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第六話 柳が根付く場所

 

「あ! 柳! それ、私が育てたハラミ!」

「え? 雪はこっちのタンを育ててたんじゃないの?」

「そっちもだけど、ハラミもだもん」

「欲張りだなぁ」


 ジュージューと焼ける肉の音と賑やかな声が、川のせせらぎをかき消す。

 私たちが柳と一緒に日本に戻って、すでに一年近くが経った。

 柳が社会復帰するために色々な調査がされた。

 十年以上前に保護された時の記録や、アルビノではないかと検査された時に採取された血液の記録によってまず本人である証明ができた。

 そして当時は柳の記憶があいまいで年齢が分かっていなかったけれど、実は四歳ではなくて九歳だったことにした。

 調査に来た県の職員も、明らかに十五歳には見えない柳を見て納得していた。


 その後、行方不明だった間の捜査が簡単にされた。本当にそれだけでいいのかってくらい簡単な捜査で緊張していた私たち家族は拍子抜けした。

 ってことで柳は今戸籍上は二十一歳になっている。私より二つ下。柳は悔しそうにしていたけど、私は姉の座を死守できて満足だ。

 SNSにも無事見つかりました報告をして、私たち家族はしばらくテレビ番組に取材されたりして忙しい日々を過ごした。

 虐待され、その後行方不明になり、再度自力で戻ってきたという柳の話はなかなかに波乱万丈だったらしい。

 見た目も変わってるしね。

 長い髪は日本に戻ってきたらバッサリ切っちゃったけど、緑の目と美しい顔立ちはどんな髪型でも似合ってる。


「柳、大学はどうだ?」

「んー、そこそこ。アプリいじってる方が楽しい」

「ま、大学で学ぶことが全てじゃないしな。好きな道が見つけられたらいい」


 お父さんの威厳ある父親っぽい発言がなんとなく笑える。私は進学も就職も、柳の捜索のために近場でさっさと決めてしまったから寂しかったのかもしれない。

 玉ねぎを齧り、生焼けだったと網の上に戻す。

 柳は通信制の大学で単位を取りつつ、ゲームアプリ開発のバイトをやっている。

 下請けの下請けの、さらに下って感じらしいけど、楽しんでいるのでいいとする。

 でもあっちの世界に行っている間に自分の限界を超えて無理する癖がついちゃったので、そこはちゃんと見張るようにしている。

 柳の美肌が崩れたら私が許しません。


「あ、やっば!」


 網をすり抜けて地面に落ちていく我が愛しの厚切りタン。

 スイッと私は箸を持った手をタクトのように振る。

 するとスイ~っとタンは無事にタレの入った皿の上に着地する。


「セーフ」

「こら、雪。セーフじゃないでしょう」

「えー、いいじゃん。誰もいないんだし」

「咄嗟に魔法使う癖がついちゃうのは危ないでしょ。危険な時だけにしなさい」

「今のは命の危険だったよ。牛タンの食べ物としての命。大切にしないと」

「まったく。ああいえばこういう」


 呆れた顔をするお母さんだけど、私は気づいている。

 さっきから絶妙に炭の火力操作を魔法でやってるってこと。

 それに庭の野菜やお花を育てる時にも魔女の力使ってるよね。だって魔力が流れてるのみえるもん。

 お父さんは宣言通り賢者の抜群の脳みそで、仕事を短時間で終わらせて残りをダラダラと自分の好きな時間に当てている。

 それでいいのか、ビジネスマン。

「できすぎると仕事を押し付けられるからね。ほどほどが一番」というのがお父さんの言である。

 お父さんらしいといえばお父さんらしいので、クビにならないのであればいいと思うことにした。

 最近は柳と一緒になってアプリや解析ツールを開発して、簡単なビジネスでも始めようかなんて言ってる。

 二人だったら本当に実現しそうだ。いいな、私も一口噛ませてほしい。


「あー、お腹いっぱい。柳、片付けが終わったら川の中の岩で昼寝しよう!」

「えー、日に焼ける」

「ぐっ、美肌男め」


 柳の白い肌は太陽に当たりすぎると真赤になって痛々しい。

 無理強いはできないなと思ってると、柳が指先を空中に向けてクルリと回した。


「直射日光が当たらないように、魔法で調整しておくよ。雪も焼けたくないでしょ?」

「ありがと!」


 私たちの会話が聞こえているのに、お母さんももう諦めたのか口を出さない。

「日焼け対策、いいわね」だなんて呟いているのが聞こえた。そうだよね。美魔女でいるためには日焼け対策は重要だよね!

