第5話 挨拶~運動会~
「ご、ごめん!遅れたー!」
7時43分、3分遅れでドタバタとやって来たのは神代さんだった。彼女は荷物を生徒玄関の隅に置き、僕たちが集まっているところへ来た。僕たちのメンツを見て、彼女が思うことはただ1つだろう。
「あれ?先生は?」
「先生はまだ来てないみたい。」
僕から土崎先生がいない旨を伝える。
「はぁ?あいつマジで何なの?」
朝から神代さんは怒り心頭である。
「土崎が来なければ始められんな。」
腕を組んでボソッと、厨川くんは呟いた。
「私たちの仕事は登校してきた生徒に対して挨拶をすることです。それくらいですから、もう始めてしまっても良いのではないでしょうか?」
「た、確かにそうだな。」
一応委員長は僕ということになってはいるが…。殿水さんの言う通りだ、どうせ委員会活動で何かあった時に先生から言われるのは委員長である僕だからな。僕たちは生徒玄関入口を正面に、1列に並ぶ。
「「「「おはようございます!」」」」
他の生徒の声に埋もれぬように声を出す。厨川くんと四ッ谷さんからは声が聞こえてこないが、まあそれはいつものことだ。生徒は僕たちの挨拶に応えるように挨拶を返してくる。何故朝からこんなめんどくさいことをしないといけないのだと思っていたが、挨拶をされることは別に悪い気はしないなと思った次第だ。
6人で挨拶運動をやっていると、土崎先生がまるで急いでいる素振りを見せずにゆっくりと、堂々と遅刻してきた。
「すまんね、ちょっと遅れてしまった。」
おどけた表情で言う土崎先生。いつぞやのオリンピック選手の謝罪会見のように反省の色は全く無い。
「おはようございます。ですが先生、もう7時58分ですよ。」
僕は壁に掛かっている時計を指差して言う。
「いやぁー、マジでごめん。今日は放課後の委員会無しで良いからさ、許してちょ。」
土崎先生は両手を合わせて許してもらおうという態度を取っているつもりだろうが…。でも早く帰れるだけでもヨシとするか。
昼休み、僕はいつものように杉宮くんとランチタイムを共にしていると、この時間帯には珍しい奴が僕たちの元へやって来た。
「お昼、一緒に食べでもいべが?」
この方言の喋り方、顔を見なくても分かる。鏡くんだ。いつもは委員会で会うのだが、今日は委員会が無いから今来たのだろう。それにしても何の用だ?
「この間オススメされたアニメ、あれの話しでくて。」
「おお、良いよ!観てくれたんだね、秋宮ハルキ!」
アニメの話とあらば断る理由がどこにある?僕は笑顔で了承した。
「勝雄、この人は?」
「2組の鏡北登くん。僕と同じ生活委員だよ。」
「よろしぐ。」
「あ、俺は杉宮理音だ。勝雄とはいつもこうやって昼飯を一緒に食べてる。」
「んだなが!今日からおらも混ぜてもらっても良いんすべが?」
「ああ!皆で食べれば楽しいからな!」
杉宮くんは笑顔で答える。それを見て鏡くんも自然と笑顔になった。
「よし、鏡くん!秋宮ハルキの話をしよう!」
「んだな!そういえば、杉宮くんは『憂鬱なる秋宮ハルキ』観でるが?」
「俺、あんまりアニメとか観ないんだ。」
「んだば、むしろこの作品を強ぐ薦めでどごだな!」
鏡くん、僕以上の熱意である。
「その感じ、相当ハマったみたいだ。」
「んだ!おもしぇもの!」
「そんなに面白いんだったら、今度観てみるか。」
「今だば無料配信やってるがら最新話さ追い付けるど!」
この間、僕が鏡くんに言ったことと同じセリフを今度は鏡くんが杉宮くんに言っている。布教した相手が布教する側になったみたいで、僕も薦めた甲斐があったというものだ。
