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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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10話 つかの間の休息

「平和っていうのは素晴らしいな。騎士に襲われない日が何日も続いてるぞ」

「ええそうね、自然に素晴らしいことだと思うわよ。……リベイラ、幾ら殺さないからと言っても、両腕を切り落とすと一般人は生きていくのが困難じゃないかしら?」


 帝国騎士が襲ってこないと言っても、わざわざ狂獣の居る獣車を襲う盗賊団は居る。

 外は相変わらずの豪雨のため狂獣だと言うことが識別できないのか、それとも双子が弱そうなのでつい、と言った具合なのか。そういう想像をするのはそれなりに面白いことだ。


「あら。生きてさえいればどうにかなるものよ。……ただ、流石に連れていくのは難しいからここに捨てておくしかないでしょうね。盗賊家業を続けるのは無理でしょうから結果は余り変わらないわね?」

「ああもうそれでいいぞ。しかし、襲われ過ぎだな。次の都市に付くのは明日だが……。時間にもう少し余裕を持っておきたかったもんだ」


 これに帝国騎士の関与が全くないと思えるならば明日には死んでいるであろう愚か者か今までの人生を何も考えず生きてきた無能になる。

 とは言え、ここに居るのは双子も含めてそこまで愚かでないのはリーゼにとって僅かな救いだ。


「盗賊相手だとリベイラが相手してくれるから自然に楽が出来ていいわね。そこらは寝ているし。この時間だと話し相手も少ないし。もう予備の紙もないから暇なのよね」


 獣車の隅に積み重なった研究記録はここ数日の結果だ。内容はリーゼが見ても理解できない。


「お前も寝てていいぞ。生憎と俺は一人で考える方が好きだ。お前もそうだと思っていたが?」


 会話をする二人の前を横切り、リベイラが欠伸交じりにリュミールの隣へ横になった。

 盗賊を言った通りに捨ててきたのだろう。僅かに獣車が揺れて動き出す。

 外からは獣が走り水溜まりを散らす音が聞こえてくる。雨は小降りのため雨音は小さい。


「私もそうね。一人の方が自然に考えは纏まるのよね。ただ、気まぐれに人と話したいと思う事はあるのよ? 人と話す事で得られるものはあるでしょう? 研究というのは内面だけで完結するものではないからね」

「意外な意見だな。お前やムーディルは一人で完結してるものとばかり思ってたが」


 自身にその傾向があるからと言うのが多分に含まれているにしても、端から見る限りその認識に間違いはない。

 だがそれでも、研究者。新たな術式を求める者たち。己だけで全てが解き明かせるという自信はあるが現実的に不可能だと自覚は出来る。


「そうかしら? そうかもしれないわね。ええ、そうね。その割合が多いし一人で解決する事も多いものね。あまり他人に合わせるのも好きじゃないもの、貴方は……どうかしら? 人に合わせることが自然に多かったんじゃないかしら?」

「指揮官として協調させることは多かったし、ユーファが居たからな。あまりそういう感覚はなかった。それに、実際才能はないも同然だ」


 人より突出する事は常に孤独を抱える原因となりえる。元来の性質が孤高であるのならば問題はないが、一般的な者がそうなれば孤独に押し潰される。

 その点で言えば特務の者は良くも悪くも押し潰されることがなかった者たちといえる。

 だからこそ協調性なんてものを最初から投げ捨てているのだが。


「どちらかと言えば突出した才能と言うより自然と担ぎ上げられた者だものね。稀有な戦術眼と先読みの才能はあるのでしょうが、それ以外は前線に出れるような身でもないわね。もう少し術式を扱える力があれば中隊指揮官として出世できたでしょうね。いえ、至上最年少の将軍も夢ではなかったかもね」

「やめてくれ。過大評価が過ぎるぞそれは。ただ武力がないからな。将にはある程度の武は必要だ。個人でなくとも親衛隊みたいなものは特に。俺の部下たちには残念ながら、突出した奴が居なかったさ。ベルグぐらいか」

「彼は強かったらしいわね。イニーが死闘を行なったのは久しぶりだったし、武器の効果まで使わせた相手はここ数年でも居なかったのよ? アレで攻撃を受けずに手早く殺すものだし。一撃当てるのも難しい相手なのだけれどね」

「戦闘技術だけは一流だからな。ルカと二人で使えば場合によっては軍の中隊くらいは殺せるだろ。一番の使い道は二人とも暗殺が妥当だろうな。寝てる間に近寄られても気づける気がしない。将軍あたりなら、やれるんじゃないか?」


 寝室に護衛が居なければ、もしくは命を捨てる覚悟ならばそれもおそらくは不可能ではない。八軍将軍シルベストですらルカとイニーが殺しにかかれば殺せるとリーゼは見ている。