 お母さんの魔法は自然と親和性が高いから、そのうち庭仕事の時に使いだしそう。

 お肉と野菜をバランスよく食べ、最後に冷やしておいたイチゴを岩の上に上ってダラダラと食べる。


「んー、うまー」

「最高」


 柳の魔法がいい感じに日光を遮ってくれる。

 水に浸かった足はひんやりしてるのに、上半身はぽかぽかで心地いい。


「雪、会社で変な人いない? 飲み会とか誘われてない?」

「だいじょーぶー。今は家族孝行で忙しいって言ってあるし」

「だったらいいけど」


 柳の緑の目が細くなる。

 心配性だなぁ。お姉ちゃんは頑張って新人社会人やってるから、大丈夫だぞ。

 地元の情報誌を作る会社。柳を見つけるのに情報が入りやすいかなと思って選んだ。

 でも柳は見つかったし、新しく集中できる何かを探すのもいいかもしれない。


「ん~、何か始めるとしたら何がいいかな?」

「雪は本とかマンガが好きだからそっち系は?」

「趣味と仕事は別にしておきたいなぁ」

「そっか。そのうち俺とお父さんが仕事始めたら会計とか手伝ってほしいけど」

「あ、それはいいね。今のうちに簿記勉強して資格取っておこうかな」


 開業届をだしたら毎年の申告も複雑になるって聞くし。

 数年、地元で緩く働きながら勉強していくのは楽しそう。

 一口噛ませてほしいって思ってたら、がっつり関わることになりそうかな。嬉しい。


「ありがとね、柳」

「ん?」

「アドバイス、嬉しい」


 素直にお礼を言うと、柳は照れたように笑う。

 信じられないくらい厳しい人生を歩んできたのに、素直な子! 見よ、うちの弟のすばらしさを!

 全世界が刮目すべきこの微笑み!


「あ、今度ヒーロー物の映画の新作が出るって」

「へぇ、いつから? 一緒に見に行こうよ」

「確か来月。でも私でいいの?」

「何が」


 柳眉が僅かに寄る。視線だけでなんか不満そうなのが伝わってくる。

 うちの子は不機嫌でも格好いい。


「だって、いつまでも姉と映画とか、嫌でしょ」

「雪は雪でしょ」

「何その理論」

「それで、映画は誰が主人公?」


 全然気にしていないというように話を続ける柳に、私は情報誌を作る時に集めた映画のストーリーを思い浮かべる。

 足を揺らすとパシャパシャと水が散って涼しい。


「確か悪の組織に囚われたヒロインをヒーローが救うってやつ」

「ふうん」


 柳の反応が鈍い。もしかして興味ないのかな。だったら別の映画でもいいけど。

 ふと柳と一緒なって夢中で読んだマンガを思い出す。ある展開がくると、柳はいつも微妙な反応をしていた。


「そういえば、柳は恋愛が絡むといやなんだっけ?」

「え? そんなことないけど。なんで?」

「昔、ヒロインが出てきて出しゃばりだすと嫌そうにしてた」

「ああ……それは」


 言葉を濁す柳。「それは」の続きはなんだろう。

 明らかに理由があるみたいなのに、柳は口を開こうとしない。

 バタバタと足を揺らして、水を激しく散らす。

 細かな水がかかって柳は仕方がないというようにため息を吐いた。なんだ、その態度は。お姉ちゃんに失礼だぞ。


「俺にとってのヒロインとヒーローの理想像があって」

「へぇ。マンガのキャラとかで?」

「そうじゃなくて……俺にとって、ヒーローもヒロインも雪だから」

「ん?」


 どういう意味だろう。

 ゴリッと側頭部を岩にこすりつけるように首を傾げる私に、柳が私の頭の後ろに手を差し込む。

 大きな手が頭と頬を包んで、なんだか照れくさい。

 柳なのに。弟なのに。男の人みたいだ。


「俺を二度も助けてくれたヒーローで、どんなに苦しい状況にいてもヒロインみたいに元気をくれる存在は雪だから。だからどんなヒロインもヒーローも雪には勝てないと思って」

「な……にそれ」


 ははっと笑う私の口が変な形に歪む。

 私はそんな格好いい存在じゃない。柳のほうが、ずっと、キラキラで……。

 言葉を探す私の口元に、柳の視線が向く。その柳のような緑の瞳が細くなって、近くなって──


「おーい、そろそろ上がってこーい。熱中症になるぞ~!」

「あ、お父さん、邪魔しちゃだめじゃない」

「由衣、こういうのは順番が」

「しー、雪は鈍いからまだ時間がかかるからそこは放っておけばいいの」


 なんかごちゃごちゃ言ってるお父さんとお母さんの声が遠い。心臓音が耳奥でうるさすぎるんだ。

 びっくりした。なんか柳が柳じゃないみたいで。

 チッと軽い舌打ちの音に顔を上げる。

 上半身を立てた柳の顔は逆行になっていて見えない。

 もしかして今、お父さんに舌打ちした?

 遅れてきた反抗期かな。男の子だから色々あるよね。


 岩から降りて、川を渡る私に柳の手が差し出される。

 ほんのちょっとだけためらって、私はその手に自分の手を重ねた。

 ひんやりとした指先が絡まって、心臓が大きく跳ねる。


 私たちの新しい季節が、始まろうとしていた。



あと一話、柳視点で終わります。

今日か明日には投稿したい!

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