第16話 農聖王リッキーノ、推参!
6月21日、殿水さんがゴーターの攻撃を受け、亡くなってから数日が経過した。今日は僕、鹿平勝雄の誕生日なのだが、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。こうなったのは僕の責任だ。しかし悔やんでも殿水さんは戻ってこない。
殿水さんはアンドロイド、バックアップがあれば復活させることが出来るのではないか?そう考えたこともあった。しかしそれは出来ない、と土崎先生は冷静に語った。殿水さんはアンドロイドの中でも『第1世代型アンドロイド』と呼ばれる初期型らしく、バックアップが出来ない一点ものだそうだ。そうなるともう人間と変わらない。
気持ちは沈んだままであるが、授業はそんな事情お構い無しに進んでいく。忘れているとは思うが、僕が通う高校・秋田県立第三高等学校は県内でもトップクラスの進学校であり、それ故授業の進度も恐ろしく早い。どのくらい早いかと言われると具体的な例は出てこないが、「1日2日休んだだけで浦島太郎状態」とでも言っておこう。
殿水さんとはまだ出会って2ヶ月ほどだったが、昔からいるような妙な安心感があった。きっと彼女のことだ、「未来に向かって突き進むべきです」とか何とか言いそうだ。そして今日も僕は1年6組の教室の扉を開く。
「よう、勝雄。まだ元気無えのか?」
教室に入り自分の席へ座ると、見計らったかのように杉宮くんが声をかけてくる。
「まあ完全復活とはいかないな」
「転校しただけでこんなに落ち込んで、きっとまた会えるから元気出せよ。二度と会えない訳じゃないし。まあ俺だって、あんなに急に転校するもんだからびっくりしたけどな。あー…あの美少女のご尊顔を拝めないとは…残念だ」
どうやら殿水さんは転校したことになっているらしい。僕を励まそうと杉宮くんは気丈に振る舞っているように見えるが、「二度と会えない訳じゃないし」という一言が何とも…ね。
「杉宮くんドンマイ。鹿平くんおはよう、まだ本調子じゃないって感じだね」
そこへ生保内くんも現れた。杉宮くんの扱いが結構分かってきた感じがするな。こういう普段と変わらない日常を見ていると鬱屈した心も晴れる気がする。
さてそんなこんなで1時間目が始まった。科目は数学、1時間目だからやや眠いものの何とか乗り切った。しかし2時間目はその眠気が最高潮に達してしまう。まずいな、先生の声が単なる音としてしか認識しなくなってきた。瞼が非常に重い…。
そんな睡魔とのバトルを繰り広げる僕であったが、戦いの末にそのバトルに打ち勝つことが出来た。授業中、突然校内放送のチャイムが流れた為だ。
「最悪の目覚めだ…」
僕はふとそう呟き、放送に耳をすませる。
『未確認巨大生物が第三高等学校方面へ進行しています。生徒の皆さんは先生の指示に従って避難して下さい』
教室がざわめく。そりゃそうだろうな。ところで未確認巨大生物とは何だ?その時、腕章へ通信が入る。腕章は普段バッグの中に入れているので、教科書を掻き分けてお目当ての腕章を手に取る。
『皆、特別教室に集合してくれ!』
土崎先生からの召集だ。
「承知しました!」
僕は腕章を左腕に装着し、教室を飛び出す。先生が何か言ったような気がするが、それどころではない。未確認巨大生物が何かは知らないが、この状況を打破することが出来るのは僕たち生活委員会しかいないだろう。
特別教室へ行くと既に全員・土崎先生、厨川くん、四ッ谷さん、神代さんが揃っていた。
「先生、一体何が起こっているというのですか?」
僕は先生に問う。
「わたくしにも分からない。だが、これまでの規模をやってのけるのはアイツしかいないだろう。そこでこの『人間以外の謎の人型生命体を探知する装置』の出番だ」
装置の名前がやたらと長ったらしい。手にしている携帯ゲーム機サイズの装置、これがその装置らしい。
「それは?」
「少々時間はかかったが、何とか完成した。あの未確認巨大生物は『謎の人型生命体』では無いが『謎の生命体』であることは確か。物は試しだ!スイッチオン!」
ピコピコと、どこかレトロゲームの効果音に近しい音を立てて装置は動き始めた。少し待つと画面に何か表示された。
「これは…」
恐竜のような顔、漆黒の駆体に溶岩のような背びれ、そして一振りで町を一瞬にして更地にしてしまうのではないかと思うほどの太い尻尾。まさに怪獣映画に登場する奴みたいな見た目をしている。そしてもう1つの反応は人型だ。しかもかなり近い。
「生活委員会諸君、こんにちは」
人型の反応の正体はシルクハットの紳士、ゴーターだった。いつ教室へ入ってきたのか、音を立てずに教室の後ろに佇んでいた。
「あんたは…ゴーター!あたしたちと戦いに来た訳?」
敵に臆することなく、神代さんはぐいぐい攻める。
「あ、あの…未確認巨大生物も…何か関係があるんですよね…?」
完全に臆しているが四ッ谷さんも神代さん同様に言い放つ。無理している感が凄いけど、四ッ谷さんも変わったな。
「君たちと戦いに来た訳ではない。神代咲、君は落第だ」
神代さんが何か言ってやろう的雰囲気を醸し出していたので、宥めておく。ただでさえ大変なことが起きているというのに、さらに厄介になってしまうからな。
