12話 暴風の担い手
冷気が限定された空間を覆う。瓦礫に埋まる者のうめき声すらも停止させようとするかのように。
「眼球貫、どのくらいで殺れそうだ?」
「難しいとだけ言っておこうかな。簡単に殺せるならこうして苦戦していないさ」
屋根の上に立つ前に張った『墓標の天幕』がなければ、またヒロムテルンが両眼を開けていなければ一方的な展開になっていただろう。
二人の前に立つのは剣を使う二人。術式による強化を行い、更には己の信じる道を貫いた上位の剣術士だ。
雷速で剣を振るい、意識よりも早く身体を動かすのはルハエーラ。
紙一重で多重展開される獣の術式を避ける姿は、場が場なら賞賛を浴びるに値するものだ。
「先に貴様を殺したいのだがなラクラントス」
舌打ちと共に呟かれた言葉はこの状況では叶わない。感情に任せて突撃した所で迎撃されるかヒロムテルンとヲルトルに隙を突かれて死ぬ事になるだろう。
だが、ムーディルを遊ばせるのも無視する形になるのも癪だと判断したのか片手間で雷術が展開され、四方から雨を伝わり雷撃が走る。
受け流すために瞬時に氷の壁を展開。そしてそれは、挽肉作りヲルトルの足を止める手でもある。
「血族だけは厄介だ」
展開された風刃が氷の壁を伝って『空の王者』へと向かった雷を切り裂く。
更に風が『空の王者』を舞い上がらせ、鳴き声と共に上空から雷を撒き散らす。それを利用するのは無論ムーディル。氷の蔦を作り雷の方向をルハエーラとヲルトルへとまとめて向ける。
「ああ、計算が面倒臭い。厄介だよそういうのは」
雷を放つ鳥に対してヒロムテルンの術式弾が放たれ、その隙を狙おうとしたヲルトルへとルハエーらが切りかかる。
咄嗟に回避動作を取ったヒロムテルンには三つ首の犬『陸の蹂躙』が一瞬の硬直を狙って動き、ルハエーラが剣を交えながら獣へと雷術を展開。その間で二者を始末するため氷の刃が一人と一匹に紡がれた。
目まぐるしく変化する状況で常に三者は最善の手段を選び続ける。必然的にそれは膠着状態を生む。
何度も相手を変え、手を変え、術式を変えるも戦闘は先には進まない。
ヒロムテルンの短剣を弾き、ヲルトルが『陸の王者』を援護するために風術を展開。更に左右の頭が吼え、炎術と氷術が展開される。炎は屋根の上に未だ立つムーディルを狙い、氷術はヒロムテルンを狙う。それを舌打ちと共にヒロムテルンが避ければ、その隙を突いてヲルトルはルハエーラへと風を剣に纏わせ斬りかかる。
「体力が持つ限りこうしているつもりですか?」
「我らが有利になるだけであるな。どうする? そこな二人で手を組むのも悪い案ではないと思うが」
「生憎、援軍が来る前に殺せるだろう」
「おや奇遇な事に同感だ。全員を殺す事ぐらいこちらにとっては分けもない」
自信があるのではなく単なる軽口に過ぎない。そもそも副長ルハエーラの役割はここで彼らを足止めすることと、あわよくばヲルトルの殺害だ。
特務も同じようなもの。違うのはここで殺しておかなければ後々が厳しい戦いになるという事か。
ルハエーラが持つ二本の長剣が翻る。右足から走り、一本を切り上げに使い、もう一本を刺突に使いヒロムテルンに叩き込む。氷の礫が巻き起こる剣の一撃。
鋭い小型の氷槍とも言うべき塊がヒロムテルンの肌を切り裂き肉へと食い込む。
僅かな一撃を縫って獣は咆哮し駆けた。背後から迫る術式弾を中央の獣が吼えることによって砕き、左右の首はヒロムテルンとルハエーラの命を奪うがために顎を開き。
「ふむ。困るな」
「邪魔されてはこちらが困る」
氷術により獣の足を止めようとした所で入れ替わるようにヲルトルが跳び上がりムーディルの首を狙う。
