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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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3話 雷雨と共に騎士来たり


「お姉さんとお兄さんは、双子なんですか?」

「そうそう。性別が同じだったらどっちかどっちだかわかんねーよなー?」

「双子の人見た事あるけどどっちだか途中で分からなくなりそうだよねぇ。リュミールは兄妹とか居ないのー?」


 精神年齢が近いからか。それとも一般的な雰囲気のためか。倒れていた少女、リュミールと最も仲が良くなったのは双子だった。

 予想外にも名前を聞き出したのも二人であり、最も打ち解けていると言ってもいいだろう。次点でニアスとリベイラだと言うのだから適材適所と言うべきなのだろうか。


「えっと、うちの村は貧乏だったので。下の子供は産んだらいけないんです」


 産んでしまえばそれが原因で村の食料が足りなくなるという事なのだろう。しかし子供を作るための行為は止められるわけもない。

 だから、産まれたばかりの男児は捨てられるのが帝国の常識だ。


「面倒な国だな」

「我には余り関係のない話であるがな。それより、御者に奴を使うとは豪華なものである。よく奴が引き受けたものであるな」


 リュミールの世話をさせる予定だったニアスなのだが、リーゼの予想を裏切り少女が双子に懐いたため急遽御者としての役割を行なう事となった。

 素直に引き受けたのは、二人に任せたほうが子供も良く喋ると考えた結果だろう。


「そいつは大変だ。あ、ミールは王国で暮らしてみんのか? それなら隊長―、この子の保護とかできるんすかー?」

「お前らで育てるなら別に構わないだろ」


 怯えるような視線がリーゼに突き刺さる。終始一貫してリュミールの調子はこんなものだ。ルカやムーディル、そしてダラングとリーゼ。この四人に対しては怯えが妙に目立つ。

 子供は大人よりも人の本質を見るというが、真実だとすればリーゼが異常だと子供には見えているのか。それとも、単純にそっけないリーゼを怖がっているのだろうか。


「えへへ。それじゃあ私の妹にしましょう! あ、でも、帝国に帰りたい?」

「……そこの妹。帝国と王国は価値観が違うぞ。帝国では食料は高価なものである。税として徴収される程にな。雪国で生きて、食に困る日がある帝国と王国では王国で生きる方がマシであろう」

「そうなんすか? つーか、食に困るってスゲェっすね。いや、俺らも不作の時とかは結構辛いっすけど」


 ピラックを育てるための食料が無くなれば、それが不作だ。農作はどちらかと言えば順調ではあるのだが、ピラックが居なければここまで各国が発展する事はなかった。


「あ、私は中立都市の近くで育ったので、他の村よりは良かったと思います。王国の人もたまに居ましたし、ご飯をくれたので」


 言葉に、リーゼは僅かに眉を顰めた。

 帝国騎士がわざわざ中立都市の近くで子供を連れて行く。リュミールの言葉を信じるならば何人も居たはずだ。それが無作為に選んだのではなく何かの適正があったとするのならば。


「おい隊長さんよ。都市が見えてきたぞ。目的地は此処だよなぁ!」


 御者の席からニアスが声を荒げる。前へと移動して顔を突き出せば、確かに都市の姿が目に入る。

雨の中だと言うのに、夜だというのに燦然と輝く都市。王国領の都市の一つ『不眠の(ジョトフォヒウツ)』と呼ばれる都市だ。

 輝きは欲望を燃料に燃え続け、堕落した者をまた燃料として燃え続ける。

 非合法の物は此処で揃えろ。揃わない物は一つもない。そうまで言われる都市だ。

 名目上は医術の研究と術式。実際にその研究の行なわれているが、歓楽都市の印象が強くまたその側面があるのも事実。


「ああ! 刻まれているだろう陣を探すぞ! どうせ騎士も居ると思っておけよ!」


 雨音と風切音に遮られないよう声を張り上げる。

 騎士の数は不明だが、確実に居ると考えて間違いはない。陣のどこかで待ち伏せしていると考えるのが妥当だろう。

 見つからなければそれで時間を稼ぐ事が出来るのだから。手を出さないことこそが最善手となる場面もある。


「あいよ。んじゃどっか宿探すぜ! 最高級か!?」

「それで構わない! どうせ後で軍に請求する! なるべく大部屋がある所にしてくれよ!」


 そして獣車は進む。リュミールは話しつかれたのか、それとも旅での疲労からかやけに眠たそうな目をしている。

 他の皆は流石に軍人と言うべきか。疲れは見えているものの隙はない。ここで襲撃を受けたとしても即座の応戦が可能だろう。


「都市に着いたら、なるべく部屋割は同じ場所にする。警戒のために双子は交代で起きてろ。最悪でも、悲鳴は上げてくれ。どうせ夜に動いてもろくな事にならないのはわかってるから、捜索の詳細は明日に伝える」


