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鉄仮面の下(5)


(まさか、タビーがスクーカム様だったなんて)


 ソマリは信じられない気持ちでいっぱいだった。


 しかし捕らえた盗賊に尖鋭な視線をぶつけながら、「スクーカム様」と呼ぶサイベリアンの兵士たちに指示を出している男は、自分は冒険者だと言い張っていたタビーその人だった。


 溺れかけたソマリだったが、兵が体を拭くための布を渡してくれたり、騒ぎを聞きつけてやってきたマンクスが温かい飲み物を用意してくれたりしたため、すでに元気を取り戻しつつある。


 兵が馬車を手配してくれたので、それが到着次第離宮へと戻るつもりだ。


 ちなみに助けた猫は、いつの間にかどこかに行ってしまった。まあ、行方をくらますほどの元気があるのなら安心だ。


 兵士が渡してくれた布にくるまりながら、コラットとともに川の岸で馬車の到着を待っていると、スクーカムがずぶ濡れの盗賊に長剣の切っ先を突きつけているが見えた。


 猫を川へと突き落とした、件の盗賊だ。


「崇拝すべき猫を川へと突き落とし、我が婚約者であるソマリまで溺れさせるとは。……貴様、万死に値する! この場で死ぬがいい!」


 そう叫びながら、盗賊に剣を振りかぶるスクーカム。しかし部下の兵に羽交い絞めにされ阻止される。


(スクーカム様、猫を見て挙動不審になる時以外はいつも冷静なのに)


 あんなに声を荒げる彼を見るのは、初めてだ。


「ス、スクーカム様お待ちをっ! 一応処罰にも手順がありますからっ。ここで断罪するのはいけません!」


 兵士の言う通りだ。恐らく山賊たちは皆処刑されるだろうが、国家として刑の執行を行わなければならない。


 スクーカムの私怨で、この場で盗賊の命を奪ってしまっては国としての信頼を失ってしまう。


 スクーカムほどの優秀な人間なら、そんなこと理解しているはずだが。


「うるさい、そんなことは分かっているっ! しかし俺の手でこいつは殺さなければ気が済まぬっ! こいつは猫を川へと落としたのだぞ!? あのかわいい猫をだぞ! 挙句の果てまでソマリまでっ……。許せぬっ! 今すぐに死ねっ」

「ひ、ひぃいいい」


 恐ろしいほどのスクーカムの剣幕に、盗賊は涙目になって情けない声を漏らしている。


 兵士三人がかりで、やっとスクーカムの動きは牽制されていた。


 しかし何かの拍子に、彼らの拘束を破って盗賊に切りかかってしまうんじゃないかと思えるほどの勢いがある。


 結局、兵士五人がかりでスクーカムは引っ立てられるように盗賊と共に連れていかれた。もはやどっちが連行されるべき存在が分からないような光景だった。


「本当にスクーカム様がタビーだったのね……」


 タビーとして親しかったはずの男性が、衛兵に「スクーカム様」と呼ばれて引きずられているのだ。もはや疑う余地はない。


 いつもスクーカムは鉄仮面を装着していたから、ソマリは彼の素顔を一度も見たことが無かった。


(今の今まで、婚約者の顔を知らなかったなんて、普通に考えてあり得ないわよね)


 しかしソマリはスクーカム自身に興味がなかったので、「そういえば彼の顔を見たことがなかったわね」といった具合だ。


「そうですね。……まあ、私はなんとなくそうじゃないかなって思ってましたけど」


 苦笑を浮かべて、傍らにいるコラットが答える。ソマリは虚を衝かれる思いだった。


「えっ!? コラット気づいていたの!? どうしてっ?」

「だっていろいろ不自然でしたし、声も似ていましたし」

「そうだったかしら……? で、でも気づいていたなら私にも教えてくれたらよかったじゃない?」


 少し不貞腐れてそう言うと、コラットは気まずそうな面持ちになった。


「一応確証は無かったですし、スクーカム様は自分がタビーだということを私たちに気づいて欲しくないような気がしたので……」


 言われてみれば確かにその通りだ。偽名まで使ってソマリに正体を隠していたということは、何か知られたくないことがあったのだろう。


 そんな風に考えていたら、迎えの馬車が来た。街道に停車された馬車の方に向かう最中、平民たちがこんな会話をしていたのが聞こえてきた。


「スクーカム様って、鉄仮面被って剣を振り回している印象しかなかったから、すごく怖い人なんだって思ってたけど……。猫好きのめっちゃいい人なんじゃね?」

「だよな! 婚約者のソマリ様のことも必死で守っていたし」

「しかも鉄仮面の下は想像以上の美男子だったわ~! 私、スクーカム様のファンになっちゃった」


 美男子云々はともかく、スクーカムが「猫好きのめっちゃいい人」だったことは、すでにソマリも知っていた。ただし、彼がタビーを名乗っていた時の行動によるものだが。


 タビーの正体がスクーカムだということは、頭では理解したがいまだに感情が追い付かないのだった。


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