第六話 煤けた年表~焚火~
燈子は静かに言った。
「……仏印進駐は、その曲がり角です。相手に『次はうちだ』と思わせ、締め上げを呼び、こちらの刻限を縮める。ここから先は、海の向こうが本当に燃えます」
言葉が置かれ、畳に沈黙が落ちた。誰もすぐには口を開かなかった。
ややあって、燈子は言葉を継いだ。
「――その『燃え』が、どのように広がり、何を巻き込み、どこまで及ぶのか。ここから先は、その順を申し上げます」
井上が、その沈黙を崩さぬまま問いを入れた。
「始まりは、どこでございます」
「一九四一年十二月です。
日本は、アメリカ合衆国の太平洋艦隊が停泊する真珠湾を攻撃します。
同時に、イギリス領マレー、香港、オランダ領東インドなど、南方の資源地帯にも軍を進めます。
この時点で、日本は複数の戦域を同時に抱えることになります」
燈子は一拍置いた。
「背景には、外交交渉の行き詰まりがあります。アメリカとの交渉は続いていましたが、南部仏印進駐を受けて、対日制裁が段階的に強化されました」
伊藤が、低く言う。
「対日制裁…」
「はい。制裁の中で、決定的だったのが、石油の輸出停止です」
松方が、少し間を置いて言った。
「……量の話になりますな。石炭は国内で回る。だが、油は備えが限られる」
燈子は頷いた。
「はい。当時の産業や発電は、主に石炭で動いていました。石炭は国内でも産出し、代替も可能です。
しかし、軍事行動は違います」
燈子は、はっきりと区別した。
「艦艇、航空機、訓練、輸送。それらは、石油がなければ成立しません。
石油禁輸は、『今すぐ戦えなくなる』という意味ではありません。
しかし、『いつまで戦えるか』という期限を、明確に突きつけるものでした」
山縣が、低く言う。
「刻限を、切られた」
「はい。
一方で、アメリカ側の意図は、ただちに戦争を起こさせることではありませんでした。
南進を止めさせ、中国からの撤兵を含めた交渉に引き戻す。そのための、最大限の圧力です」
伊藤が、静かに言う。
「……日本は石油の禁輸で止まると思われていたと」
「そうです。
しかし日本側では、『止まれば、それまでの犠牲が無に帰す』という考えが、次第に強まります。
制裁は、引き返すための圧力であると同時に、前に進む理由としても受け取られてしまいました」
燈子は続ける。
「その中で、外交による打開も模索されました。交渉は続いていました。完全に断たれていたわけではありません」
伊藤が問う。
「では、なぜ交渉を待てなかった」
燈子はすぐに答えなかった。
一拍置き、言葉を選ぶ。
「交渉が成功する保証が、どこにもなかったからです。
時間が経てば経つほど、こちらの選択肢は減っていく。
交渉が失敗した場合、残る手段がなくなる。そう考えられました」
井上が整理する。
「つまり……待つこと自体が、賭けになった」
「はい。
その賭けに負けた時、取り返しがつかない、という判断が強まりました」
燈子は続けた。
「その結果、『先に動く』という選択が、現実的な案として浮上します。
南方に進出し、資源地帯を押さえ、同時に、アメリカの戦力を削ぐ。
それが、真珠湾攻撃を含む作戦構想です」
伊藤が、低く言う。
「先に手を出せば、相手も考え直すと……」
「そう想定されました。
長期戦になる前に、相手の戦意を削ぎ、交渉に持ち込む。
ただし――」
燈子は、そこで言葉を切る。
「それは、相手が『引く』ことを前提にした構想でした」
沈黙が落ちる。
「相手が、『やり返す』『全面的に戦う』という選択をした場合の見通しは、十分ではありませんでした」
大山が、低く言った。
「相手の腹を、読み違えたというわけですな」
燈子は頷いた。
「はい。仏印進駐から開戦に至る流れは、一気に決まったものではありません。
一つ一つの判断は、それぞれ理由を持っていました。
しかし、その判断が積み重なった先で、選択肢は狭まり、最後は、『撃つか、動けなくなるか』という形に収束していきます」
山縣が、硬く言った。
「……逃げ道が、消えた」
