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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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19話 四つの死

 どうするべきか。そんなことは、すでに決まっている。

 王国軍に属する者ならば選択肢は一つしかない。けれど、それは絶対的に間違っていた。

 一人の人として。子供を殺すという選択は、決して正しいものではない。


「リーゼ、さん?」


 リュミールが青白い顔を無理に上げて、リーゼの顔を見る。

 彼の顔に浮かぶのは葛藤。同時に、憐憫。

 まるで帝国騎士らが浮かべていたような、犠牲者へ向ける感情。


「私を、殺す、んですか?」


 怯え震える姿は同情を誘うのに値するものだ。それでも、そうなるであろう未来を問う姿は敬意を払うのに十分過ぎた。

 それとも、わからないからこそ問いかけるのか。


「――」


 リーゼは答えられない。その口から残酷な真実を口にする勇気を持てないわけではない。

 冷静に、頭の中で冷静に計算すれば誰でもわかる。例え子供だろうと暴れられては厄介なのだと。


「そう、なんです、か?」


 紡がれない言葉はそれだけで真実である事を強く示す。動けないのは恐怖からであり、今もその身を襲う苦痛からであり、前にリーゼが立っているから。

 もしも恐怖を無視する心があれば走れただろう。苦痛がなければ、そもそもこんな事態にはならなかったはずだ。前にいたのが双子やニアス、リベイラならば泣きついたかもしれない。


「安心しろ」


 彼女のそんな顔を見て、リーゼは微笑む。その顔に迷いはない。すでに決意を固めた者の顔なのだとリュミールにはわかった。

 騎士らが死ぬ寸前に浮かべていたものだと知っているから。ニアスらが彼女を守ろうとした時に浮かべていたものだと知っているから。

 だから。

 リーゼが何を覚悟したのかも、悟ることが出来たのだろう。



 ―――――――



 ダラングは復讐者であるヲルトルの動きに不自然なものを感じる。

 絶対的に攻撃が通らないと知りながらも、未だ諦めず術式を放ち、獣たちの援護に向かわないことに。

 確実に壁は破壊しそちらへ向かうと思ったから、こうして術式陣を刻んだ短剣を浮かばせたのだ。おそらくは城砦を落とすのと同じ程に労力を要す短剣を。


「どう打ち破るのか教えてくれないかしら? 研究者としては自然に気になるのだけれど。それともあの子が獣を打破すると思っているの? だとすればあの子を軽く見すぎだと思うけれど」


 光術で術式を隠し、炎術を放つ。それに気づくのは展開している風術のためだろう。

 おそらくそれが突破口なのだとダラングは考える。風術ならばこの絶対防御を抜けてダラングへと直接攻撃が可能だろう。

 しかし、すでに警戒されている手に何の意味があるだろうか。同じ風術による相殺を行われ、更に追撃を与えられているヲルトルの現状は只管に不可解だった。

 復讐に我を忘れているのならば問題はない。だが異様な輝きを放つ瞳は、避けるその動きは、確かに冷静であるという事をダラングへと突きつけている。

 余りにも不可解な動き。いっそ仕留めたいのだが、相手の実力がそれを許さない。


「統計的に、余り喋らない男は喋る男よりも好かれないらしいわよ。彼女は、どうやら割合の低い方だったのかしらね」

「お前があいつを、語るな……! 売女が!」


 軽い挑発は予想以上の効果を持つ。風が吹き荒れ、死の竜巻となり周囲の暴風から派生する。

 巻き込まれた水は結合し槍となり、触れれば刻まれる死の嵐となった。

 しかし。


「効かないわよ。自然にその程度でどうにかなると思わないでしょうけれど」


 風は後方より吹き荒れる風と炎の嵐と衝突し、煙も残さず消えうせる。かつてより研究していた術式。暴走状態のままに保存してあった三百以上の術式は残り二百五十。空間を開くのみで放出されるそれは効率の良い方法だ。


