14.5話 嵐の前触れ
屍の山が築かれていた。この場に集っていた騎士の総勢はおよそ三十人。シルベストが暗部を駆使して集めた情報通りに全てを殺した後だ。
とは言え、こちらに居たのは主力ではなく囮だったのだろう。そもそも戦闘を行なわないことを目的とした騎士たちを捕らえるのに少なくない日数を掛けてしまっている。
「……陣の種類は?」
「変わらず。重要そうに見えますが、あっさり潰されていることから見て完全な陽動でしょう。東と王都の道を破壊し、その間に攻め込むのかと思ったのですがね」
シルベストの問いにウィニスが応じる。他の部隊員は暇そうに欠伸をしながら、屍となった彼らの装備品を検分し燃やしていく。
「しかし、妙な物が見つかりました。……早く持ってこい屑が!」
シルベストに対する態度とは打って変わり第二特務隊長を怒鳴りつける。それに苦笑を浮かべながら第二特務が懐から取り出したのは、小さな硝子瓶が一つ。
「これは?」
「はい。調べさせたところ、妙な薬です。見つけたのは三つ。内の一つは王都へ送りました。そしてもう一つを第四特務に先ほど飲ませたのですが。どうだ?」
「ん? ええ。そりゃもう、面白い感じで死にました。耐性でも必要なんですかね?」
第二特務の指した方向にゆっくりと顔を向ければ、ウィニスの表情が苦いものに、シルベストの眉が僅かに上がる。
死体は、百戦錬磨の二人が見ても異様なものだ。
「……崩壊している、か」
身体の中央部分から段々と砂のようになっていく姿は奇怪なものだ。
何よりも不可解なものは、男を中心として周囲の植物も、大地も同じように崩れ落ちている部分だろう。
「……なんだこれは」
「いやいや、ウィニス副将軍。私にゃわかりませんて。第一特務のいけ好かない学者共がいりゃぁわかったかもしれねぇですがねぇ」
問いに第二特務は肩を竦めて答える。
それもそうだろう。こんな現象は今まで見た事がない。重さがなくなるという術式陣とて不明だというのに、更にこんな薬までがあるというのは予想が出来ないものだ。
「ふん。あの狂人共がか。貴様の言葉には同意したくないがな」
どれ程に狂っていようとも、彼らは王国でも十本の指に入る学者たちである事に違いはない。
彼らなら術式に関することを見抜くことは造作ではない。
「……四大術式、崩壊促進。陛下に挑んだものが過去に扱っていた。その術式に似ている」
眉を寄せて呟かれた言葉にさしものウィニスも顔色を変える。
再度振り向けば、死した男の身体は全てなくなり、周囲の崩壊も止まっているものの。
もしもこれがただの事故であり本来は大規模な結果を齎すのだとすれば。
「第一特務を向かわせた方が本隊と考えて宜しいでしょうか」
「ならば鉱山都市の破壊だろう。千変万化。居るな?」
暗闇へと声をかければ、そこから滲むように一人の女が現れる。その出現に驚いた顔をするのは各隊長だけではなくウィニスもまた。
気づけないのは実力不足ではない。純粋にキーツの隠行術の巧みさ故にだ。
「はーい。それじゃあ、第一特務の方へ伝えに行きますねぇ。うふふ、でもねシルベスト将軍。間に合わないかもしれないわよ?」
女か男か。キーツは妖艶な色香を漂わせて微笑を浮かべる。問いの意味は明白。
いかにキーツと言えども、東部から王国領でも最西の都市へ向かうならば即日とはいかないだろう。その時間で、リーゼらがこの薬の存在に気づかなければ。
「構わない。私の身が未熟であったとしてこの首一つを差し出し許しを請う」
「あら。それで済むならいいけれど。何にせよ、わかりました。無事に生きて会えたらその時は宜しくお願いしますね」
にこりとした笑顔を見せると、やはりキーツはどこかへ消えうせる。
そして残された一行は、いやウィニスだけは暗い顔でシルベストの顔を見ていた。
リーゼらが無事に成功を収めなければ、おそらくシルベストは責任を取ることになる。死罪こそないだろうが、だとしても何かしらの責を負うのは間違いがないだろう。
「将軍」
「ここに居てもやる事はない。戻るぞ」
静かな声が闇夜へと静かに響き渡り、一行は王都へと帰還する。
―――――――
「……痛むか『空の王者』」
奥歯が砕ける程の強さで歯を食いしばり、ヲルトルは暗い森の中に潜んでいた。
両羽を散らされたとは言え、狂獣。癒すことは難しくはない。時間さえあるならばその両羽を元に戻しまた空を飛びまわることが出来るだろう。
だがそれはできない。
「すまない」
今を逃せばダラングは王都に篭ることになるだろう。また、出るとしても一人で出る可能性は限りなく薄い。
特務が外へと出ている今こそが好機。計画が発動する前に行なうべき復讐だ。
「だが、置いていきはしない。償いと同時に、友を捨て置けるわけがない」
優しい目で『空の王者』の頭を撫でる姿は復讐者などには見えないだろう。
彼がこの狂鳥とも言うべき獣を連れてあるくのは『陸の蹂躙』と同じように親たる獣を殺した罪だ。いや、自然界は弱肉強食。その掟を考えれば彼に罪はない。
それでも彼は己に罪を求める。己の大切な存在を奪われた者として。獣の親たる存在を奪った責務として。
「共に赴くぞ。次こそはあの女を、狩る」
主たるヲルトルの言葉に一匹と一羽は細い鳴き声を上げて賛同を示す。
獣たちは彼の言葉を理解する。高い知能を持つが故の狂獣。だからこそ彼らは人類の天敵たる存在だ。
「それが終われば、団長のために命を賭そう。今以上に、この全霊を持って計画を成功させよう」
例えそれに、期待なぞ持てずともと小さく呟きヲルトルは眼を閉じる。
次こそはきっと互いが死ぬまで終わらない死闘になる。直感でしかないがそう思考したヲルトルは英気を養うために深い眠りに付いた。