山縣の声は、低かった。
燈子は、首を横に振る。
「消えたのではありません。狭めていったのです。自分たちで」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
畳に落ちた沈黙が、それぞれの胸の内で、同じ形を取っていた。
沈黙がほどけぬまま、燈子は続けた。
「次に申し上げるのは、短期決戦という構想が、どこで現実と食い違い始めたか、という点です」
井上が、静かに受ける。
「想定が、外れたところ……」
「はい。その最大の要因は、相手の戦争のやり方が、こちらの想定と根本的に違っていたことです」
燈子は、少し言葉を選んだ。
「アメリカは、開戦と同時に、国家全体を戦争に向けて組み替えます。
軍だけではありません。
産業、行政、労働、研究――すべてが戦争に組み込まれます」
松方が眉を寄せる。
「……総動員、ですな」
「似ていますが、少し違います。
こちらで言う『総動員』は、既にあるものを絞り出す仕組みです。
アメリカのやり方は、足りなければ“作る”。無ければ“増やす”。
量だけでなく、仕組みそのものを変えます」
伊藤が、慎重に言葉を選ぶ。
「工業力……というやつか」
「はい。
ただし、ここで言う工業力は、単に工場の数が多い、という意味ではありません」
燈子は、噛み砕いて説明した。
「アメリカでは、自動車工場が、短期間で航空機工場に切り替わります。
同じ規格の部品を、大量に、同じ品質で作る。
一機一機を職人が仕上げるのではなく、“流れ作業”で組み立てる方式です」
山縣が、低く言う。
「……数で押す、ということか」
「数だけではありません。
壊れたら、直すより作る。失われた分は、次の月には補われる。
訓練された兵員も、体系的に養成されます」
燈子は続けた。
「こちらが一隻沈めれば、向こうは五隻、六隻を就役させる。
こちらが五年かけて整える戦力を、向こうは数か月で揃えます」
松方が、低く息を吐く。
「……勘定が、合わぬ」
「はい。
短期決戦構想は、相手が早く疲弊する、という前提に立っていました。
しかしアメリカは、疲弊する前に、戦争の形を変えてしまいます」
燈子は、ここで一つ、別の話を出した。
「実は、この点については、日本側でも、事前に研究されていました」
伊藤が顔を上げる。
「……研究?」
「総力戦研究所、という機関です。
一九四〇年に設けられ、軍人、官僚、学者が集められました。
近代戦争が、国家全体の力を使う戦いになることを前提に、各国の国力を比較し、戦争の帰結を分析しました」
井上が、慎重に問う。
「その結論は」
燈子は、はっきり言った。
「アメリカとの戦争は、何があっても勝てない、というものでした」
畳に、静かな緊張が走る。
「工業力、資源、人口。どの指標を取っても、差は埋まらない。
短期で講和ができなければ、敗北は避けられない。
そう結論づけられていました」
山縣が、低く唸る。
「……分かっていたのか」
「分かっていた人は、いました。ただし――」
燈子は続けた。
「その結論は、政策決定に直接使われることはありませんでした。
研究は研究として扱われ、最終的な判断は、別の場所で行われます」
伊藤が、静かに言う。
「都合が、悪かったか」
「はい。
その結論を受け入れれば、選択肢は限られます。
戦争を避けるか、あるいは、始めても途中で終わらせる覚悟を持つか。
しかし当時の空気は、それを許しませんでした」
燈子は、言葉を重ねた。
「短期決戦構想は、単なる楽観ではありません。
それは、
“そうでなければ困る”
という願いでもありました」
松方が、低く言う。
「願いで、戦をやるわけにはいかぬが……」
「はい。
しかし、願いと計算の境目が、次第に曖昧になります。
総力戦研究所の報告が示した現実と、実際の政策判断との間には、最後まで埋まらない溝がありました」
燈子は、静かに締めた。
「短期決戦構想が崩れた時、それは突然ではありません。
少しずつ、しかし確実に、現実が構想を追い越していった結果です」
