第7話 犯人~正体はドラゴンズアイ~
「お前は…厨川くん!」
そこに突っ立っていたのは七三分けの改造人間、厨川醍醐だった。
「まさか、お前が生徒失踪事件の犯人ということか?」
「その通り。」
厨川くんは淡々と答えた。しかし僕はどこか違和感を感じていた。
「…お前、本当に厨川くんか?」
「何を言っている?俺は厨川醍醐だ。」
「その声、厨川くんとは違うと思うんだけど…。」
「ほう…。」
厨川醍醐と名乗る、一連の事件の犯人は不気味な笑みを浮かべていた。本物の厨川くんの笑った顔は見たことが無いが、笑ったらこんな感じなのだろうか。いや、そもそも笑うのか?
というか、僕が彼を疑わしいと思ったのはその声である。聞き覚えのある男声なのだが、それは厨川くんのそれとは違う。標準語で話すなら土崎先生かとも思ったが、若い男声といった雰囲気が何となくしている。ということは…間違ったら失礼だと思いつつも、その名を出してみる。
「お前、鏡北登だな?」
少し考えるような素振りをしてから、
「…やっぱり、おらと親しい人だば認識阻害の効果は薄いみでだな。」
そう言うと、彼は姿を変えた。いや、これは『戻した』と言う方が適切だろう。彼は鏡北登だった。特徴的な坊主頭と秋田弁、完全にそうだ。
「鏡北登、君は普通の人間ではないのか?」
「んだ。おらは普通の人間のふりをしてらったんだ。本当は超能力者だ。」
超能力者というのはさっきの認識阻害云々の能力で何となく察しはついた。
「この喋方疲れるがら、普通に喋ってもいいが?」
そう言って彼は咳払いして、再び話し始めた。今度は標準語で。
「鏡北登はこの世界で活動する為に名乗った偽名、ボクの本当の名前はドラゴンズアイ。こことは違う世界の出身だ。」
「鏡…いやドラゴンズアイ。もしやお前は『異世界への入り口』を通ってこの世界にやって来たのか。」
「その通りだ。しかしこの世界にやって来た超能力者はボクだけではない。」
「それって、土崎先生か?」
「そうだ。土崎湊斗、本名はリゼオン。ボクが来る以前からこの世界にいる。」
「土崎先生の本名を知っているということは、元いた世界で知り合いだったのか?」
「それは違う。彼、リゼオンは我々の世界ではちょっとした有名人だったからだ。」
「なるほどな。」
鏡北登ことドラゴンズアイのことを様々聞いていたら、肝心なことを忘れていることに気付いた。
「そういえばお前はさっき、自分が三高で起きている生徒失踪事件の犯人とか言ったな。」
「その通り。」
「何故そんなことをした?失踪した生徒はどこにいる?無事なのか?」
「ボクの力を増大させる為だ。増大させてこの世界を滅ぼし、我々が住みやすい世界へと変える。その為には人間の生命エネルギーを使用する必要があったんだ。だからボクは『鏡北登』としてこの学校の生徒となり、生命エネルギーを搾り取る生徒を見極め、連れ去った。正直この学校の生徒でなくても良かったのだが、ある程度『縛り』があった方が面白いと思ってね。失踪した生徒の居場所は我々の世界だ。無事かどうかは保証出来ない。」
「お前の正義というものがあるかもしれないが、僕はこの世界の人間だ。この世界の人間の為にお前を力ずくでも止めなければならないんだ。もし僕が戦って勝ったら、居場所を教えろ。」
「構わない。」
勝算は無いものの、僕は一気にドラゴンズアイの元へ接近しパンチを打ち込もうとする。しかし寸前で僕は躊躇ってしまった。ドラゴンズアイといえども、見た目は僕が仲良くしていた友人の『鏡北登』なのである。まだ知り合って1ヶ月だが、彼はその優しい秋田弁でフレンドリーに接してくれた。その記憶がフラッシュバックしてしまう。
今は戦闘用の腕章を装着している為、どんな相手でもダメージを与えられる程に身体能力が向上しているはずだ。攻撃をすれば彼はダメージを受けるだろう。確かに彼は多くの人々を恐怖に陥れた存在だ。でも…。
