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第五話 雪柳の下で笑おう

 


 ごうごうと音を立てて流れる川を見て、私は一歩足を崖から遠ざける。


「え、柳、本当に、五歳の時にここから?」

「うん。ぽいって捨てられた」

「ふぁああああっく!」

「雪、言葉遣いに気を付けなさい」

「あ、ごめんなさい」


 お母さんに注意され、素直に謝る。

 でもさ、でもさ、無理だよ、この高さ。

 日本一の高さのウォータースライダーでもビビらなかった私が、怖気づいてしまうほど。

 しかも微かに聞こえる川の音は、優しいせせらぎなんかじゃない。

 ドウドウと響く音は明らかに濁流だ。ここに龍が棲んでいると言われるのも不思議ではないほどの迫力。


「うーん、飛び込むのはまず無理だな。死ぬ」


 あっさりとお父さんが出した結論に、私は首を上下に激しく振る。

 ありがとう、お父さん。無謀な挑戦をしようとか言い出さなくて良かった。


 私たち家族が丸っと召喚されて約三ヶ月ほどたった。

 王国の中心から離れたこの場所にたどり着けたのは、柳のおかげとしか言いようがない。

 召喚された場所との位置関係も全く知らないし、どうやって生き延びていくかすら私たちには手段がなかったから。


「俺は人前には出られないから」


 そう言う柳の代わりに私たちができたことといえば、食料品や必需品の買い出しや移動手段の確保だ。

 三ヶ月は長かったけど、「ロングバケーションだわ~」とか「いい休暇がとれた」と笑うお母さんとお父さんのおかげで心行くまで満喫できたと思う。

 まあ、確かに、就職してしまえばこんなに長く休めないもんね。

 ちょっとワイルドなフィールドトリップにはなってしまったけど、一緒に柳がいるというだけで私はにっこにこだ。


「雪、ずっとご機嫌ね」

「うん、柳を見つけられて良かった。それに見て、この美しさ! やっぱり成長したらかっこよくなるっていう私の見立てに間違いはなかった!」


 ばばんっと開いた両手を柳に向ける私に、お父さんとお母さんが苦笑する。何その笑い。

 柳はなぜか真赤になってるし。

 白くきめ細やかな肌は体温が上がるとすぐ分かる。美しいわぁ。

 最悪に近かった柳の健康状態は私が身に着けた魔法と、移動の間にしっかり食べて睡眠を取ったことによって見事に回復した。

 まだまだ線は細いものの、肌艶は一級品である。


 あ、そうそう。私はやっぱり聖女だった。身に着けているのはこの世界最高と呼べるほどの魔力量と、魔法知識。

 手加減なしに魔法をぶっ放すと大地が消えると柳が言うほど、最強聖女なのだ。

 お父さんは役割としては賢者。綿密な計算と解析、効率化などが一瞬で理解できるんだとか。

 これがあれば会社の仕事を一時間で終わらせて残りの時間を遊んでられるのにとか嘆いていた。残念だね。

 お母さんは魔女。悪い魔女ではなくて良い魔女だ。自然に干渉する能力が高く、植物や動物の意思が分かったり、火や風を巻き起こしたりできる。

 格好いい魔女だ。

 そんな私たちを見て「やっぱりみんなすごいなぁ」だなんて感心している柳だって、なかなかなものだ。

 こっちの世界にまた戻ってしまった時から寝食を削って魔法の研究をしたおかげで、あのキラキラごてごて傲慢でパワハラな王子様だって無視できないほどの実力者にのし上がったのだから。

 ちなみに寝食を削ってと言う部分で、そもそもそれらがまともにもらえていなかったという事実は忘れない。

 くそう、あのぼんくら畜生ニセ王子め。聖女の力で頭皮の毛穴を全て永久脱毛してやろうか。

 それか考えていることが全部周囲に伝わるとか……うん、いいかもしれない。


「雪、雪? 顔が悪役みたいになってるよ?」

「悪役じゃないから。正義だから。柳をいじめた奴らに仕返しするの」

「暴力はだめって雪は言ってたよ?」

「うん、暴力はだめだから、精神的ダメージを負わせられるような魔法を、ちょっとね」

「雪……」

「よし、行ける気がする。みんな集まれ」


 崖下を見下ろしていたお父さんに呼ばれ、私と柳はお父さんのそばに移動する。

 柳は何度もここに足を運んで、なんで日本にここから転移したのかを研究したんだって。

 その結果、転移には大量の魔力が必要になるってところまでは分かったらしい。

 その話を聞いた音王さんは、過去に転移した時、柳は無意識に魔力を使ったのだろうと分析していた。


「四人分の魔力となると大量だろうけど、ま、賢者の目で効率化と聖女のありあまってる魔力、それから魔女がこの大地周辺に棲む精霊によびかけて、んで、道を作るのは柳だ。この場所から転移をした経験がある柳なら僕たちのガイド役にふさわしいからね」

