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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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1話 朝露の迷い子

「つーわけでムーディルさん! 術式陣を身体に刻んだら強くなれるんじゃないかと思うんすよ!」


 時刻は朝。鐘が鳴り響き王都の民はすでに活動を始めている時間となっている。

 寝起きながら装備をしっかりとつけたリーゼは頭を抑えながら今後の計画を脳内でまとめていく。


「あら、その発想に行き着いたのね。そうね、移動中に行なえるけど身体に刻んでみる? 少しは痛いけれど自然と我慢できる程度よ」

「ふむ。行なうというのならばそれも一興である。我に断る理由などはない」


 楽しげに研究者二人が同意を示し、やけにあっさりと許可がもらえたことに双子は不安そうな顔をしている。

 ルカやヒロムテルン、ニアスなどは興味が薄いのだろう、もしくは眠いのか欠伸をしながら椅子に座っていた。イニーに関してはすでに棺の中に押し込められている。


「あ、出来るんすか! じゃあお願いします! えへへー。これで少しは生き残れそうかなぁ」

「だな! ……なんすか隊長。羨ましいんすか? へっへっへ。これで俺たちも戦力上がるっすよ?」

「ん? ああ、そうだな。そこまで自殺願望があったとは思ってなかった。なるべく格上の奴らを道連れにしてくれ。さて、それじゃあ早速だが」


 これから死ぬピラックを見る目で二人に視線を向けてリーゼは今朝文字通りに叩き起こされて命令された内容を口にしようとした所で、二人から静止の声がかかる。


「へ? ど、どういう事っすか?」

「妬ましいからそういう事を言う人じゃないですよね隊長ぅ」


 片方は焦りながら、片方が涙目で問いかける声にリーゼは溜息を吐いて研究者二人を顎で示す。

 示されたほうの二人は舌打ちと残念そうな表情になり、どちらが説明するのかを視線だけで激突した後にダラングが先に折れた。


「術式陣を人体に刻むという実験は、過去に何件が行なわれているわ。有名なものだけで五件ね。それ以降は表に出ているはずがないのだけれど。年に十件ほど同じ思考になる人が自然に出てくるのは面白いと思わない?」


 大部分の者は実際に陣を刻むことは出来ずに終わる。王都の民や並みの軍人ではそんな友人など居ないからだ。

 居たとしてもそれが友人ならば諌められて止められるのだが。


「そ、そうっすね?」

「は、はいぃ」


 二人が訝しげに、または怯えながら返事をするとダラングは頷き、笑顔になる。


「陣を刻むだけならば実害はないわよ? ただそれを使おうとすると、低位や中位なら自然に死ぬ事にはならないでしょうね。運がよければ」

「運が悪ければ刻んだ陣が肌に直接作用するんだったか。上位だったら壊滅的だな。何にせよ、やめておけ二人とも。死ぬだけだ」

「あら、横から口を挟むのはやめてくれないかしら隊長さん? 不自然よ? それに、死なない事もあるわ。とは言っても血族のような特殊な改造をしないと無理でしょうけれどね」


 一言で言ってしまえば十中八九で死ぬという事に他ならない。

 残りの一と二は廃人か、それとも治せないような重大な怪我になるかだが、蛇足に過ぎないことだろう。

 溜息を吐き、リーゼは頭の中でこれからの事を組み立てながら口を開く。


「さて。それじゃあ、お前らが楽しみにしてる仕事の話といこう。敵は帝国騎士だ。本来なら他軍に任せておきたいところなんだが……」

「確か、最近頻繁にある地震の対処に出てんだろ?」


 やる気が薄そうにニアスが口を挟んだ。

 ここ最近、と言ってもリーゼが山脈に行った後あたりから起こり始めた地震だ。規模は大きくはないにしても、頻度が多い。七日に一度の割合で起こるなど王国の歴史を紐解いてもなかった出来事だ。


「ああ。それに乗じて狂獣が各地で暴れている。切迫した事態にはなってないけど軍も対処に追われている方でな。それに……道化師団らしき動きも確認されてる。聖将軍ユシナ様が直々に警戒へ出ているからそっちについては問題ない」


 聖将軍率いる鉄脚の獣騎兵が千。それがカルネスセルト領を駆け巡っている。それだけで十分な威圧であると同時に、領民は聖将軍が自ら出る事により安堵する。

 そして、他の軍の者も動いているため地震による被害は今のところは出ていない。


「ふむ。難儀な事であるな」

「んー。あー、だから最近はキーツも来ないんだねー?」


 残念そうにルカが欠伸をしつつ呟く。それを聞かなかった事にしてリーゼは今回の任務内容を説明する。


「今回は、八軍全軍が出る事になる。言っても出るのは各部隊長と一部の奴だけだがな。目的は、王国各地に仕掛けられたと思われる術式陣の排除と帝国騎士の排除だ」


 空気が引き締まる。

 不平や不満があるわけではないだろう。その情報はつまり、陣を刻まれるほどに帝国騎士を放置していた国への怠慢に対する怒りだ。


「おいおい隊長さんよぉ。流石にそりゃ、無茶があるんじゃねぇか?」

「うーん。正直なところ、僕らが出る意味はあるのかな? 帝国騎士は確かに強い。けれど、王国領だ。陛下が直接出ればそれで解決するんじゃないかと思うけれどね。何なら他軍の方たちに出てもらえばいい」