「分かっていたよ、君はボクを殴れない。」
ドラゴンズアイは僕の目の前で手をかざす。何かを唱えたかと思ったら、僕は30メートル程吹っ飛ばされた。地面に打ち付けられ、体が痛む。
「これで戦う気になったかな?」
ドラゴンズアイはニヤりと口角を上げる。
「…なったとも。」
僕は再び立ち上がり、ドラゴンズアイに殴りかかる。しかし呆気なく躱され、腹部にカウンターを食らってしまった。しかしこの腕章のお陰なのか、まだ戦える余力がある。一度距離を取って再び接近、右足での蹴りを入れる。奴は少し怯んだように見えた。間髪入れずに今度はパンチだと思ったその矢先、ドラゴンズアイは何かを唱え始めた。これは大技が来るのではないかという僕の本能が働き、退避行動を取るが時すでに遅し。僕は2体の巨大な蛇竜に囲まれていた。
「多少身体能力が強化されたところで君は所詮普通の人間だね。どうだい?友人だと思っていた奴に裏切られる感覚は?」
ドラゴンズアイは勝利を確信したかのような、自信に満ち溢れた声で1体の蛇竜の頭の上に立っている。
「…最悪な気分だ…。」
いろんな意味でな。普通の人間なら一呑みしてしまいそうなほどの巨大な蛇竜が目の前にいるんだ、しかも2匹。生きた心地がしないとはこのことである。
「君がボクに薦めてくれたアニメ、面白かったしアニメ自体にも興味が沸いた。今度他のアニメもいろいろ観てみようと思う。ありがとう。」
「こんな時に何故それを言う?」
「こんな時だから言っているのさ。君はこれから死ぬんだから。」
「おい、生命エネルギーは良いのか?」
「別に良いよ1人くらい。さあどうする?蛇竜の業火に焼かれるか、丸呑みにされるか。」
ドラゴンズアイは本気だ。死に方を選ばせて来るとは、根っからの悪だな。自分がアニメを薦めたことでアニメ自体にハマってくれた、ということはアニメ好き仲間が増えて嬉しいと思うのが普通の感覚だ。でも今は断じて違う。ちっとも嬉しいと思わない。
「さあ、早く選ぶんだ。」
ジリジリと迫る2体の巨大な蛇竜。僕に残された時間はあと僅かみたいだ。
「選べないのなら、どちらもということで。丸焼きにして丸呑みだ。」
頭部にドラゴンズアイを乗せた方の蛇竜はこちらを向いて大口を開き、炎のエネルギーを結集し始めた。焼けるように暑い。火炎放射を浴びる前に暑さで死にそうだ。折角戦闘用の腕章を着けているからその強化された力で反撃、といきたかったものの、今までの戦闘で壊れてしまったのか腕章は火花を散らしている。もうこれでは普通の人間、僕はなすすべなく死んでしまうのか。
しかしその時、僕にとって『神風』ともいえる風が吹き、2体の巨大な蛇竜はバラバラに砕け散った。その際の土埃ではっきりと見えなかったが、蛇竜に乗っていたドラゴンズアイは地上へ無様に落下したようだ。
「い、一体が何起きたというんだ!」
尻もちをついて動揺するドラゴンズアイ。土埃が晴れた時、蛇竜をバラバラにした『神風』の正体が姿を現した。
「戦闘経験が無い割りにはよくここまで持ちこたえたな。」
「ここからは私たちに任せて下さい!」
日本刀を携えた七三分けの改造人間・厨川醍醐と、両腕を剣に変形させたロングヘアー美女アンドロイド・殿水まはるがそこには立っていた。
「厨川くん!殿水さん!」
僕は歓喜にも似たような声を上げる。
「改造人間とアンドロイド、面倒なことになったな。」
ドラゴンズアイは立ち上がりながら呟く。
「…どうやってここを…。」
「後で説明しますので、下がってください。」
「そ、そうか。」
僕は殿水さんの命令に従い、後退りをする。
「お前が生徒失踪事件の犯人だとはなあ、鏡北登。」
「鏡北登は偽名、ボクは…ドラゴンズアイ、超能力者だ!はあ!」
両手から次々と、2人のメカメカしいコンビ目掛けて火球を放つドラゴンズアイ。
「こんなもの!」
厨川くんは手にした日本刀で火球を真っ二つにしていく。そもそも『火を斬る』って何?
