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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
間章 追憶の日々
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解体新書 ②

 後の世では五年戦争と呼ばれる戦は相も変わらず続いている。帝国にとって誤算だったのは五連盟が聖皇国と不可侵条約を結び、帝国にもそれを迫っていることだろうか。

 そして、連続解体殺人もまた一年が経過するというのに未だ続いていた。

 決して鮮やかとは言えない姿で学術都市に住む者が解体される。

 被害人数は二十三人。兵士の怠慢を罵るべきか、それとも犯人の鮮やかさを褒めるべきだろうか。

 戦争で死ぬ数に比べれば少ないとは言え、親しい者を殺された学生や術士志望の者は意気を上げている。


「だが、難儀な話であるなー」

「全くね。貴方にも護衛がついているし……。この間は貴族の生徒が殺されたらしいわ。本当に、気をつけてね?」


 二人は相も変わらず一緒に居る。犯人が捕まらないことを危惧したムーディルがエレノアと共に居る、と言い換えるのが良いだろう。

 犯人の目的が愉快犯であれ、他国からの間者であれ、エレノアに危険が迫る可能性がある事はムーディルの頭でも容易に想像が出来る。


「我もこの一年で術士としての訓練は積みはしたが付け焼刃にしかならぬのだろうなぁ。もしもの時は、二人で逃げる時間ぐらいは稼げるとは思うがなー」


 護衛を盾として逃げるか。それとも護衛を殺された後に逃げる事になるのか。

 兵士にも犠牲者が出ている時点で、相手は手練。

 最悪、殺人血族が動いているという線もある。もしくは他国の保有する血族か。


「私は貴方を置いて逃げられないわよ? そうした場合、生きる意味が半分以上はなくなるもの」

「同感であるなー。我も、お前を置いて逃げたりはしない。そうしたら我は正気を保てる自信がないのであるー」


 声に宿る声色は断定するものだ。

 ムーディルが彼女を想う心は海よりも深く、山脈よりも高い。特に理由があったわけではない。それでも二人の愛は重い。

 片方が欠ければそこで何かが狂ってしまうほどに。


「それも同感。私も、貴方が居なくなったら狂ってしまうでしょうね。きっと、夢も何もかもを投げ出して」


 若さゆえの激情と評するべきか。天才ゆえの感性と嘆くべきか。

 ただどう言い換えようと二人の話す言葉に嘘偽りはない。

 僅かに離れて歩く護衛が辟易したような顔をするのを見れば、その会話は幾度となく囁かれてきたのかもわかるだろう。


「ああ、そうだー。我は教員に呼ばれているのである。護衛よー、きちんとノアを送り届けるのであるぞー? 手を出したら一族郎党皆殺しだぞー?」

「そう言わなくても出すはずがないでしょう。それに、貴方の護衛なんだから、ね?」

「……ならば四人で送ってゆくがよいー。我には二人も居れば十分だからなぁ」


 ダダをこねるようなムーディルの言い分に護衛の男たちは困った顔をする。

 ラクラントス家の私兵。主に諜報と潜入を得意とする者の中から選りすぐった武闘派の男たち七人。

 彼らが五人も居れば三十人程度の騎士団小隊を返り討ちに出来ると言われるほどの精鋭を七人も次男へと割いたのは対外的なものよりもその稀少な頭脳を失う事を恐れてなのだろう。


