16話 四つの戦い
「しかし獣車で突撃とは。確かに獣ごとだと厄介な盾でもあるが……」
暗闇でも嘶く一匹の声は明確な標的としかなりえない。それでも雄叫びを上げる意味があるのだろう。
ならば何故か。場所を見つけてないからか。それとも、この暗闇で先に襲撃される事を望んでいるとでも言うのか。
「……総員、備え」
ルハエーラの言葉に十人の騎士が剣に手を掛け、術式を紡ぐための準備を始める。
獣の嘶きが近づく。獣以上に内部に潜んでいるであろう相手こそが厄介。
だから、ルハエーラは声を上げることなく雷術を展開。
獣車ごと内部の全てを焼き尽くすために初手から上位雷術相当『祖に捧げる歌』を展開。雷の結界とも言うべき紫電が迫る獣車の周囲を囲み、内部に居る者を焼け焦がすように突き進み。
雷術の効果ではなく、爆発する。
「何?」
風圧が雨ごと騎士らを襲い、対処すべく風術を展開した者らの間に一人の死が舞い降りる。
「なるほど。確かに貴方は殺し甲斐のありそうな目をしています」
「何者だ!」
泥により水気の混じった音と共に降り立つその男へと動こうと剣に手を掛けた時にはすでに遅い。死を前にしてその行動は、笑いが漏れる程に遅すぎた。
「初めまして。イニーです。貴方たちを殺せと言われました。しかしまさか、半日も誰も殺さないで居させられると困りますね」
言葉を紡ぎながら僅か数秒の間に騎士ら二人の頭蓋が貫かれ、泥の飛沫を上げて倒れる。その間に他の騎士は剣を抜き、難敵だと感じたルハエーラが二本の長剣を持って斬りかかり。
「早すぎるぞ虐殺童子」
不機嫌な声と共に、この小さな世界に雪が降り始める。一度体感したことのある術式。ムーディルが扱う『墓標の天幕』だと気づいた時には、更に一人の騎士が瞳ごと頭蓋を貫かれていた。
「初手で三人の命しか取れないなんてね。そっちの彼は君に任せるよ。こっちの七人は、僕らが対応してみようと思う」
更に後方からヒロムテルンが切りかかる。その一撃は防いだ騎士も、更にヒロムテルンの後方より紡がれた氷の刃が首と胴体を鎧ごと断つ。
残りの騎士はこれで六人。十人居たのが僅かな一瞬でここまで減らされる。
だがそれも想定内。問題なのは。
「他の者らは、どこだ?」
イニーが操る短剣を巧みに受け流し、なおも問う実力。だがそれでも殺せないほどでないと結論付けたのだろう。
凶悪な笑みを浮かべながら、イニーは口を開く。
「僕の目的は貴方がたを殺す事です。ですが隊長たちの目的は違うようですからね」
飄々としながら紡がれる言葉。しかし、短剣の鋭さと殺意の密度は打ち合うごとに増していく。
ここまでの実力者を今まで使わなかったのは切り札なのだろう、そう結論付けたルハエーラはムーディルを殺す事を諦めた。先を考えて殺しきれる相手ではないとして。
「そうか。だが貴様ら三人を抑え込めるのならば、問題はないな」
「それは良かった。断られたのならどうしようかと思いました」
二剣が閃く。不可思議な挙動で、何の前動作もなく繰り出されるソレらの回避は思考してからでは遅い。
雷術士が最強の前衛型術士と呼ばれるのは雷を肉体に走らせ剣を振るう直前までその動作を察知させないためだ。動きを読み取ろうとした所で叶わないその早さ。
「やはり雷術士は面白い。突撃槍と名乗った鬼族よりも余程。おや、貴方もそういえば鬼族ですね。最近、どうにも縁があるのでしょうか?」
「それは知らないが。何故、読めたのか後学のために聞いても?」
本来防げないはずの双撃を受け流され警戒は更に強くなる。そもそも気づく前兆などはなかったはずだ。一流の剣士という自負のあるルハエーラの剣は直感で防げるほどに容易いものではない。