その後、昼休みの時間を大いに使ってアニメ『憂鬱なる秋宮ハルキ』の紹介を杉宮くんにした。一連の話でかなり興味を持ってもらえたみたいだ。僕と鏡くんが話に夢中で昼食を食べ忘れていたことに気付いたのは、もう5校時が始まる5分前だった。
今日は委員会が無かったので1日が短く感じた。いつもより早く帰宅し、自由時間に充てさせてもらった。勿論明日の予習もした。
翌日もその次の日も、僕たち生活委員は生徒玄関にて挨拶運動を実施した。土崎先生は何やら忙しくしており、挨拶運動に関しては委員長の僕に一任されてしまった。今週いっぱいは放課後の委員会も無いらしい。そして肝心の生徒失踪事件の方なのだが、ここ数日行方不明者はおらず、平穏な日々が流れていた。犯人とは一体何者なのか、その手掛かりは『異世界への入り口』しかない。その異世界への入り口も最近は出現してないときた。出現したとしても痕跡すら残らないし、相変わらず事件解決の方へは進んでいない。
金曜日となった。今日に限っては朝早くから登校する生徒が多く、皆体育着に着替えていた。そう、今日は運動会である。勉強というしがらみから1日中解放される魅力的なイベントだ。
「勝雄!今日は頑張ろうな!」
いつも朝のテンションはそれほど高くない杉宮くんだが、今日は随分と張り切っている。
「杉宮くんは何に出るの?」
「俺はクラス対抗リレー、クラス対抗大縄跳びだ!勝雄は?」
「僕も大縄跳び出るよ、それから借り物競争だね。」
「おお、いいねぇ。」
両手でサムズアップしてにやける杉宮くん。こういうの某特撮作品で見たことがあるなと、オタク脳ではそう思ってしまう。
グラウンドで開会式が行われるので、僕たちはグラウンドへ向かい整列する。太陽が運動会日和と言わんばかりに煌々と輝いている、「高校」だけに。うん、今のはスルーしてくれたら有り難い。
我ら三高の運動会の選手宣誓はなかなかユニークだった。毎年3年生の代表者が今流行りの有名人のコスプレをして選手宣誓をするらしい。何のコスプレかと見てみれば、今年の1月から放送されていた所謂『冬アニメ』枠で一部の層からの支持を集めていたロボットアニメの主人公コスプレだった。僕は視聴していたから分かるが、周りを見てみるとポカーンだ。チョイスがマニアックだとこうなるよな。選手宣誓の文言もその主人公の口癖を交えた、ユニークなものとなっていたがこれが分かる人はごく一部なのが何とも悲しい。
スターターピストルの音が響いて、運動会の最初の種目が始まった。クラスの代表者による100メートル徒競走である。1年男子の部では七三分け改造人間の厨川くんがスタートラインに立っていた。ピストルの音と共に飛び出した厨川くんは「やはり」とも言うべきなのか、表情1つ変えずにぶっちぎりの1位でゴールした。
「うわっ、あいつ速過ぎるだろ!」
そう呟く杉宮くんに「あいつは改造人間なんだよ」と教えてやりたいが、今は胸の内に秘めておこう。
1年女子の部では殿水さんと神代さんがスタートラインに立っていた。1着は言うまでもなくアンドロイド殿水さんだった。改造人間とアンドロイドは最早別枠でやってもらいたい。普通の人間しかいないクラスが圧倒的に不利だ。
運動会は滞りなく行われ、次はクラス対抗大縄跳びだ。僕と杉宮くんはクラスメイトが集まる場所へ向かう。いざ始まってみるとなかなかキツかった。普段の運動不足が露呈している。対して杉宮くんは涼しげな表情で跳んでいる。羨ましい限りだ。たったこれだけなのに体力を8割方削られた僕だが、休んでいる暇は無かった。この後すぐに僕が出場する最後の種目『借り物競争』が始まるのだ。
僕は疲れきった表情でスタートラインに立つ。
「勝雄くんも出るんだね。」
聞き覚えのある声だと思い、声のある方を見てみるとそこには黒ぶちメガネポニーテールの小柄な女子がいた。四ッ谷さんである。
