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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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13話 五月雨の争い

「強すぎるだろアンタ」


 苦い顔をしたニアスの口から飛び出たのは、呆れたような言葉だ。

 アイルカウが光術を展開し油断も隙もなく前へと飛び出したことまではニアスでもわかる。だが、視線の先に居るルカは二つに分断されていた。

 避ける動作を取られる前に断ち切る。いうなれば簡単な事だ。


「そうかなぁ? それよりいいのー? 後ろの子まだ生きてるでしょー? 助けないの?」


 長剣を構えるラウベイルフに隙はない。確かにルカはまだ生きている。ニアスの視点からでも、胸の部分が上下しているのは見る事が出来た。

 断たれた場所は腹部。腸が少々漏れ出して、血が面白いほど噴出しているが、まだ間に合わないことはない。だとしても素直に素通りさせてくれるほど性格がいい相手でもないが。


「アンタを抜けようとして俺が死んでたら世話ねぇだろ。それよりもよぉ、何で今の当てられたよ。光術使ってるアイツを断つのは難しいはずだがな」


 己の分身を作り出し、更に風術で気配をも作り出すという高等技術を扱うルカはニアスやイニーでも易々とは見抜けない。

 この豪雨の中で足音を聞き分けたか、それとも直感か。


「秘密かなぁ。そんな事を教えても意味ないでしょー? 君はここで、死ぬしね?」


 答えるはずもなく。くるりとラウベイルフが、動く。

 左手に剣を持ち、右足から踏み込み雨で滑る石畳などないように、そして剣の重量に引っ張られるように体勢を崩した。そのように、見えた。


「っと! んだその動きは!」


 半回転した所までは目視できた。しかし、その次。

 何かに射出されるように一足にラウベイルフはニアスの至近距離に到達している。


「あ、よく防げたねぇ? でもこれはどうかなぁ?」


 くすくすと童女のような笑みを漏らしながら更に次の一手。

 防いだはずの剣が手品でも見るように視界から消え去る。そして、いつの間にか右手に剣は掴まれており。


「おー、これも避けるんだぁ。貴方凄いねー? どう、帝国来ない? 貴族の飼い犬になると色々美味しい思いが出来るよぅ?」


 水術で己の身体を押し流すほどの水をルカの居る方向へと発生させ咄嗟の回避に成功する。

 軽い口調のラウベイルフは必殺の一撃が防がれたというのに動揺もせず笑いを漏し、ルカへの合流を防ぐために物質生成を用いて石畳で作られた刃の壁を作り出した。

 剣の移動が手品のはずはない。ならば獣車の中で見たものと同じ。


「空間系術式かよ。まさか実戦で使える段階までやれるたぁな」


 武装が得ていた術式、だとリーゼは予測した。実際にそれは正しいとニアスも考える。

 前情報で得ていたのは自然系で炎と氷、そして物質生成。どれもこれも上位術士並の技量があるとは聞いていた。

 だがここまで奇怪な戦法を取るとは聞いていない。


「立派な大道芸だ。それだけでも食っていけるんじゃねぇのか?」

「斧って異名は改名して奇術師とでも名乗ろうかぁ? ふふ、最近は戦争もなかったしねぇ。色々新しいことをするのは楽だったかなぁ?」

「長く生きてると老獪になるっつーが、アンタ今幾つだよ。若いように見えるが、な!」


 距離を取ったのはおそらく失策だ。ルカの姿は刃の壁に阻まれ見る事は出来ず、更にこれ以上後方へと逃れることすら出来ない。

 それでもニアスは時間を稼ぐために『狂い恨む獣の群れ』を展開。雨のため展開される時間は短いが、一度の戦闘ぐらいは持つだろう。更に、術式は先日見た聖騎士の神具を参考にする事で僅かながらの強化がされている。具体的には術式の反応を増やしていた。


「ふぅん。面白い術式だねぇ。私も生き残れたら作ってみようかなー」


 緩い笑みを浮かべるラウベイルフへ、犬が殺到する。羽根で飛ばせる暇など与えないように絶え間なく。

 雨に濡れて身体は常よりも早く小さくなっていく。だが、獣たちは自壊を気にするはずもなく下から上から左右から炎の身体で突撃する。


「楽しいねぇこういうのは。円舞なんていつ以来かな。貴族に遊ばれてた時は、よくこんな事をしてたなぁ」

「いい趣味してる主人を持ってたみてぇだな、それでも保ってる忠誠にゃ反吐が出るぜ」


 更に炎槍を紡ぎ上空から展開。斜め方向へ避けるのが最善とする状況を作り出す。


「避けられるか?」


 前後からは炎の犬。そして空には炎の槍。避けるならば、おそらく避けられる。常人には不可避なそれとて一流の術士ならばすでに動いている。


「ちっ、後ろの奴にゃ気づいたか」


 先ほど位置を変えた時に仕込んでおいた術式陣が霧散する。靴の裏に仕込んだ鉄板を外しただけだが、もしも後方に避けていればそれが爆破し少なくない傷を与えることが出来ただろう。


