば、リーゼの賛美はない物を無理やり誇張したようなものだ。

 リーゼは送られた言葉をそのように評した。それもまた、余談なのだが。


「いえ。風化した職人の名など意味はないでしょう、蒼騎士殿。私よりも高名な方に褒められては頭が上がりません」


 アインスベに対するものとは違い、姿勢を正して敬礼を返す。

 何と言われようとリーゼの階級は数人を率いる部隊長。トレクナルは場合によっては軍を率いる事もあるだろうし、常に手勢の百人は抱えている。


「ご謙遜も過ぎれば毒となります。貴方の戦術、そして戦略。保存された一部を読みましたが、素晴らしい。綿密で精密な策を立てた事もさることながら、達成させる指揮官としての手腕。貴方ならばそれこそ将軍の地位すらも不可能ではないでしょう」

「そこまでの評価は過分に過ぎる。ですが、半分程は受け取らせて頂きます」

「ふふ。謙虚なのですね。いいでしょう、今日はそういう事としておきます」


 慈愛を伺わせる笑みで言う彼女に苦笑だけを返し、リーゼは説明を求めるようにアインスベを見た。

 いや、リーゼも理解はしている。先ほどのユーファとの話から繋げて理解は出来る。

 二人の雰囲気を見れば、一目瞭然な。

 人目が少ないとは言え、下手をすれば胸焼けをし兼ねない。何故なら年甲斐もなく手を繋いでいるのだ。


「ああ、うむ。……言おうと思っていたのだが、気恥ずかしくてな。この歳でなんだと笑うだろうが」

「いいえ、何を言っているのです。まだ、お若いでしょうに」

「式を挙げるのか」

 人族に換算しておよそ二十代後半程度のトレクナルと、もう六十近いアインスベ。

 なんとなく信じたくない言葉を投げかけると、年甲斐もなく赤面する男の姿があった。

 控えめに言って、気持ち悪い顔だった。


「うむ。私のような老人とでは、やはり合わぬように見えるであろう。申し訳なく思うが」

「何を言っているのですか。釣り合いなど、私が合わない程です。貴方の武勇、智謀。兵たちを惹き付ける魅力。貴方ならば私などよりも良い方がいらっしゃるでしょう。このような無骨者で、本当に宜しいのですか?」

「何を言っているのだ。お主の笑み、仕草、その瞳。才能を持ちながら努力を怠らぬ姿勢。それら全てが愛おしい。それにだな、誰に申し訳なく思おうが他の男にお前を渡したくはない」

「アインスベ殿……」

「トレクナル……」


 空が綺麗だ。飛んでいる鳥はやけに大きいが狂獣の類だろうか。

 透き通るような青空は快晴を知らせ、おそらく今晩は程よい月が見られるのだろう。

 少しばかり現実から目を逸らし、リーゼはもう一度直視する。

 愛を語り合う男と女の姿があった。やはり、旧友だった。

 頼もしく思えた男ではなく、一人の気持ちが悪い男の姿があった。


「…………人は、変われば変わるもんだなぁ……」


 ぼそりと呟き、再度現実から逃げる。何が悲しくて他人がいちゃついてる光景を見ていなければならないと言うのか。

 どうこの場から離れるか思案しているリーゼの後ろから、一つの光明が差し込む。


「あ、リっちゃんいたいたー。あははは、今日は早いんだねー」


 扉がいきなり開いて両側に居た門番が潰された。いや、生きてはいるだろう。

 中から弾むような足取りで現れたのはルカ。日は護衛の役割からか、それとも趣味なのか、はたまた襲ってくる敵を油断させるためなのか。

 意図はわからないが、貴族令嬢のお忍びかのような可憐な姿をしている。

 思わずリーゼが噴出しそうになる程度には似合っていた。


「む? 誰だ、リーゼ」

「……中々、できる方のようですが……?」


 実力は二人からも見て取れた、のかもしれない。無造作に見えて隙のない歩み。閂を壊してドアを開いた腕力。見る者が見ればわかる、滲み出る狂気。

 先ほどまでの甘い空気が霧散する程に、二人は警戒している。


「あ、ああ。こいつは」

「私はリっちゃんのせー奴隷だよ! あ、人の前じゃご主人様って呼ばないとダメなんだよね。ごめんなさいご主人様」


 噴出した。台詞を理解するまでもなく咳き込む。

 そして、内心だけで叫ぶ。


 何言ってんだこのガキ!?