「我も同感だ。将軍らが出るのならば、我らの出る意味もあるまい」

「俺もそう思ったし、言った。言っただろ、道化師団が動いてるって。道化本人らしき相手が目撃された。陛下は、それに対応するために待機だ。他の実力者も同様。軍も動いてはいるが、他の都市に帝国騎士が来た時のために待機中だ。俺らを遊ばせるつもりもないみたいでな」


 リーゼが苦い顔をするのは最もであり、他の者が乗り気でないのも当然だ。

 聖騎士との争いで負った傷自体は癒えているものの、まだ身体の部位は馴染んではいない。ここで帝国騎士と真っ向から争えば誰かが死ぬ可能性はある。


「特務は全員で行動する。今までのようにばらける意味もない。向かう場所は、西と南だ。距離が近いから同時にやってこいとだ」

「はっ。んじゃ今の内に坩堝に逃げる算段でも立てておけって事だな。涙が出るぐれぇありがてぇ話だぜ」

「僕もやる気はしないね。……けれど、やらないければ死ぬんだろう?」

「俺がな。リベイラの世話になる暇もなさそうだ」

「あら。首だけでいいなら生かしてあげるけど? とは言っても、ダダをこねるだけ意味はないでしょうね」


 リベイラがそう言えば、他の皆も溜息と共に同意を示す。実際に逃げるのは難しく、従わないのならば殺されこそしないまでも重い罰が待っているのだろう。

 それを思えばここで行った方がまだ楽なものだ。


「ちっ。まっ、死ぬ時は誰だって死ぬか。しゃーねぇな」

「ディル。精神系は頼んだよ。あまり腕と足の調子が良くないんだ」

「ん。行くのー? 私は獣車の中で寝るから、ゲンちゃん連れてってー」

「あー。これ多分俺ら死んだ。絶対死ぬって……」

「兄さんは私の事を庇って死んでねー?」


 思い思いの呟きや会話と共に特務は部屋から出ていき、リーゼは息を吐く。

 術式陣の場所は判明しているだけで四箇所。そして、判明していない箇所を含めて六ヶ所となる。

 その捜索に将軍と副将軍が借り出されていた。その事は特務にも機密となっていることだ。


「さて。しかし」


 もう一度、リーゼは深い息を吐く。情報は少なく、何よりも敵は強い。

 シルベスト将軍に手傷を負わせる男が副長に納まっているような相手なのだ。


「いや、どうせ情報が少ないのはいつものことか。道化師団のように突然でもないしな。……ムーディルに道すがら帝国の情報も聞いておくか」


 リーゼもまた部屋を静かに出て行き、ムーディルとダラングの研究室の扉が静かに閉まった。



 ―――――――

 


 

 獣車に揺られながら特務の一行は西へと向かっていた。

 先日も通った道である事にリーゼは溜息を吐き、研究者二人は相変わらずの議論を行なう。

 双子は相変わらず御者としての役割を務め、ルカは車内で眠りリベイラとニアスは休憩をしながら暇を潰している。


「お前が居てよかったと思うよ。何か引っかかる様子はないか?」

「何もないね。帝国騎士の気配は独特だから隠してもすぐわかるから、リーゼ隊長も休んでいて構いませんよ?」


 敬語の混じる口調でヒロムテルンがリーゼを気遣う。特務で気遣いをされることがないリーゼとしては素直に頷いておきたいものの。


「いや、色々と考えることがあってな。そういえば、術眼血族はお前以外には滅多に見ないな。少し前に青眼は南部に出たらしいが」

「へぇ。それは珍しい。大抵の者は坩堝に引きこもっているはずなんですがね」


 冷え冷えとした口調からリーゼはそれ以上の問いかけを噤む。下手に踏み込めば爆発する術式陣のようなものだ。


「……そういえば、リーゼ隊長は血族戦争について何か知っていますか? 昔のことですが」

「流石にそんな昔のことを言われてもな。ただ、何かの動きはあっただろうな。最初に動いたのは聖皇国だが、その後の動きが不自然すぎるぞアレは。金と食は消費されるだけだったし、政治的なものも見えない。そもそも、大国は聖皇国も含めて五年戦争で疲弊していたしな」