「この競技、人見知りにはちょっと厳しくないか?交渉して借りないといけないんだぞ?」
「大丈夫、ななかだって変わらないといけないから。誰とでも勝雄くんと喋るような感じで喋りたいんだ。その為にもこの競技に出て、人と話すことにもっと慣れたい。」
四ッ谷さんはそんな観点から競技を選んでいたのか、凄いな。
凄いと感心していると、ピストルの音が鳴って競争が始まった。30メートル先にある箱にたどり着き、そこからくじ引きの要領で箱に手を突っ込む。最初に手に触れた紙を選び取り出した。さあてそこには何が書かれているんだと、若干の緊張感の下で見てみる。『坊主の人』だと。これはイージーだ。僕は鏡くんの元へ向かう。
「借り物競争で『坊主の人』と出た。一緒に来て。」
借りた人とは手を繋いでゴールすることが条件らしい。何が悲しくて男同士で手を繋がなきゃならんのだと思いながら、ゴールへ向かおうとした。
ゴールへ向かおうとする僕の視界に入ってきたのは、紙を持ってもじもじしている四ッ谷さんだった。
「鹿平くん、ゴールはあっちだど!」
「すまない、ちょっと四ッ谷さんを助けてからだ!」
僕は鏡くんの手を引いたまま、四ッ谷さんの元へ向かう。
「四ッ谷さん、大丈夫?」
「これ、どうしよう…。」
四ッ谷さんが持っている紙を見てみるとそこには『応援副団長』と書かれていた。
「副団長ならあのテントの中にいる。」
「…やっぱり怖い…。」
四ッ谷さんの人見知りが発動していた。
「…僕と一緒に行くか?」
四ッ谷さんはこくりと頷いた。四ッ谷さんの代わりに僕は応援副団長と交渉、四ッ谷さんが副団長の手を引く形で、僕と鏡くんと共にゴールへ向かった。ゴールした時、大きな拍手が起こった。
「お前、なかなかイケメンだっだぞ。」
競技終了後、僕を冷やかしているかのように杉宮くんは絡んできた。
「あの子は同じ委員会の子でな、人見知りなんだ。だから助けた、ただそれだけ。」
「へぇー、やっぱり勝雄は良い奴だな。友達になって正解だったぜ。」
杉宮くんは少々カッコつけたような笑みを浮かべる。そこへ四ッ谷さんがやって来た。
「か、勝雄くん。さっきは…ありがとう。」
少々照れを見せながら四ッ谷さんは言う。
「良いんだよそのくらい。」
それは僕のセリフだぞ杉宮くん。ふと四ッ谷さんに目をやると、僕と最初に会った時のように硬直していた。
「君、名前何て言うの?いつもうちの勝雄がお世話になっちゃって。」
「…」
「四ッ谷さんが困ってるだろ、やめとけ。」
僕は杉宮くんに注意する。
「へぇー、四ッ谷さんって言うんだ。」
しまった、本人の許可も取らずに言ってしまった。四ッ谷さんは杉宮くんの言葉に黙って頷く。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるからそこで待っとけよ勝雄!」
杉宮くんは校舎へ戻っていった。それと同時に四ッ谷さんの緊張状態は解除された。
「あいつ、杉宮くんは悪い奴じゃないんだ。だから分かって欲しい。」
「うん。」
「四ッ谷さんのこと、杉宮くんに話しても良いかな?」
「うん、大丈夫。」
徐々に僕が知る四ッ谷さんになってきている。
「アニメの話でも、するか?」
「うん!」
はい、完全に四ッ谷さんオタクモード入りました。僕と四ッ谷さんは、杉宮くんがトイレから帰ってくるまでアニメの話をした。今日はロボットアニメの話を。
キャラクター紹介!
(4)四ッ谷ななか
所属:1年3組
誕生日:9月6日
一人称「ななか」、黒ぶちメガネとポニーテールが特徴的な小柄な人間の女子高生。基本的に人見知りで口数は少ないが、実は特撮やアニメのオタクでその手の話になると饒舌になる。