「いや、違う! 誤解だ! 待て、そんな目で見るな! 違うんだ、信じてくれ! そこの門番も何か……気絶してんなぁ!」


 二人の表情は絶対零度。時が止まったかのように笑みの形で固まっている。

 瞬間的にリーゼは思う。これは不味い。危ない。社会的に危険だ。

 かつてない程に、内乱時ですらここまで動かした事はないだろうと思う程に頭を動かし更なる言い訳、もとい真実の是正を行おうと口を開きかけ、アインスベの手が前に出される。


「何も言うな、リーゼ。大丈夫だ、安心しろ。わかっておる」


 にこりと何もかもを受け入れる、包容力のある笑みでアインスベは言葉を紡いだ。顔は若干ながら引き攣っているが。


「ああ、大丈夫だ。我が友が、いかに外道と言われかねない趣味を持とうと、我らの友情は変わらない」

「何で受け入れようとしてんだよ! ならちょっと一歩引くな! やめてくれ!」

「ご安心下さい、リーゼ・エロンダムさん。貴方が『童子職人』という二つ名に変化した事。墓の下まで持っていきます」

「トレクナル副将軍もちょっと物分りよすぎでしょう!? 俺の名前は当たらぬ予測(アランダム)です! 大帝国語の相沿わぬ愛欲(エロンダム)と似てますが全然違うでしょう!」


 必死で弁解をするリーゼ。背中から溢れんばかりの汗をかきながら行う必死の言い訳、もとい自己弁護は、しかし芳しい結果を見せない。

 ばかりか、彼の後ろで笑っている鬼は更なる強烈な一撃を繰り出した。


「ご主人様、酷いよ」


 声に、リーゼの背筋が、震える。

 ここが分水嶺。もしもここで更なる一手を貰えば、それは――敗北だ。


「ルカだま――」

「昨日はあんなに気持ちよくしてくれたのに……。『これで何をされたいんだ? そんな物欲しそうな顔をしてもやらないぞ。明日になったらだ』って言ってたから、今日は楽しみにしてたのに……ッ」


 アイルカウ渾身の演技だった。どことなく淫靡と言えなくもない声色と表情だった。

 確実に少女ではなく女だ、そう風に感じさせる迫真の演技であり、色香が漂う表情だ。目尻に光る涙も切なげな声も何もかも、舞台に立てばおそらくこれで食っていけるだろう。


「てめぇ!?」


 思わず口調が崩れる。数年間、ここまで口調が崩れた事なんてないのが誇りだったと言うのに。小さい誇りだが、自信があった誇りはいともあっけなくくだらないところで破壊された。

 言葉を実際に言ったのは確かだ。護衛を頼んだ時に剣を持たされ、切り付けてと頼まれたので、護衛の際に敵が来たら好きなだけ突撃しろと言う意味で言った言葉だった。


「ち、違う。違うんだ、信じてくれアインスベ、トレクナル副将軍……ッ」


 ここまで来たら自己弁護なんてものに意味はない。必死の形相で、真実を訴えかける。

 しかし、ここまで来てしまうとそんなものは無意味。行う事が全て空回りする。


「何も言うな、リーゼ。大丈夫だ。私は何も見なかった。そうであろう」

「ええ。その通りです。……人は、変わってしまうのですね。良くも、悪くも。それでは私たちはこれで……。買い物があるので」


 つまり手遅れだった。

 色々と、大事な物を失ってしまった瞬間だった。幸いなのはユーファがこの場に居ない事だろうか。


「……そうですか……。何を、買いに?」


 項垂れたまま、地に膝をついたまま問いかける。

 トレクナルは頑なにリーゼを見ないようにしていた。そこが更に心を折るのだが、そんな事はどうでもいい。


「ええ。これを部下から貰いまして。お祝いですね。ですが心ばかりのお返しをと思いそれを買いに行く所です。それでは」


 顔を上げてみれば、確かに彼女の耳にはイヤリングが付いていた。それはかつてリーゼがユーファへ送った品。

 それで、理解した。ユーファが何故付けていなかったのかを。それがどういう意味を持つのかを。


「そうですか……。いい物が見つかるといいですね」

「はい。……その、貴方も」

「……良い一日を、な。だが朝から励むのはやめておけ。路地裏などでその場面に遭遇したくはないぞ」

「だからそれは違う!」


 膝を土につけて、二人の背が見えなくなるまで見送りこうなった元凶を睨みつける。

 当の本人は楽しそうな顔で何かを期待しているようにしているが、ここで思い通りになるのも癪なのであえて無視をする。


「あのな。俺はあんな事をされても、お前を叩かないぞ?」


 内心では思いっきりぶん殴りたい気持ちで一杯だ。しかしそれで調子付かせてまた同じ事をやったら、次は折れた心が元に戻る気がしない。

 いや、確実に折れて粉々になるだろう。


「えー。リっちゃんのいじわるー。えへへ、でもあの二人って誰?」

「知らないのか。女の方は静かなる蒼騎士トレクナル。それで、男の方は指揮官としての通称は海流のアインスベだな」


 どちらも指揮官としては一流だ。万を率いるのは難しいにしても、千ぐらいならば楽に動かせるぐらいの手並みはある。


「あ、知ってるよ。トレちゃんはユシナお姉ちゃんの部下だよね。アインちゃんは、知らないかなぁ。海流ってどんな意味なのー?」


 口ぶりに少しばかり驚く。聖将軍ユシナを知っている口ぶりだ。

 いや、それよりもトレクナルを知っていてアインスベを知らない事にも驚く。


「聖将軍と知り合い、ってのは確かに陛下の部隊だったなら納得だが。知らないか? アインスベ。穏やかと見れば激しくなり、激しいと見るや穏やかに、どちらかと身構えれば波の一つも立たせない。防戦の巧みさは俺も見習ったぐらいだ」