 起きている者はそれぞれ各自で返事をして、リーゼらは都市の中へと何の問題もなく入り。

 夜が明ける。



 ――――――




「嫌な空気だ。雨季はこれだからな。ルカ、敵は現れそうか?」

「んー。多分いないと思うよ? 陣も見つからないねー」


 軍人が街を歩いているのは人目を引く。特にこの都市では尚更だ。一人でも目を惹くというのに、リーゼ、ニアス、ルカ、ヒロムテルン、ムーディルの五人が居るとなれば迫力も尚更だ。


「つーかアイツらが留守番の理由はなんだっつーの。可能なら俺も留守番してたいんだがよ」


 ニアスが水術を展開し雨を受け流す。巨大な傘のようなものだ。その分肌寒さを感じることにはなるが。

 欠伸をしながら問うニアスの言葉にはリーゼも頷くけるものがある。御者として活動したのはニアスだ。そして、子供も懐いている。

 本来ならば残しても良かったのだが。


「あっちにはイニーを置いてる。……本当ならダラングとリベイラも連れてきたかったんだがな」

「おい。隊長さんよ。そりゃ、あのガキを犠牲にしてもいいって事かよ」


 声には確かな殺気が篭っている。ヒロムテルンはいつでもリーゼを守れる位置に立ち、ルカは笑いながら先頭を歩く。


「犠牲にせずに済むならそれが最善だ。向こうにあの四人を置いてきた事を考慮してくれ。流石に全員でゾロゾロ移動してどうするんだって話だしな」

「そうだよニアス。僕も隊長さんの言葉には賛成するかな。何より優先するべきなのは、僕らの命だ。冷たいことを言うようだけれど子供一人ぐらいを犠牲にして今更心痛めるような善人ではないだろう?」

