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3・奇才の思い付き 1

「そろそろ日没を過ぎましたね」


 ヒゲの主が懐中時計を見てそう告げた。


「浮上!潜望鏡深度」


 側の男が艦内へと命じれば、次々復唱と共に動き出す乗組員たち。


「哨戒しているでしょうか」


 ヒゲと並んで不安げに天井を見つめる男。


「潜望鏡深度です。潜望鏡上げ!」


 男の命令によって潜望鏡が上がって行く。


「ふむ」


 ヒゲの主は潜望鏡が止まると取り付き、くるりくるりと2回転する。


「海上に船影はありませんね。空に浮遊物もありません」


 男はヒゲの主の言葉に頷き、命令を出す。


「浮上!煙突起こし用意。吸気管開放は最後だ。ボイラー準備!」


 浮上した船から2本の煙突が起き上がり、しばらくすると煙を吐き出し始め、ゆっくりと進みだした。


 薄暗い海上を進む船をずっと見続ける者が居たとすれば、20分くらい進んだところで一度船足が緩み、その後、高速船の様な速度へと加速したのを見ることが出来ていただろう。



 3日後、旭皇国海軍造船統監部水中造兵局。


「ウッヒャ!まさか、真が実用化するなんてね。陸戦兵器ばかりじゃなく、艦艇も強いとかちょっと神さま与えすぎじゃない?」


 まだ中年に差し掛かったばかりの男が軽い口調でそう語る。


「造船卿ともあろう御方が、そんな平民の様な事を口走ってはなりませんぞ」


 規律正しそうな壮年の男が渋い声で注意する。


「知らないよ。造船卿なんて、どうせ狂wって呼ばれてるんだし。あ、僕は真にアイデア流したりしてないよ?」


「それにしても、皇都の御花見を襲う駄賃に北海支援に否定的な北限伯の領地に砲撃を加えるとはね」


 軽薄そうな造船卿はそう言って書類をヒラヒラ振る。


「作戦部が反対しなければ、卿がつくり出していた艦種でしたからね」


 壮年の男がそう継いだ。


「いや、コイツは僕のとは違うよ。アレとは違って戦略的な嫌がらせに特化してんじゃない?」


 彼が考えた「さいきょうのせんすいかん」は、巡洋艦が搭載する最新式15センチ砲塔を備え、浮上中でも軍艦と交戦が可能な潜水艦というコンセプトであった。


 登場から20年程度しか経たない潜水艦はどの様に運用するのが正しいのか、まだ誰も正解を知らない。

 探知手段すら確立されているとは言い難いだけに、様々なアプローチが行われていた。


 そして、潜水するという制約から、積める機関も限られ、武装には水密が求められ、水上艦において実用化が進む砲塔の搭載には未だ課題が山積している。


「しかし、卿より大口径の火砲を搭載している様子ですが?」


 壮年の男は先ほどと変わらずそう返した。


「僕もまだまだ若いからね。あれは若気の至りってヤツだよ。5センチ機砲1発で逃げ道を失う潜水艦が駆逐艦や巡洋艦にケンカ売るのは愚の骨頂。コイツはね、潜れる巡洋艦だよ。しかも、徹底して水上艦とのケンカを避けて、不意に地上を殴る事に特化してると、僕は思うなぁ〜」


 壮年の男はそれを聞いて、「ふむ」と返事をして報告書を読み込んでいく。


 巡洋艦という艦種が正式に誕生してまだ半世紀。


 帆船時代には砲門数で分類されていた軍艦だが、機帆船の時代になると運用の幅が広がり、それまでの様に細かい分類に拘るのではなく、任務に適した仕様の船に収斂させ、艦種の簡素化が図られていく。


 そうして生まれたのが巡洋艦である。


 巡洋艦は航海能力が高く快速な艦種とされ、海外領土の警備や通商破壊、偵察と多岐に渡る用途を求められ、機帆船から機船となってからは装甲巡洋艦や防護巡洋艦と言った細分化がなされていく。


 巡洋艦が初めて本格的な実戦を経験したのは30年ほど前、艦隊の一員として海戦に参加した事だったが、更にそのすぐ後に起きた西方での戦争において、巡洋艦の性格を決める戦いが起きた。


 東方と西方の境界で起きたそれは、快速を生かした敵港湾への奇襲攻撃であった。


 航続距離があり、軽快な運動性をもち、そして機帆船や戦艦では追えない快速性能を備えている。


 西方の一角、へダリアが行った奇襲は巡洋艦のあり方の一端を決めたと言って良かった。


 しかし、その時代は長くは続かない。


 内燃機関の発達は、ただ空に浮かぶ気球を自由に移動出来る飛行船へと進化させ、今や基地や重要港湾を空から見張る手段として確立され、30ノット程度で海を走る数千トンの巨船は容易に発見され、奇襲が成立しなくなってしまう。


 その結果、今やへダリアは高速戦艦という分野を切り開き、重厚な装甲と巨砲を23ノットの快速で走らせ、発見されたとしても敵と殴り合うつもりであるらしい。


「巡洋艦が確立した敵地奇襲。その為に潜水艦でありながら20ノットを超える快速を与えたんだろうね。でなきゃ、北限へ2日後に現れて攻撃加えるのは無理があるよ」


 そして、真は巡洋艦の役割のひとつ、敵地奇襲能力を潜水艦に与えた。男はその様に推察していた。


「そうなりますと、既存の駆潜艇や仮装巡洋艦では捕捉、撃破を行うのは無理がありましょうな」


 壮年の男はそう口にする。


「だろうね。貨客船や漁船が20ノットも出したら怪しすぎる。素人の僕でも見破れちゃうよ。かと言って、巡洋艦を差し向けるのは、相手の思う壺だろうね」


 軽薄そうな男も同意である。


 巡洋艦は六個艦隊を運用するに不足ない数を揃える旭皇国海軍ではあるが、それでも数に限りがある。

 現状、仮装巡洋艦や急遽徴用した漁船を対潜警戒に充てている事だってそうなのだ。


 潜水艦に対する対処法は確立されておらず、後のハンターキラーグループの様な部隊や対潜艦艇など存在しない。

 艦隊を編成する巡洋艦を割くしか、とれる手段はなかった。


「ま、重要海域や航路は潜って隠れるだろうし、目標海域に着けば浮かんでくる。別に魚雷艇でも叩けると思うけどなぁ」


 男の話を聞いた壮年の方は、「ほう」とため息の様な声を出してから喋りだす。


「それが可能であれば、巡洋艦に重要港湾が奇襲される事態も起きていなかったのでは?」


「まあ、そうなんだけど。でもさ、水中からサッと接近したら、見つかる前に撃沈、出来るんじゃね?」


 男は秘策があるとはかりに自信ありげな顔でそう答え、壮年の男を呆れさせた。


 ただでさえ足の遅い潜水艦で、僅かな時間しか姿を現さない奇襲者を狩りに行くなど笑い話でしかなかったのだから。

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