幕間 月下の観覧
空に二つの月が浮かんでいる。
灰の冥月は静かに淡く輝き、その姿を七割以上見せ、死の赤月も凡そ八割を見せている。
一年周期で満月となる冥府、灰の月。
百年周期で満月となる死神、赤の月。
灰の月が満ちれば、死者の魂が地上へと戻り。
赤の月が満ちれば、大陸全土へ血を求める。
「種族的に、月を見ると吼えたくなるか?」
八軍の駐在砦、いや監獄の屋上に数人の影があった。
無論言うまでもなくこの場に居る事を許されているのは特務部隊。
「少しは血が滾るけれど、生憎とコレがあるからね。それで何の用だい、ニアス」
「余り時間は削られたくないのだけれど、私の好奇心は自然に研究に向かっているわよ?」
「同感だ。我らを集めた理由に心当たりはあるが、ならば何故童子共と医者がおらぬ」
ハルゲンニアス。臨時隊長。現在での階級は暫定副隊長と言った所か。
ヒロムテルン・ドランクネル。部隊での通称は狙撃手。
ダラング・ハーベー。研究者。
ムーディル・ラクラントス。同じく研究者。
隊の中ではまだ会話が可能な三人を集めたのは、当然のようにニアス。
「リーゼ・アランダムについてだ。俺ぁどうでもいんだが、国王陛下、つーかシルベストの旦那から言われた事あってな」
楽しそうに、しかし不味そうに紫煙を燻らせる。
「殺してもいいが慎重に。だとよ。下手するとアイツの死が鍵になって何か起こるって話だ。俺はそれでも、つーかそうしてぇんだが。テメェらはどうよ?」
数え切れない程の嫌疑が上がっているのだと言外に込めて言われた言葉に、しかし三人は肩をすくめる。
だからどうしたと言わんばかりに。
「そうだね、僕としては少しぐらいは気に入っているよ。積極的に害す気はないさ」
「貴方、前にも言ってなかったかしら? 私はいつも通り。必要なら研究材料にするけれど必要ではないでしょう?」
「我も同感である。だが、死して荒れると言うのならば余り好ましくはないな。研究が滞る」
ニアスは予想通りとも言っていい反応に、やはり笑う。
ルカは最初の時点で積極的に害す事はなく、イニーは気が向けば何があろうと殺すので問題外。リベイラは目撃でもしたら死を止めようとする。
今ここに居る三人だけが命令で殺す。ただそれも、己の目的に被っていればという条件だが。
「まっ、んならやっぱ保留だな。俺も最近は別の件で忙しいしよ。解散だ解散。ああヒロム、一応あの人が出かける時は視とけ。ソイツら使っていいからよ。楽しそうなら教えろよ」
「君の楽しそうの基準がよくわからないから、教えるのは難しいね。でもわかった、それなりに気を使ってみるさ」
どこまで本気かわからない事を言うヒロムにニアスもまたやる気なく手を振る。
強制した所で無意味。最悪、血を見る。
それを理解しているニアスは狂人たちを率いてきただけあり、まだ理性的な判断を下せる。
彼の目指す目的を果たすために理性を御しているのだから、それこそを狂気と言い換えても構わない。
すでに三人は文句を口にしつつ姿を消している。だから、他の誰にも見せないような表情で呟いた言葉は、誰にも聞かれない。
「燃やし尽くしてぇなぁ」
蕩けるような恍惚とした、憎悪と怨嗟と嫉妬の混じった呟き。
呟いた後、ニアスは屋上から飛び降りて歩きだす。高ぶりを誤魔化すために。
屋上 …… 昼はヒロムテルンが、夜はルカがよく居る。
特務 …… いつも殺伐楽しい職場です。
理性的な判断 …… 投げ捨てられたもの。