「……ああ、そうだな。俺らは屑だからな」


 再度、ニアスは舌を打つ。冷徹な計算を行なえば、子供一人の犠牲で四人が生き残る事になるだろう。もしも襲撃があればという前提だが。

 これまでの人生でそれ以上の非道を行なってきた者が今更、子供一人程度で心を動かす事は偽善にしかならない。自分でもわかっているのだろう、ニアスは頭をかきむしる。


「だが。俺が言ってるのは偽善だとかそういうもんだけじゃねぇぜ。あのガキが騎士らの鍵である事も考慮すんなら、死んだら発動する何かだったりするかもしれねぇだろ」

「はは。笑えない話だ。ありえるって言うのがまた笑えない」


 条件作動式の術式陣が、巧妙に隠されているという可能性は捨てきれない。無論それは騎士の動きを待ってでの思考になるが。

 もしも問答無用で少女を殺そうとするならばその線を捨てることは出来る。

 しかし殺さないようにしているのならば生かしておいた方が多くの意味で得だ。


「何はともあれ、術式陣を探すぞ。ついでに何か買っておくか?」

「私は服とか武器が欲しいなー。あとご飯食べたい!」

「我は何でも良いぞ。ああ、それとだな。術式陣はすでに見つかった」

「そうか。じゃあ飯は何を――どこだ?」


 空気が変わる。互いの背を刺しあうかのようなものから、一つの方向を向いた槍のように。

 雨により移動が遅れている現状で早く見つかることは願ってもない条件だ。破壊する時間を考えれば尚更に。


「この都市全体であるな。おそらく、外壁あたりに何かを仕掛けているのであろう。歩き回ることによって確信を得たぞ」


 口ぶりからすれば夜中に来た時に気づいていたのだろう。言わなかったのは確信が持てなかったという殊勝な心構えでは勿論ない。


「眠かったからか?」

「当然である」


 肩を竦め、羽を震わせるムーディルは無表情に近い顔だ。悪びれもせずにいえる胆力だけは誰もが見習いたいものだ。


「……外壁か。仕方ない、都市の長に会ってくる。ルカ、ムーディル、ヒロムテルンは着いてこい。ニアスは宿に戻って伝達」

「早ぇもんだ、こりゃあっさりと仕事が終わりそうだな」

「そうだね。雨で尻尾が濡れるから、正直早く終わって欲しいかな」


 二人の言葉を背にしながらリーゼは思考を繋げる。都市の長へと会い、兵を借り受ける。ムーディルの指示により外壁の術式陣を破壊。

 上手く話が進めば明日にはこの都市を出発できるだろう。何も見れなかったことは僅かに残念ではあるものの遊びに来ているわけでもない。

 ニアスから引継ぎムーディルが水術で雨を流す。


「ムーディル。明日に此処から出る時にはお前は獣車の中で休んでいてもいいぞ」

「我のために敷物を買っておけ。あの獣車の中は酷く寝難いぞ。そこらならば楽に揃えられるであろう?」

「ああ、わかった。ルカも後で何か買うぞ」

「えー。私はご飯食べたいなー。あ、保存食も美味しいの買おうよー」

「僕も短剣が欲しいですね。なるべく手元に戻るような機能がついた物があればなお良しと言うところなのですが……」


 ぐだぐだとしか会話を楽しみながら路地裏に入れば。


「リっちゃん下がってー?」


 ルカの身体が光術により姿を消す。


「ふむ。難敵であるな」


 カン、という音と共にムーディルが杖で地面を叩けば、術式が多重展開される。

 氷術が路地裏を満たし、氷の道が作られる。更にヒロムテルンへ精神系術式を展開。


「ああ、三人だと少し厳しいねこれは」


 苦い顔になったヒロムテルンは眼帯を外し屋根の上へと跳ね上がる。リーゼは何の反応も出来ていないがそれは知覚の外にあるという事を示す。


「どのくらいだ?」

「自虐童子が術式を使うなど、死ぬ危険がある時に決まっているであろう?」


 要は格下の入り込めない次元の者が相手だと言うことだ。リーゼの指示を待つ時間すらも惜しいほどに。

 元より指示に従う意味が薄いというのもあるのだが。


「上か?」

「正面である」


 視線を動かし剣を抜く。見れば、鬼族の男が其処に立っていた。

 黒塗りの革鎧に二本の長剣。紫色の髪は風に揺れ、帯電している見える剣から光が瞬く。

 二刀の雷術士。そして、眉間を通るようにして深く刻まれた斜めの十字傷。


「……ほぅ。葬送のピラヴァック家か。いや、すでに没落した家であったな。ふむ。逃げたほうが無難であるか」


 一人納得して頷き、ムーディルは翼を広げる。

 葬送のピラバック。その名は微かにリーゼの記憶に引っかかる。だがそれを思いだすよりも先に。


「逃がすと思うか? ラクラントス」


 紫電が雨を伝わり疾る。

 雷の結界と言うような光が路地裏の空を覆い、ムーディルが空から離れるのを阻止。

 更に、二本の剣が同時に振られる。


「あ、バレちゃった」


 タッと地面を跳ねると同時にルカの笑い声。常よりも力ないのは、死を予感しているためだろうか。


「あはは。リっちゃん逃げないのー? 死んじゃうかもよー?」


 雷の作り出した結界は騎士が剣を振るうのに十分な場所がある。懐にもぐりこめれば十分に勝機があるように見える。

 おそらくは、それが罠。


