14話 雲の切れ間
双子を二人一組と考えた場合、騎士と同等の実力を持つと考えていい。そして同等と言うことは、一人を殺すのに時間がかかる。
言うなれば彼らは足止めにはなりえても戦力として期待をされてはいない。
初見の騎士でも彼らの役割が理解できる。だからこそ。
「死ね」
「了解っす」
「はーい。わかりました!」
その言葉に警戒を払った。死を覚悟しての足止めは厄介なのだと身をもって知っているからだ。
鎧のない、軽装の騎士らは剣を構え迫るであろう二人へと一気に術式を展開するために行動した。
「なんてな」
一瞬の隙。術式を展開しようとした意識の空白。石畳ごと土が隆起し前方、後方に一つの壁を作り上げる。
それに術式を展開しようとした騎士たちに更なる動揺が襲う。術式が展開されない。
だが、騎士たちは理由を探る前に逃げ出すであろう彼らを追うために屋根の上へと飛び上がる。
「完全に無力化しろ、それが条件だ」
「はいはい。出来るならもう少し準備がしたかったんだけれど」
気配に気づき後方から飛び上がった六人の内、三人が風術で身体を後方へと飛ばす。
気づくのが遅れた三人に襲い掛かったのは、蛇腹剣。
「くっ」
その刃先は骨まで達する。しかし、その程度。騎士らは死を省みずに進む。
進もうとする。
「な」
驚愕の声は上がらず、駆けようとしていた足が縺れその場に転倒した。何が起きているのか、何をされたのか。理解できない頭でその原因を探るが、しかし。
「四肢を潰せば、どうにかなるでしょう」
リベイラの呟きと共に炎槍が展開され言葉の通りに倒れた騎士らの四肢を潰す。自爆をさせないために薬を塗った刃だ。朦朧とする意識に更に痛みを加えれば術式の展開は通常不可能。
「前方。二人」
「了解っす」
リーゼは土の壁へと術式を紡ぎ、更に展開。壁を飛び越えた騎士の姿は、言葉の通りに二人。ならば残りの三人は、他の場所から来る。
「テニアス、水術。蛇」
「はーい!」
上から来る騎士らの足を止めるため、テニアスが作り出した水の蛇が空中の騎士たちに向かった。そして術式で迎撃しようとして再度術式の構成が緩み、破壊される。
「何が」
「わからないだろうな。オルテット」
「うっす」
左右から迫る騎士らにはオルテットが相対する。殺すためではなく時間を稼ぐため。更には現在、リーゼの援護がつく現状ならばまだ凌ぐことは出来る。
それでも所詮は時間稼ぎ。リベイラの一撃は最初だからこそ警戒されないものだ。最上の痺れ薬といえども、即座に対抗術式を内部に展開されれば中和は容易い。
「五人から三人居なくなると楽になるんだが、十一人から三人減ったぐらいだと変わらないな」
「つーかそろそろ内側に入られますよ隊長!」
「リベイラ、後方一人」
兄の叫びを耳に入れずリーゼは淡々と命令を下す。最初から不利は承知。そして、敵はすでに順応している。前に出る事により術式の破壊をされるのならば、後方から術式を展開すればいいのだから。
「奇襲には向くんだが。俺が戦えないのがな」
溜息を吐くリーゼの顔は余裕のもの。壁に衝撃が一度。次で破壊される。だが、屋根に騎士はいない。そして路地にも。
「そこの壁、破壊していくぞ。お前の槌なら壊せるだろ」
「弁償とか求められても知りませんからねー!」
妹が叫び、家の壁を容易く粉砕する。そして、同時にリーゼの作り出した壁が粉砕された。一瞬、騎士と視線がかち合うが。
「数の優位を捨てるか?」
一対一ならばリベイラが有利だ。例え自爆覚悟の術式を紡ごうともリーゼの持つ短剣によりその術式は破壊される。
騎士らからすれば予想以上の苦戦となっていた。軽いと思っていたことを否定はしない。事実戦力だけを見ればそうだ。
「次、外に出るぞ」
「中で向かい討つんじゃないんですかぁ?」
そして、リュミールはリーゼに手を引かれている。この場で最も手が空いているのがリーゼしか居ないためだ。
僅かな恐怖が、心の内にある。決して好かれてはいないだろうという確信があった。
「馬鹿言え。燃やされたらそれで終わりだろうが。くそ、ニアスらが合流してくれればいいんだが、それよりも死んでいないかが問題だな」
