風流青猿忍び返し
「石垣の 汗ひと滴 鉤縄に」
俺が呟くと隣の赤猿が怪訝な顔でチラリと俺を見て、すぐ自分の足下に視線を戻した。
またいつものが始まったって思ってるんだろうな。
しかし、なんだなあ。こんな城の石垣へ真夜中に登ってるって、冗談じゃないぜ。
寒いし、風が強いし、この石垣がまたヌルヌル滑るし、上へ行くほど隙間が無くなるし。
「この根賀の里が誇る五猿よ。今夜、城の本丸から秘伝の巻物を盗んでくるのだ」
大晦日の夕方だってのに頭領が俺たちに命じたのは今から半刻前だ。
何が五猿だ。根賀の里に忍びなんて七人しかいない。
で、七人の内一人は頭領自身だし、あと一人は来年九十九歳になるヨボヨボのジジイだ。
残り五人に適当な色をくっつけただけで五猿って。
だいたい根賀ってなんだ。就職するなら伊賀か甲賀に行けばよかったんだけど、道に迷って辿り着いたらこの根賀の里だった。運の尽きだな。
『まあそうネガティブになるな』って、うちの頭領はわけわからん。あ、それで根賀か?
「なあ、青猿。この石垣はまだ続くのか?」
こいつ…赤猿は一応俺たちのリーダーってことになってるけど、はっきり言って馬鹿なんだよ。
今夜も頭領から『一分で5メートル石垣を登れる赤猿くんは五分だとどれだけ登れるでしょう?』って訊かれて『いっぱい登れる』とか爽やかな顔で応えてやがった。
「青猿!聞いてんのか」
「声高に 話すお前は 虚け者」
「…またその五・七・五か。わかったよ。お前なんかに訊くんじゃなかった」
フン。俺だってお前なんかと話したくないよ。こんな状況で大声出すやつがリーダーとか絶望だな。
あれ?黄猿は…?
ああ、やっぱりすげえ下の方だ。
何であんなデブが忍びやってんだ。頭領は『黄色はデブの役なのだ』とか言ってたけど、使えねえ。
「ねえ、青猿。アレも一応は仲間だし待っててあげない?」
むむむ、桃猿は可愛いなあ。何気に『アレ』とか結構酷いけど。
「君のため 黄猿を待とう 桃の花」
「ウフフ、こんな時も俳句だなんてホント青猿は風流ね」
笑った顔も可愛い。来年は絶対告ろう。
おっと、除夜の鐘が鳴り始めた。
情けない。世間では『オモシロ荘で御座る』とか見ながらコタツでミカン食ったりしてんだろうな。
俺は石垣の途中で縄にぶら下がってデブを待ってるんだ。
やっぱり芭蕉先生のとこにずっと居れば良かった。師匠はもう貧乏癖がついてっからアレだけど、弟子の曽良とか大したの詠んでなくてもモテモテらしいじゃん。芭蕉先生が『お前は忍者の方がいいんじゃね』とか言うから転職したけど、全然、ぜんっ!ぜーーーんっ!モテないじゃん。
「黄猿、待ちかねたぞ。お前、もうちょっとダイエットしろよ」
それはミド猿、俺も同感だ。こいつ存在感もないけど言うこともフツーだ。
「ハアハア、だって頭領が『黄色はデブの(以下同文)』って。ハアハア」
お前もそれを真に受けるなって。命がけなんだぞ。頭領の変なキャラづけにつきあってんじゃ無い。
「あと僅か 先んじようか この城下」
「ハアハア…何だな。上手くないな、青猿。お前の、ハアハア、変な俳句」
何だと。お前なんかにハアハア言われながら評価されたくないよ。
「よし、揃ったな。ここからホントの忍び返しだ。オーバーハングが大きい。気をつけろ」
赤猿が偉そうに言う。見りゃわかるよ。
芭蕉先生も元々忍び出身だから勧めたんだろうけど…やっぱ伊賀か甲賀に行くべきだった。ネガじゃ駄目だ。