「雷術士が最強の前衛。納得できます。対策の立てようもないのならば」
「ならばそれを編み出したとでも? 馬鹿な。不可能だ」
編み出されていないからこそ雷術士は常に強者の代名詞なのだから。
イニーは楽しそうに、ルハエーラは淡々とした会話を続けて殺しあう。
周囲に居る騎士らもヒロムテルンらに掛かりきりとなり、二人を邪魔する者が誰も居ないという事実も原因に拍車をかけていた。
「これでも陛下と一度だけ遊んで頂いたこともある身でしてね」
「炎王と、か。ならば確かに、厄介だな!」
剣が振るわれる。上下より断ち切るように。イニーの腕力で防ぐのは困難。あっさりと二つに断たれるのが見える。
避けるのを考えるがここで避ければ流れはルハエーラへと引き寄せられると直感で判断したイニーは背中から腕を二本取り出し、肉体の中に隠していた短剣で上から来る剣を防ぎ、元々の腕に掴んでいた短剣で更に下の剣を防ぐ。
「……狂っているな。腕を生やすなど」
「褒め言葉として受け取りましょう」
互いに鍔競り合いを続けたままで二人は互いの間合いを崩さず、どちらかの意識が逸れるのを待つことになる。
―――――――
「んー? 今の音だとするとぉ。んー、回り込まれてるみたいだねぇ」
「え?」
五人の騎士を伴い、いやリュミールを持つ騎士を囲むように四人の騎士とラウベイルフが駆けていく。
その中で一際早く音に気づいたのはやはりラウベイルフだった。
後方から聞こえる爆発音。それはおそらく獣車が破裂したものだろう。木屑が弾ける音までが耳に入ったのだろう。
「獣の足音と息遣いも聞こえるなぁ。六頭分かな。うーん。どうしようか?」
「迎え撃つ、で良いのではないでしょうか?」
「うーん。そうなんだけどねー。どうやら先に彼らへ用のある人が居るみたいだから任せちゃおうかぁ」
騎士らは疑問を顔に浮かべる。孤立無援の騎士団だ。そこに援軍など来るはずがない。
だが、幾人かはすぐに思いついたように頷いた。
騎士団に助けはない。しかし特務と敵対する者は居る。
「敵の敵は敵だけどー、上手くすれば味方以上だねー」
―――――――
「ルカ、ダラング!」
「はーい」
「それが自然な成り行きかしらね」
二人は同じ獣から飛び降り衝撃を体捌きで足へと移動させたルカはそのまま跳ねるように駆けた。
ルカの後方では風術を足場にして衝撃を殺したダラングが光術を展開、後ろから目が潰れるほどの光を放つ。リーゼらは背を向けていたために浴びてはいない。そしてソレはリーゼらの位置を知らせる印にもなってしまう。
だがその程度を乗り切れないならばこの先を乗り切ることなど不可能だ。
「よくぞ、現れてくれたものだなぁ!」
獣の如き雄叫びが、獣の咆哮と共に迫り風が揺れる。比喩ではなく、舞台を整えるがために風が円を描くように吹き荒れる。
更にいきなりの術式。獣が吼え炎槍が二十。更に土が捲れ上がりダラングとルカの場所を分断し、ヲルトルが風を踏み駆がる。
その周りに鳥の姿は見当たらない。どこかに居るかとルカが一瞬だけ視線をさまよわせ。
「そっちは自然に任せるわね。鳥は多分、どっちかの身体に付いていると思うわよ」
「あ。うん居たよー。でも動物は好きだから殺したくないなー。痛いの好きじゃないだろうしなー」
ダラングの前に復讐者が降り立ち衝撃を活かし駆け抜け一閃。前衛系術士でもなければ避けられぬ剣は、防がれる。
「何?」
「生憎とこういう状況は何度か自然に経験もするわよ」