言葉にリュミールが僅かに震える。戦場である事、そして何よりもこの状況をひっくり返そうとしているリーゼは気づかない。
それが結末をわけることになると、予測も出来ないままに。
「こっちの壁は壊しましたー!」
「上と前方を警戒。後方の壁は作る」
先ほど壊した壁が砕くのに一つ手間がかかると考えさせる程の壁となり展開される。
僅かな手間を惜しみ屋根の上から行くならばリーゼらにとっては最善だ。運が良かったためか、それとも事前に調査をしていたのか。
壁を破壊した先にあったのは、狭い路地だ。二人が楽に通れる程度。逆に言えば、二人以上が自由に動くのは難しい。
「ここまで読んでたんすか!?」
「街の道はどこも似通ったもんだろ。だから半分は勘だ。もう半分は知識だな。っと……。騎士らも馬鹿じゃないか」
苦い顔をしてリーゼらは後方を見ずに駆ける。屋根の上から騎士の気配がする。開けた場所に出た時点で襲うという魂胆は考えずとも透けて見えた。
だとしても、再度横の壁を壊すとしても。それを許すほどには、相手も愚かではない。
「どうするんですかぁ隊長。このままじゃあ、死ぬと思いますよぉ?」
「後少しで来ると思うんだがな。……ニアスらはともかく。ヒロムテルンたちは――」
もう対処が終わっている、と続けようとして濃密な殺気が路地の先に立っている事に気づく。
「な」
「ラクラントスともう片方は殺したが、こっちも消耗は酷い。今なら見逃すからその子をこちらに寄越して貰おうか」
二刀の雷剣士がそこに立っていた。
言葉通り、身体は酷いものだ。四肢を失ってこそ居ないがまるで何か猛獣に抉られたような傷跡に加え焼け焦げた傷跡が見えた。
「……へぇ。それはいい報告だ。王国の害悪を退治してくれたんだからな。それで? 挽肉という暗殺者は、殺す事が出来たのか?」
リーゼは見抜く。いつの間にか現れていた副長ルハエーラの嘘を。
そして、誰と交戦していたのかを。身体に残る傷跡は二人がつけられるものではない。よく見れば細かい部分は二人の色がありはするが、その大部分は獣のものだ。
加えて、本人は隠しているつもりなのだろうが明らかな焦りがその顔に見え隠れしているのもまた要因となる。
「……私はどうやら、腹芸が本当に苦手らしい。それに隊長としての才能もないだろうな。全く、隊長の言った通り最初に殺しておくべきだった」
嘆く言葉は軽い。彼の言葉が真実だとすれば、途中で離脱してきたはずだ。
ルハエーラの足がどれ程に早くとも、それは二人が追うのを僅かに遅くするだけの効果しか持たないだろう。だと言うのに、どこか余裕があった。
この場でリュミールを奪わなければならないと言う焦燥は理解が出来る。だが、ここでの余裕ほど意味のないことはない。
「確かにあの二人は生きている。けど、重傷だ。だから取引をしよう。その少女を渡せば命を助ける」
「数十秒を俺たちが耐え切れないとでも? 言っておくが、これでもしぶとさには定評のある男だぞ」
剣を構え、雷術による強化を目の前で見せられてもリーゼたち四人には通じない。双子も覚悟を決めたのか獲物を構える。
「いいや、君たちのではない。ここで君たちを取れると思うほど甘くはない。そして交渉相手は貴方ではない、リーゼ・アランダム」
瞬間、次に言う言葉を予測したリーゼが動くには、僅かに遅い。
「リュミール。君がこちらに投稿すれば隊長の元へ向かった二人の命は助ける。どうする?」
「聞くな。奴らの隊長が来ていない以上、これは真実じゃない」
突然の問いを突きつけられたリュミールの息が止まる。ルハエーラの強さを、そして彼らの隊長であるラウベイルフのことを知っているがため。故にリュミールは、戸惑いを露にした。
「君は知っているだろう。隊長の強さを。そして、私の強さを。君の見た彼らは強かったかい? 私以上に、強かったかい?」
屋根の上から短剣が投げられる。それを弾くためにリーゼは剣を振り、三人に命令を下そうとするも。
「馬鹿か!?」
上から騎士が降った。
彼ら四人の上に。リベイラは、問題なく処理できる。双子もまた全力で迎え撃てば問題はない。