 指揮の性質上、得意するのは防戦と持久戦。時間稼ぎに徹されるととてつもなくやり難い相手。模擬戦では苦戦したものだ。

 懐かしげな表情で思い返しながら彼への賛辞を紡ぐ。


「へー。あ、指揮官って事は別のもあるの?」

「いい所に気づくな。騎士としての通称は鬼雷人。鬼族よりもなお強しってな。二、三十人ぐらいの兵を相手にしても余裕だろうよ」


 鍛え抜かれた肉体による膂力は鬼族に匹敵し、その剣捌きは砦内で右に並ぶ者は居なかった。更に雷術と水術の扱い方は頭一つ抜けている。

 実力的には軍内部でも上位だろう。


「私よりも強いかな?」


 鬼族の性質、というものだ。種族としての鬼族は強さを求める。貪欲に求めすぎて大抵はすぐに死んでいく。だと言うのに、鬼族は常に強者との戦いを望んでいる節がある。

 ベルグ然り、ここに居るルカ然り。

 下手な事を言えば今からでも突っ込んでいきそうなルカの頭を撫でるように叩く。


「さてな。それで準備は終わってるみたいだが、俺の準備は終わってないぞ」

「本当だー。あ、違うよ! ランちゃんとムーちゃんが準備終わってるってさ」


 なるほど、と頷く。

 確かに二人に対しても依頼はしていたが、まさかこんな早く終わるとは思わなかった。

 昨日の交渉と言う名の戦争は記憶に新しい。同時にこれから先の事を考えると記憶の底に埋没させておきたい記憶だ。それと言うのも、言葉による話し合いのはずだったのだが何故か途中で相手の術式をどこまで先読みで避けられるかと言うものになっていたからだ。

 おかげで昨日だけで三度も医務室へと転がりこむ羽目になった。流石のリベイラも苦笑いを隠せない頻度だ。


「ゲンちゃんはどっか行ったまま帰ってこないよー。だからリっちゃん! ご飯食べにいこうよー。私お腹すいたー。朝ご飯食べてないよ!」


 先ほどまでの演技はどこへやら。子供らしい雰囲気に戻り喚く声に耳を塞ぎ軽く手を振る。

 朝飯を食べてないのはリーゼも同じなので、そこには同意を示す。


「ああ。じゃあ着替えてくるから少し待っててくれ。くれぐれも、誰かに殴りかかったりするなよ? いいな? やったら、軽く叩く事もしないぞ?」

「えー。んー、わかったぁ。でも絶対に後で刺してねー?」


 物騒な言葉だがこれで頷けばおそらく、後で絶対に刺さなければならないだろう。だが頷かないのならば自由に行動して朝から他軍の者とぶつかる可能性がある。

 これからの事を考えるなら頷けばいい。しかし、それをすると人としてやってはいけない一線を越えるのは確実だ。悩み、悩むが、しかし。


「……無事に帰ってこれたらな。その時はやるが、襲撃でもあったらそれで我慢してくれよ」

「うんいいよ!」


 来ないなら来ない方がいいのだが、そうなると刺す事になってしまう。

 なんとも言えない心境になりながらリーゼは砦内へ戻る。閂は見事に二つに折れているが、どういう力ならばここまでになるのだろうか。

 門番を揺り起こし、内部で殺しに来た一人を数分の戦闘を行い逃亡。

 正直な話、八軍の兵は強い。連携に関して言えば軍かと思う程に拙いが、その分地力に関し言えば他軍よりも上だろう。加えて場所が悪い。

 砦内ではリーゼが戦闘で唯一扱える土術がほぼ使えない。袋に常備している砂で目くらましをするのが精々だ。

 他の自然操作も低位以下までならば扱えるが、所詮はその程度。攻撃には使えない。

 とは言え、使い道など幾らでも存在するが。

 部屋に着き水術で軽く汗を洗い流し、服を選び始める。だが、選ぶまでもなく三着しかない上に、遊びではないのだ。


「というか、何でここまで頻繁に襲撃されなきゃならないんだっての……。服は軍服でいいか、と」


 目的を考えればこれが最適だろうと通常の軍服を選び、着る前に薄い鎖帷子を付ける。

 単純な鉄製とは言えある程度は防備にはなるだろう。

 剣も腰に下げ、準備を終わらせて外へと出る。そしてまた絡まれたので光術で目くらましをして外へと逃げる。

 門は開いたままだが、他の隊員は勝手に外へは出ない。出たら問答無用で殺される、と規則で決まっているからだろう。悔しそうにリーゼを見る男の視線から逃げ、後ろから放たれた炎術を避けて、ようやくリーゼは一息吐くことが出来た。


口で勝てない …… 勝ったら負けな場合が多い


詩人 …… 大陸でも数える程しか居ない。重要ではないし出てくることもない。


惚気る二人 …… 目の前でやられると少しイラッとくる。嫉妬ではない。


奴隷 …… 居るけどちゃんとした法律に守られている。お高いです。


相沿わぬ愛欲 …… 直訳した場合。きちんと訳すと異常性癖みたいな訳になる。

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