沈黙が、また畳に落ちた。
沈黙の中で、燈子は続けた。
「短期決戦構想が崩れたあと、戦争は、すぐに終わる形にはなりませんでした。
むしろ、長く続ける前提に、否応なく移行していきます」
井上が、低く受ける。
「……続ける形だけが、残った」
「はい。
そのとき、最初に現れた変化は、前線ではなく、海の上でした」
燈子は、順を追って説明する。
「連合国は、日本の輸送路を狙います。
潜水艦と航空機を使い、軍艦ではなく、輸送船を沈めていきます」
大山が、すぐに理解した。
「弾や兵ではない。運びを断つ……」
「はい。
これを通商破壊と言います。物資そのものを奪うのではなく、運ぶ手段を失わせる戦い方です」
燈子は続けた。
「石油、鉄鉱石、食料。それらは南方にあります。
しかし、それらを得る場所を取れたことと、その資源を使えることは別です。
運べなければ、内地では無いのと同じになります」
伊藤が、静かに言う。
「……倉に積んでも、港に届かねば意味がない」
「その通りです。
輸送船は次々に沈められ、海上輸送量は年ごとに減っていきます。
軍需が優先されますが、それでも足りません」
燈子は、そこで一段、話を内側に進めた。
「この影響は、前線より先に、内地に現れます。工場が止まります。燃料不足で、鉄道や車両の運行も減ります」
松方が、低く言った。
「……回らぬ勘定だ」
「はい。不足は、配給制度として表に出ます」
井上が問いを置く。
「配給とは……軍だけではなく、物資不足が民にも及ぶ、と」
「そうです。
食料、衣料、燃料。生活に必要なものが、切符や札と引き換えに配られます。最初は、公平に分けるための制度でした」
燈子は続ける。
「しかし、物そのものが減り続けると、配る量も減ります。配給の札はあっても、渡せる物がない。そういう状態になります」
松方が、息を吐く。
「札があって、物がない……」
「はい。不満は生まれます。しかし、その不満は、自由に口に出来るものではありませんでした」
燈子は、言葉を選んだ。
「戦争中、国は、士気を保つことを重視します。
不足や撤退を口にすることは、士気を下げる行為とされます」
山縣が、短く言う。
「現実を言えば、叱られる」
「はい。
その結果、言葉の置き換えが進みます。
撤退は『転進』、部隊の壊滅は『玉砕』と呼ばれるようになります」
燈子は、淡々と続けた。
「事実そのものは変わりません。
しかし、言い方が変わることで、受け止め方が変わります」
伊藤が、低く言った。
「……言葉が、痛みを隠す」
燈子は続けた。
「その延長にあるのが、いわゆる大本営発表です」
井上が、首をかしげる。
「大本営、とは……日清の頃からある、あの大本営でございますな」
「はい。
大本営そのものは、日清戦争の時点から存在しています。戦時における、最高の統帥機関です」
燈子は、そこで一段、話を進めた。
「ただし、太平洋戦争期の大本営は、それまでとは役割が変わります。
戦争が長期化し、国家総動員の形を取る中で、軍の発表は、そのまま国全体の認識になります」
伊藤が、静かに言った。
「……軍の判断が、世の判断になる」
「はい。
大本営発表は、事実を伝えるためだけのものではなく、士気を保つための言葉として、重みを持つようになります。
敗北や撤退よりも、持ちこたえている、押している、という表現が選ばれます」
松方が、静かに言う。
「嘘ではないが、全ても言わぬ……」
「その通りです。問題は、それが長く続いたことです」
燈子は、間を置いた。
「悪い知らせが出なくなると、人は判断を誤ります。
引くべき時を、引けなくなる。終わらせるという選択肢が、言葉として消えていきます」
山縣が、硬い声で言った。
「退くと言えば、弱腰と取られる」
「はい。やがて、戦争を終わらせる話そのものが、口に出せなくなります。考えることが、危険な行為になります」
燈子は続けた。
「こうして、戦争は、自分で止まれない形になります。前線では消耗が続き、内地では不足が進み、言葉は現実を覆う。しかし、それでも戦争は続きます」