「さて。ルカの方はどうなっているのか、いえ。あとどれくらいで殺すのか自然に気になる所だけれど」


 壁の向こうを見るが、未だに戦闘の音は聞こえている。それに溜息を吐き、離れた場所から術式を展開するヲルトルを見る。

 おそらく、次に近寄ってきた時が彼の最後なのだと考えて。



 ―――――――



「あはは。獣さんたちー。早く諦めようよー? 私ね、騎士の隊長さんともう一回遊びたいんだよー」


 距離は近づく。僅かに注意力が散漫になってきた獣にじりじりとルカは近づいていく。

 獣の猛攻は圧巻の一言だ。四方から吹き荒れるのは炎の嵐。そして前方より這い寄るのは氷の靄。

 触れれば即死、とは言わずとも片腕ぐらいは犠牲にする必要が存在する。それを前にしてもルカは揺るがない。動揺もしない姿に獣は僅かばかり怯んでいるようですらある。

 当然だ。

 今までヲルトルと共に相手をしてきたのは、人の枠内納まる者が多かった。それと飛び越した存在も中には居たが、決してこの状況で前へと進みはしない。

 なまじ知性があるからこそ獣は怯む。理解できない存在を前にして。まさか、苦痛を快楽にする存在が居るなどと夢にも思わなかった事だろう。


「しつこいのは私、嫌いだよー?」


 更に一歩、ルカは踏み込む。互いの距離は残り五歩。これ以上を術式で攻めたとしても時間を稼げるだけで死が待つと獣たちは理解する。

 したために、最後に術式を展開し、足を踏み出す。

 三つの頭はそれぞれが必殺の牙だ。真ん中の頭が指示を下し左右の頭がそれに従う。狂獣。それも、とある森の主として生きてきた狂獣の仔。

 その才覚は野生として生きていても王者として君臨できた器なのだろう。

 だから、ここが機なのだと本能で理解した獣は、二つの頭の牙をルカに向けた。更に、炎術を消すと同時に後方へと空間系術式を展開。

 後ろへ下がることを防ぐ。鳥が鳴けば空から雷が落ちる。更に左右へと逃れる道をふさぐ。

 ただの獣と侮れば侮れ。我らの知性は人を凌駕する。

 そう示さんばかりの攻勢に。

 ルカは、笑う。

 その時に浮かんだ感情を人ならば恐怖と呼ぶ。だが獣はその言葉を知らない。

 苦痛に対しては怒りを覚え、勝てない相手には本能が警鐘を鳴らす。

 ルカに対してその鐘は響かない。殺せる相手だと判断しているのだから。しかし本能とは別の場所は叫ぶ。あの鬼族は危険なのだと。

 獣は知らない。未知の領域に存在する鬼子のことなど。獣は知らない。心が砕けた生物の存在など。

 二つの頭が牙を開く。知らずに浮かんだ恐怖を振り払うため。

 牙はルカの両腕を捕らえる。深く食い込む牙は獲物を逃さない。しかし、雨の降る光術が輝く空に、影が差した。

 中央の獣だけが気づく。最後の一撃をルカの顔へと振るおうとして。

 考えれば当然だ。ルカに近接を挑むのが間違っていたのだから。それを気づけないのは、だからこそ獣だったのだろう。

 だからこそ、狂獣は討伐されるのだ。


「まず頭をひっとつー」


 振り落とされた足が、中央の頭を叩き潰す。衝撃でルカの腕が二つとも噛み千切られ鮮血が、流れない。

 一滴の血もないのはこれを予測し腕と身体に止血の術式を展開させたのだろう。その理由は、獣ではなく先に居るラウベイルフとの戦いを見据えてのもの。


「でも腕がないから二つは壊せないなー」


 振り落とした足は振り上げられ、獣の顔が上空へと舞い上がる。

 何が起きたのか獣は理解できない。それでも、理解できずとも獣は後方へと下がる。下がろうと、焦る。

 ルカの策とも呼べない罠は三段構えだ。噛み殺せると確信させる一段目。そして腕を犠牲に頭の内二つを潰す二段目。最後に、相手に引いた方が良いと判断させる三段目。


