”205✕520”
この物語は、一つの仮想通貨の急落から始まります。
国民の「善行」に対する対価として配給されていた通貨の価値が失われたことで、人々の行動規範は緩やかに、けれども確実に変化し始めていきます。
そんな社会の歪みに、主人公カエレン・ヴォルダスは巻き込まれていきます。
始まりはあまりに小さな変化であり、それに気づいた人間は誰もいなかった。
2050年05月20日金曜日、ブラジル発の仮想通貨取引所NovaXにおいて、オルディナ時間の14時から15時の1時間の間に、RIXの価格が3%下落した。RIXとは、オルディナ共和国政府が徳性循環資産と定める、仮想通貨Ref Index Exchangeの頭文字を取った略称である。
それは明らかに、オルディナ国の金融市場が閉場する直前を狙った値動きだった。それと同時に、RIXの総供給量に応じて紙幣を発行するという、オルディナ政府の通貨政策の終わりの始まりを示唆していた。
この微細な変化は拡大しながら世界中の取引所に波及し、RIXの価値は雪だるま式に崩れていった。週末だけで実に74%もの値下がりを記録したRIXは、翌月曜日の朝、オルディナ国の全ての金融市場を巻き添えにし、ありとあらゆる金融商品が開場と同時に急落した。
この未曾有の金融混乱を、始まりの日付に準えて”205✕520”と呼ぶ。