沈黙が、畳に落ちた。
燈子は、少し間を置いてから言った。
「――このまま、戦場は外に留まりません。やがて、内側へ入ってきます」
誰も言葉を挟まなかった。その意味は、すでに全員が理解していた。
「一九四五年、沖縄で地上戦が始まります。
ここでの戦いは、それまでの島嶼戦とは性格が異なります」
燈子は、順を追って説明した。
「沖縄は、本土防衛の準備を整えるための時間を稼ぐ要地と位置づけられました。
そのため、持久戦を前提とした配置が取られます。
退却は想定されず、島全体が戦場になる形です」
大山が、低く言った。
「……引く道が、最初から無い」
「はい。
そして、この戦いでは、住民が制度として戦争に組み込まれます」
場の空気が、はっきりと変わる。
「男子は防衛隊として編成されます。年齢に関係なく、軍の指揮下に置かれます。
女子や子どもは、看護、通信、弾薬運搬などに動員されます」
伊藤が、静かに言った。
「志願ではなく……」
「行政と軍の指示です。拒否できる余地は、ほとんどありませんでした」
燈子は、淡々と続けた。
「住民は、十分な避難が行われないまま、戦闘空間の中に置かれます。
軍事上の判断が、住民の安全より優先されます」
松方が、低く息を吐く。
「……戦の線が、完全に消えた」
「はい。
沖縄戦は、それまで曖昧だった軍と民の区別が、制度の上で崩れた戦いでした。
総動員という言葉が、抽象ではなく、具体的に現れた局面です」
燈子は、少し間を置いた。
「同じ時期、戦局を打開する手段として、特別攻撃が本格化します」
誰も口を開かなかった。
「帰還を前提としない攻撃です。航空機に爆弾を積み、敵艦に体当たりする。
搭乗員は、若い士官や学生でした」
大山が、低く言う。
「……戻れぬ任務……」
「はい。当時の指導部は、これを戦局を変え得る手段と考えました。
燃料も時間も不足する中で、最も確実に打撃を与えられる方法、そう判断されたのです」
燈子は、そこで一度言葉を切った。
「私は、そこに至った事情を、理解できないとは言いません」
山縣が、視線を上げる。
「……だが」
「はい。
しかし、それでもなお、正しい統率だったとは言えません」
燈子の声は、低かったが、揺れなかった。
「若者に、生きて戻る選択肢を与えず、死ぬことを前提に命令を出す。
それは、戦争を続けるために、命そのものを使う判断です」
大山が、短く言った。
「……兵を、弾として使う」
「はい。
それは、戦術の問題ではありません。
統率の限界です」
燈子は続けた。
「特別攻撃は、戦争を終わらせる力にはなりませんでした。
損害を与えることはあっても、流れを変えることは出来なかった。
それでも続けられたのは、他に選択肢が残っていなかったからです」
沈黙が深まる。
「沖縄では、住民と兵が同じ空間で消耗し、空では、帰らぬ攻撃が繰り返される。
戦争は、もはや拡大も、収束も出来ない状態に入ります」
伊藤が、静かに言った。
「……終わらせる口が、完全に塞がった」
「はい。
この段階で、講和の可能性はほぼ失われています。
残るのは、どの形で終わるか、その選択だけでした」
燈子は、視線を落とさず、続けた。
燈子は、言葉を切った。
誰も、続きを促さなかった。
沈黙のあと、燈子は顔を上げた。
「八月。広島に、原子爆弾という新型爆弾が投下されます」
言葉は、それだけだった。
「これまでの空襲とは、性質が違います。
一つの都市が、一度で機能を失います。
軍事施設か民間施設か、そうした区別は意味を持ちません」
井上が、静かに問う。
「……新しい兵器、都市を一撃で破壊する兵器でございますな」
「はい。
破壊の規模だけでなく、その後に残る影響も含めて、これまでとは違います」
燈子は続けた。
「都市が、その日だけでなく、その後も使えなくなる。
行政、医療、通信、すべてが同時に止まります」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「問題は、一度起きたことではありません。