「ムーディル。知っている相手か?」

「うむ。かつての二十士族であるな。今は廃嫡となり十六士族となったがな。なあ、処刑人の一族よ」

「……死ね、天眼!」


 氷の壁が路地に展開され、道を塞ぐ。しかし男は口角を吊り上げる、右手に持つ剣を前へと突き出す。

 更に上から下へと左手の剣を振り下ろす。


「あはは! 痛いね!」

「ッ」


 上から跳んだ術式弾を叩き切り、更に後方から迫ったルカへの一撃。斬撃こそ当たりはしなかったものの、雷はルカの腕を焼く。

 雨季の雷術士の厄介なところは此処だ。更に雷は氷を突き進み。


「やはり。厄介であるな」


 壁から更に一つの氷が突き出る。それは直角に曲がり地面へと移る。

 氷術士や水術士の天敵とも言える雷術士。対抗するには土術が最も有用だが、最高位だろう雷術に対抗するには並みの土術士には不可能。


「ハッ!」


 二つの銀剣が更に閃けば氷の壁が分断される。ヒロムテルンが上空から飛び降り、ルカが早くも元に戻った片腕と共に殴りかかった。

 二方向からの一撃。そして更に一手、ムーディルが紡いだ十の氷槍が正面から狙う。


「帝国の以上の凍土を持って来い!」


 雷が奔った。

 高密度の雷が縦横無尽に、まるで鞭のように振るわれ氷の槍が、ヒロムテルンが、ルカが砕かれ、弾かれ、焼かれる。


「……目的は、俺らの命か? ルハエーラ・テック・ピラバック」


 今まで戦力にならないという事で無視されていたリーゼが口を開く。

 何も今まで無為に動かなかったわけではない。記憶から、該当する人物を漁り剣の動きと術式の動きを観察していた。

 そして、脳内に該当する二刀流の雷術士は複数居るとしても第三騎士団に属するのは一人だけ。


「よく知っていたものだ。だが、名乗ろう王国の貴族よ。私の名はルハエーラ。裏切りの第三騎士団副長。すでに家名なき男だ。そして答えよう、リーゼ・アランダム。私たちの目的は貴様らの手にある、少女だ」


 獰猛な笑みから発せられる気迫はリーゼの心臓を掴んだ。実力差が余りにも開きすぎている。

 瞬きをしたその時にはすでに首が断たれていてもおかしくはない。

 今も倒れているルカや、片足が炭化しているヒロムテルンを見れば実力差もよくわかる。


「へぇ。教えてくれるとは思わなかったよルハエーラ。余裕か、油断か?」

「雨というのは暖かいものだ。帝国の雪とは随分と違う。――ならば、余裕だろう? だがそこのラクラントスは帝国の恥だ。此処で殺しておくのが帝国騎士となった私の責任でもある」


 ムーディルの表情は相変わらず苦々しいものだ。一歩も進まず、しかし警戒をやめない。例え軍の者が来たとしても対処できると確信しているのだろう。


「コイツの命をくれてやるから見逃せ、というのは通りそうもないな」

「そうなったならば我は貴様の命を奪うがな」

「残念ながら、あの少女が必要だと言っただろう。そのために貴様らは不要だ」


 ルハエーラの目が細くなり殺気が膨れ上がり、足が動こうとしたと同時。


「今、ソレらを潰されては団長が困るらしい」


 岩のように重く、火山のような激情の篭る声が空から炎となり降り注ぐ。


「……チッ」


 ルハエーラが雷術を展開。意識が追いつかない速度で地面を蹴り、壁を蹴る。

 雷術士得意の近接技。それに追随するような動きを見せるのは屋根の上に居た、壮年の男。


「――道化師団か」

「応。我らの目的がために、貴様らの計画は邪魔だ」


 騎士の苦味を伴った呟きに男は答える。

 更に炎術を展開、紡がれた二十ほどの中位炎術『炎鳥』が雨を焼きながら逃げる騎士を追う。


「逃がすかよ。追うぞ『空の覇者(ノフォバサバクス)』、『陸の蹂躙(アスバンビュイ)』よ」


 男の言葉が響けば、肩にいつの間にか止まっていた鳥が一度鳴き、雨の空を羽ばたく。翼は燃えるような紅蓮色。瞳は三つ。

 そして足元に居た灰色の毛並みを持つ、三つ首の獣が同時に吼え屋根の上を駆けていく。


「……道化師団で、獣使いね」


 安堵の息を吐く。助かったのは事実。しかし、それ以上に厄介な名であり厄介な相手だ。


「あははは。獣使いだって! どうしよう!」

「うーん。狂獣使いだね、アレは。僕はやりあいたくはないな」


 人獣一体となった軍人は隙を見せなければ縦横無尽に駆け回り補足されることはない。

 逆に、小型の狂獣を使役すれば手数と圧倒的な火力による蹂躙が可能となる。ソレゆえの蹂躙なのだろう。『蹂躙の蹄』と言葉が違うのは、あちらが心を折るという意味だったのに対し『陸の蹂躙』は実際に破壊するという意味合いを持つ。


「……早く都市の長に会いに行くぞ。あっちは勝手に潰しあってくれることを祈りながらな。ああ、ヒロムテルンは向こうの様子を見てきてくれ。ニアスが間に合ってくれてるなら御の字なんだがな」


 ムーディルが水術で再度雨を受け流す。

 だが濡れた服まではどうしようもなく、降り止まない雨は先ほどの出来事とも相まって更なる暗雲を予感させた。

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