第6話 失踪~事件は動く~
運動会は特に大きな事件は起こらず、杉宮くんが出場したクラス対抗リレーをもって幕を閉じた。運動会が終わったということは、まもなく1年生4月が終わりを告げるということだ。これすなわち、ゴールデンウィーク突入である。
…とは言いつつもゴールデンウィークに何をしたかと言うと、何もしていないのが現実である。杉宮くんや鏡くん、四ッ谷さん辺りと遊びたかったのだが、あいにく揃いも揃って家族旅行らしい。それに飛び石連休が相まって今年は「無」の大型連休と化した。
そんなゴールデンウィークを終え、またいつもの日常が始まった。僕もいつものように制服に着替えて、我らの高校・秋田県立第三高等学校へ向かった。
1年6組の教室に入ったのだが、いつもより登校している生徒が少ないような気がした。この時はまだ気のせいかと思っていたが、8時になった時に教室にいた生徒はたった10人だった。朝から絡んでくる杉宮くんも不在だ。うちのクラスは40人だからその4分の1しか来ていない。嫌な予感しかしない。そこへ担任、白衣のマッシュルーム・土崎先生がいつものように教室に入ってきた。10人しか登校していないこの状況に特に驚くことはなく、普段通り話し始めた。
「今日は30人欠席です。ゴールデンウィーク明けでさぞかしブルーな気持ちだろうけど、心機一転頑張っていこう。それから鹿平くん、ちょっと。」
土崎先生は僕に何か話があるらしい。何となく見当はつくが。僕は土崎先生と共に教室を後にする。そして向かったのは生活委員会に入った頃に先生に呼び出された、あの進路相談室である。
「じゃ、適当に座って。」
土崎先生に促され、近くのパイプ椅子に着席する。
「先生、話って何でしょうか?」
見当はつくが、取り敢えず問うてみる。
「今日、教室に違和感があったよね?」
「まあそうですね、いつもより登校している生徒が少なかったです。」
「欠席者の中には五月病という奴もいるが、その大半は行方不明だ。」
土崎先生は真剣な顔で言う。
「そ、それじゃあ杉宮くんもですか?」
「残念だが…。」
土崎先生は僕から少し目を逸らした。かと思ったら土崎先生は床に両手両膝をついて僕に土下座した。
「申し訳ない!わたくしのせいで君の友だちまでもが…!」
「先生、顔を上げて下さい。先生のせいではありませんよ。悪いのはその犯人です。」
土下座をする先生など見てられない。僕が言った通り先生は顔を上げた。そして僕は話を続ける。
「犯人への手掛かりを何としてでも見つけましょう。そして行方不明となった生徒を救いましょう。」
「…鹿平くんは行方不明となった生徒が生きていると思うか?」
「僕は皆無事だと信じています。」
「その根拠は?」
「ありません。でも土崎先生、あなたは『先生』なのですから生徒を信じることも大事なのではないですか?」
土崎先生は5秒ほど間を置いて、
「…その通りだよ。わたくしは先生なのに肝心なことを見失っていた。ありがとう鹿平くん。」
「犯人探しと行方不明者探し、生活委員会の皆と共に頑張りましょう!」
「そうだね!」
僕と土崎先生は改めて決意した。
クラスメイトが10人しかいない1日はどこか寂しく、小規模中学出身の僕からすれば少人数には慣れているものの、それとは全く違った感覚だった。杉宮くんがいないと退屈だ。それでも1日はあっという間に過ぎ去ってしまうもので、授業が終わり放課後となった。今日はやや久しぶりに委員会があるとの土崎先生からのお達しだったので、いつもの特別教室へ向かう。
これもまたいつものように教室の引き戸を開ける。見覚えのある顔が4つ、厨川くん、殿水さん、四ッ谷さん、神代さん。鏡くんはまだ来ていないようだ。まさか行方不明になってはいるまいなと少々の懸念をしながら、委員会のメンバーに軽く挨拶をして着席する。
