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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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17話 骨と誇り

 何度目になる剣戟だろうとどちらが思考し。

 数など意味がないだろうとどちらかが結論付ける。

 未だイニーとルハエーラの両者は決定的な一打どころか、一つの切り傷さえ見せていない。


「単調な男は女性に呆れられると言いますが、どうなのでしょうか?」

「さてな。生憎と女に困った事はない。貴様はそういう会話をしそうには見えないが?」


 互いに遊びが混じっている部分は否めない。

 未だ周囲の騎士らが殺し合いをする現状。おそらく、死闘を繰り広げれば互いに全力を尽くすことになる。

 無傷ではいられない事を理解しているからこそ燃え尽きる場面を見極めなければならない。


「ところで、騎士さんが死ぬとは思わないのですが? 僕としてはこのまま拮抗状態でも構わないのですがね」

「ふん。貴様の殺意、他人に私が殺される事を良しとはしていないだろう」


 ならばルハエーラにも利点がある。ここで殺さずとも、時間さえ稼げばいい。

 ラウベイルフが敗北するなどとは、考えない。それを考えたところで意味はなくまた敗北している光景などが想像できないのだろう。


「勿論、そうなればあのお二人との殺し合いとなってしまいますが。正直なところ、あのお二人は強いですからね。殺し甲斐はあるものの殺される可能性も高い」


 四本の腕が別の生物のように動きながらも口は止まることがない。

 前ならば、ベルグと戦っていた頃ならば体力の不安はあっただろう。長い戦いになればそれだけイニーの方が劣る。


「ふん、子供とは思えない体力だな。ここまでやって息を乱さないのか」

「前に思う所がありましてね。少しぐらいは訓練だってやりますよ。これでも勤勉ですので」


 到底そうは思えないもののわざわざそれを口に出す意味もない。

 剣の応酬は僅かに続き、周囲の音がだんだんと聞こえなくなっていく。集中か。それとも実際に数が減っているのか。僅かでも意識を逸らせば断たれるという緊張感が集中に拍車をかける。


 最早、言葉は要らない。


 動く。


 イニーの身体が加速する。雷術に対抗するためか、自身の肉体を骨まで弄る。人間の身体では出せない速度ならば身体を作りかえればいい。身体変化は齧る程度。

 それでも、僅かならば行なえる。


 対抗するルハエーラも雷速の限界を知る。ならば更に一歩。雷術の使用は精密さを極める。加減を僅かでも間違えば神経が焼ききれるだろう。

 だが躊躇して死ぬぐらいならば、自らを焼ききって死ぬ方が剣士として貴族としての矜持に見合う。


 互いに笑みが漏れた。イニーは生きるのに全力を尽くす者を狩る喜びを浮かべ。ルハエーラは剣士として強敵に出会えた幸運に。

 言葉はない。ただ笑みが毀れ。


 戦いは加速する。


 泥は『墓標の天幕』が展開されてるため凍てつき足場が滑る。力を込めて氷を踏み抜けばともあれそんな事をしていては互いの隙を見逃すまい。

 だから、炎術を展開するのは至極道理。足に纏い進む傍から氷を溶かす。ぬかるみは力を吸うが氷で体勢を崩すよりも僅かにマシ。


 炎は氷を溶かし、溶かした先から再度凍る、それでも足場は十分。

 すでにイニーの身体は人と呼ぶのも怖気が走る。足は獣の如く、関節は逆となる。それを支える骨は硬く筋肉は強靭に。更に腕は長く、振るうためだけに存在するように関節が幾つも増える。


 ルハエーラの身体は人間だ。しかしその速度は異常。身体から煙が上がればそれは神経を焼いているという証明に他ならず。しかし即座に肉体を回復させるのは痛みを感じ続ける必要がある。まるで、世界が遅いとでも言うようにルハエーラの肉体は動く。


