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4・奇才の思い付き 2

 軽薄そうな男の語る言葉を聞いた壮年の男は、雑談は終わりだと仕事を始める。


 軽薄そうな男の方もそれに倣った様で、仕事をはじめている。


 旭皇国の歴史は古く、聖暦が始まるより前から皇統が続いている事になっているが、歴史にその名が出るのは聖暦200年頃。


 聖暦前後頃には大陸で統一王朝が隆盛し、北海が圧迫された事で多くの北海人が旭へと渡り、真字と呼ばれる今の東方文字が旭にも伝わる。

 旭の歴史はそれまでは口伝が中心であり、歴史として立証しようのない話が多い。


 北海人の渡来で文字、制度が整い、3世紀には大陸の歴史にも名が登場する様になり、旭においても史書の編纂が始まる。


 それから1200年ほどかけ、北海交易によって航海術や造船技術を磨き上げ、南方海域へと漕ぎ出し、今に至る海洋国家の礎を築きあげた。


 西方、旭から見れば東方とも言える大海を渡り現れた人々との邂逅は聖暦1492年の事であった。


 西方諸国は大陸を南へと迂回せずとも船で西へ漕ぎ出せば東方へ至れるのではないかと考えた。


 まずは南へと船を進めて航路開拓が行われ、それは西方が西大陸を南下し、未開地を植民地にしていく歴史として今に続いている。


 そして、西へと漕ぎ出した船団は1年にもおよぶ苦難の航海の末、彼らの名前で西真諸島へとたどり着くが、そこには西方とは構造の異なる立派な船があり、東方貿易で見知った文字に近いモノを使う文明人が居た。


 これが旭と西方が直接関わりを持った最初であり、旭の名称で東大島への西方人来航であった。


 東大島から数千キロにわたり東に島はなく、旭人も彼らをいたく歓迎した。


 旭は快く船の修理を請け負い、多数の食料を持たせて送り出す。


 西方人たちは代金の代わりに火縄銃や武器などをいくつか差し出し帰って言ったが、彼らはまさか、2年後に再来航した時に複製を作っているとは思いもしなかった。


 1494年に来航したコッテリは出迎えた現地人の姿に驚く。


 真とは多少違う趣きではあるが、自分達と変わらぬ文明人であり、何より短期間に銃をモノにしていた。


 当初、西大陸南方を征服した時の様に武力をチラつかせて服従させようと考えていたコッテリは思い直す。


 そして、コッテリ達は南大島での歓待を受ける中で無言の威圧を受け続け、気が付いたら対等な通商関係を結ぶ事になっていた。


 それから複数の西方諸国が野心に燃えて東大島を訪れたが、誰もが余りの距離から遠征を諦め、対等な通商関係を構築するしか道はなかった。


 こうして北海以外の交易相手を得た旭の飛躍は加速し、南方諸島への入植も加速していった。


 西方諸国も旭以外の地を求めて船を送り出すが、西方へ進めどそこは海か旭人が既に居住する地であった。


 唯一、赤道を越えた海域に新たな大陸を発見し、その開発、入植に専念する事になる。


 こうして力をつけ、真と対等に張り合えるまでに発展した旭であったが、北海国との関係や距離の問題から侵攻や入植を行うには至らなかったため、直接的な交戦も今回が初めてであった。



 軽薄そうな男は1時間ほど書類を書いていたがやおら立ち上がり


「ちょっと行ってくるね」


 と言い残して部屋を出た。



 行き先は造船統監部統監室


 軽薄そうな男は柄にもなく張りのある声で名乗り、入室した。

 簡単な説明とともに書類を貫禄ある人物へと差し出す。


 しばらく紙をめくる音だけが部屋にひびき、手を止め、軽薄そうな男を見上げ、口を開いた。


「で?造船狂は戦時下にも関わらず、機械仕掛けのイルカを造りたいのかね」


 重厚な机に肘を乗せ、不満げにそう尋ねた。


「海獣に対処するなら海獣かと思いまして」


 返答はやはり軽薄なものである。


「既存の電池、機関を流用して短期間で作り上げるという件は戦時下という要求に合致する。が、海獣の様なヒレを潜水艦に付けるなど前代未聞だな」


「それはもう、抜かりなく試験は行っております」


 当然の疑問にふてぶてしい態度で返すのもいつもの事。


「だが、問題点はそれだけではない。例の話を勝手に断定するのはどういった了見だ?職分などはこの際どうでも良いのだ」


 統監の男にとって最大の疑念は、目の前の軽薄そうな男がハッキリと2件の砲撃を同一艦と断じている事だった。


 この時代、潜水艦に搭載出来る内燃機関で望み得る出力から考えて、20センチ級の砲を積むには2000〜2500トンにも達する船体が必要で、機関出力からすれば15ノットすら怪しいと、統監は作戦部へと回答していた。


 常識的に見て妥当な数値であり、疑う余地はない。

 軽薄そうな男もそれは認めていた。


「はい。僕も北限が砲撃されていなければそう考えていました。しかし、北限が砲撃されたと聞いて、ふと考えたんですよ。あの初葛宰相はそんなロマン派なのかと」


「2隻建造するなら、ペアで確実な奇襲を狙えば良い。宰相はそう言う人では?」


 名の知られた名軍師にして真の再興を一代で成した化け物。

 領邦達を手玉に取った様は旭でもよく知られていた。


「そんな余力があるなら巡洋艦を1隻でも多く戊海に回し、我が国への対抗としませんかね。こんなロマンに付き合う人ではないでしょう。ただ・・・」


 軽薄そうな男は書類へと視線を落とす。


「技術的には可能だな。水上でも1500トンにはなる。石油専焼型蒸気タービンならば、1万馬力も夢ではない。それこそロマンではないのか?」


 統監も書類に目を向け、そう口にする。


「はい。蒸気タービンによって水上を20ノット超の快速で疾走させ、敵地に近付けば潜って姿を隠す。そして、頃合いを見計らい浮上、砲撃。敵の混乱する最中に潜って逃げれば、はい出来上がり」


「それこそ夢想、空想だ。雲八小説ではないのだ。現実は」


 軽薄そうな男は、統監が空想科学(雲八)小説を知っている事に驚いたが、その事は口にしなかった。


「だからですよ。夢想、空想と我が国が受け取るほどの奇策であれば、彼が採用するかも知れない」


 どう言っても持論を曲げない奇才に対し、統監も折れる。


「分かった。そこまで自信があるなら、お前が作戦部幕僚に説明しろ。水中巡洋艦の経験があるだろう?」


 統監はそう告げると部下に軽薄そうな男を拘束させ、作戦部へと連絡を入れるのだった。


「ちょっと待ってください。統監!」

 

 魑魅魍魎の巣へ運ばれる男の悲鳴が廊下にこだました。

 

 

 


 

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