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第四話 柳は嵐を耐え抜く



「で、では、明朝に……」

「はいはーい。お休みなさい」


 びくびくとした態度でドアのそばで挨拶をして、最後の侍女が部屋から出ていく。

 私はにこやかに手を振ってその後ろ姿に挨拶を送る。

 早く、とっとと、出て行って。

 そんな心の声が顔に出ていないといいな。多分出ていると思うけど。


 ――パタン。


 小さな音を立てて扉が完全に閉まった。


「しゃ! 施錠、施錠」


 扉に飛びつくようにして鍵をかけ、私はぐるりと体を反対に向ける。

 その先のソファには並んで座るお父さん、お母さん、そして――向かいに柳。

 あの後、私たちはめっちゃ駄々をこねた。

 まず私たち三人は一緒にいなければならない。家族だから。

 そしてこの事態を引き起こした魔術師には、責任を取って全て説明してもらう。そう言って、柳が私たちと共にあの場所から離れられるようにした。

 ギャーギャーと考えうる限りの権利を主張しまくり、私たちは見事この部屋を勝ち取ったのだ。

 もちろん、聖女かもしれない私について来ようとする、キンキラ厚顔パワハラ王子様をその場に残して。

 

「さてさて、えーっと、まずは、柳、でいいんだよな?」


 お父さんが膝の上で手を組み、体を前のめりにして尋ねる。

 その正面に座る明らかにニ十歳を超えてそうな男性は、コクリと頷いた。

 背中まで伸びた長い白い髪は手入れされていないのか、ぼさぼさで艶もない。いったいどんな扱いを受けてきたのか。

 あの横暴クソ野郎のせいなのか。


「日本で、柳が消えてから、間もなく二年になる。柳がこの世界に来て、どれだけ経つ?」

「……十年、です」

「そうか。そうすると今は二十三か?」


 柔らかい声で尋ねるお父さんに、柳はやせ細った両手を握ってコクリと頷いた。

 あんなにふくふくと、綺麗に大きく育てた柳を!

 ふつふつと込み上げる怒りをこらえ、私はドサリと音を立てて柳の隣に腰を下ろした。


「よく、頑張ったね、柳。生きててよかった」


 顔を覗き込み、緑色の瞳を見つめる。

 最後に見た十二歳の柳はまだ少年の顔立ちだった。

 今は痩せこけてるけど、ちゃんと大人の顔立ちになってる。


「それにしても、柳と同い年になるとは思わなかったなぁ」

「え?」

「ん? だって日本では二年しかたってないから、私ももうすぐ二十三なんだよ?」

「……ほ、ほんとに?」


 なぜか驚いている柳にしっかりと頷く。なんならお父さんとお母さんに確かめたらと言うと、柳は視線を二人に向けた。

 そして私の発言が正しいと首肯するお父さんとお母さんを見て、柳の口元がぐにゃっと曲がる。

 なぜだ。


「ちょっと、私の方がお姉ちゃんなんだからね」

「お、同い年なら変わらない」

「柳の誕生日は私の次の日なの。だから、一日だけでも私の方がお姉ちゃんなのは変わらない」

「……ガキっぽい」


 顔を背けながらぽつりと吐いた柳の頭を、ペシリとそろえた指先で軽く叩く。

 そのままその手でぼさぼさになってしまっている柳の髪の毛をそっと梳いた。


「ねえ、こっちでは、白い髪はだめなの?」

「うん、生まれた時から白いと忌み子って呼ばれる」

「人間、年をとったらみんな白くなるのにね」

「だからだって。人生を歩む前から終わりが定められているとか、そんな理由で嫌われる」

「くっだんない」


 そんなことで柳を差別するとか。どんどんこの世界の人間が嫌いになる。 

 カチャリと微かな音がして目だけを正面に向けると、お母さんがお茶を入れているところだった。

 お父さん、茶葉を覗き込んで何してるのかな? そのかざした手は何? 何かオーラでも出てる?

 あとお母さん、ポットの中の水が一気に沸騰しているけどなんでかな? 聞いちゃいけない気もする。


「柳、聞きたいんだが、もしかして柳はこっちの世界でもともと育ったのか?」


 お父さんの質問に、私は思わず手を止める。

 そんなこと考えたことなかった。

 でもさっき柳は「生まれた時」って言っていた。つまり幼い頃、白い髪が理由で虐待を受けていたことを覚えているんだ。

 まさかという思いで柳の横顔を見ると、柳はあっさりと肯定してしまう。


「うん、そう。えっと……五歳になるまで村に閉じ込められてて、それで……飢饉が続いた時に、龍の谷っていわれる場所に生贄として放りこまれた。それで気づいたら川を流れてた」


 ちょっと待って。

 情報多い。

 整理させて。


 一、柳はこの世界の出身である。

 一、柳は日本に来た時に五歳だった。

 一、柳は生贄だった。

 一、龍の谷から日本へ転移した。


 浮かんでくる言葉をぐっと飲みこむ。

 もしかしたらという希望と期待が胸の奥で渦巻いている。


「はい、柳。お茶よ」

「ありがとう、お母さん」


 目の前に置かれたカップを持ち上げ、柳は一口飲む。

 ほっと息を吐いた唇が細かく震えてる。

 それを見ないふりをして、私もお茶に手を伸ばす。

 少しの間、家族四人でゆっくりと会話もなくただお茶を飲む時間を過ごした。


「さて……ここからだが」


 微かな音を立てて、それぞれがカップを置く。

 真剣な表情をしたお父さんに自然と全員の視線が集まる。


「まず、お父さんはこの場所に長くとどまるのは危険だと思っている。それで、脱出するなら今晩が一番いいと思う」

「そうね……今は柳と一緒にいられるけど、いつまた引きはがされてしまうかも分からないから」

「ねえ、柳、この場所ってどういうところ? 王城とか?」

「ここは魔術師の研究所近くで、王城ほど警備は厳しくない。でももしみんなが王城に移動になったら、俺は絶対に会いに行けなくなると思う」


 それは先ほど召喚の儀式からも外されていたように、その髪色のせいなのだろう。

 ということは、やっぱり私たちが一緒にいられる今が一番のチャンスだ。

 お父さんは深く頷いて、次にすべきことを決める.


「ここを出たら龍の谷と言われる場所に向かいたい。柳、場所は分かるか?」

「うん。大丈夫。こっちに戻ってきちゃった後も、何回か行ってるから」


 その言葉に胸が痛くなる。

 日本に戻ろうとしたのだろうか。

 龍の谷と言われる場所に、もう一度身を投じたら日本に行けるかもしれないと思ったのか。


「だったら善は急げだ。柳がいつも暮らしている場所はここから近いのか? 一度戻って荷物を取ってくるとか」

「ううん、いいよ。特に持ってくものもないから」


 あっさりと言う柳に胸が痛い。

 日本の柳の部屋にはたくさんのヒーローフィギュアが飾られている。

 ヒーローが出てくるマンガがびっしり本棚に並んでいて、壁にはポスターも貼られている。

 そんな柳がこっちの部屋に何も置いていないだなんて……その理由を考えると喉の奥が熱くなる。


 

 早く帰ろう。

 日本に、戻ろう。

 一緒に、家族で暮らそう。


 



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