だがリーゼはリュミールの手を握ったまま対処できるほど技量に優れているわけではない。
「くっ」
判断は即座。避ける幅も少ないこの場所で生きる事を目的とするならば手を離すしかない。それしか選びようがない。
「さぁ、来るんだリュミール。私は騎士として、貴族として交わした約束は破ることをしない」
「やめろ。アイツらの思う壺だ。ニアスとルカを信じろ」
騎士の剣を受け止め、騎士側の意図する膠着状態に持ち込まれる。最初の一撃をいなせたのはリベイラも同じ。しかし、続いての二人目までは防げない。
「そうね。あの二人は生き汚いから、貴女の心配することじゃないわ」
迷うリュミールに向けてリベイラが常のような口調で、精神系術式を織り交ぜて言葉をかける。それでも、しかし。
「……だって、さっき、リーゼさんが、死んでるかもって、それに、イニーって人を出したら、一杯人が死ぬって。だから、私は――」
決意を固めた者に、精神系術式は強制力を持たない。
「リュリュちゃんだめ!」
「ごめん、なさい」
せめぎ合うリーゼから離れて、騎士の剣を防ぐリベイラを通り抜けて。リュミールは騎士の下へと走り。
「行かせるわけにはいかない」
ヒロムテルンが駆けつける。
「騎士ら、死ね」
「はい」
術式弾を雷術で焼き払い騎士は彼女の身体を強引に奪い抱きかかえる。
三人の騎士がヒロムテルンへと向かい、だがしかし。
「ふん。そこの子供がどうでもいいがな」
ムーディルの不機嫌な声が空から響き氷の刃がルハエーラへと襲いかかる。路地の前からリュミールを抱えたまま飛び退くが、背から這い寄るのは死弾。
瞳を貫く狂気の術式。
「副長油断してんすか?」
その死弾は横から現れた新たな騎士が持つ巨大な戦斧により、空間ごと粉砕される。
「いいや。危うく死ぬところだった。後は任せる、英霊の元で待っていてくれ」
「うっす。隊長に宜しく言ってくだせぇ」
最善の機に繰り出された奇襲が失敗したのは地力の差ゆえにかそれとも幸運が彼に味方したのか。
「追えるか!?」
「私たちが!」
「追えるっすよ!」
上から襲いかかった騎士をようやくと言っていい時間で殺した後方の二人が声を上げて屋根の上へと跳ね上がる。更に、ヒロムテルンが必死の援護として放った術式弾はリーゼの相手をしていた男の頭部を瞳から貫き絶命させた。
「こっちは、少々時間がかかりそうかな」
「二人を瞬殺して何言ってくれてんだか」
援軍に来た一人の騎士が持つのは、リーゼの記憶が確かならば彼らの隊長が持っていた斧だ。
空間を破砕する術式の込められた獲物。それを扱えてかつ任せられるというのならばあの二人に及ばずとも実力者なのだろう。
「ムーディル!」
「眼球貫を殺してもいいのならば追うが?」
リベイラと双子が追ったが、ムーディルとヒロムテルンが援護に来る時間から逆算して考えれば恐らく追いつけはしない。
ヒロムテルンと打ち合う騎士を捨石とした戦術は正しい。リーゼも現在同じような戦術をとっているためだ。
唯一の違いは生還できる実力があると見定めているか否か。
「……早く殺せ!」
「おいおい、俺ぁそう楽に殺されねぇぜ?」
喚く騎士の一人を視界に入れることもなくリーゼもまた路地から出てルハエーラの向かった方向を見るが。
「……ソイツを殺したら、ムーディルは俺の護衛。ヒロムテルンは追跡をやめさせてこい。もう無理だ」
粘りを見せる騎士もそう長くなく殺す事は出来るだろう。大斧の術式を使われると少々厄介な事になるが、先ほどルハエーラを守るのに見せたきり使う気配を見えない。
そもそも、大斧なんてものが戦闘に向いているのかはともあれ。
「わかった、その間に隊長さんは彼への言い訳を宜しくねっと」
ヒロムテルンの言葉と共に、騎士は氷の刃によって首を断たれてようやく殺す事に成功する。二人の実力から考えてここまで時間をかけさせられる相手を落とせたのは朗報と見るべきだろう。
「……殺されないよう見張っていてくれよ」
被害は軽微。ニアスらが死んでいないのなら最上。
しかし。目的であるリュミールが奪われたことは明らかな敗北だった。
すみません、遅くなりました。
 