剣を受け止めたのは短い短剣だ。その程度で防がれるわけはない。あっさりと断てる程の力を込めた一撃だ。
現実はしかし、受け止められていた。呆然とする時間は許されない、近距離から放たれる風術を同じ風術で相殺し一度距離を取る。
「……空間系術式か」
「流石、ご明察ね。術式陣を刻むなんて、ある程度の技量があれば誰だって自然と出来るものよ?」
空間系術式を用いた、短剣の完全固定。おそらく一度展開すれば手から離したとしても固定される系統の術式だろう。
完全に空間ごと固定したのなれば同じ空間系術式で破るか、空間ごと破壊できるような術式を扱うしか手はない。だが、短剣の一本二本ならば手はある。
「自然と自前よこれ。だから、量産するのは難しいことじゃないわね」
何もない空間から溢れた短剣は十本。それを周囲に浮かばせ配置すれば、即席とは言え剣への絶対防護だ。
無論術力は莫大な量を消費する。常人よりも遥かにあったダラングの術力はすでに半分を切っていた。ただそれでも、上位術式の二十以上は紡げる程に残されている。
「さて。どうするの? お得意の獣も居ないで術式戦で私に敵うと思うというのならば共に学んだ者として自然に心配になるのだけれど」
すでに勝敗は決したとでも言うようにダラングは微笑む。
だが。甘い。この程度で投げ出すようならばヲルトルは数十年の月日を憎しみに費やすことはなく、また生き残れるはずもない。
「ハッ。舐めるな」
だからこそ、戦いはこれから更なる激化を見せる。
そしてルカもまた。
「動物なのに強いねー?」
三つ首が吼え一定の距離を置きながら術式を展開する。間断なく紡がれ展開される術式は容易に近寄る事を許さない。
更には三つ首の上に乗る鳥も隙あらば精神系術式を紡ぎルカの意識を奪おうとする。
「あははは! 賢いねー? 可愛いから殺したくないなー」
精神系術式に関して、ルカは不得意だ。それを攻撃に扱えるような腕前はない。
しかし、それは全く扱えないという事にはならない。来るのがわかっているならば対抗術式を紡ぐことは可能だ。
「でも殺さないといけないんだよねー。残念だなー」
涼しい顔で無数の術式を割け、右腕の『虚砕き』で破砕していく。左手の『虚砕き』が破壊されてさえ居なければ、近づく事は可能だっただろう。それを言った所で時間が戻るわけではないが。
だがしかし。来るとわかっていても術式を紡ぐのも、ニアスやヒロムテルンでは不可能だ。実際に受けた者だろうと容易な行いではない。
行なえるのは前衛としての勘だろうか。それとも、他人とは違う回復力のおかげなのだろうか。
「あーあ。私も、あの人ともう一度やりあいたかったなぁ」
地面がぬかるみであり、また術式の雨とも言うべき弾幕はルカを射程内にもぐりこませない。それでもルカは直感している。
勝利は揺るぎはしないだろうと。確かに狂獣は強敵だ。しかしそれは、人間以上ではないのだから。
「ランちゃんも大変だろうし、私も頑張らないとなー」
これからを思えば消耗も出来ない。獣を下した後は、ヲルトルとの殺し合いなのだから。
―――――――
「追いつかれるかぁ。じゃあ仕方ないねー。君はそれを連れて頑張って、もう計画を始めちゃっていいかなー。彼らを殺せるならそれも一応戦果だしねぇ」
「はい、了解しました」
騎士の一人を先に行かせ、ラウベイルフは小振りの戦斧を空間から取り出し、構える。
走る獣の数は四。だがぬかるみを踏む音が一匹だけ妙に軽い。ならば、実際に獣へと乗っているのは三人か、否。ラウベイルフは脳内で否定する。一匹は僅かに他の獣よりも重い。