 殺したからと言って何が出来るというものでもないのだが。


「暗殺は怖いわね。強い相手と戦うのは術学者としては苦手なものよ。接近されて手がないわけじゃないけれど、近寄られるのは厳しいものね」

「ああ、そういえばお前は術学士だったか元は。資料を見た気がするな。……正直、何であんな事をやったんだ? お前の才能なら人体実験なんかしなくても研究者として大成したと思うんだが?」


 その問いかけには全く意味がないが当然の疑問だ。見る限りでは常軌を逸しているとは言え、良識はあるダラングが何故殺したのか。


「気分だったとしか言い様はないわね。基本的に殺したというよりは研究材料として使っていたら自然に死んだという気分だったもの。……ただ、友人であった子に対しては今思うと独占欲じみたものはあったのかしらね」

「それはまた意外な事だな。殺された方がたまったもんじゃないか……。猫族らしいと言えば、らしい部分じゃあるか」


 猫族の習性だ。親しい者にはとことん甘えて、そして自分から離れることを許さない。

 嫉妬深いと言えばそうなのだろう。子供じみていると言っても間違いはない。だからこそ『猫族を嫁に貰う時には殺されないよう気をつけろ』という格言まであるのだから。


「種族の特徴と言うよりは個々人の問題である気もするけれどね。もう少し世代を重ねて人族に近づいていけば自然にそういう特徴も少なくなるんじゃないかしら。多種多様な種族は面白いけれど将来的には淘汰されるものでしょうしね」

「少数種族は幾つか滅んだが……。そうならないための六連合だと思うがな。今、どこら辺だ?」

「朝には着く予定だものね。少し眠っておく方が自然に良いのかしら?」

「……前々から気になってたんだが、お前の話し方は癖なのか? 意図的にやっているのか?」


 別段気にはしていないリーゼだが、だからこそこういう機会でもなければ聞くことはない。ここを逃せば後は通常通りに張り詰めた会話と空間で雑談をする余裕も数える程しかないだろう。

 特に、こうしてダラングが会話をしようとするなど滅多にない事だ。


「そうね……。聞かれてみると、癖なのかしら。両親が自然系術式の研究をやってたこともあるから、その時の言葉が自然に残ってしまったのかしらね。…………残る、癖、過去。ああ、そう、そんな風に術式を使う発想もあるわね。話しかけておいて御免なさい、少し思考に集中を割くとするわね」


 薮蛇だったか、リーゼの問いかけに答えると同時にダラングは己の思考に潜り込む。

 書くものがないからか、腕にまで重要な部分を書き始める姿は最早笑うしかないものだ。そしてこんな状態になっている相手に声をかけようと思う程、リーゼは空気の読めない馬鹿ではなかった。