「英雄殿には敵わないけどねぇ。人の嫌がる事をするのは、大好きなんだよねぇ」


 悪意ある笑いが漏れ、先ほどと同じ体勢でラウベイルフが動く。

 狙いが目の前に来るまでわからない体勢で、どういう原理かも理解できない歩法で。それを再び防ぐ。


「ハッ。悪運の女神様は俺を愛しているようだぜ? どうよそこら辺」

「んふ。帝国だとこういう時『美女の英霊が愛を囁く』って言うんだけどねぇ。でも『けれど愛は三度も続かない』って続くけどぉ」

「残念ながらな、俺は特別愛されてんだよ。俺が嫌になるぐれぇにな」


 今度は楽なものだ。先ほどの剣の移動を警戒したニアスは迫った剣を弾き転がるようにして最初の位置へと戻る。依然として状況は最悪。

 勝利への道筋は欠片も見えない。どころか、そう遠くない内に死という敗北が待っているだろう。


「つーか、便乗したのはわかんだがよぉ……。あのガキに何したよアンタら。やけに苦しそうにしてんぜ」

「ああ、発症したんだ。遅かれ早かれだったけど。薬を飲んでればまだ平気だったのにねぇ。でも、それならそれでね。あの子を楽にするのは薬が必要だからぁ私たちに大人しく引き渡した方が安全だよぉ?」

「テメェを捕縛して薬を取れば、問題ねぇだろ!」


 犬が駆ける。そして、更に。


「鳥っつーのも、便利そうだしな」


 獰猛な笑みを浮かべたニアスが紡ぐのは炎の鳥。二十羽ほどの鳥が雨に打たれ、徐々に身体を小さくしているが構わず鳥を突撃させる。


「無駄だよぅ、それも」


 今度こそ間断なく放たれたそれに対して、まるで子供の悪戯を見るような目で溜息を付いたラウベイルフが剣を振ろうと腕を動かし。


「あっはははははは! すっごいいたかったよ! 凄いね! 楽しいね! あれだけ痛くしてくれたんだからお礼をしてあげなきゃだめだよね!」


 背後の壁が破砕。振ろうとした腕が引き止められ、いやそれだけではなく一気に引き抜かれる。


「痛い? 痛いよね? 痛くない? もっと痛くするね!」


 驚愕を浮かべたのは一瞬。歯を食いしばり、ラウベイルフは氷術を展開。全面だけをかろうじて防ぎ、ルカを蹴り飛ばしながら片手に剣を出現させその剣に術力を流し込む。

 浮かび上がるのは炎の奔流。中位術式であろうソレが展開され、同時に剣を投げ捨てる。


「ッ。ちょっと、本気で予想外だったなぁこれはぁ」


 数羽の鳥は炎での迎撃に失敗。

 そして引きちぎられた片腕は、ルカがニアスの居る方向に投げたためにすでに焼け焦げて使い物にならなくなっている。


「あははははは! ダメだよ、全然ダメだよ! もっと痛くしてよ! それに、二つになったぐらいじゃ生物は死なないよ?」


 普通は死ぬ。それがいかに高位の術士であろうとも例外はない。痛みは思考を麻痺させる。激痛は術式の構成を極端に緩ませる。そのために術士は戦闘の際に痛みを極力切り捨てている。


「痛みを、消さずにぃ、術式を紡いだのぉ?」


 痛覚を麻痺させた場合、断たれた瞬間が理解できない。また断たれた箇所の接合が非常に難しくなる。別れていた身体を引き寄せたのは、おそらく自分だけでは厳しい。ならば先ほどニアスが使った水術がその助けをしたのだろう。

 とは言え。

 ニアスですら痛みを鈍化させている。そしてラウベイルフはそもそも当てさせない流儀だ。だが、腕を引き抜かれた瞬間に痛覚を麻痺させたのは戦闘の経験からだろう。


「なんで消すの? 痛いと楽しいよね? 痛いと嬉しいよね? 何で? 嬉しいから貴女も私に痛くしてくれたんだよね! だからお礼をもっとしないとダメだよね!」


 片腕を無くした。とは言え、それでようやく実力が拮抗している。

 だがニアスと二人で押されれば押し切られる予感がラウベイルフにはあった。痛みを痛みと思わないルカと、巧みに術式を使うニアス。

 個々の実力は帝国でも十分やっていけるもの。自身の命と引き換えならばここで二人とも殺しきれる公算はある。どうするか、悩むのは一瞬。

 すでに時間は稼いだ。


「仕方がないかぁ。時間は稼いだしねぇ」

「逃がすと思ってんのかよ」

「逃がさないよー!」


 炎術による煙幕を使い周囲に煙が満ちる。気配を追うためにニアスらは動くが、しかし。


「撤退戦も嫌いじゃないけどぉ、いいのぉ? 私は最初から別働隊だよぉ?」


 その言葉は自然とニアスの足を止めさせる。


「ゲンちゃん? 早く追わないと、逃げちゃうよ? 今ならどうにかできそうだし早くしないと」

「……隊長さんらに向かう可能性がある。あっちを援護しねぇといけねぇだろ」


 余りにも不自然な言葉にルカが眉を顰めた。この場ではルカでも追うのが最善と判断する。リーゼならば確実にそうするだろう。

 ここで仕留められなければ後々が更に厳しい戦いになってしまう。


「ゲンちゃん、どうしたの? なんか変だよ? あの子が心配なの? やっぱり、殺した方がいいの?」


 この場におらずとも、いや居ないからこそ彼女という存在は枷となる。それを察したルカの目には楽しみを邪魔されたという不機嫌な色が浮かび上がっていた。


「いや、ちげぇよ。あの女は、別働隊つったろ。つまり、本命が隊長さんらって事だ。なら隊長さんが危ねぇぜ。あっちは戦力ねぇからな」

「……ん。わかった。じゃあ行こう。遅れないでね」


 言い訳がましい言葉に珍しくルカは溜息を吐き、どこか冷たい眼でニアスを一度だけ振り返り、屋根の上を駆ける。ニアスもまた焦燥した顔で雨水を踏み散らして駆けていった。

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