 獣の如きイニーの一撃は達人の如く最小限に避けられる。


 達人の如く放たれるルハエーラの一撃は獣の如く避けられる。


 一進一退。否。互いの癖はすでに見尽くした。

 互いに耐久力を長所としていない者同士。ルハエーラには、いつかの突撃槍の如き耐久力はなく。イニーにはルカのような生命力は存在しない。


 だから、互いの視線が交差した。


 弾けるようにイニーは駆けた。その身が一つの弾丸の如く。対したルハエーラは動かず。迫るイニーという弾丸を見極める。

 右から来るか。正面から来るか。左から来るか。上からか。それとも後方からか。


 遅くなった世界はその光景を確かに伝える。イニーの視線が右へ向く、剣を構える。反応した視線は上を見る、微かに剣を持ち帰る。

 それすらも見抜く。互いにぶつかるまでが最大の攻防。ここで油断をすればすぐさま死は剣の形に変わり臓腑を貫く。


 跳躍。イニーの選んだ手段は愚策。飛び上がればそれ以上の行動は不可能。ならば何故かと考えるまでもない。

 雷術を展開。雷は空から、雨が降る空から落ちた。

 全力の術力を持って展開された名前を付ける程でもない雷術は、しかし最高の手ごたえをルハエーラに感じさせる。


 この場で、死線を潜りぬけ新たな境地に達した瞬間。


 短剣が、降り注ぐ。


 無数とも言うべき短剣はどこから降ったのか。落ちる短剣は刃のみで柄はない。そして白く材質が特定できないそれは酷く脆い。

 薄く形を作る事だけを目的とした刃は置き土産かと感じた。それと同時に、背後から何かが降り立つ音。


 無傷ではない。しかし、未だ死んでは居ない。

 雷を受けて生き残れるか。理由は不明。それでも迎撃を行なえないわけではない。

 振り向き様に剣を振るう。腕を二つ切り落とす感触。続けてもう一本を振るえばイニーの腕は四本全てが吹き飛ぶ。

 体勢はそれでも崩さない。一瞬の隙。腕は振り切られ、首が、空いた。


 術式。否。防げる程の術式は時間が足りない。首を下げる。否。頭蓋を貫かれる。

 首ならば、即死はしない。断たれる程の一撃はあるとは思えない。などと、思うならばルハエーラはここまで生き延びることは出来ない。


 急ぎ術式を展開。氷術。小さな氷の壁を展開。咄嗟にしては最上。しかしそれが限界。

 ならば。イニーに腕はなくとも足はある。そして、腕が二本しかないなど、殺人者の風上にも置けない。


 腕を武器とし。肉体を武器とし。存在が武器であるイニーだ。敵わないと見れば即座に身を翻し、しかし殺せると見れば己を犠牲にしてでも殺す。

 ならばこの状況は最悪だ。

 口が開かれる、一手が妙に遠い。

 口角がつりあがる。まるで昆虫のようだとルハエーラは頭の片隅で思う。


 そして。


 喉の奥から背骨が伸びる。槍のように改良された骨。先端には刃。それも、先ほどまで使っていた短剣。

 三格神具だと判断した武器。それが、突き進み。氷の壁を突き破り、真ん中を貫き横へと振りぬかれる。


 首の皮一枚。仕損じた、と思った。だから、強引に動く。骨の強度は常ならぬ者。他者の骨を奪い自身の物として体内に溜め込んでいると推測を付ける。

 だがそれでも生物。殺せば死に、首を落とせば殺せる。雷術を展開。神経が焼ける音が聞こえる。それでも強引に腕を振るい、しかし、足がまだ残っていた。

 振り上げた剣は骨の剣となった足が防ぎ、横からの剣は胸骨がまるでトラバサミのように肉体を突き破り防ぎ。

 最後の一蹴が、繋がりかけていた首を刎ね飛ばした。


「全く。ここまで苦戦するなら、やめておけば良かった」


 すでに全身は生きているのが不思議なほどに破壊されていた。雷術を受けて無事なはずがない。身体の内側は焼け焦げているし、切り捨てられた腕は皮が美味しそうに焼け焦げている。


