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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
四章 最後の夜
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0話 夜明けの時告げ鳥

「ねぇオルテット兄さんー」

「久しぶりに名前で呼んだなぁ。なんだよテニアス」

 リーゼが眠っている部屋の前で、エルトニアス兄妹は馬鹿話をする。最近は襲撃などはなくなったが、一時期は数時間ごとに第四特務の者が来ていた。

 それがなくなったのは先日、苛立ち紛れと身体の部品を確保するためにハルゲンニアス・ワークとイニー・ツヴァイの二人が大量に殺したためだ。

 深い恐怖が刻み込まれた第四特務の者は、第一特務の住む階層に近寄る事もなくなった。

 おそらく知らない者が増えるまでの短い期間なのだろうが。


「腕の調子どぉー? 私はまだちょっと違和感あるんだ」

「あー。そりゃまだなぁ。アレから十日だぜ? イニーさんとかニアスさんとかルカさんは結構動けてるみてーだけどさぁ。それでも俺らとは格が違ぇしな」


 戦いの場数が違い、戦いに対する姿勢が違う。

 生き残る事を目的とする二人と違い、特務の面々は戦闘に関して相手を殺す事を念頭に置いている。

 そこが明らかな違いだ。


「私たちもあれぐらい戦えればなー」

「無理だろ。あそこまで戦う気にゃなれねぇよ」


 何が違うのか、二人はそれを言葉には出来ないながらも漠然とした理解はある。

 技術以上に、やはり目的の違いなのだと。


「……何か俺らも手軽に強くなれりゃいいんだがなぁ。主格神具とかどうよ?」

「持ってたら変な人に狙われそうだから嫌かなぁ。それにあんなの物語とか歴史書に載る人が持つ者だしさー」


 はぁ、と互いに溜息を吐き警戒も何もせずにその場に座り込む。音もなく来るような者が相手ならばそもそも勝てないという潔い心意気だと言えない事もない。


「あー、そうだ。術式陣身体に刻むとかどうだ? そうすれば術式の展開も早くなるんじゃねぇか?」

「いいねーそれ。そうしたら色々と楽そうだねー」

「術力だけでなら私たちも上位の術式使えるし、やれるんじゃない? 一気に強くなれるかな?」

「なれるだろぉ、術力を込めるだけでいいんだぜ? ムーディルさんとかダラングさんに言えばやってくれるだろうし」


 楽しげに思い立ったことを話す二人の姿はどこか微笑ましい。

 過酷な特務で生きていけるのは、この楽天的な部分が要因なのだろう。


「後は、やっぱりでも三格神具は欲しいなー。でも給料が少ないからなぁ」

「リーゼ隊長に言えば買ってくれるかもしれないんじゃね? あの人、確か金は結構なかった?」


 貴族なので給料は他の兵よりも上であり、特務の隊長という役職だ。その分の手当てもあるだろうと兄であるオルテットが言えば、妹であるテニアスが手を打って頷いた。


「あ、そうだねー。色仕掛けとかどうかなぁ?」

「悪くねー気がする。俺の分も頼んだ。処女を貰ってくださいとか言えばいい値で売れることになるんじゃね?」

「妹に売りやらせようとしないでよー。あー、でもユーファ様が恋人だったんだよね? それじゃあ無理そうだなー。リーゼ隊長って顔は悪くないけど、格好いいってわけじゃないよねぇ?」

「聞こえたらどうするんだっての。でもわかるぜ。ムーディルさんなんか帝国系の顔立ちでカッケェよなー。ニアスさんも南部っぽくて野性味あるし、俺もあんぐらいの顔だったらなぁ。いいよなー」


 馬鹿話は止まらない。まだ時刻は夜明け前だ。丁度、気が緩む時間だと言うのも拍車をかけているのだろう。

 実際にそうするかはともかく、手軽に強くなるための方法を話す二人はどこか楽しそうだ。


「いいと言えば、ダラングさんとリベイラさんも凄い美人だよね。アレぐらい美人だったらいい男に見初められて、そのまま一生働かなくてもいいだろうなー。術式も使えるからずっと美人で居られるしー」

「あー、確かにな。俺もあん人らと一夜を過ごせるなら頑張る気になるぜ。手出したら死にそうで怖ぇけど」


 会話をする内に、聴覚を強化しているためかはたまたリーゼの部屋にある窓からか僅かに雨音が聞こえ始める。

 月はそろそろ今年の終わりに近い。来月には年が変わるだろう。


「各地で新年祭(オフザーフ)が近ぇけど、雨季があるからなぁ。来月の終わりまでは辛いぜ」

「新年祭には降らないといいけど。でも降っても降らなくても祭りはあるもんねー。雨季が終わったらそれでも祭りなんだけどぉ。あ、でもお祭りの日にいい男の人が居ればいいなー」

「お前そればっかだな」


 笑う兄妹の会話に、一つの異音が耳に入る。

 階段を静かに登る足音。軍靴を鳴らす、背筋を正したくなるその足音は独特だ。

 足音の主が誰なのかまではっきりとわかる程に。


「エルトニアス兄妹。リーゼ・アランダムは部屋に居るな?」


 不機嫌な顔に、黒い隈が見え隠れしており非常に疲れているのだろうという事を強制的に伝えてくる。

 声にも普段の張りはない時点で、どれ程の心労が溜まっているのかは双子でも理解できる。


「あ、はい。まだ寝ていると思いますけど。ウィニス副将軍、何かあったんですか?」

「後で寝ている馬鹿に聞け。だが、まあ」


 一息、置き。ウィニスは獰猛な笑みを浮かべる。


「殺し合いの時間という事だ」


 それは長い夜を告げる、始まりの声。

 これは特務にとって忘れ難い傷跡を残す、この年最後の大事変が始まるものだった。

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