ならば迫っているのは四人。
「四対五ならこっちの方が有利だけど。斧がないし取られてるだろうから不利かなぁ?」
加えて言えばルハエーラの腕は撤退時に拾った物を急造で付けただけの物だ。そうなれば剣の腕は若干とは言え鈍る。
それだけで負けるとは言えないが、しかし。
「うぅん。まぁどっちもいいかぁ。私に負けはないしねぇ」
どういう意味なのかを知る騎士団に苦笑が浮かぶ。確かにそうだ。実際に彼らに負けはない。どのように動いたとしても、結果的に彼らの目的は果たされる。
それが計画の失敗であったとしても。
「さぁて。それじゃあ、いらっしゃーい」
「ニアス! 双子!」
「あのガキは、任せんぞ!」
苦々しい口調でニアスが叫び返し、リーゼとリベイラだけは先へと進もうと獣を走らせる。それを許すわけもないと騎士らは動こうとするが。
「通させねぇと減給なんだよこっちゃ!」
「リュリュちゃんは私たちが守るからね!」
雨が針へと変わり、追いすがろうとした騎士らを僅かだけ静止させる。怯まずに術式を展開しようとする者も居た。だが、それを予想していたようにリーゼが嘲笑えばその術式は展開される前に霧散する。
「武器を投げろ!」
「やらせねぇって言ってるんだよ!」
「私たちを無視しないでよね!」
未だ後ろを向く四人の騎士へ双子は襲い掛かり、その一撃は防がれる。
しかし。
「遊ぶよ『叩き潰し』!」
双子の妹であるテニアスが大斧へと術力を込めれば、小規模な空間系術式が展開される。
その結果は、防いだ一人の頭だけを的確に破壊する。
「へぇ。もう使えるんだぁ。ラクラントスが居れば、解析も早いんだね。流石帝国でも有名な術士だっただけあるねぇ」
奪ったばかりの、それも帝国の武器だ。その術式構成を解析しなければ他国の武器なんて易々と扱えないだろう。
機密、とまではいかないがそれなりに秘匿性のある武器というのもこの場合驚きに拍車をかけている。
「アンタは随分と余裕みてぇだな!」
ラウベイルフに対するのはニアス一人。炎の獣と鳥を紡ぎ出し、更に雷術による肉体を動かし最初から全力で切りかかる。
だが無論それは予想されていたように、ラウベイルフの斧が羽毛のように軽く振られ、鈍い痛みが弾かれたと言う事をニアスに知らせ、氷の槍が炎の獣たちを突き破る。
「まあ少し弱ってるけどねぇ。君ぐらいなら難しくないかなぁ。ほら、分割されてたあの子は脅威だけどねー」
緩い笑みから感じるのは圧倒的な圧力。
幾十年の争いを生き抜いた者が放つ純然足る殺意。これは幾多の戦場を重ね、幾人の死を重ねたどり着く境地か。苦い笑みを浮かべたニアスはそのまま、ぬめる地面に足を取られぬよう、後ろへと飛び跳ねる。
「とは言っても赤子の手を捻るようにとは行かないだろうからさ。てきぱきと殺しあおうよ。王国語ではなんだっけ? ええと『時は金なり』って言うでしょ? あ、それとその斧の名前は『拒絶の産声』だよ」
「帝国語だと『刻まれる時は高値で売れ』だったかよ!」
再度ニアスは走る。次の一撃から、引けば死ぬ応酬になると知りながら。
そして。
「流石生き残った騎士ね。私だと少しばかり手ごわく見えるわよ?」
「……さっさと殺して、お前を向こうの援護に行かせたいところだな」
騎士の前に、リーゼとリベイラが回り込み、剣を突きつければ騎士も息の荒いリュミールを後方に投げ捨てて剣を構えた。
「任せるぞ、リベイラ」
「ええ。とは言っても正面からだと殺すのは厳しいかもね」
四つの戦いはどちらかが全滅するまで終わらないと言う確信を全員に抱かせて、戦いは始まる。




