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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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9.5話 炎の雨

 豪雨と共に稲光が空を照らす。激しく降る雨は一歩先も見渡せないほどだ。

 暗闇は己の息遣いさえも鮮明にする。激しく高鳴る動悸も、恐怖に鳴りそうになる歯も何もかもを浮き彫りにする。

 だが後ろを振り返ることなどは出来ない。必死で身を隠し、数少ない主格神具の一部を貰ったのは彼がこのまま、五連盟へと足を運ぶためなのだから。

 足音も気配もこの豪雨が隠してくれる。だが、足りない。主格神具は完全に姿すらも透明とする。だが、足りない。

 警戒をして、しすぎることはないのだ。何故ならば、ディーニアスを逃がすために彼らの団長が相手をしているのはこの王国の頂点に立つ男。

 否。

 大陸でも十本の指に入る最悪。


「幾百年か前に、誰かが言った。何故人の命は失われるのかと。奴は嘆きと共に、たった一人ぐらいならば世界を騙すことが出来るのではないと固執している」


 言葉は雨音を捻じ伏せるかの如くディーニアスの脳へと突きつけられる。


「妄執だ。死者は戻らず、流れた水は戻らない。元に戻ったとしてもそう見えるだけの欺瞞でしかない。過去に浸れば憂鬱に呑まれる。追憶は仮初の灯火に過ぎない」


 重く、鋭く心の内部までを焼き尽くす言葉はディーニアスの全てを否定する。

 過去に死んで行った者たちを言い訳に、それに縋り生きるのは全くの無意味なのだと。


「いいや。狭量だ。十座が七座、炎王。過去に縋り、過去に浸り、過去を想うことを否定するなど、貴方らしくもない。全てを失った貴方が――いや、強者だからこそか」


 仮面の奥から聞こえた声はディーニアスを肯定する者の声だ。


「貴方の言えることは強者の理論だからだろうか。弱者は過去に身を置いて生きる。未来に希望がありそれを掴み歩むのだとしても同時に過去に引きずられる。弱者とはそう言うものだよ」


 道化の言葉が途切れた瞬間、雨音が消えた。

 思わずディーニアスは突然の無音に驚き空を仰ぎ見る。先ほどまで暗闇に覆われていた空を。


「どうも感謝を、と言った方が宜しいかな」


 空には月が浮かんでいた。

 先ほどまで其処に存在し雨を降らせていた暗雲は、子供が遊び半分で刳り貫いたように丸い円を描いて消えうせる。


「雨が邪魔だろう。俺の過去を知る程に長く生きているのならばこれぐらいは出来るはずだが?」


 葉巻を懐から取り出して火を点ける。侮るような行動。本来ならば、行なうはずもない余裕。戦闘において素人だから余裕を見せているのかと多くの者が初戦では侮る。

 そして、絶望する。炎王は隙などなく、その余裕はソレこそが実力差なのだと。


「生憎と私は、貴方ほど才能がないのでね」


 道化もまた精神力だけは炎王に勝るとも劣らない。化物じみた術式を認識しながらも恐れも怯えも見せない姿は道化師団という組織を纏め上げるに足る器なのだろう。


「……それで? 貴方がその気ならば私を百度殺してもまだ余裕があると思うのだが何故ここまで話しに付き合ってくれるのかな?」


 強者の気まぐれならば、納得できる。死ぬ行く者への手向けと考えられるほど感傷に浸る男ではない。

 易々と死ぬ気はない。簡単に死ぬような男ならば、二百年前に、百年前にこの世を去っていたはずだ。


「運命を信じるか? 世界の舞台に挑む滑稽なる道化」

「まさか運命だからこそ貴方は私を殺せないなど言わないでしょう。万の命を奪った貴方が」


 大陸に住む者ならば多くの知る話だ。

 炎王となる前のファジルの過去は惨劇が付きまとうのだと。僅か三人で都市を壊滅させた悪行。異次元へと消えた都市への関わり。傭兵として戦場に出て、死を撒き散らした。過去最悪の龍種『暴龍』との争いに参戦していた。二百年前に世界最強と呼ばれていた女の弟子だった。

 蔓延る噂は虚実定まることはない。だがそれでも、全てが事実なのではないかと思わせる風格がある。


「時代は動く。世界を動かすのは無力な大衆だが世界を変えるのは一人の意志だ」

「中々、深いお言葉だ。心にこそ響きませんがね」

「何を武器に世界へ挑む、道化。人の世を変えるためではなく、世界への抗いを貫く道化よ」


 言葉は心の底を暴くものだ。向けられる瞳は目的までを焼き払おうとするようだ。

 それでも、道化は黙さず語らない。目的を悟られればそれで終わる。

許されるわけのない暴挙であり多くが賛同するであろう壮挙。


「――次代のために貴方は動き、それゆえに私の動きが邪魔だと、一言で言えばそういう事なのだろうね」


 何の意味もない問答は道化の言葉で幕を落とす。

 すでにディーニアスはここに居ない。団長の命令を行なうために去っていった。そもそもが、国王の足止めが目的だ。

 最初から妥協できる点などは存在しない。こうして会話を行なえた事こそが奇跡なのだから。


「代わりの役者は居るか? いや、殺してみればそれもわかる。殺せるのならば、そういう事なのだろう」

「余り争いは得意ではないのだがね。――我が愛しきミウルゴの書よ、私の欲を一つ捧げよう」


 そして、王国のとある場所で、後に何の意味も齎さない戦いが始まる。

 結果だけを言えば、どちらも死なず。

 だが熾烈な争いの後を伺わせるような、炎により溶けた大地とそれを覆うような氷の跡だけがそこに残った。

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