「それに対して四ッ谷ななか、君は優秀だね。そう、その通りだよ。あの巨大生物はワタシがアティカシアから持ってきたものさ。因みに名前は『アリズドッグ』だ」
「先生、アリズドッグってどんな生物なんですか?」
「獰猛な性格で口から火炎を噴射する、尻尾で周囲を薙ぎ払うなどといった攻撃をする奴だ」
流石アティカシア出身の先生だ。この辺の情報に詳しくて助かる。
「アリズドッグはここ三高を目指して進行中だ。何もしなければ君たちは校舎ごとペチャンコ、さあどうする?」
不敵な笑みを浮かべて話すゴーター。
「ならば貴様を倒すのみ、殿水の代わりに貴様を!」
「ちょっと待て!」
僕は刀を引き抜こうとしている厨川くんを止めた。
「何故止める?お前はアイツが憎くないのか?」
「憎いよ。今すぐにでもボコボコにしてやりたいところだ。でも今はゴーターと戦うよりもアリズドッグを倒すことが先決だ」
「うん、鹿平勝雄、君も賢いね。ワタシと戦ったところで時間の無駄、例えワタシを倒したところでアリズドッグは止まらない。さて、どうやってあのデカブツを倒すのか、見ものだね。フフフ…」
不気味な笑い声を上げてゴーターはその場から姿を消した。
こうしている間にもドスン、ドスンという大きな足音、というか地響きを伴いながらアリズドッグが三高に迫ってくる。
「それで、どうやってあの巨大生物を倒すんだ?何か作戦でもあるのか?」
至って冷静に土崎先生へ問う厨川くん。
「今急ピッチで巨大生物に対抗する為の兵器を開発している。まもなく完成するが、それまでの時間稼ぎをしてもらいたい。飛道具持ちの女子2人と鹿平君は地上からの射撃で奴を引き付けるんだ。厨川くんは直接斬撃でダメージを与えてくれ」
「射撃と言っても僕、飛道具持っていませんが?」
「召喚・四能銃!これ2丁あるから…使って」
「ありがたく使わせてもらうよ」
僕は四ッ谷さんから片方の四能銃を受け取る。
「鹿平、お前の第三神器を貸せ」
「二刀流ってことか。分かった」
厨川くんの言い方は人にモノを頼む時の言い方では到底無いが、今はそんなことどうだって良い。
「召喚・必勝剣!ほら、大事に使ってくれよ」
僕は厨川くんに必勝剣を手渡す。
「あたしもスタンバイしないとね、召喚・咲裂弓銃!」
神代さんも咲裂弓銃を装備して準備万端だ。
「よし、総員出動だ!」
僕たち4人は戦いの舞台へと向かう。もうすぐそこまでアリズドッグは迫っていた。生で見ると、想像以上に大きい。校舎よりも大きいんだな。腕章へ土崎先生から通信が入る。
『アリズドッグを校舎から引き離すんだ!』
「皆、行くぞ!はあ!」
アリズドッグの頭部を目掛けて、僕たち3人は射撃を行う。アリズドッグの注意がこちらへ向いた。良い感じだ。校舎から離れながら、同時に射撃を行う。全く狙いが定まらないのではと思うかもしれないが、それは心配無用。ご親切にも四能銃のアシスト機能によって射撃が百発百中である。アリズドッグは攻撃してきた僕たちに完全に敵意を示しており、口から火の玉を放ってきた。
「アリズドッグ、生身の人間に容赦ないわね」
神代さん、そりゃあそうだろ。アイツは巨大な怪物だぞ。
「な、ななか怖い…!」
四ッ谷さんの銃を持つ手が震えている。僕と四ッ谷さんが好きな特撮を例に出すが、特撮で登場するような怪物とは迫力がまるで違う。こちらは命の危険を感じるようなヒリヒリ感が凄まじい。だから怖いという気持ちは僕も同じだ。
「僕たちが一緒だから、きっと大丈夫だ」
根拠に説得力が無いような気がするが、四ッ谷さんの恐怖や緊張を少しでも和らげたいが為に咄嗟に出た言葉だ。
ある程度引き離したところで厨川くんの出番である。
「切り刻んでやる!」
アリズドッグの尻尾の薙ぎ払いを跳躍で回避し、一撃を叩き込むべく突撃する厨川くん。しかし今の厨川くんは隙だらけだ。アリズドッグは火炎放射をする為、口を大きく開いた。かなりマズいことになった。回避が間に合いそうにない。その時、ヒーローは現れた。
「リッキーノキーック!」
巨大な足がアリズドッグに蹴りをかました。何が起きた?アリズドッグは倒れ、そこへ立っていたのは、まさかの巨大ロボだった。
「これは何だ?」
両手に剣を携え、厨川くんはロボットを見上げている。
「厨川醍醐さん、お怪我はありませんか?」
思いの外イケボだな、このロボットは。妙に丁寧な喋り口調なのも気になる。
「ああ。だが、お前に『助けろ』などと頼んだ覚えは無いぞ」
「つれないですね、あなたは」
「あ、あの…」
「何でしょうか、四ッ谷ななかさん」
そのロボットは四ッ谷さんの方を向いて言う。
「あなたは…その…どちら様でしょうか…?」
「あ、私としたことがうっかりしていました。登場したら名乗り口上がセオリーですよね」
ロボットは軽く咳払いをし、アリズドッグへ向かって言い放った。
「農聖王リッキーノ、推参!」
キャラクター紹介!
(16)アリズドッグ
ゴーターが仕向けたアティカシアに生息する巨大生物。恐竜のような顔、漆黒の駆体に溶岩のような背びれ、そして一振りで町を一瞬にして更地にしてしまうのではないかと思うほどの太い尻尾。まさに怪獣映画に登場する奴みたいな見た目をしている。獰猛な性格で、口から火炎を噴射する、尻尾で周囲を薙ぎ払うなどといった攻撃をする。