「根賀の里 ここじゃねーがと ネガな俺」
「でも、根賀に来なかったら私とも出会えてなかったかもよ、青猿」
うっ、モモちゃん聞いてたのか。確かに。
やっぱ来年は…もう今年か。絶対告白しよう。何なら今から…うん?鼻がムズムズする。
下の堀から冷風が上がってきて寒いんだ。いかん、くしゃみが出そうだ。
ヤバい。もう敵の見張りが近い。俺はクシャミの音がでかいんだ。ヤバい。
フエェッ…フエッッ…
突然俺の鼻を誰かがつまんだ。
「もう、青猿ったら。危ないでしょ、我慢なさい!メッ!」
桃猿だ。低い声で叱られた。
桃猿可愛い。
もっと沢山叱られたい。…はっ、俺って妙な性癖に目覚めたかも。
「クシャミしても一人」
「珍しく俳句になってないな、青猿」
うるさいな、赤猿。お前にはわからんのだ。この孤独感の表現。
きっと遠い未来にはこういうのも俳句として認められる…ような気がする。
「ううん、何かすごくいいかも。青猿って才能あると思うわ」
おおう、桃猿に今度は褒められた。アゲアゲ。
「モモちゃんと ちゃんとジョイント ブリリアント」
「…気のせいだったかも」
言ってる場合じゃ無かった。
忍び返しの一番キツい場所だ。角度が尋常じゃ無い。
俺は手足に力をこめて石の壁に張り付いた。
ふと横を見ると愛しの桃猿も踏ん張っている。
踏ん張っているその顔がたまらん。
俺はもう我慢できず告白しようと心に決めた。こんな場所だけど。
「桃猿と 次は二人で 影分身」
「…青猿。何言ってるのか理解できないんだけど」
桃猿が困惑の表情。俺も何言ったのかわからん。
うう、芭蕉先生、どうしたら告白できますか。教わりませんでした。
「ハアハア、桃猿、多分、ハアハア、今のはこいつなりの告白だと思うぜ。ハアハア、すげえわかりにくいけどな、ハアハアハア」
何と横から黄猿が助け船を出してくれた。
意外といい奴だったのかお前。
デブでも性格は良かったんだな。
「デブだって いい奴はいる 悪かった」
「ハアハア、何かこいつ失礼なこと言ってるけど、つまり告白で正解らしいぞ、ハアハアハアハア」
「でも…私」
何だ、桃ちゃん。どうしたどうした。
「おい、お前ら。いい加減にしろ。この一番きつい角度の時にラブコメやってるんじゃない!」
赤猿が一同を睨んだ。
「そうだよ、青猿。桃っピが困ってるだろ」
桃っピて何だ、その呼び方。あれ?ミド猿、いつの間にモモちゃんと一緒の鉤縄を。
「ごめんね、青猿。私とミドつんは一緒に石垣を登る仲なの」
ミドつん…どういう仲だ。一緒に鉤縄…?
「ミドつんがこうやって気配を消す技は一流の証だって頭領も言ってたわ。多分この中で一番出世するのはミドつんに決まってるし。ずっとつき合ってるの黙っててごめんね。テヘペロ」
「んなななな なんだなんだよ なんなんだ」
俺は脚を滑らせ、忍び返しからズイーーーーーーッと遙か下までずり落ちていった。
芭蕉先生ーーーーーーーーっ!
「忍びあい 桃の木滑りし 青き猿」
あ、いいのできたかも。
読んでいただきありがとうございました。
現在長編で呪いの物語的なやつを書いていて、四苦八苦しています。
すると不思議なものでこういうおちゃらけた短いアイデアはどんどん出てきたりするんですね。
(まあ大したアイデアでもないかぁ…)
芭蕉が忍びだったかもしれないという伝説から昨夜寝る前に考えました。