「あんたは行方不明になってなかったのね。」
頬杖をついて右隣の神代さんは呟く。
「僕は無事だよ、クラスの友人が行方不明になっちゃったけど…。」
「あたしもよ。」
「か、勝雄くんのクラスは、今日何人くらい学校来てた?」
左隣の四ッ谷さんが僕に話し掛けてきた。
「6組は10人だ。」
「3組もそのくらいです。」
「5組も同じく。どこのクラスも少なかったものね。で、北登はまだ来ないのかしら?」
その時、教室の引き戸が開いた。
「どうも。」
その声の主は鏡くんだった。
「生活委員は全員無事で安心しました。」
殿水さんは安堵した表情で言う。
「そうみでんたな。」
鏡くんは教室を見渡してから言った。
「はい、皆お疲れ。」
直後、土崎先生も教室にやって来た。先生は教卓の前まで行くと、真剣な表情で話し始めた。
「皆も知っている通り、このゴールデンウィーク期間中に多くの本校生徒が行方不明となった。このままでは我々も被害に遭うかもしれない。一刻も早く犯人を見付け出す必要があるんだ。」
「土崎は何か犯人の手掛かりとかあるのか?」
漸く口を開いた厨川くんはこう言った。
「残念ながら何も無い。しかしわたくしはあるものを開発中なのだよ。」
「ん?あるもの?」
この話は初めて聞いた。僕は先生に問う。
「この失踪事件の犯人は人間ではない可能性がほぼ100%と言っていいだろう。そこでわたくしは人間以外の謎の人型生命体を探知する装置を開発しているんだ。」
忘れがちであるが一応言っておくと、土崎先生は超能力者である。一体その装置はどんな仕組みなのかは不明だが、何でもありなその超パワーを駆使すれば開発することなど容易いのだろう。以前『犯人を見付け出す能力』とか無いのかを土崎先生に聞いたが『そんな都合の良いものはない』と一蹴されてしまった。
「その装置が完成するまではもう少しかかる。しかし完成するまで何もしないというのも良くない。引き続き何か気付いたことがあれば連絡して欲しい。今日は以上、解散だ。」
案外あっさりと今日の委員会は終わった。しかしここまで行方不明者が多いにも関わらず、犯人は殆ど痕跡を残していない。随分前に三高周辺で『異世界への入り口』が出現したことくらいか。完全犯罪とはこのことか。犯人が普通の人間でなければこのくらい簡単なことなのだろうし、全てのことに説明がつく。などと様々な推理をしてみたが、僕には探偵の才能が無いような、そんな気がする。この後、僕はすぐに帰宅した。
次の日、僕はいつも通り起床し登校した。教室へ行くとやはり今日も登校した生徒は少なかった。8時にチャイムが鳴った時、教室にいたのは僕含めて8人だった。あれ、昨日より減ってないか。そんな1年6組の8人はいつも通り授業を受けて、またいつも通り放課後となった。今日も委員会があるらしいので昨日同様に特別教室へ向かう。
教室の引き戸を開けると見覚えのある顔が…今日は2つしかない。厨川くんと殿水さんだ。鏡くん、四ッ谷さん、神代さんはまだ来ていないようだ。僕は2人に挨拶をして(挨拶を返してくれたのは殿水さんだけだ)昨日と同じ席に着いて、他3人と土崎先生が来るのを待つ。
「どうも。」
先ず教室に入ってきたのは鏡くんだ。僕を見つけるやいなや、話し掛けてきた。
「今日6組は何人来た?」
「8人。昨日は10人だったんだけど。2組は?」
「おら含んで3人しかいねがった。」
「3人!?学級閉鎖レベルだよそれ。」
「8人というのも異常だど。」
「そうだよね。殿水さん、4組は今日何人来てた?」
