第11話 熱戦!クラスマッチ前哨戦
6月の第2土曜日、生鼻崎先生の教育実習は昨日で終わり、尚且つクラスマッチまで1週間を切っていた。今日は僕と殿水まはる、生保内神彦、杉宮理音の4人で卓球の練習をする約束をしている。集合場所は僕の自宅最寄り駅から2駅先の駅だ。そこで集まって一緒に卓球場へ徒歩で向かう予定である。
その集合場所へ向かう為、僕は自宅最寄り駅にて駅員に定期券を提示し、山形方面からやって来る電車をホームで待つ。この地方ローカル線が1時間に1本しか電車が来ないのも納得なホームの静けさである。ホームにある待合室にいるご老人含めこの時間帯に乗るであろう乗客はわずか2名。これで採算が取れているのか甚だ疑問ではあるが、一学生である僕が心配することでもない。いや、少しは心配した方が良いかもしれない。電車が廃線になったら困るし。しかしこの路線は北は青森、南は福島までを結ぶ重要路線だ。余程のことが無い限り廃線は無いだろう。
などと脳内で独り言を呟いていると電車がホームに入線してきた。雪国仕様の開くボタンを押して電車に乗り込み、バッグを膝の上に置いて席に座る。因みにバッグは高校通学に使っているものと同じだ。この時間帯、この駅で降りた客は5人ほど。この車両には10人もいないくらいスッカスカである。そんな申し訳程度の乗客と大量の田舎の空気を積んだ電車は、ゆっくりと今動き出す。
今回の集合場所の駅はいつもの通学途中にある駅なので景色は一切代わり映えしない田園風景だが、何故かそんな景色をずっと見てしまう僕である。電車に乗車している時間はあっという間で、ものの10分程度で降車駅に到着した。
駅員に定期券を提示し改札を抜けると、既に見慣れた顔3つが揃っていた。
「おっす。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
杉宮くん、生保内くん、殿水さんの3人は次々に挨拶をする。6月のこの時期となると運動すると普通に汗ばむくらいの気温なので、3人とも涼しげな半袖短パンだ。殿水さんのどこがとは言わないが強調された部分と、細くて長い美脚が自然と視界に入ってくる。
「勝雄、何殿水さんの胸チラチラ見てんだ?」
何がとは言わなくても杉宮くんが言ってしまった。
「は?見てねえよ。」
見てないのは嘘になるが一応否定。
「さっき杉宮くんガン見してたんだよ。」
「はぁ?見てね~し。」
生保内くんによる内部告発を全力否定する杉宮くん。
「さあ、鹿平さんも来たので行きましょうか。」
先程まで繰り広げられていたややセクハラじみた会話を見事なまでに受け流し、我々4人は殿水さん先頭に卓球場まで歩き始める。
歩くこと10分、我々4人は卓球場に到着した。僕は中学時代卓球部だったこともあり、ここには何度か脚を運んだことがある。引退してからは来ていないのでおよそ1年振りだろう。
年期の入った外観にどこか古めかしさを感じるフォントで書かれた看板、こういうのが好きな人もいるのではないだろうか。中に入ってみると、フロアが卓球お馴染みのフェンス(正式名称何だろうね)で手前と奥で二分されており、それぞれ卓球台が6台ずつの計12台配置されている。またこの卓球場は元々ボウリング場だったらしく、その名残が随所に感じられる。
受付で利用料金を払い、荷物を空いている椅子に置く。中程にある卓球台はラージボールを嗜むご老人に占拠…もとい利用されているので我々は手前端の卓球台を使うことにした。
そして卓球といえば忘れてはならないのがラケットとピンポン球(ピン球)だ。各々様々なタイプのラケットを持っているようで、殿水さんはペン、生保内くんはシェーク(しかもラバーは両面粒々)、杉宮くんは生保内くんから貸してもらったシェーク(こちらは粒なし)だ。生保内くんのガチ具合が窺える。
「そういえば生保内くんって卓球経験者だっけ?」
ラケットのガチ具合から恐らくそうであると推測出来るが聞いてみる。
「ぼくちんは中学校時代卓球部だったよ。」
「やっぱり。僕と同じだね。」
「鹿平くんのラケット見せてもらって良いかな?」
「構わんよ。」
僕はラケットケースから中学校3年間使い込んだ自前ラケットを取り出し、生保内くんに手渡す。ラケットの両面をじっくり見回し、僕が使っているラバーについて語り始めた。生保内くんはラバーについても詳しいらしく、同じく卓球経験者の僕はそういうのはさっぱりなので良く分からなかったが、兎も角楽しそうに語っていた。そんなトークもそこそこに、
「では、鹿平くんやりましょうか。」
殿水さんからお誘いだ。
「ピン球持ってる?」
「はい、こちらを使いましょう。」
殿水さんはセルロイド球をポケットから取り出し、こちらに見せた。
「じゃあその間に杉宮くんに卓球教えておくから。」
「先生、オナシャス!」
卓球未経験者の杉宮くんの為、生保内くんによる卓球教室も始まった。
卓球台を挟んで向かい合う僕と殿水さん。
「先ずはラリーからやりましょう。」
経験者とはいえややブランクがあるので、ここで感覚を取り戻せればと思いながらラケットを振る。ある程度やったところで、殿水さんの放ったサーブが単純な前進回転から下回転に変わる。そして3球目でドライブを決め…ることは出来なかった。
「くそっ…。」