躊躇のない姿に舌を打ちムーディルが選んだ手段は無差別攻撃。
絶対凍土の大地を瞬時に顕現させる大規模な術式。足元から凍てつき、その氷はヒロムテルンや『陸の蹂躙』、ルハエーラまでもの膝までを氷で覆う。
跳びムーディルを狙うヲルトルまでも凍らせる絶対零度の術式。
完全に展開されるソレは全てを凍てつかせ、生命の全てを停止させる術式だ。いかなる物も生き残れはしない。
そう、それが展開する事を許されるのならば。
『――――!』
「ぐッ」
上空を旋廻する鳥が甲高い鳴き声を上げることにより、ヲルトルをも含めた全ての意識が一瞬だけ空白を生む。
紡がれていた術式は中途で中断され半端な効果で完全に展開される。
そして。
「獲り損ねた」
飛び回る『空の王者』とどれほど長く共に居るのか、意識が飛んでもヲルトルの身体は動いた。思考が出来ずとも一流の剣士は身体が動く。敵が居るならば当然のように、斬るために。
「僕まで殺そうとするからそういう目にあうんだよ」
呆れた声で氷を砕くとヒロムテルンは術式弾を七つ放ちヲルトルに距離を取らせる。背後でもルーエイカスが炎術を使って氷を溶かし、更に『陸の蹂躙』も氷を破砕する。
「あの鳥が一番厄介だ。だが、手を組むのは癪に障る」
氷を破砕した『陸の蹂躙』の真ん中の首が吼え、直感に従い身体を横にずらしたルーエイカスの剣が一本、空間ごと破砕する。まるで厄介なのは鳥だけではないと主張するように。
「仕方ないか」
「ふん。そうした方が良かろうな」
短い言葉だけをかわし二人は同時に動いた。ムーディルが斬られた箇所を氷で包み込み簡易的な止血を行ないつつそして僅かな時間稼ぎにしかならない氷壁を展開。更に『陸の蹂躙』とルーエイカスの周りを半球体の分厚い氷で覆い不確定要素を減らす。
「やらせるとでも?」
「邪魔なものは殺さないと、面倒くさくなるからね」
二人の狙いは空を飛ぶ鳥だ。『空の王者』と呼ばれる災厄の鳥。
名に恥じぬ力を持つ獣は下手をすれば中規模の街なら三匹も集まれば混乱に陥れることが出来る程の力がある。
此処で殺すには無茶をする事になる。だがここで無茶を通さなければ後々に不安の種を残すのは明らかだ。
「甘く見すぎだ」
剣が翻ることで氷の壁が破壊される。分厚く作った氷の檻もまた時間の問題だ。そして援軍が来るのもまたそう遠くはない。
「どちらがでしょうね?」
ヒロムテルンが壁を破壊したヲルトルへと切りかかる。腕や足を先ほどルハエーラの放った氷術で負傷しているため動きは僅かに鈍い。いや、それ以上に。
聖騎士との戦いで新しくした箇所が未だ馴染んでいない。血族ゆえの弊害だ。
「貴方は何故研究者さんを襲ったのですか? こちらと今は敵対する必要は感じられませんが?」
短剣が長剣を捌く。剣の腕はルーエイカスよりも僅かに下。術式の扱いは上。先ほどまで争っていた相手に比べれば剣速は遅いが、狙いが視えない。
どのような妙技か、足捌きも腕の振りも視線を辿っても振るわれる場所と狙う位置が違っている。
「それとどこでそんな技を身に着けたのか、聞いても?」
寸前で捌けるのはヒロムテルンが血族としての力を使っているからに他ならない。
術式では紡げない技術は紛れもない努力の証。何をどうすればそんな剣を扱えるように至ったのか。
「森。獣との争いだ」
あっさりと語る言葉は苦笑が漏れる。自然の中で生き延びるために獣に悟らせないために培ったのならば、笑えるほどに単純で呆れしか浮かばない程の方法だ。
とは言え。ヒロムテルンにも森で生きてまで強くなる理由はあったため共感できるのだが。