「でも、無意識だったから」

「大丈夫、大丈夫」


 渋る柳の肩を叩き、お父さんは何にも考えてなさそうな顔でカハハと笑う。

 その隣でお母さんは周囲を見回して、温かい笑みを浮かべた。


「大丈夫よ、柳。この周りには柳のことを覚えている精霊がいるみたい。『助かって良かった』、『元気でね』って言ってるから」

「精霊が?」

「そうよ。何度も来てたことも知ってるって。『行ってらっしゃい』だそうよ」

「そう……そっかぁ」


 二十三歳になる柳が、子供の頃と変わらない綺麗な顔で笑う。気づかなくても、柳のことを心配していた存在はこの世界にもいたんだね。良かったね。

 そんな気持ちを込めて、柳の背中に手を当てる。

 柳は顔を上げて、私と目を合わせると照れくさそうなはにかんだようななんともいえない顔になった。可愛いなぁ。うちの弟はとても可愛い。


「それじゃ、行くよ。母さんはまず川の流れを止めて。その間にみんなで川底に移動しよう。その魔法は雪、できるな?」

「うん。浮遊魔法いけるよ」


 しっかりと頷く。

 段取りが決まると早速お母さんの出番。ドウドウと音を立てて流れていた川は、お母さんの柔らかな「はいはーい、ちょーっとごめんねー」というお願いによって止まる。

 うん、お母さんらしいお願いだ。

 柳と顔を見合わせて肩をすくめる。


「じゃ、一応みんなで手を繋いでね」


 そう言って四人、輪になって手をつなぐ。お父さん、お母さん、私、柳の輪。

 成長してこんな風に手をつなぐなんて機会はないから少し照れくさいけれど、みんなの信頼してくれる眼差しにあとおしされて口を開く。


「えっと、ウィン、うんちゃら、レビオッサーン!」

「ちょ、雪!?」


 有名な呪文をいい加減に唱えた私に、三人が爆笑し始める。

 徐々に谷間を硬化していく間も、大きな笑い声がまるで悪魔の嘲笑の様に周囲に響き渡った。

 それがますます私たちの笑いを誘う。賑やかで明るい家族だ。

 柳の目にうっすらと浮かんだ涙は、きっと笑いすぎたせいだね。


 谷底に到着し、お父さんが転移拠点になりそうな場所を探す。

 一番魔力が濃くて、世界のつながりが希薄な場所があるはずなのだとか。

 うろうろと歩き回るお父さんを横目に、私はずいぶん高くなった柳の目を見上げて尋ねる。


「そういえば、柳はなんでこっちに戻ってきちゃったの? 私たちみたいに召喚されたとか?」

「それは精霊のせいね」

「え?」


 私の質問に、柳ではなくってお母さんが答える。

 驚いた様子の柳を見て、お母さんはなんにもない空中を指さして言葉を続けた。


「道を作ったのは精霊だけど、もしその先で何かあった時のためにこっちに戻れるようにしていたみたい。柳、もしかしてこっちに戻った時に何かあった?」

「あ……えっと、車にぶつかりそうになった」

「それでなのね。命の危険が迫った時に、残ってた精霊の加護が発動してこっちに飛ばされたってことね」

「……それは、また地球に戻っても同じことがあったらこっちに来ちゃうってこと?」


 柳が事故にあって命を失うことがなかったのは嬉しい。

 でもまた離れ離れになってしまって、二度と会えなくなる方がもっと嫌だ。

 柳も繋いだままの手をぎゅっと握って口を引き結んでいる。


「大丈夫。今度は地球で最後まで何があっても生きていけるように、加護をくれたから。ついでに私たちもね。おかげで健康で大往生できそうよ」

「それは嬉しいな! 老後に期待が持てる!」


 最近ちょっと老眼が進み始めていたお父さんは嬉しそう。退職した後でも元気ハツラツなシニアになりそうだ。

 老後の両親のケアも少なくなりそうかな。でもちゃんと親孝行はさせてもらうからね。


「よし、このあたりだ。みんなこっちに。お母さん、精霊には頼んでくれた?」

「もちろん。これから聖女が美味しい魔力をいっぱい上げるからって言ったらたくさん来てくれたわよ」

「期待に応えなくちゃね! 日本に戻ったら魔力は必要ないから、全部ぶっ放すよ!」

「雪、おならじゃないんだから……」

「柳、もしできるなら、戻る時間と場所を指定できるか?」


 そう言ってお父さんが指定したのは、あの川の岸、私たち三人がバーベキューをセットした時間だった。

 そっか。時間が戻れたらあの国産厚切り牛タンを食べられる!


「ふふふ、戻ったらバーベキューの続きね」

「美味しいピーマンも買ってあるよ。庭で育てたやつ」

「柳が成人してるなら、ビールも買っておけばよかったな。ノンアルしかない」

「……お酒はまだ飲んだことないなぁ」


 嬉しそうに目を細める柳。

 もう一度、みんなで手をつなぐ。


「さ、帰ろう、日本に」


 お父さんの声に深く頷く。

 見えないけれど周囲の精霊に私は魔力を分けてあげる。

 柳も一緒だ。

 お父さんもお母さんも、精霊にお礼を言いながら魔力を開放していく。

 四人分の魔力が飽和して、最大限に広がった時、世界がぐるりと回った。





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