落胆する僕、そして無意識的にラケットを見る。失敗したのは自分が原因なのは火を見るより明らかだが、何故かラケットを見てしまうのだ。僕と同じく卓球経験者の方は共感してもらいたい。
次は僕がサーブを打つ。個人的に下回転サーブは回転がイマイチで、僕が卓球部だった頃は下回転もどきで誤魔化していた。しかし上手い人にはもどきサーブがもどきであることがしっかりバレており、痛烈な2球目攻撃を食らってしまったこともあった。相手は殿水さん、少しやってみて結構上手いということが分かった。さあここでもどきを使うのか?否、ここはしゃがみこみの横回転でいこう。
僕はそう決心し、横回転サーブを放つ。球は返ってきたが返球が甘い。ここで華麗にスマッシュが…今度はしっかり決まった。
「っしゃあ!」
綺麗に決まったので僕は思わずガッツポーズをする。
「ナイスコース!」
生保内くんも見ていたようで、彼は拍手をしていた。何か部活を思い出すね。
そんな時、どこかで聞き覚えのある声がした。
「殿水まゆり!?来ていたのか!」
その声の主は肩まで伸ばした焦げ茶色のサラサラヘアーの熱血野郎、三清学園高校の大砂川信太だった。
「大砂川さん、奇遇ですね。私は殿水まゆりではなく妹の殿水まはるですよ。」
「確かに微妙に違うな、ああすまんすまん!」
そう言いながら彼は僕たちの元へ近付いてきた。
「今日は学友達と卓球か?」
「はい、来週クラスマッチがありますので卓球の練習をしに来ました。」
「そうか!それは熱心なことだな!」
大砂川信太の矛先は殿水さんから僕へと変わった。
「君のことは向能代春香から聞いたぞ!鹿平勝雄、だったかな?」
「ああ。君のことも土崎先生から聞いた、大砂川信太くんだね?」
「その通り!君とは仲良くなれそうだよ!ハッハッハ!」
大砂川くんは僕の肩をポンポンと叩き、高らかに笑っていた。何を根拠に「仲良くなれそう」と言ったのか疑問だが、まあ人脈を広げることは悪いことではない。
「君たちは初めましての方々だな!」
大砂川くんは生保内くんと杉宮くんを見て言う。そこへ殿水さんが小声で「彼らは生活委員会とは無関係です」と補足する。
「俺は杉宮理音だ、よろしく。ってタメ語使っちまったけど何歳ですか?俺は今年16になります。」
「俺様も同じだ!三清学園高校1年、今年16になる!」
「ぼくちんは生保内神彦、この3人と同じ1年生だよ。よろしくね。」
「うむ!よろしくお願いしたい!」
言葉の一言一言に熱がこもっているようで、暑苦しさムンムンだ。多分今日初めまして(僕も面と向かって話すのは初めてなのだが)の杉宮くんや生保内くんも同じことを思っているだろう。悪いやつでは無いんだけどもね。
「大砂川さんもここによく来られるのですか?」
殿水さんが相変わらずの丁寧口調で問う。
「たまに来る程度だ!俺様は卓球こそ至高のスポーツであると思っている!異論は認めよう!」
僕は何となくツッコミを入れたくなった。言わないけど。え、どういうツッコミを入れるかって?それはまあね、何となく分かると思います。つまり「察しろ」ということです。
「それはそうと…。」
大砂川くんはバッグからラケットを取り出して僕たちの方へ向け、
「俺様と卓球対決だ!」
見切り発車で言ったようにしか思えなかったが、大砂川くんはどうやら本気のようだった。
「いきなりだな…。で、卓球は経験者ってことで良いんだよな?」
一応確認は欠かさない僕である。
「うむ!」
力強い返事が来た。
「シングルスか?だったら生保内くんどうかな?来てからまだ卓球台使ってないし。」
推測だが僕より強いであろう生保内くんを推薦させてもらおう。
「ぼくちんで良ければ…。」
自信が無いのか、大砂川くんの熱気にやられたか、生保内くんの声はやや小さかった。
「構わん!生保内神彦、いざ尋常に勝負!」
大砂川くんが宣言したその時、卓球場の入り口付近で銃声が鳴り響いた。突然の出来事でイマイチ状況が飲み込めていない。銃声のした方向を見てみると、いかにも不審者といった目出し帽の男2人と赤髪ツンツンヘアーの男がいた。発砲したのは赤髪らしく、右手に拳銃を持っていた。
「殿水まはる、鹿平勝雄、大砂川信太。表に出ろ!」
赤髪は僕たちの方へ叫ぶ。
「…どうする?」
何故名前を知っているのか気になるが、こんな状況の対応の仕方を僕は知らないので、取りあえず僕同様名指しされた2人に聞いてみる。
「ここは彼に従いましょう。他の方に危害を加えられる訳にもいかないので。」
殿水さんは至って冷静な声で言う。
「そうだな、了解。」
「承知した!」
当然ながら大砂川くんの声も控えめだ。
「2人はここにいてくれ。危ないから絶対に外に出るなよ。」
僕の忠告に杉宮くんと生保内くんの2人は無言で頷いた。
相手は武器を所持している、これは戦いになる可能性が高い。今日は奇遇にも普段高校に通学する際に使用しているバッグと同じものを持ってきていたので、土崎先生特製のスペシャルな腕章が入っている筈だ。予想通り、バッグの中をまさぐると腕章が出てきた。僕はそれを腕に装着し、赤髪の要求通り外へ出る。
キャラクター紹介!
(11)大砂川信太
所属:秋田県立三清学園高等学校1年A組
誕生日:11月28日
一人称「俺様」、肩まで伸ばしたサラサラヘアーが特徴の熱血改造人間。「大砂川流」という自己流の戦闘スタイルで、薙刀をメイン武器として用いる。HSMのメンバーである。