僕の斜め右前におしとやかに座っている殿水さんに声を掛ける。
「私のクラスは5人でした。昨日は10人でしたのでより静かな教室でしたね。」
厨川くんにも話を振ろうと思ったが、答えてくれなさそうなので止めといた。
また引き戸を開ける音がする。誰が来たかと見てみれば土崎先生だった。昨日と同じように教卓まで行くと、昨日よりも真剣な表情で話し始めた。
「皆も知っている通り、今日は昨日よりも来ている人は少ない。事態はかなり深刻だ。」
「土崎先生、まだ四ッ谷さんと神代さんが来ていませんが。」
僕のその発言に、先生は俯いた。そして少し間を置いてから、
「…四ッ谷さんと神代さんは、行方不明だ…。」
その言葉に教室内に衝撃が走る。
「四ッ谷さんとは昨日スマホのチャットで話してたのですが…。」
「それは何時頃だ?」
「午後8時です。」
「ということは、その後に行方不明となったんだな。」
冷静に分析をする土崎先生。
「いつかこうなることは目に見えていた。仕方の無いことだ。」
そんな厨川くんの発言に僕の怒りが一瞬で頂点に達してしまった。
「おい、友人が失踪したんだぞ!何だその言い方は!」
気付けば僕は厨川くんの胸ぐらを掴んでいた。
「あいつらはお前のとっての友人であって、俺にとっての友人ではない。単なる委員会仲間でしかない。」
「同じようなもんだ!仲間がいなくなって何とも思わないのか!」
僕は厨川くんの頬を殴った。しかし彼は改造人間、僕の貧弱なパンチではびくともしなかった。むしろ僕の拳がダメージを受けたような感じだ。
「落ち着いて下さい!」
僕は殿水さんに、アンドロイドの怪力で引き剥がされた。僕は我を失っていた。
「…殴ってすまない。」
我に返った僕は殴ったことを厨川くんに謝罪する。
「殴ったことは問題無い。俺も言い方を考えるべきだった。すまない。」
厨川くんは淡々とこう言った。言葉がどこか無機質で、あまり反省しているようには見えないが、それが元々の彼の話し方だから仕方ない部分はある。
「今はおらだが争ってる場合でねえがらな。早めに仲直りしてもらって助かる。」
「鏡くんの言う通り今は協力する局面だ。わたくしの方も装置の1日も早い完成を目指す。君たちは引き続き、気付いたことがあれば連絡して欲しい。それでは今日はこれで解散だ。装置を早めに作らなければな。」
そう言って土崎先生は教室を飛び出していった。
「皆、くれぐれも注意するんだ。犯人がどんな奴か分からないけど。」
僕は他3人に念押しで言ってみる。
「俺は心配無用だ。」
「私もです。一応戦闘用アンドロイドですから、どんな犯人でもある程度対抗出来るはずです。」
普通の人間ではないこの2人は大丈夫そうだ。問題は僕と同じく普通の人間の鏡くんだ。
「おらだはこれがあるべ。」
そう言って鏡くんは取り出した土崎先生特製・人間用戦闘腕章を左腕に装着した。
「そうだったね。念には念を入れてだ。」
僕も同様に左腕へ装着する。
「じゃあ僕は帰るよ。」
僕は一旦6組の教室に戻り、荷物をまとめて帰路についた。僕の家は三高の隣町にあるので、バスと電車を乗り継いで家の最寄り駅で下車する。そこからは徒歩で家を目指す。三高のある町は田舎だが、僕の地元はもっと田舎だ。そんな田舎の風に吹かれながら歩いていると「ちょっと待って。」と呼び止められた。その声が聞こえた背後を振り返ってみると、そこには何とも見覚えのある奴がいた。
「今度は君が行方不明になる番だ…。」
キャラクター紹介!
(5)神代咲
所属:1年5組
誕生日:4月30日
一人称「あたし」、ショートボブで高身長な人間の女子生徒。非常に明るい性格で、初対面の人に対してもガツガツ行くタイプ。四ッ谷ななかの対義語。