「まだ鳥も居るからちょっと大変だけど、でも両手足が無くなっちゃうと動くの大変なのになぁ」


 引こうがもう獣はおしまいだ。ここまで長引いた要因は距離を取っての術式戦だからこそ。一度範囲内にまで相手を釣ってしまえばどう料理するかの問題となる。

 ルカならば。ニアスやイニーではそもそも近距離まで接近された時点でお終いとなっていただろう。


「鳥さんはどうするの? 空を飛ぶの?」


 今まで獣の上で援護を行っていた最大の理由は、機動性だ。翼が負傷する今は自由に滞空を移動できず『空の王者』という名前が滑稽で哀れに思える程の機動性しかない。

 だがそれでも、主から命ぜられた遅滞行動を行うため命を削り鳥は空へと舞い上がる。


「あはは。頑張り屋さんなんだね。私も、腕をくっ付けようかなぁ?」


 それを許さぬとばかりに獣と鳥はルカの足元に落ちている腕へと術式を紡ぐ。元の腕さえなくなれば、例え獣らが骸になろうとも脅威度は落ちる。

 しかしルカも当たり前のように、両腕を蹴り飛ばし空中で風を蹴る。

 腕は破壊こそされなかったが取りに戻るには離れすぎている。獣は、『陸の蹂躙』は命を捨ててまで腕を破壊は出来なかった。

 本能がそれを許さない。同時に理性が離脱を許さない。


「――――!


 吼える。迫る敵への威圧と共に。精神系術式のない方向に意味はない。それでも獣は吼えた。死を理解しながら。

 この先を、この後を頼むと鳥へと叫ぶように。

 鳥もまた啼いた。意志を受け継ぐために。そして、腕を破壊するために。

 術式が形作られる。雷術は丸い球のような形となり、左に飛ばされた腕を目標とする。


「それは困るかなぁ」


 彼らの決意をあざ笑うように、ルカは駆けた。風の壁を階段として。

 依然として攻撃のために術式を、ルカは持たない。南部でニアスに言われた事などなかったかのように攻撃のために術式を用いようとしない。

 拳に自信があるからか、それとも遠距離で争っては弱くなるとでも思っているのか。

 だが変わりに、ルカは他の部分に術式を特化させる。例えば、光術と風術。

 自らの幻影を作り出す事を最も得意とするルカはその分野で更なる高みへと浮かぶ。


「――――」


 十人。それも、風術を使った最上の光術による分身。

 気配も臭いも、足音も息遣いも全てルカを模倣するもの。前よりもその再現度は遥かに高く。流れる血の臭いまでも再現するなど正気の沙汰ではない。

 どれほどの精密な計算を行えばこうなるというのか。獣は、突如増えたルカに驚く。驚き、しかし空と地上を走るルカたちへと突っ込んだ。

 だが。


「ごめんね、そっちはハズレなんだー」


 声は空から響く。まさに術式を展開しようとした獣の頭は、振るわれた足にもがれて吹き飛び、周囲に展開されている風の壁にぶつかり肉片になり。


「それで、避けられるかなぁ?」


 幻影は掻き消える。上空を見上げた右の頭は術式を展開。炎が四方から迫り、逃げられる先は獣のみ。

 ならばここから先は、小細工を弄する暇はない。


「でもあと一つないと私は殺せなかったなぁ」


 上へ逃げる意味もなく。四方を風で固める意味も薄い。

 だからルカはそのまま下へと落ち、牙がルカの足を噛み抜き、そのまま頭はルカの片方の足によって粉砕された。

 だがしかし、最後の意地を見せるようにルカの足は獣の牙に縫いとめられ外せない。

 僅かな労力だ。しかし、それが小さな痛手にもなる。


「うわぁ。これ、元に戻すの時間かかっちゃうかなぁ……」


 無理やりに足を引き抜くが、限界を留めていない程に破壊されている。最後の一撃で炎術でも使ったのだろう。骨まで溶けていては、補修にある程度の時間をかける必要が生まれるだろう。


