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7・抵抗勢力

 聖暦1917年秋


「艦隊司令部は作戦部の提案に反対である!」


 旭皇国海軍作戦部は水中造兵局の示した駆潜潜水艦の採用を決め、西旭日諸島への基地建設を命じていた。


 しかし、それが素直に進行していたかというと、そうとばかりは言えなかった。


 特に反対が強かったのは旭皇国南部を管轄する第三艦隊司令部である。

 第三艦隊は当然ながら水上艦によって編成された部隊であり、潜水艦は指揮系統が別。もちろん、飛行船も別である。


 自身の縄張りである西旭日諸島を真の潜水艦がすり抜けた事実を認める事すらプライドが傷つく事態であったのに、更に縄張り荒らしにしか思えない潜水艦や飛行船の基地建設を行うと言われ、「ハイそうですか」と素直に従えるワケがない。


 これは何も旭皇国に限った問題ではなく、古今東西で起こっている騒動であった。


「なぜ、たかが15ノット程度しか出んドン亀なんぞのネグラを我が管轄に作れと仰るのか、その様な部隊は北海へ向かわせるのが道理ではありませんか」


 この当時、電信技術が確立され艦隊司令部の権限は縮小傾向にあったが、基地間通信はまだしも、艦同士の通信となると未だに古い慣習が幅を利かせていた。

 有線により基地間通信が実用化されたのが30年前、水上艦同士の無線通信の実用化はまだ10年少々の事であり、艦隊指揮官や艦長の中には不信感を抱く者、指揮官、艦長権限の縮小に不満を抱く者もまだ居る時代であった。


 確かに戦時下とあって艦隊司令部より作戦部の権限が強く、命令も優先される決まりにはなっていた。

 だからと言って艦隊司令部が素直に従うかは別問題である。


 現にこのときは自らの失態を挽回すると主張して憚らない第三艦隊司令部の抵抗によって、迅速な基地建設が進んでいなかった。


 艦隊司令部と作戦部の折衝はひと月近くもかかり、作戦部の作成した基地配置は妥協によって大きく狂う事になる。


 西旭日諸島には良港となる湾が少なく、サンゴ礁による浅瀬や火山島特有の切り立った断崖が多く存在していた。


 第三艦隊司令部はことごとく作戦部の作成した建設予定地を拒否してゴネた。


 飛行船基地も嵐の多い地域の為、格納庫を作る広大な敷地を求めたが、それに適した島も限られていた。


 こうして作戦部の作成した4箇所の潜水艦基地、3箇所の飛行船格納庫という計画は実現出来なくなる。


 この時、良港である照安登(てるあと)島を基地とする案を艦隊司令部に蹴られ、西旭日諸島最大の海峡にポツンと浮かぶサンゴ礁の小島、照舞(てるまい)島(環礁)に渋々基地を建設したのは怪我の功名と後に言われる様になる。


 当時は真が西旭日諸島まで飛行船を飛ばせる訳もなく、測量船を出して自ら測量することも出来なかった。

 そのため、真は旭が公開している商用海図をもとに、潜水艦によって偵察を行って得た情報を加味して突破すべきルートを算定するしかなく、戦時中は照舞島を認識する事なく、海峡を通航していたのである。


 照安登島や興納谷(こうなや)島は潜水艦からも観測出来るため、そこに軍港や飛行船基地がある事を前提にルートを決めてはいたのだが、照舞島は海抜数メートルの環礁にしか過ぎないため、まさかそこに潜水艦基地がある事など把握出来ていなかった。

 結果、海図通りの浅瀬という認識しか持たずに海峡突破を繰り返していた。


 さらに真にとって不幸なことに、第三艦隊は照安登島の港を軍港として整備して巡洋艦や駆潜艇を配備するのだから、時間が経てば経つほど照舞島への関心を薄れさせることに繋がっていく。


 聖暦1918年1月、20センチ砲を持たない真帝国海軍潜水艦が海峡に差し掛かっていた。


「夜だと言うのに賑やかな島だな」


 照安登島を潜望鏡で観察している男が呟いた。


「そろそろ敵も気付く頃です」


「ああ、だからこそ、安心して夜でも港の拡張に勤しんでいるんだろうよ」


 男は潜望鏡を下げ、東への潜航を指示した。


 さらに4時間が経ち、空が白みだす時間に再び潜望鏡を上げる。


「おっと、どうやら既に海峡周辺には飛行船の基地も整備したらしいな」


 飛行船を見留めた男はすぐに潜望鏡を下ろすと電池残量を聞き、少し顔を顰めながら


「出来るだけ東へ出て夜を待つか」


 と告げる。


 この頃の西旭日諸島には、まだ飛行船基地はひとつしか完成しておらず、飛行船乗組員も大半が訓練中の面々とあって、男が警戒するほどではなかったのだが、油断するよりマシである。


 この潜水艦は昨年春に皇都を砲撃した砲撃潜水艦をベースに、長期の任務を行える様に設計を改めた巡洋潜水艦として完成し、今回初めて西旭日諸島まで進出して来ていた。


 旭皇国の奇才が推察した通り、砲撃潜水艦の運用実績をもとに主砲設備を取り除き、艦内配置の最適化を行っており、水上速力25ノットを誇るだけでなく、ボイラーの改良もあって航続距離も伸び、行動日数は90日にも達していた。

 もはや潜水艦の単独行動日数としては乗組員の負担を考えれば今日でさえ限界とされ、戦略ミサイル潜水艦など特殊な事例を除き、この潜水艦を超える活動を行う事は少ない。


 それだけの性能を秘めた潜水艦は、旭皇国に悟られる事なく、これから更に東大島まで往復するという任務を果たし2月を迎える頃には母港へと帰還を果たす。その偵察情報を基に、増勢される巡洋潜水艦部隊によって3月以降新たな作戦がスタートする。


 旭皇国が誇る奇才は真の潜水艦技術を読み、その作戦の一端すら見抜いていたのである。


 そして、第三艦隊司令部が自己保身から潜水艦基地建設に難癖を付けて来た結果、真が行う大洋通商破壊戦の通り道へと基地を配置する事になる。


 こうして、ちょうど良いタイミングで旭皇国に奇才が生まれ、奇才が生み出した奇抜な潜水艦は守旧派の自己保身によってベストなポイントへと配置された。


 奇才と守旧派による自己保身、このふたつが揃っていなければ、リヴァイアサン討伐はより困難を極めただろうと言われている。

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