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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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5話 策謀の雨

「もう行ったか。なら、始めるぞ。お前は妹の代わりだ。ヒロムテルンは保留というわけでついでに監視を行なってもらってる」


 宿屋の中で、イニーを除く特務がテーブルの前に座る。

 ムーディルとダラングは面倒くさいとでも言うような顔で。ルカは多少眠そうに欠伸をしながら。

 ニアスは紫煙を燻らせつつ行儀悪く足を組み、リベイラは静かに腕を組み椅子に座っている。

双子の兄であるオルテットはどうにも場違いな気がして頬を引き攣らせているばかりだ。


「議題は、リュミールだ」

「殺すべきであるな。不確定要素を入れる意味は薄いであろう?」

「自然に同意見ね。守りながら戦えるほど、こちらは本調子ではないでしょう? そもそも私たちが誰かを守るというのもろくな事にならないわよ?」


 淡々とした声に孕む感情を言うならばそれは怒りと呼ばれるものだ。

 自身を脅かす可能性がある者を何故そのままにしておくのか。合理的にのみ考える二人らしい答えと言っていい。


「おいおい研究者共よぉ。そりゃ短絡的だろ。囮にするって選択もあんだろうが」

「そういうのとは別に殺すことへ賛成出来ないわ。何より殺す事で選択肢を狭める必要もないでしょう?」


 反論するのは狂犬と医術士の二人。

 それぞれ心に抱える想いは違う。彼は追想から命を守りたいと想い、彼女は信念から死を忌避する。


「んっとね。私は難しいことあんまりわからないけど殺した方がいいよ? なんとなくだけど、殺した方がいい気がするなー」


 ルカは欠伸と共に言う。勘であり、ろくな根拠はないのだろう。それでも戦闘経験が豊富な者が示した直感だ。下手な根拠や人道なんてものよりは遥かに信頼できる。


「あ、やー。俺はアレっす。殺さないほうがよさげだと思うんすけど。やっぱ女の子は殺さないほうがいいんじゃないっすか? それにやっぱ何も知らなそうっすし」


 どこか的の外れた意見をオルテットが口にする。

 根拠も説得力も皆無だ。ただ人道だけを口にする事の無意味さがわかっていないのだろう。それともどこか甘く見ているのだろうか。


「ならば言うがな、案山子頭よ。無知は罪であろう? 何も知らぬが故に役に立たぬのは愚かであると思わぬか?」

「何よりね、殺しておけばこちらの仕事で支障になることはないのよ。生かす意味が薄いでしょう? それを前提とするのが自然ね。生かしておいての不利益を全て貴方たちで埋めるのならば承諾するわ。具体的に言うと私たちは帰るけれど」


 交渉は取り付く島もない。殺さないのならば好きにすればいい、自分たちはこのまま帰るとまで言うのだ。

 無論、実際に首尾よく帰れるなど考えてはいまい。そう考えるほどに楽天的であるはずがない。


「金、じゃねぇよなぁ?」

「……貴方の最高術式でもあげればいいんじゃない? 幾つか、切り札があるでしょう? 私のは生憎と殺傷向けではないし、独創性に欠けてるのよ」


 求めているのはニアスの手札そのものなのだろう。全てを切れとは言わないまでも、何か一枚隠し札を切れと、そう言っているのだ。


「あの犬でいいんじゃないかなぁ?」

「おいルカ、テメェ何で買収されやがった」


 舌打ちと共に煙草を銜えて火を点ける。

 こうなれば研究者二人の機嫌を取るか、いっそ殺し合い無理やりに意見を押し通すかと言うものになる。先にルカへと根回しをしていた時点で研究者組の方が有利か。


「んー。洋服と、帰ったら痛くしてくれるって言うからー」

「ったく。しゃぁねぇ。後で獣車の中で出すから勝手に解析しろ」

「何、構わぬ。話に聞いた流動術式に近い構成であろう。我らが弄れば更なる飛躍が得られるであろうな」

「ええ、そうなれば永久術式の完成も夢ではないかもしれないもの。研究者としては自然と挑む研究よ? すでに解明している類でも、他人の術式構成を見れる機会なんて滅多にないもの」


