並行する生活
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、つぶらやくん、いいところに。
いま時間あるかい? また君の好きそうなネタを仕入れてきたんだけど、聞いていかない?
――今日は急ぎの用事があるから、そいつが終わってからでいいか?
ほ~、そりゃ珍しい。君がネタ集めより優先することがあるなんてね。それだけでも貴重な体験をした気になるよ。
まあ、それならちょい時間を改めるかな。またいつものところでいいっしょ?
は~い、無事に終わったみたいだね。この暑い中を、いつもお疲れさんだ。
人間、やるきスイッチが大事というが、僕はどちらかというとやるきエンジンだと思っているんだよね。
いったん動き出すと、摩擦力もろもろのブレーキがかかろうと、惰性で物体は動き続けるっしょ? 動き出しさえあれば、それがスイッチでなく力押しとか斜面に設置とかでも、仕事はできるってものさ。
この動いているところに、ぽんぽんと何かを新たに積んでいく。積みながら運ぶのが当たり前の形に持っていく……こいつが僕流、習慣の作り方ってやつだ。それが今回の話にもかかわってくる。
――以前に、「ながら~」はよろしくないとか、聞いた気がするが?
ん~? そうだったっけ? 僕が話したかどうかはよく覚えていないな。つぶらやくん、いろんな人から聞いて、ごっちゃになってんじゃない?
しかし、中には「ながら~」でもやらなきゃいけないこともあるかもね。
最近、友達が話してくれたことだ。
小学生時代、友達はほんのわずかな間だけ、とある学校に在籍していたときがあったらしい。
教師側のカリキュラムとかを把握していたわけじゃないけれど、教えることは他の中学校と大差なかったのだけど、友達には気になったことがあった。
クラスの子が、よく授業中にトイレを理由に席を立つんだ。
学校のトイレって、できる限り利用しないようにする……という人、つぶらやくんのまわりにいなかった? 僕も学校トイレは行かないようにしたい派。
理由は人それぞれだろうけど、僕は不特定多数が使っている場所と考えたらね、うん。あまり好きこのんで触りたくないところよ。特にデリケートな部分に関するところだとね。
友達も前の学校はあまりみんなトイレに立たないものだから、ここの人はみんなそろって「タンク」が小さいんか~? などと最初は思っていたのだけど、回数を重ねていくうちに気づく。
まず、長い。男女を問わず、長い。
おそらく席立ってから10分ほどは、毎回経過しているだろう。人の事情にあまり突っ込みたくはないと思っても、これが毎回毎回というのはいささか怪しい。
そして、これは全員ではないものの、戻ってきた子は服のどこかしらに葉っぱらしきものを引っつけている。決まって背中側だ。たまにズボンなどのお尻につけていることもあった。
仮に夏場で緑が多いだろう時季でも、彼らがつけてくるのは黄色や赤色のものばかりだったという。そして友達が気になったのが、ときおり彼らの服の全面にも、葉っぱがついていた跡と思しき、泥がくっついているときがあったという。
――わざわざ払い落としている? そうなると背中側だけ残っていることに意味があるのだろうか?
はじめて見たときはそう思ったものの、まわりのクラスメートが指摘すると、少しあわてた様子で葉っぱを外すのが通例らしく、純粋に気づかずにいるといったところだろうか。
しかし、トイレの用事で葉っぱを引っ付けるような事態など、まず起こるはずがないだろう。トイレといっておいて、別の用事を足していると考えたほうがいいのでは……。
そう思うや、次にクラスメートが立った授業があると、友達も続いてトイレを理由に席を立った。
同じフロアのトイレを見て回り、そのどこにもクラスメートの姿がないのを確認。そしてかねてからの状況から、葉っぱをくっつけるとなると外に出ている可能性が高い。
友達は、いざというとき言い訳がきくように、トイレそのものには入りながら、その中のグラウンド側に面した窓へ駆け寄る。当時の背では、そのままのぞくことは難しく、足を浮かせながら窓にしがみつく格好になってしまったようだ。
首尾よく、というかクラスメートが校舎から出てくるのが見えたが、友達は目を疑った。
クラスメートは靴を履かず、両手両足を地面につけたままで走り出てきた。必然、背中がよく見える角度ゆえ、はっきりと確かめることはできなかったが、お腹あたりからは大きな筆先を思わせるような、長い毛の集まりがちらりとのぞいたと、友達は話していた。
クラスメートは、トイレの窓から見えるぎりぎりあたりで止まると、四つ足の姿勢のまま、その場でぐるぐると回り出す。それは犬などが見せるそれと、よく似た動きだったとか。
いくらか回ると、にわかに風が吹き始める。友達のときは向かって左から右へ吹く風だったが、それに混じって飛ぶのが黄色や赤色の葉っぱ。
これまで、他のみんながトイレから戻ってくる際に貼り付けていたものと、同じように思えたようだ。
この葉っぱたちは、あの四つ足でまわるクラスメートにいくつか貼りついていったのだけど、その直前にクラスメートの背中やお尻にも、お腹からのぞいたのと同じ毛の集まりらしきものが首をもたげたこと。それが、葉っぱが触れるや、フタをするような形でそれを抑え込み、身体の中へ押し込んでしまうのを友達は見たという。
信じられない心地だったが、これ以上ここでとどまっていたら怪しまれるかもしれない。友達はすぐさまトイレから戻り、いくらかして例のクラスメートも戻ってきた。
お腹側に、葉の貼りついたような跡を残し、背中に一枚の葉を貼り付けたままの、これまでよく見てきた姿でね。
もとより友達は短期間だけこの学校にいる予定であり、これを見てから一週間後には学校を去ることになり、より詳しい調べを行うことはできなかったそうだ。勇気も湧かなかったと。
しかし世には、人のような営みをしながら人と異なる側面を持つ者がいるのか……いや、人と異なる側面を持つ者が、本能とせめぎ合いながら人の営みを真似しているのか、と考える機会となったとか。