「全く。もう少しは楽に殺せると思ったというのに。身体の不調もあったのでしょうが。まさか奥の手を全て出し切る羽目になるとは」


 身体の全てを武器と化すことも全てを曝け出す羽目になってしまったのはイニーの落ち度だろう。

 とは言え生きている。それだけでも大殊勲と言えるような戦果だ。

 周りを見渡せばすでに騎士の数は残り二人となっておりどれ程の時間を戦ってたのかは定かではない。


 ただ、雨の冷たさがやけに心地良いとイニーは感じる。傷口に沁みる痛みはルカではないが心地よいと感じるのは転がる首のためなのだろう。

 強敵を殺した達成感は、心地よい。一時的だが殺人への衝動を抑える。傷が治るまでの間だけとは言え。だが、とイニーはその高揚した頭で思考した。


 ――陛下を殺せるのならば、どれ程に楽しいのでしょう――


 思考は一瞬。

 諸々のことが面倒になりイニーはとりあえず最低限の自己治療をしてその場に倒れる。


「ああ。こういう日は月を見たいのですがね」


 そのまま、疲労と激痛に襲われるがままにイニーは周囲の剣檄を切り捨てて瞳を閉じる。

 それとほぼ同時に、ヒロムテルンらの戦闘も決着を見せる。

 ムーディルは無事だ。命がある事を無事と言ってもいいならば、何も問題はないだろう。

 ただしその腕と足がどこかへと斬り飛ばされてしまっているが。


「ふん。中々、強い相手だったというべきか。死を覚悟した者はこれだから面倒であるな」

「正直なところ、僕としては死を覚悟したよ。爆発は予想できたけど、あそこでやられるとは思わなかった。内臓が少しやられたのは厳しいな。腕も足も焼かれたのも厳しいな」

「ならば我の方もか。全く、ようやく馴染んだばかりだと言うのに。何故ここまで我らが苦労せねばならぬのか」


 ヒロムテルンも意識はしっかりと保っている。しかし言葉の通り両腕はどこかへと消えうせ、片足も膝から下が存在しない。

 油断をしたわけではないにしろ、完全に死を覚悟し被害を気にしない者の厄介さを実感したと言ってもいい戦いだったと言える。


「しかし、虐殺童子は吐き気がするような戦闘であるな。あの自虐童子でもあるまいに、あそこまで自身の身を傷つける手段を取るのは何故だ」

「さぁ。僕に聞かれてもね。ただ、確かに相手を殺す事に特化するなら骨は有効だと思うけれど。だから死体の骨をいつも奪って密度を高めているんだね。正直、戦いたくはないかな」


 近距離ならば三百六十度全てが攻撃範囲である可能性は非常に高い。更に腕まで生やす程の骨に、人型の骨格を完全に捨てる。

 有効だとわかっていたとしても、普通はやらないものだ。キーツという存在を知ったからこそこの発想に思い至ったのだろう。


「我もだな。今の内に殺した方が良いのではないか? 後々に敵に回られれば厄介だぞ」

「うーん。僕も消耗しているし、正直あの状態でも殺し合いぐらいはしそうだよ。だからやめておくよ。最悪、超遠距離から仕留める」


 凄絶と言うべきイニーの戦闘を横目で見ていた二人は苦い顔で話し合う。

 二人から見れば明らかに異常なのだ。雷術で打たれ、被害が少なかったのは身体の内に鉄を入れていたのだろう。被害を一部で食い留まらせる手段を取っていたのはまだ理解できる。

 その後に行なった、骨を短剣として身体から打ち出すなど痛みを甘受する者でなければまず行なえるわけがない。その後の全てもまた同じ。足を剣とするなど術式の行使に支障が出る程の痛みだ。


「とりあえず死体を集めよう。身体の補修をしないと。援護に言っても足手まといになりそうだしね」

「うむ。失敗する事はないと思うが。一応、貴様の方で視ていたらどうだ?」

「生憎と術力も残り少ないんだ。両手足が戻ったら一応、見る事はするよ」

「そうしておけ。さて、向こうが無事に終わればこちらも楽なのだがな」


 呟きと共に、おそらく戦場となっている場所を見るが声も音も耳には入らず、ただ雨だけが降り続ける。


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