同じことが、別の都市でも起こり得る、という事実です」
大山が、低く言った。
「……防ぎようが、ない」
「はい。
迎撃も、分散も、間に合いません。
都市そのものが、次の標的になります」
燈子は視線を落とさず、続けた。
「数日後、長崎にも、同じ爆弾が投下されます」
誰も口を挟まなかった。
「同じ頃、もう一つの出来事が起きます。
ソ連が、対日参戦します」
伊藤が、静かに言う。
「……これで、戦う相手が、さらに増える」
燈子は、少し間を置いてから言った。
「はい。ですが、これは、ただ敵が増えたというだけの話ではありません。
当時、日本は、ソ連を通じてこの戦争を終わらせる道を、探っていました」
場の空気が、わずかに変わる。
井上が、慎重に受ける。
「直接の講和ではなく……第三国を介して、でございますな」
「はい。
アメリカやイギリスと直接交渉するのではなく、中立国であるソ連を通じて、条件を探る、という形です」
燈子は、言葉を選びながら続けた。
「戦争をどう終わらせるか、その“形”を探る余地が、まだ残っていました」
一拍置く。
「しかし、そのソ連自身が参戦したことで、その道は完全に失われます。
仲介を期待していた相手が、交戦国になります」
山縣が、低く言った。
「……出口そのものが、潰れた」
燈子は頷いた。
「はい。
原子爆弾は、この先に続く被害の大きさを示し、ソ連参戦は、終わらせ方を選ぶ余地を断ちました」
燈子は、はっきりと言った。
「この時点で、戦争を終わらせるための選択肢は、事実上、二つしか残りません。
本土決戦を行うか、降伏するかです」
松方が、低く息を吐く。
「……勝ち負けでは、もうないな」
「はい。
ここでは、戦況をどう好転させるか、という話ではありません。
どこで犠牲を止めるか、その判断になります」
燈子の声が、わずかに落ちた。
「終戦は、自然に訪れたものではありません。
決断です」
伊藤が、言葉を選ぶように言った。
「……誰が、その決断を……いや。
このような状況において、その決断を下せるお方は、もはや一人しかおらぬ」
燈子は、答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
しばらくして、燈子は続けた。
「軍の中には、なお継戦を主張する声がありました。
本土決戦によって、条件を引き上げられる、そう考える向きもありました」
山縣が、短く言う。
「……軍としては、自然な反応だ」
「はい。
ですが、その先に待つものは、さらに大きな被害です。
都市、住民、残された産業。
それらが、戦場になります」
燈子は続けた。
「だからこそ、終わらせる、という判断が選ばれます。
抵抗も、混乱も、起こり得る決断でした。
それでも、命令として示されます」
大山が、低く言った。
「……命令で、止めた」
「はい。
戦争は、命令で始まりました。
だからこそ、命令で止めるしか、ありませんでした」
沈黙が落ちる。
燈子は、続けた。
「終戦後、日本は占領下に置かれます。
軍は解体され、武装は解除されます」
山縣が、短く息を吐く。
「……軍が、なくなる」
「はい。
憲法、教育、行政。
国家の仕組みが、順に改められます。
戦争は、国家の手段から外されます」
松方が、現実を見るように言う。
「財政も、一から、ですな」
「復員兵は戻ります。
しかし、仕事も、住居も、十分ではありません。
焼けた街は、すぐには戻りません」
燈子は淡々と続けた。
「戦争を導いた判断は、裁判で整理されます。
誰が決め、誰が止められなかったのか。
それは、断罪というより、線を引く作業でした」
山縣が、硬く言った。
「……責を、残すためか」
「はい。終戦は、終わりではありません。
判断の結果を、引き受ける始まりです」
燈子は、そこで言葉を止めた。
畳に落ちた沈黙は、
怒りでも、
拒絶でもなかった。
受け取られ、
それぞれの中に置かれた沈黙だった。