 研究に思考を割くダラングから顔を背け、念のための警戒に意識を向けて己もまた南部で待ち受けているであろう騎士への対抗策を頭の中で纏め上げる。

 恐らく、一般人を殺してでもリュミールを狙うであろう騎士らへの対策を。



 ―――――――



「ついたー! やっぱ南部との境にある要所っすね。栄えてますなー」

「んー、疲れたぁ。リュミールちゃん大丈夫? あんまり顔色良くないよー?」


 南部に程近い場所ともなれば雨も少ない。生暖かい雨は湿気を呼び、汗ばむほどの気温となっていた。

 それでもリーゼらが涼しそうな顔をしているのはムーディルが氷術を使って気温を一定に保っているからに他ならない。


「あ、大丈夫です。ずっと乗っていたので疲れちゃったみたいで」


 相変わらず体調が悪そうにしているリュミールの顔も一行は慣れたものだ。気温や疲れではないと言うことは獣車での移動中に結論が出ていた。

 帝国で飲まされていた薬がこの原因なのだろう。禁断症状とは違うのだが原因がわからないと悔しそうに言ったリベイラの言葉が決め手となった。


「可能なら捕まえて情報を吐かせたいところなんだがな……」


 ふらふらと歩く後ろ姿を見ながらリーゼが眉を顰める。死んだところで計画に滞りはないが、心情的な面とニアスの動きを確定させる意味ではここで死なれるのは後味が悪い。

 最悪なのはこの状況で仕掛けられ攫われた場合。


「ニアス、ヒロムテルン、警戒は緩めるな。ムーディル、陣の場所はわかるか?」

「いや、気配はないな。これは少々探さなければならぬであろう。だが妙な術式の気配はする。当たりのようだが?」


 話を聞いていたニアスとヒロムテルンは同意を示すが、言われてもリーゼには悟ることすら出来ない。

 実力の差以上に才能の差なのだろう。


「俺たちは軍の方に話を通しに行く。お前らは宿屋に行っててくれ。警戒は怠るな」

「わかったー。それじゃあいこー?」

「うぃっす。まっ、こんな街中で仕掛けてくるほど間抜けじゃねぇっしょ」

「そうならいいんだけれどね。貴方はリュミールを抱いててあげて頂戴?」


 特務また二手に別れる。ダラングもまた宿屋へ向かう道へと行くが、少し歩いたところで集団から外れて大通りへと向かった。

 大方羊皮紙の補充に行くのだろう。腕にかかれた文字は通り過ぎる者が見てぎょっとする程に書かれているのだから。


「……じゃあ手筈通り頼むぞ、ニアス。お前は向こうの護衛に回れ。ヒロムテルンとムーディルは俺と一緒に行くぞ」

「何故ダラングは遊ばせ我なのだ。我も研究のために動きたいのだが?」

「あははは。君じゃないと僕の制御が出来ないからだろう? どうせ今日は顔見せと軽い探索なんだ、少しぐらいの時間は問題ないさ」

「その僅かな時間が重大な事態を招く可能性もあるがな。だが、今回は引こう。その方が早く事が運ぶであろう」


 舌打ちを連発しながら歩く尊大な態度を取るムーディルが先頭となり大通りを歩く。道行く者が避けるのは機嫌の悪いムーディルに対して喧嘩を売るのは得策ではないと考えたのか、それとも後ろを苦笑気味に歩く包帯で眼を覆うヒロムテルンを不気味に思ったのか。


「……こいつらの関係者とは余り思われたくないな」


 肩を落としながらリーゼは歩く。視界の端には騎士らしき人物は見当たらない。そもそもヒロムテルンが警戒している以上はリーゼの警戒はなんの役にも立たない。

 怠れないのは性分だ。そして気を張っていれば、もしかすると僅かに有利に働くかもしれないという幻想も含まれていないと言えば嘘になるだろう。


「ああ、そうだ隊長。ここが終わった後はどうするんだい? 城へと戻るのかな?」

「そうしたい所だがな。騎士らの隊長がこっちに居るんだ、本命はこっちなんだろう。将軍らに連絡は入れたから援軍で来てくれると思うが……。それまでは各地の村を回るのがいいだろう」


 都市で大規模な襲撃を受けてしまえば後々が面倒だ。

 流石に騎士とわかるような物を持って襲撃をかけるとは思えないが、死体の処理などを含めて考えれば尚更に。

 帝国へ正式に抗議をした所で帝国側は認めないのがわかっているのは頭が痛いものだ。

 生け捕りをした所でシラを切られ、こちらの捏造だと言いがかりをつけてくるだろう。王国側もきっと同じように返すのだが。


「ふむ。例の重さがなくなる事件は収束をしたのか? 興味のある術式であるが」

「ん? ああ、言ってなかったか。そこらは大分マシになったらしい。まだ違和感のある地域はあるが、完全な術式じゃなかったのかもな。そっちの解明はまだ終わってないから、お前も城へ戻ったら呼ばれる可能性は高いぞ」

「ほう。それは良い報せである。ほうほう、ならば解明し完成させぬばなるまいな。我は先に帰っても良いか? それが今回の事件を解くのに最適解なのではないか?」

「そうしたら確実に騎士が襲ってくるだろうね。甘いことを考えないで仕事に励もう。そうすれば帰るのも早くなるさ」


 最悪でも副長と団長だけはここで討っておかなければならない。騎士ぐらいならば軍が動けば討伐できるだろうが、副長と団長の実力は一歩踏み越えているものだ。

 それらを討つまでは城に帰れない可能性も、八軍総出であたる可能性も存在する。


「何はともあれ、今は目先のことをこなしていくぞ。どうせ俺らの勝ちは揺るがない」


 リーゼらの勝利条件は騎士の目的を防ぐ事。逆に騎士の勝利条件はなんらかの方法で都市を落とすことだ。

 王都か。それはまずありえない。目的が王都ならば余りにも無謀に過ぎる。

 そしてリーゼはその目的を見抜く。わざわざ西部と南部に本隊が居た理由を考えれば明白だ。


「へぇ。騎士の目的がもうわかったんだね。彼らは何を目的としているんだい?」

「王国の経済と、物品だろう。帝国はもう寒期に突入してて食料がない。そして帝国の主な輸出品は鉱石だ。中立を介しているが、王国も帝国の鉄は仕入れてるからな」


 王国がある程度の資源がある国だ。ただし、質は残念ながら帝国の物と比べれば劣る。それは客観的に見てどうしようもない程に明白なものだ。

 だが帝国は食料が少ない。王国の食料が文字通り喉から手が出る程に欲しいと思っているだろう。だからこそ帝国は王国の領土を狙っている。


「アイツらの目的は鉱山施設や南部との中継地の破壊だ。南部との境であるここや、西部にある鉱脈を破壊されれば復興には二年、いや三年か四年はかかる。成功すれば良し、成功せずとも例年通りに冬を越せばいい。厭らしい考えだ」


 どちらに転んでも向こうに人材を失う事以上の損はない。そしてソレらも貴族派と王族派の派閥争いに敗れた形で向かわされた者たちとの情報がある。


「リュミールが何の目的で使われるのかははっきりしないがな。それでも……」


 後に続く言葉は紡がれない。言葉の端に残るのは感傷か。

 二人もまた問うことなく、軍の施設へと向かう歩みを進めた。

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