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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
間章 追憶の日々
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解体新書 ③

 この場での支配権はムーディルにあると言っていい。

 炎術を使わなければ凍結する世界の主。氷の王と言っても過言ではない絶対の支配権。

 しかし、それに抗うのは二人。


「うぅーむぅ? まあ良い機会だぁ。名高き九座の血族術式を解明する機会があるのだからなぁ?」


 身体を炎で包みながらのらりくらりと奇怪な動きで攻撃を避けて逃げるブランドット。


「ヒヒ! 殺し飽きたっつーの、たまには粋な野郎を殺さねぇとわざわざ遊びに来た意味ねーっつーの!」


 恍惚の笑みを浮かべながら、炎や氷を掴んでは投げるボルテック。足が凍りつく端からその凍りが弾かれる姿は人間かと疑いたくなるほどだ。


「化物共め」


 舌打ちと共に、氷の槍が軍勢のように動く。一度作り出した槍を本来ありえない程に長く持続させるのも『墓標の天幕』が持つ効果。

 一度展開すれば複数の作用を与える術式の内部ならば理論上ムーディルの敗北はありえない。


「あっはは! 理詰めだなぁ、これだから術学者上がりは、戦場を知らない!」


 氷の槍が五方から向かう。紡いだ千の内二百は破壊され、また融解され消えている。

 だがそれでも、五百を前後左右、そして上から向かう槍に対処できる道理などはあるはずがない。加えて敵はフェイズ家。

 身体系術式と、術力そのものを纏わせ術式を弾くという特異な力を持つだけの相手だ。

 だと言うのに。


「悪くねぇ遊びだぜぇ!」


 暑苦しく叫ぶボルテックは、迫る氷槍を掴み、それを用いて氷槍を砕きながら避ける。


「ついでに死にたまぁえ」


 氷槍へと集中する最中を突いてブランドットは炎龍を一つ差し向けるが、しかし。


「貴様も死ね、苦痛を感じて死ぬがよい!」


 守りが薄くなった機を突いてムーディルが更に術式を展開。脳が焼ききれるかのような苦痛を感じながら数個の氷塊を放っていき、龍を使うことでその氷を全て溶かし蒸気が発生する。

 まだ問題はない。だが誰の術力も無限ではない。ムーディルの消耗が特別激しいのは言うまでもないが、ブランドットも龍の維持と操作で多大な量を使っており、またボルテックも術力をそのまま使用するという性質上長期戦には向かない。


「それにしてもぉ、五連盟が噛んでくるとはぁねぇ?」

「カカカ。俺ぁ、遊びに来てるだけだっつーの」


 個人の判断で、独断なのだと言う彼の言葉がどちらなのか。それは正直なところ、二人にはどうでもいい話だ。

 生き残った後に全責任を死者に被せればよく、更に血族ならば都合が良いだけだ。


「しっかし、天眼も熱い男だなぁ!?」

「黙れ、彼女への追悼だ吼えて死ね」


 行動に変わりがないのは、それこそが戦場慣れをしていないという事実を浮き彫りにする。

 ブランドットもそれは変わらない。だが、天才というのは戦場でもそうなのだろう。避けられるのを見た瞬間からそれすらも見越すように術式を展開していく。

 一人、空を浮かぶムーディルは背景と化している。


「くっくっくぅ。面白い、面白いものだぁぁあ。戦場、中々悪くなぁい。軍勢同士ならばもぉっと楽しいのだろうなぁ?」


 喉から笑い声を漏らすブランドットの顔には愉悦が浮かんでいた。この先、もしも生き残れるのならば彼か、それともムーディルか。どちらかが帝国の術士として戦場に立つことになるだろう。