「……では、そういうことでいいですか?」

「ええ。我らに対して何かを行なえるような相手が居るとは思えませんからね」


 苦笑する私兵の隊長は、確かに通常ならば当然のものだ。

 しかし、彼らをもってしても未だ解体殺人の犯人が姿も影も、臭いすらも見通せないことは僅かな懸念と言える。

 だがそれを守るべき対象の前にさらけ出すような無様をするはずがない。


「それでは私と三人で我らが姫をお送りしましょう。お前とお前は命に代えても若様を守りぬけよ? 給金が減らされるのは勘弁したいからなぁ」


 冗談交じりに呟けば他の兵が笑い、ムーディルも苦笑気味に笑みを零す。

 これならば何の心配も要らないだろう。

 常ならば傍に居る者が居ないことは僅かな不安と寂しさをムーディルに与えるが、それでも兵への信頼を見せないわけにはいかないのが貴族たる者だ。

 通常ならばあのままエレノアも共に来たはずだが、兵を信頼していると言う事実を周囲と、何よりも兵に見せる行いは決して疎かにしてはならないことだ。


「寒いなー」

「そうですね。ですが、そろそろ春も近いでしょう。弱い雪になりますよ」

「いやそういう事じゃないでしょう」


 ムーディルの言葉に私兵が答えるがそれにやはり苦笑で返し、僅かに早足で自分の館へと足を向ける。

 傍らに恋人が居ない。二人で居れば極寒であろうと常夏のようだと思えるだろう。

 一日と、いや半日も離れていないというのに寂しく思う自分の心をムーディルは笑う。

 弱い心だ。だが、その心はやけに心地よいとも言える。


「……若君、止まってください」


 護衛が呟いたのは、館に近づいてからだ。

 やけに静まり返った館。雪によって音が殺されているからか。

 否。

 それだけならば、ここまで冷たい気配は漂わない。

 違和感の元は他に何があるか。

 一目瞭然だ。まっさらの雪に、赤い血の跡。


「――エレノア!?」


 ムーディルが制止の声を振り抜き駆ける。追いすがる兵たちは剣を抜き術式を即座に展開し警戒しながらムーディルの後ろを共に走るが。

 館の中は、血の臭いで包まれていた。

 激戦だったと見てとれる戦いの跡。高価であった調度品は無残にも割れ、絵画には血が付着している。


「エレノアは、エレノアはどこにいるのだ!」


 一階のドアを開く。そこには居ない。私兵の死体は階段を守るように折り重なっている。


「うわぁ!」


 二階から聞こえた叫び声は何かを見た声。

 まさかと考え。ありえないと思考し。夢であれと願い。

 私兵に留められしかし無理やりに中へと入れば。

 エレノアが其処に居た。

 十の塊となって。

 両腕と両足が玩具のように丁寧に外されて捨て置かれ。胴体は綺麗に三つに分けられ。血溜まりの中央にはエレノアの顔が丁寧に置かれていた。

 切断面は異様なほどに美しい。血を最初に抜いていたのだと理解するまでに数秒を費やすほどに美しかった。表情は静かに苦悶など感じさせない、眠っているのだと説明されても信じてしまいそうなほどに安らかなものだ。


「――」


 ムーディルは、呆然とその光景を目に焼き付ける。

 別たれた両手両足から垂れる白い筋に怖気(こうこつ)を感じ。胴体から零れ落ちた臓器に醜悪(うつくし)さを感じ。分断され何も浮かべていない表情に吐き(こうごうしさ)を感じ。

 愛すべき彼女は忌む(うやまう)べき死体(ぐうぞう)へと変わり果て。安堵を与えてくれる手は二度と動かず優しく慈愛と共に見つめてくる瞳は開くことなく共に歩んでいけた足は二度と立つ事もない。

 彼女という存在がこの世から消えたことを、部屋から私兵により連れ出されながら理解したムーディルは――

 

 ―――――――


 この日よりムーディルは、幾多の戦術術式を研究する。まるで狂ったように。まるで壊れたように。

 只管に術式を開発し軍へと送るだけの日々を送り続ける。

 稀に外へ出る姿を見た者はあまりの豹変ぶりに言葉を失った。

 鬼気迫る表情に。幽鬼のような風体に。

 だがムーディルが術式を新たに作り出し、また術式を学び直す合間にも解体殺人の犠牲者は月に一人の割合で積みあがり。

 彼女が死んで、丁度一年が経ったその日。


 その日にはやけに雪が強いと多くの者は感じていただろう。一部の私兵は僅かに感じる術力の気配に困惑しながら走り回っていただろう。

 何処かに潜む解体者は前兆に笑み漏らし、天才は異常を感知し一度頷き。

 

 この日、都市は終わる。


 ―――――――


 ムーディルは豪雪の中で淡々と歩みを進める。

 歩くたびに悪意が漏れ出すような笑顔。進むたびに溢れ出す殺意。もしも此処に戦える者が居たならば、彼を止めようと動いただろう。

 例え貴族だろうと、いや貴族だからこそ彼が行なおうとする暴挙は食い止めなければならない。


「解析。解体」


 狂喜するような笑みで呟けば、一つの術式陣が破砕する。

 一定以上の術力量を封殺する都市防衛用術式陣。その破壊を行なったムーディルは薄い笑みを顔に貼り付けると一つの大規模術式を紡ぐ。


「さぁ、エレノアよ。お前のために墓標を作ろうではないか」


 虚ろな言葉が終わると同時。

 都市の上空が靄に包まれる。

 それは愛しき者への哀惜を込めた術式。死を振り撒く災厄。名を『墓標の天幕』と名づけられた術式。

 降り落ちる雪は術式により氷の槍となり民家の屋根を突き破っていき都市の全てから阿鼻叫喚の嵐が巻き起こる。


「全ては凍てつけ。我の心の如く、エレノアの身体の如く」


 亡羊とした呟きは更なる惨劇を撒き散らす。

 天才ムーディルが一年をかけて組み上げた術式。それが氷の槍を降らすだけのものであるわけがない。氷術を強化する。その程度であるわけがない。


「な、なんだ! あ、お、おいアンタは、ラクラントスだろ、何が起きてるのかわからないか!?」


 氷槍により屋根が破られたことで冷気が各家の中へと入り始める。そして家の外に出た者は皆、絶対防御を誇るであろう学園へと逃げ込むために動き始めた。


「死。それが起きるのである」


 答えにならない答えに外に出た男が困惑し、しかし逃げようと足を持ち上げようとした所で、動かない。

 混乱した頭で足を見ると。


「な、んだこれ」


 青ざめた顔には恐怖がくっきりと浮かんでいた。それもそうだ、何せ足は感覚がないほどに凍り付いているのだから。


「戦において最重要となるのは、視界の確保である。闇でも視界があるように歩く蝙蝠族は暗視の身体系術式が発展するまでは重宝されていた。今でこそ価値は薄い。だが、闇術の発展もまた続いているのだ」