 弾む声は純粋な喜びを宿している。リーゼは今まで見た事もないほどに上機嫌な二人から一歩距離を取る。下手に巻き込まれては構わないとでも言うように。


「それじゃあ、あの子は殺さないという事で決まりかしら?」

「であろうな。だが積極的な協力までは約束しかねるぞ。あくまで互いに妥協であろう?」

「そこまで望むのは意味がねぇよ。殺そうとしねぇだけマシだな」


 苦々しい顔でそう言うが、求めるばかりでは意味がない。協力をしろとまで言うならばやはりそれ相応の対価を支払うべきだろう。

 今回はリーゼも中立。襲われた場合でもムーディルとダラングはその命令に従い迎撃を行なうのだろうが、リュミールを守るために全力は尽くさないはずだ。


「えーと。つまり、どういう事なんすか?」

「案山子頭は黙ってろってことだ。んで、隊長さんよぉ」

「オルテット、アイツらを呼び戻してこい。すぐに出るぞ。王国軍がすでに南部方面の索敵を終わってる頃合だろうしな」


 そこらの動きは早い。帝国と王国軍が戦端を開くならば、消耗しているところを叩く。素直に一時撤退をしたのならばその隙に抜ける。

 必要なのは獣。それも訓練されている獣が三匹。

 いかに牽引用の狂獣とて、二日三日も休みなく引いていては疲労により潰れてしまうだろう。それを解決するのが予備の獣だ。

 勿論その獣を借りるために幾つかの取引があったのは言うまでもない。


「隊長さん、こういう根回しと準備は早ぇよな。頭が回るってよりよ、接待とか得意なんじゃねぇかと前々から常々思ってるんだがよ」

「あ、それ俺も思ってたっす。あと第四特務も何人か飼いならしてるんすよね」

「他の軍でも昔の伝手とかで私たち走り回されてますしー」

「俺の知らねぇ所で小せぇ活動してんのなぁあの人」


 三人が獣を走らせ、風術を使い雨を弾いていく。それでもやはり、土のぬかるみだけはどうしようもなく速度を奪い、時間を浪費させる。だが条件としては騎士としても同じようなものだろう。