「さて、僕と同じ復讐なのだとすれば応援したくなります。僕らに関係ないのなら協力だってするのですがねっと」
振るわれる剣を避ける。それでも裂傷は積み重なる。千里眼で氷の檻を見ずとも、術式により穴が開き檻は決壊寸前となっている。
あと十秒。その間にムーディルが決めてくれなければ。
「あの女を殺させるというのならば一時的な協力をするが?」
怒りが見える。暗い瞳の奥に燃えるのは復讐の炎。暗く澱んだ、世界を憎む者の瞳。
「僕としては構わないけれどね。隊長さんはダメだというだろうけれど」
久々にムーディルが翼を広げ空を飛びまわるのを視ながらヒロムテルンは術式弾を紡ぐ。降り続ける雨を凝縮した水弾。それを三つ、自身の足元からヲルトルの顔を狙い放つ。
軽い動きで難なく避け、甘い狙いをしたことの代償として剣は奪う。
「ッ。ちょっと身体を壊されるのは厳しいな」
手首から先と狐の耳。その二つが奪われ、痛みに顔を顰め落ち掛けた手首に短剣を刺してその場から一時的に退避。
同時に氷の檻は破砕され、空から、鳥の鳴き声が響く。
「なに!?」
ムーディルは空を飛んでいる。だが術式を紡いでも氷は鳥の羽にも掠っていなかった。術式による完全な迎撃。それが出来ることを知っており、だからこそヲルトルはヒロムテルンに集中していた。だと言うのに。
「『空の王者』!」
焦りと共にヲルトルが駆け出そうとするがそれを阻むためヒロムテルンの術式弾が頭を狙い放たれる。更に後方から駆けるルハエーラによってその場に留められる。
「獣と同じ空間に閉じ込めるとは、ラクラントスは性格が最悪すぎる。お前の代で潰えていなければ堕落した七家となっていたろうな」
吐き捨てるように言うルハエーラの身体は酷い状態だった。革鎧は焼け、指が数本なくなっている。代償として獣もまた、前足を一つ切り落とされ横腹に深い傷が出来ている。
三本足でも体勢を崩さないのは獣にしては上等すぎると見れるものだ。
「くっ。『陸の蹂躙』!」
『――――!』
阿吽の呼吸とも言うべき連携をもって三つ首の咆哮が響き、炎の波が広がる。
避けられない速度の波はラングーニの身体を包み、更にはヒロムテルンとムーディルの居る場所までも包み込んだ。
「眼くらましか」
対抗のために水術を展開したムーディルが苛立たしげに呟いた。
目論見は防ぐために水術を展開させることなのだろう。生まれた水蒸気を即座に風で払うもこの場にはすでに犬も鳥もヲルトルの姿もなく。
更には、近くから聞こえてくる軍らしき者の声が聞こえ始めたのか騎士の姿もなくなっていた。
「……殺せたか?」
「いいや。羽を二つとも、身体から別れるように撃ち抜いたけどそれで死ぬほど易い相手だとも思えないね」
「ふむ。そこらの鳥から移植するであろうな。それにしても飛ぶのは一時的に難しくなるであろうが」
切り捨てられた自分の腕を拾い治療を始める。ヒロムテルンも肩をすくめて手首に刺さった短剣を抜き身体系術式による治療を始めた。
鳥を一匹落とすだけでこの苦戦ぶり。三つ巴であり、かつ全員の戦力が同等であったから起こった事態とは言えここで副長ルハエーラを落とせないのは後々に響くだろう。
「ところで、我らが愚かな墓碑職人はどうなっていることかね」
「さて。僕も術力が不味いから乱用は出来ないよ。ただ、囲まれているところまでは見たから合流しよう。ここの処理は、軍にでも任せてね」
ニアスやルカが団長と相対しているのを知っては居ても欠片の心配も見せずに二人は都市の入り口へと向かい駆ける。
そして。
騎士団長『斧』のラウベイルフが剣を振るい。
ルカの身体が上下に別たれ、血を噴出しながら地面に落ちた。