「援護します!」
いつの間にか殿水さんはドラゴンズアイの背後に回り込んでいた。かと思ったら右腕をバズーカに変形させた。
「まはるブラスター、発射!」
必殺技名がダサい(というか必殺技あったのか)のはさておき、殿水さんは右腕にエネルギーを集中させて、背後からドラゴンズアイを狙撃した。ドラゴンズアイはダメージを受け、右膝をつく。
「くそっ、ボクはこんなもんじゃない!」
ドラゴンズアイは再び立ち上がる。ピンチになってヤケクソ、といったところだろうか。
「うおおおお!」
ドラゴンズアイは両拳を握り締める。すると、鉄を熱したかのように赤熱し出した。そしてその拳を地面に打ち付けると、地面2ヵ所からマグマが噴き出してきた。しかもそのマグマは意思を持っているかのように、厨川くんと殿水さんを付け狙う。
「怒りに任せての攻撃は脆く弱い。」
厨川くん、何をカッコつけたことを言って余裕ぶっているんだと思ったら、彼は日本刀でマグマを斬り刻んだではないか。マグマって斬れるんだね。
「火には水です!」
殿水さんは両腕を今度はやたらと殺意マシマシな見た目の水鉄砲に変え、マグマに向けて水を射出する。マグマは急激に冷えて固まり、動かなくなった。
「何故だ…何故…。」
自らの渾身の技が不発に終わり、膝から崩れ落ちるドラゴンズアイ。僕はドラゴンズアイに近寄って言った。
「これで僕たちの勝ちだ。さあ約束通り行方不明になった生徒の居場所を教えろ!」
ドラゴンズアイは不敵に微笑み、
「フッ…。教えるくらいなら死んでやる!」
約束と違うじゃないかと思いつつも、敵の言ったことをそのまま真に受ける訳ないかとも思った僕である。ドラゴンズアイの能力があればやりかねない。しかしここで死なれて逃げられてしまっては本当の解決にはならないのだ。そんな思考を巡らせていると、突如としてドラゴンズアイの体に鎖が巻き付いた。
「何だこれは…、動けない…!」
「わたくしが開発した能力を封じる鎖だ。この鎖が巻き付いている以上、死んで逃げることなど不可能だ。さあ行方不明の生徒はどこだ?」
堂々と現れたマッシュルーム、該当する人物は1人だ。土崎先生がここで登場である。
「リゼオンか、居場所を教えたら本当に解放するんだろうな?」
「まさか鏡くんからその名前を聞けるとは思わなかったよ。」
「ボクはドラゴンズアイ、超能力者だ。」
「これは失礼、ドラゴンズアイ。君の言う通り、教えたら解放してやろう。」
少し考えた後、ドラゴンズアイは渋々言った。
「…分かった。行方不明の生徒がいるのはアティカシアの座標(1871,829,0)だ。」
「あ、アティカシア?」
僕は土崎先生に問う。何せ当たり前のように出てきた初出単語だったからな。
「今我々のいる世界とは違う世界だ。わたくし、リゼオンはその世界からやって来た。恐らくドラゴンズアイもそこから来たのだろう。」
「『異世界への入り口』の異世界というのはアティカシアのことですか?」
「その通りだよ。さて、座標を聞いたことだし行こうか。」
土崎先生は何かを唱えて、アティカシアへの入り口を出現させた。僕、厨川くん、殿水さん、そして拘束されたドラゴンズアイを連れたリゼオンこと土崎先生はその入り口を通ってアティカシアに入る。
「ここがアティカシア…?」