「そりゃ俺から見て困るから、死んでおいてくれねーかい!」


 炎龍を、素手で突き破りボルテックは避け続けるブランドットへと駆ける。

 氷槍は既に大部分が叩き潰された。僅かながら怪我を負っているが、それは僅かな時間で回復する。


「そぉれは困るぅ。私は死ぬまで研究を続けなければならないのぉだからぁ」


 炎の蛇がばらまかれ、炎の犬が生み出され。

 空を覆う天幕に飽きたとでも言うように、火柱が幕を焼き貫く。


「むっ」

「私の術式『慕情の歌』はどうかぁねぇ? 熱い熱い、君らへの手向けだぁ」


 天幕の一部が貫かれたことで構成は緩む。数十秒、いや数秒後には天幕は全てなくなり、ムーディルの敗北は確定する。

 無論、このまま時間が進めば。


「だが終わりである。天眼ラクラントスは、勝機でしか動きはせぬ」


 冷徹な呟きと共に、異変が起きる。

 先ほどまで楽しそうに駆けていたボルテックが血を吐き、その場へと膝を崩し。

 怪訝そうな顔をしたブランドットが咳と共に血を吐き出す。


「狂気に駆られ、我武者羅に争うと思ったのであるか? 正気を失い無為に虐殺を始めたと思ったのであるか? 愚かな。戦闘とは始まる前から決着するものである」


 一年だ。一年の間、ムーディルは術式の開発に務めてきた。

 逆に言えば、準備期間は一年もあったというべきだ。


「始まる時点で終わる。それが、ラクラントス家なのだから」


 吐き捨てる口調でブランドットは自身の身に何が起きているかを、理解する。

 それはすでに遅すぎた理解だ。ボルテックはわけもわからず血反吐を撒き散らすばかり。


「……時術を氷術に組み込み、時間差での展開としたのかぁ。あっはっはぁ、これは面白い研究し甲斐の、あるぅ」


 倒れるブランドットの顔は狂喜に彩られ、死んでいた。復讐心を満足させるようなそんな死に方ではなく、ただただ満足して死んだ。

 そして。


「ふざけ、俺が、こんなところで!」


 喘ぎながらのたうち回るボルテックは、まだ死なない。

 水蒸気として入った気体を氷とするムーディル秘中の秘。氷術の効き目が高い帝国だからこそ可能な荒業。

 内部を氷の槍に突きたてられる気持ちなぞムーディルには知る由もないが、想像を絶する苦痛だろう。


「ついでだ、貴様も」


 解体してやろうと呟き、氷の剣を紡いだところでボルテックは立ち上がり、今にも死にそうな顔で、走る。

 全霊を振り絞っての逃走。いかに身体系術式が恒常的に展開されていようとこの攻撃に抗する術などは存在しえない。


「まだ、死ね、ねぇっつーの!」


 術力が迸る。それは身体の内部を焼ききるような激痛を与えるだろう。身体系術式も異常なほどの術力が送られることで身体の内部が破壊される危険もあるだろう。

 それでもボルテックは、逃走のために全身全霊で駆けた。

 十座として数えられる血族。それが命を賭けてまで逃走に専念するならば、多大な術力を消費したムーディルに追いすがる術はない。


「……まだまだ、甘いか我も」


 舌打ちと共に指を鳴らせば、今まで展開されていた術式の全てが消え去り日の光が差し込む。

 分厚い雲の隙間から見えた太陽の光はまるでこうしてここに居るムーディルを祝福するかのようだ。


「さて。捕まるわけにはいかぬが――憂さの一つぐらいは晴らそう」


 ――――――――


 およそ十万人が住むと言われた学術都市。

 生存者はおよそ三万人。七万という数は、謎の氷術により死亡。

 生存者は炎術によって身を守ることの出来た一部の者だけである。参考人として最も高位の貴族ムーディル・ギルガネイ・ラクラントスが招聘される。

 彼の証言は「五連盟の九座が居た」「ブランドットが埋伏の毒であった」ということで一貫いている。

 詳細は不明。しかし、帝国は終わりの見えている戦争に全力を向けるためにこの件をブランドットの責任として片をつけた。

 それが後の『天眼没落事件』と『大時計塔解体事件』を呼ぶこととは知らずに。


 ―――――――


 ムーディルは、彼女が亡くしたからこそ思う。

 あの日みたエレノアの姿こそが至上なのだと。心までも解体としたあの光景こそがこの世の真理なのだと。

 故に、ムーディルはあの日を再現するために術式を模索する。

 形は違えど、エレノアは今でもムーディルの心を支えていた。その先に何も待たないと知りつつも。その先には何もないと理解しつつも。

 いつかきっと、自らを自らの手で解体するために。

 ムーディルは幾多の死を撒き散らしながら生きる。


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