「仕方ないなぁ。ランちゃんの方も早く終わらせないといけないのに」


 土の壁の向こう、ダラングは今も争っているだろう。僅かに音が聞こえる。それを聞きながら、片足を無理やり引き剥がし先ほど蹴った腕を取りに行った。



 ―――――――



 そして。ダラングとヲルトルの戦いもいよいよ終焉を迎える。

 誰もが予想した通り踏み込むのはヲルトル。風術を短剣の隙間へ送り込もうとしながらも前へと進む。

 考え無しの動き。土術を用いてダラングの位置を動かそうとしてもダラングはそれにもすでに手を打っている。

 打てる対策は全て打ち、欠点すらも自覚している術式だ。そもそも同じ空間系術式を使われればその一撃で短剣は粉砕する。

 獣さえ居ればヲルトルは容易くダラングを殺すことが出来ただろう。無論ルカさえ居なければ。居た場合は通常の術式戦となっただろう。


「突っ込んできてどうすると言うの。無謀や無策は、自然に好きじゃないわよ?」


 若干苛立ちの混じる声が雨のような冷たさで放たれる。

 先の進まない光景だ。このまま時間を稼ぐつもりならば次の手で殺しにかかろうとダラングは思考し。

 ヲルトルは止まらない。

 ダラングの放つ術式を相殺し、ただ駆ける。そこで思いつくのは愚かな一手。確かに、このまま突撃すれば剣は届く。

 しかしその代償は確実な死だ。


「無策も無謀も、戦を知らぬ愚物の言葉」


 呟くヲルトルの声は背筋があわ立つ程に冷静で、触れれば焼けるように苛烈だった。

 駆ける足は緩まない。このまま突撃すれば身体が避ける。重要な部位は確実に損傷するだろう。頭もまた無事ではないのも確かだ。

 それでもヲルトルは怯まない。


「……意味のないことをするのね。ああ、不愉快だわ」


 溜息と共に術式を展開。愚かな動きをするかつての学友へ留めをさそうために術式を展開する。

 風は荒れ狂い炎が蠢く。獲物を狩るために形作られた姿は悪趣味にも陸の蹂躙と空の王者。己の獣に殺させるという悪趣味な行い。


「形だけを真似ようとアレらには遠く及ばない」


 速度が此処にきて増した。止まらない。ヲルトルは止まらない。まるで短剣の中へと突っ込むように。城砦に身を打ち付けるように。

 眉を顰めたダラングはそのまま突っ込む方向へと術式を与えて。

 姿が消え去る。

 どこに行ったのかと顔を回すが、姿は見えない。順当に行けば後方。だから四方へと術式を展開。そしてゆっくりと上を見るが、其処にも姿は存在しない。


「?」

「こちらだ」


 左から声が聞こえ、そちらを見るがやはり姿はない。術式ではない。足音は聞こえている。ならば、何故姿が見えないのか。

 術式なのではないかと考え、しかしならば光術だと思考。光術ならば同じ光術で消せると思うが。


「死ね」


 ヲルトルの剣が短剣の隙間から差し込まれる。神速で放たれた剣は術式では避けられない。ならば、手段は一つ。この場をやり過ごすのは短剣の解除。

 狙いはこれだったのかと舌を打つ。確かに腕を犠牲にすればダラングを動かすことは出来る。警戒はしていたが侮っていた。だとしてもダラングの優位は揺らぐはずがない。

 最短距離を走ろうとすれば短剣の壁が邪魔となる。後は風術で空へと移動し、ルカが戦っている間であろう場所に行けばよい話だ。念のためにというように空間系術式を展開し、穴から二十あまりの術式を放つ。

 直撃すれば死の危険がある攻撃。避ければ問題はない。だがヲルトルは嗤う。甘いのだと。


「お前を、殺すためならば!」


 短剣を踏む。城壁としていた短剣を踏み階段とする。ただの城壁として開発したダラングは予想外の事に驚愕を浮かべた。

 階段とするぐらいならば、まだ問題は無い。だが、術式に突っ込むように進まれては。


「そこまでするの?」


 息さえ出来れば、四肢が完全に死んでいないのならば後で修復するのは容易いとは言え眼前の恐ろしさを無視できる者は限られる。痛覚が遮断できるとしても肉体の損壊状況がわからない状態で戦うなど、ダラングは考えられない。


「するとも、愛のために!」


 術式の雨を抜けたヲルトルが剣を振るい。通常の精神がここまで到達するのかと新しい研究材料を見つけたダラングが歓喜に震え。

 血が、雨と共に降る。

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