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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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4.5話 月に群雲

「どうした隊長さん。そんな辛気臭ぇ顔してよ。なんだ、老けたか?」


 結局、丸一日を費やし術式陣の撤去を行なった深夜。窓から差し込む月光で書類を読んでいるリーゼにニアスが声をかける。

 言うように浮かべる表情は何かを憂うようなものだ。


「ちょっとした情報がついさっき入ってな」

「アンタの部下よぉ、ちーとばかし雑魚すぎやしねぇか。苛々すんだがな?」

「殺さないでやってくれ。何人か居るが、情報収集の役に立つからな」

「そいつは俺じゃなくてイニーらにでも言っておけ。んで、どんな情報だよ」


 口にするのも億劫なのか何か考えることでもあるのか、リーゼはその書類を突き出した。

 手にとって読み進めるうちに、ニアスの表情もまたリーゼと同じものへと変容していく。


「……重さが減る、ねぇ。どういう術式だよこりゃ」

「さてな。だが狂獣の件もおそらくはこれ絡みなんだろうさ。大任だぞ、未だ解明されていない術式が王国を襲ってるようだからな。笑えないことだろ?」


 仮にこれを重量軽減術式とする。この術式により狂獣が暴れたという事は、何らかの害があるか異常であるのは間違いない。

 それが王国に住む民にどのように作用するかは不明。

 最悪の最悪を考えれば王国の土地が全て浮き上がる事も考えるべきなのだろう。


「俺らが死ぬ可能性があるから、阻止するっきゃねぇって事か。陣を潰しても効果はすぐにゃ解除されねぇだろうしな」

「更に朗報だ。この都市にあった陣は既存の陣だったと。風術系の陣で風の動きを阻害するって程度らしいがな」


 風がないというのも問題はあるが子供悪戯のようなものだ。あまりにも規模が大きいとしても。

 そして考えるべきなのは本命の位置。


「……んで。アンタはどう考える?」

「帝国第三騎士団長『斧』ラウベイルフ・ガーグザッドの性格は書類から読み取れば厭らしい性格だ。本命と見せかけた別働隊を動かし、背後から突く戦法を得意としている。……本命は見つかっていない陣の可能性が高いな」


 前回の剣華と違い、今回は書類上の情報が処理しきれるか不安なほどに存在している。しかしそれはリーゼの得意分野だ。

 多種多様な情報から必要な情報だけを抜きだすという行為こそが彼の真骨頂。


「んで? 俺らの行動に変化はねぇんだな?」

「この都市の奴らには陣の捜索を行なわせてる。数十人程度だがな。ないとは思うが念のためだ。俺らはこのまま南下していけばいいだろう」


 帝国騎士の場所を見つけてそれを討つという方法もないわけではない。おそらくヒロムテルンの眼を使えば可能だろう。

 それを行なえないのは数の差という問題があり、もう一つは。


「そんでよ。挽肉作りって奴についちゃ何かあったか?」

「微かにな。二匹の狂獣を連れた術士の目撃情報が王国内でも数件ある。竜種の討伐、南部で傭兵団との敵対、六連合の小隊を襲ったのもあったな。ただそれ外の情報は乏しい。実力の割にな」


 騎士の言葉を信じるのならば、道化師団と帝国騎士は敵対関係にある。

 そう見せるためだけに騎士の命を使い捨てたと考えることが出来ないことはないが、今回の場合でそうする意味はない。


「状況から考えて敵対しているのは間違いない。あそこで俺らを殺さなかったのが証拠だろうな」

「それを罠だと考えることはしねぇのか?」

「そこまで周到に仕掛けて何をしたいんだ? 二十座に対してならわかるけどな。罠の線は完全に捨てる。互いに潰しあうならそれが最善だし、何なら一時的な同盟を持ちかけるぐらいはするさ」


 将来を考えれば今の内に殺すことが最善だ。

 だが下手に手を出せば要らぬ被害を負うことになるだろう。任務を果たすことを最重要だと考えるのならば何もせずにやはり警戒をする事に力を割いた方がいい。


「じゃあその方向で行くか。ったく、面倒くせぇもんだ」

「軍の方が面倒くさいだろうな。獣相手だ、死傷者も出てる」


 各地では各軍が出動し戦闘しているか、それとも警戒のために立っているか。夜は狂獣が活発に動く時間だ。警邏は常以上の緊張が走っているだろう。


「んじゃこっちにも獣は出るかもしれねぇな」

「そりゃな。こっちにも軍は出るようだからそれに紛れて行動するぞ。あの子についても、色々厄介な部分だしな」


 騎士は少女を得るためにリーゼらを襲撃した。そして、それは成功しかけた。

 そもそも王国まで連れてきたのだから何かに使用する目的があって当然だ。今回の件はその裏づけを取れたというだけに過ぎない。


「俺らが連れていくでいいんだよな?」

「殺すかどうかを俺に決めさせるつもりか? それなら後で他の奴の意見も聞きたいところだな。……俺としては、判断がつかない」


 濁される言葉には確かに迷いが見え隠れしている。

 リュミールに非はない。だが、帝国騎士の目的が彼女を奪還する事ならば殺すのも一つの手なのだ。

 戦術として見れば相手の最も嫌がる事をするのが定石となる。リーゼらを殺してでも得ようとしているのならば、その阻害をするのは悪い手ではない。仮に特務が殺されるとしても最低限の邪魔は可能だ。


「……アンタは容易く命を切り捨てるもんだな」

「お前がやってきたことと大して違いはないだろ。それとも殺した命を顧みる気にでもなったか?」

「馬鹿言えよ。俺が殺した奴らは悪人だぜ? それとあのガキじゃ違ぇだろうが」


 ニアスの言葉には一理がある。リュミールは巻き込まれただけの子供、それを殺すのは余りにも非道の振る舞い。


「悪人の定義について話をする気はないな。どっちにしろ俺も殺す気はない。それでも話し合いと現状の確認についてはしておくべきだろう?」


 互いのためにとでも聞こえそうな言葉と共にリーゼは窓を開け、未だ雨の降る外へと書類を燃やして捨てる。

 月の見えない空から落ちる雨は未だに暗雲を晴らしはしない。


「殺そうとするなら、俺はアンタを殺すぜ?」

「それで殺せたときはお前の力不足を嘆けよ。それじゃあ早く寝ておけ。明日もお前が御者だ」

「あいよ」


 眉間に皺を寄せたニアスは短い返事と共に自分の寝床へと戻っていく。

 最高級の部屋でそれを見届け、更にリーゼは一人今後の展開を予測し始める。

 幾つもの展開を、可能な限り情報からわかる精度で。夜が開けても思考を止めることはない。


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