異世界への入り口を通ってやって来た異世界アティカシア。夕焼けとはまた違った暖色の色味の空が特徴的なのだが、それ以外は僕たちの世界とほとんど変わらない。
「久しぶりですね、アティカシア。」
「そうだな。」
殿水さんと厨川くんのやり取りを見ると、彼らはアティカシアに来たことがあるらしい。
「今は夕方なの?」
隣にいた殿水さんに聞いてみる。
「いえ、いつも空はこの色ですよ。」
「昼も夜もですか?」
「はい。」
何とまあ気持ち悪い世界だ。一刻も早く出たいところだが、僕たちにはやることがある。
「皆、行くぞ。」
拘束したドラゴンズアイを連れた土崎先生に僕たちはついていく。目的地の座標まではそれほど遠くなく、5分ほど歩くとその場所に到着した。そこには神社の御神木のような逞しい巨木が生えており、リンゴのような実がなっていた。
「あの実から人間の気配を感じる。確かにここみたいだな。厨川くん、切り倒してくれ。」
どうやらあの実の中に行方不明となった生徒が閉じ込められているらしい。どういう原理なのか皆目検討もつかないが、まあ超能力による不思議なパワー的な何かにしておけば大体説明はつく。
土崎先生の指示のもと、厨川くんは日本刀を構えた。そして僕を助けに来た時のような、疾風の如き一撃で巨木を切り倒した。切り倒したのと同時に巨木は粒子となって消え、なっていた木の実は人間へと姿を変える。見る限り、全員無事だったようだ。そこには応援練習の途中で行方不明となった応援団長、我々の委員会仲間の四ッ谷さんや神代さん、そしてクラスメイトの杉宮くんも勿論いた。再会を喜ぶ暇もなく、土崎先生の能力によって、行方不明となった生徒は僕たちの世界に転送された。あまりアティカシアのことについて知られたくないらしい。
この事件の犯人・ドラゴンズアイは鎖の代わりに土崎先生特製の腕輪をはめられ、アティカシアの牢獄(そういう場所があるらしい)に転送された。因みにその腕輪は超能力を封じる効果があるらしい。先程までつけていた鎖と同様の効果だ。
事件が解決したところで、先程聞けなかったことを土崎先生に聞いてみる。
「そういえば何故僕がドラゴンズアイと交戦中なのが分かったんですか?」
「彼が本気を出したからだよ。それによって彼が使っていた認識阻害などの能力が解除され、同じ超能力者であるわたくしは感じ取ることが出来た。しかしまさかこんな近くに犯人がいて、しかもわたくしと同じ超能力者だったとは…。今日の今日まで気が付かなかった。」
「いくら超能力者といえ、土崎先生は人間です。こういうこともありますよ。でもそのお陰で僕は助かりました。厨川くん、殿水さん。ありがとう。」
厨川くんは照れているのか僕から目を反らし、殿水さんは「いえいえ」と謙虚に振る舞っていた。
これで一件落着といったところだが、何か忘れているような…。あ、定期考査があるじゃないか。勉強しないと。
キャラクター紹介!
(6)鏡北登
所属:1年2組
誕生日:不明
一人称「おら」、坊主頭と秋田弁が特徴的な男子高校生。人が良さそうに見えるが、その正体は…。
(7)ドラゴンズアイ
一人称「ボク」、鏡北登の本名。一連の生徒失踪事件の犯人である超能力者。秋田弁は自ら作り上げたキャラであり、本来は標準語で話す。