 彼らが引いていく車内はと言えば。


「…………」

「…………雨、強いです、ね」


 沈黙が場を支配している。

 ルカは相変わらず眠っておりヒロムテルンも雨の中で警戒を絶やさない。ムーディルとダラングは最初からリュミールを見ておらず。リベイラは休息を取っている。


「そうだな。だが雨季はこんなものだ」

「じゃあ、えっと。農作物とか凄い大変、ですね」

「農民たちは厳しいだろうな。……元は農民だったのか?」


 仕方なしにリーゼが相手をする羽目となる。中で最も手が空いているのが原因だ。

 もしも煙草が手元にあったのならばその口から煙を吹いていただろう、という顔をしているのはリベイラから見れば少しばかり眉を顰める光景だろうが。


「あ、はい。小さい頃ですけど。その後はええと……変な薬とかを飲まされたりしていました。あ、でも、食事と暖かい布団は、貰えてました」


 実験体として育てるのならば当然だ。下手な環境で死なれてはその方が面倒だろう。

 わざわざ国境付近の村まで出向いて攫ったのだ、何かしらの要素が必要というのもまた因の一つか。


「そりゃ幸いな事でもあるんだろうな。どんな薬だったんだ?」

「えっと。飲むと、頭が痛くなります。少し熱も出て……。こっちに来る前にはもう飲まなくても大丈夫でしたけど……」

「副作用のある薬ね。大変なもんだ。……君は帰れるなら、帰りたいか?」


 実行に移すのはおそらく、不可能と言ってもいい。わざわざ帝国に送るぐらいならば王国で研究しなければならない。例えそれが結果的にリュミールの命を奪う事になろうとも。

 だからこの問いは、言うなれば最悪だ。理解していてリーゼはそれでも問う。


「その……。帰りたい、ですけど、そうするとお母さんとお父さんも、大変ですから」


 食べられるものがそう多くはない。ならば、戻れば苦労をかけるだろう。

 そしてこの結論には打算も含まれているはずだ。育ててくれるのならば、食べる物に困らないのならば居た方が良いのだと。


「強いもんだ。その返答は少し気に入った。」


 過去に想いを馳せるだけならば切り捨てる事を決めただろう。未来に縋るだけならば囮として使い潰すことを決めただろう。

 しかし、現実を見て最も生き残ることが出来るであろう判断が出来ている。それはリーゼにとって僅かでも好ましく思える回答だ。


「え? ありがとう、ございます?」


 おどおどとした表情で頭を下げる姿を見て違和感を覚える。

 顔が仄かに赤い。座り方はやや壁に体重を預けている。頭が重いような仕草。


「……ダラング、こいつを診てやれ。リベイラを起こすまでじゃないが、医者の真似ごとぐらいは出来るだろ?」

「自然と言えば、自然ね。……ええ。……風邪、ではないみたいだけれど。術力が少し活性化しているわね。不安定と言うべきかしら。緊張している新兵にはよくある兆候だけれど……。あら、そういえば術力量がやや多いわね。隊長さんの五倍ぐらいはあるわよ?」

「才能だなそれは。……大丈夫か?」


 ぼーっとしているリュミールは頷くだけだ。何でもないと、気丈に強がっている。

 実際にそう見せる事には成功しているのだろう。ここに居る中でもリーゼしか気づいていない。いや、リベイラだったならば気づけたはずだ。


「はい。よくあるので、平気です」

「無理されて倒れられても迷惑だ。素直に横になっておけ」


 そこらに落ちている服を一枚投げつける。ダラングは打つ手がないとでも言うようにそそくさと自分の座っていた場所へと戻っていくが、おそらく面倒だっただけだろう。


「しかし、術力量が多いね。後天的に増やしたのなら面白い話だが」


 術力量を増やすための実験材料として子供を使ったか、それとも子供にしか効果のない実験なのか。それとも術力量が多いからか。

 目的のために、手段のために思いつく事は無数に存在する。ともあれ根拠がない以上は空論にしかなりえないものだ。


「あの……。次はどこへ行くん、ですか? それに騎士は……?」

「騎士は気にするな。どうせ今日はやってこない。さて、けど次の目的地は南だが……。どのくらいで着くと思う?」

「わざわざ三匹も使っているのだ、順当に行けば七日であろうが……。御者の体力次第と言うところであろうな」

「休憩を入れれば十三日ぐらいではないかしらね。可能なら、自然に王都へ戻っておいた方が良かったと考えられるけれど」


 陣の展開される時間さえ知っていればそれも悪くはなかっただろう。

 そもそも、この十三日という時間すらも厳しいと言っていい。すでに効力が出ている以上そう長い猶予があるとは思えない。


「動きを別にするのもな。ただ敵の副長をこっちで足止めできているのは大きい。それに本筋は向こうで俺たちは陽動だ」


 特務の不調はこの移動時間でそれなりに回復してきている。十日の間に傷を負わなければ問題なく戦闘を行なえるだろう。ニアスと双子を除いてとなるだろうが。


「ああ、なるほどね。なら自然な流れと言えるわ。けれど、将来的には激突は免れないのかしら?」

「だろうな。裏で動いてる道化師団が殲滅してくれればこっちとしては楽だがな」


 そう上手く物事が運ぶわけがない。ある程度の数を削ることにはなるだろうが強者を柱として動く一部隊の強さはリーゼがよく知っている。


「ただ受身も面倒だからな。哨戒が終わった場所より南で罠でも仕掛けるぞ」


 言葉は冷たく、鋭い。リュミールが思わずビクリと震えるほどに。

 頭の中で描かれた図面。

 策は成功するだろう。相手がリーゼの思うように賢いならば。


「おいニアス! 次の村で休憩だ!」

「おう!」


 揺れる獣車の中でリーゼは更に精密に細部をつめていく。叶うならば、ここで副長を殺す事まで算段に入れて。


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