 指を一度鳴らせば、指から闇が滲むように広がり数瞬後には都市が闇に包まれた。

 暗視を得ようと決して先が見えない術式。対処するには光術なり炎術なりで実際に光を起こす必要がある。


「古今東西、あらゆる戦場では場所が重要な意味を持つのである。かの大帝国のエルバレスト・アランダムが優れていたのは場の意味を理解していたからである」


 呟きながらムーディルの歩みは止まらない。

 周囲の雄叫びを鎮魂歌として、多くの死を供物として、彼は彼女のために身勝手な死を振り撒いていく。


「なんだよ、これ! 誰がこんな、馬鹿な真似を!」


 叫ぶ男の声を後ろにしながら歩みはやめない。

 的外れのような男の声を後ろに、やはりムーディルは淡い笑みを浮かべて、呟く。


「馬鹿とは失礼だ、これは解体(おまつり)なのだから」


 鼻を鳴らし、目的地は一つ。

 おびき寄せられれば幸いな相手は一人。殺さなければならない相手も一人。

 それを果たすために歩きながら、闇の道中で見つけた相手を解体する。それは後年の彼が見れば美学ないと鼻で笑うような酷い解体ではあったが。

 進むうちに、自らが展開した闇術の効果に囚われないムーディルは学園を視界に納める。

 逃げ惑う者はもう居ない。死んだか、それとも学園に入り込むことに成功したか。そこを知る術までは持ち合わせておらず。


「……破壊するのが一番であろうな」


 詰まらないとでも言うような口調で呟けば、空に氷の車輪が作られる。

 大きさは学園一つを押し潰してもまだ余りある程。戦場に投入すればそれだけで百人、いや千人の命を奪う事が出来るであろう氷術。腕を振るい、その車輪が走る。

 そして今まさに学園へと衝突しようとした瞬間。

 蒸気が生まれた。


「はぁーははぁ。よーくもまぁ、ここまぁで狂いに狂えるものだぁよ我が友よぉ」


 学園の内部から一人、異様なまでの薄着をした男が現れる。

 自らの周囲に炎の玉を旋回させ、緻密に操作する技術を持つ者は帝国でも数えられる程だろう。


「出たかブランドット」


 白衣の男、ブランドット。得意とする術式は炎術。


「よぉくもまぁ、一年という期間で組み上げたものだぁ。炎術を常に纏っていなければぁ私ですら凍りつくぞぉ?」


 愉快だというように目を細める姿は、どこかおぞましい悪意によって彩られている。


「貴様か。やはり、貴様か」

「なぁにをだぁ? いや、だが凄まじいなぁ憎悪という感情、素晴らしぃなぁ? 研究命題としてやぁはぁりぃ損はなかった!」


 答えだ。ムーディルが求めていた答えだ。直接言われずともわかる程に、それは明確な悪意だ。


「エレノアの仇は貴様かぁあああ!」


 怒声を発すると同時に氷の槍が数千という数で形作られる。形振り構わない、命を搾り取るような術式の展開。

 一斉に飛来するその槍を避ける事など不可能。だがしかし、相手は炎術士。それも、天才と呼ばれる異才。


「はっはっはぁ! 来るかムーディルぅ! 私の研究材料となるためにぃ!」


 奇声の如き笑いは、炎を生み出す。

 絶対凍土の大地に一つの巨大な炎を。


「私の炎術を破れるのかぁい!」


 生まれるのは炎の龍。最強の生物を模す炎。

 作られた五つの龍は主を守るようにその身を氷の槍へと躍らせる。

 そして、争いは二人だけに留まらない。


「なんだなんだぁ、俺を置いて楽しそうだな、混ぜろよ!」


 誰もが予想しえなかった。だが当然のように舞い込むは見慣れぬ銀髪の男。


「フェイズ家が一人、ボルテック・フェイズ! 解体も飽きたところだ、遊びに混ぜろや!」

「これは予想外だぁ」

「千に一人増えたところで、構わぬ!」


 舞台役者は三人。

 惨劇の舞台を整えた、ボルテック・フェイズ。

 惨劇の舞台に便乗した、ブランドット・ネイルスオネル。

 惨劇の舞台に乗せられた、ムーディル・ギルガネイ・ラクラントス。

 三人の短くも熾烈な争いは幕を開ける。


次は今日か明日には上げます。


フェイズ家


二十座が九座の枠に家ごと入っている特殊な血族。

通常の術式が使えない代償として、術式を掴む肉体を持つ。

また両親の身体能力の四十%を受け継ぐ。格闘戦に持ち込まれるとかなり危ない相手。なお、血族のうち実際に九座としての実力を持つのは百人以上居る彼ら血族内でも一人二人程度である。

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