 ある程度の学がある者は資料を見るだけで不自然だという事に気づくような争いだ。

 血族、それも殺人血族やその他の強力な血族を殲滅したというのにどの国も疲弊するだけの無意味な争い。殺人血族を相手にした聖皇国は、僅か百人を相手にしたというのに三万以上の兵が死んだ。

 術眼血族を相手にした小国連合もまた然り。軍は壊滅的な被害を負ったと言っていい。それが元で王国や帝国、聖皇国は周辺国への併合を果たしたわけだが。


「……そうですか。陰謀説はお好きですか?」

「言い出したらキリがないな。それでも、何かが裏で糸を引いてた可能性はあると思うが。……そこの研究者二人は、血族について調べたこともあるだろ。どう思う?」


 熱く議論をしている間へとわざわざ口を挟めば、面倒くさそうな顔で二人は振り返る。

 最初の頃だったらなら無視されていただろう。これも僅かながらの関係が結ばれている証拠だろうか。


「ふむ。帝国では一切不明の事件であったがな。だが我の元にも研究材料はなかった。帝国は関与していなかったであろうな」

「私も自然に知らないわよ。けれど、確か術眼血族の目は王国と五連盟を中心に売られたとは聞くけれど。芸術品としてね」

「……正直、同族を思えば怒りを覚える話です。取り戻す必要はありませんけれど。しかし術眼血族、殺人血族以外にも少数血族は多く潰れましたからね。今は数える程しか血族は残っていないでしょう」


 殺人血族は、それでも少数が生き残り各地で活動をしている。術眼血族も下位三族は坩堝に。

 五連盟が抱える血族は上手く生き延びた形となるが。その他の血族は滅んだか、それともどこかの誰かに飼われているのか。


「怒りは置いておけよ。それで、血族について何か知らないのか?」

「ふむ。帝国に居たわけではないが精練血族というものが居たな。命題は術力を後天的に増やすというものであった。研究書の一部を読んだが、中々面白い内容であったぞ」

「へぇ。それは少し興味があるな。結論から聞くんだが成功したのか?」 


 術力を後天的に増やせるとしても現在の常識では雀の涙ほどもないと言っていいだろう。もしも大量に増やせるとするならばリーゼとしては試してみたいという気持ちがある。


「さてな。だが理論上は成功するであろう。同じ血族の者を同一の存在と見立てた上で術力を相手に渡すのだからな。渡すほうが死ぬが、悪くない方法であろうな」

 無論、そんな美味しい話が転がっているはずもない。可能ならばすでに各国が行なっているだろう。

「最後には、子供に術力をわけたんだったかしら? 面白い話よね。そういえばそれで思い出したのだけれど、自然に人間を術力にする術式もあるらしいわよ」

「酒場の噂話だろそれは……」


 よくある噂の一つだ。人を術力に変換する術式があり、それを行いその術力を自分の物とすれば、最大の術力量を誇る二十座が四座ムレアムに並ぶと言われる噂話。

 噂話にしか過ぎないが、傭兵や二十座を狙う実力者にはその噂に飛びつく者も少なくはない。


「ふむ。……いや、だが帝国では研究されていたな。我が帝国を出る前までは成果は上がっていなかったようだが」


 ムーディルの言葉にリーゼは苦笑し、ダラングは当然とでも言うように頷く。

 そんなものが完成しているのならば帝国の兵たちは一人が一騎当千となるのも不可能ではない。副産物の何かはあるにしてもそれが直接軍のためになるのかも不明だ。


「ふむ。……血族に関しては、やはりどこも不明なんですね。日常生活は普通ですが」

「血族だからって特別な何かがあるわけでもないか。けど、そうだな。暇が出来た時にでも当時のことを調べてみるさ。ああ、ムーディルついでに聞くが第三騎士団と関わりはあったか?」


 本題はそこだ。今回リーゼが集めた情報ならば、第三騎士団『巨人殺し』と呼ばれる女王親衛隊が相手となる。


「ないな。我が面識のあるのは第一、第四、第五騎士団ぐらいである。第二と第三は貴族派であり、第六は市民派の親衛隊でな。ふむ……第三騎士団ならば、貴族派が政争に負けてその失点潰しの計画であろうな」

「有益な情報だ。帝国の屑っぷりがよくわかるね」


 国王の下に動く王国から見れば派閥を分けて争うことなど愚かにしか見えない、というのは王国民としての意識からだろう。


「ん?」


 ふとヒロムテルンが首を傾げ、同時に獣車が急停止し内部に居る全員の身体前へと倒れる。


「オイ双子ぉ!」

「ちょちょ! 俺ら悪くないっす! なんか、女の子が急に!」


 双子の兄であるオルテットが叫び、リーゼら数人が前に顔を突き出せば。

 そこには青い髪をした少女が倒れており。


「隊長さん。敵襲だよ。お待ちかねの、帝国騎士だね」


 同時にヒロムテルンが獣車の中から弾丸のように跳んだ。


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