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短編

夢と試験

作者: 咸深

 日曜の朝、強くなってきた日差しを感じて飛び起きた。時計は朝九時を指していた。それを見た瞬間に僕は「あ、やらかした」と頭を抱えた。今日は資格試験日だった。

 試験開始は十時、その三十分後までは入場可能だったので、今から行けばまだぎりぎり間に合う。大慌てで筆記用具と受験票を掴んで自転車を飛ばし、駅へと着く。会場は東出口から徒歩一分。そのまま会場へ駆け込んだ瞬間、ぐにゃりと足元が歪んだかと思えば崩れはじめた。

「え?」

 崩れて落ちた先には暗闇がぽっかりと口を開いていて、僕は成す術もなく落ちた。




―――

「うわあああ!」

 情けない声を上げて飛び起きる。壁の時計はまだ四時を指していて、窓の外は真っ暗だ。

「…な、なんだ、夢か。」

 落ちるとは夢とはいえ嫌な体験である。あの様子では試験にも落ちていそうだ。これから試験を受けるというのに縁起が悪い。

 不安に駆られた僕はいささかぼろになった表紙の問題集を開いて復習を始めた。

 ぶつぶつと内容を復唱しながら覚え違いが無いか確認していく。丸々一冊分を確認し終えて違和感を覚えた。窓の外が明るい。

「あれ?今…何時だ?」

 時計を見る。壁の時計は五時を指していた。だが外は明らかに五時の明るさではない。

 目を凝らして秒針を見る。…止まっていた。

 スマホを探し出し、時間を見る。

「8:56」

 試験開始は十時だから、今から出ればまだ間にあう。

 必要なものをすべて鞄に入れ、駅へと急ぐ。

「よし、間に合う!」

「お客様にお知らせいたします。現在―――方面行の列車は、線路内に熊及び人の立ち入りが確認されたため運転を見合わせて―――」




―――

「なんでやねん!」

 突っ込みを入れながら飛び起きた。

「いや、熊及び人はおかしいだろ……いや、出なくも無いか。」

 熊や猪も市街に出没することは決してないわけではない。人が路線内に落ちることもあるし、それと同じタイミングで畜生共が路線に迷い込んだというのも、まああり得なくはない話だと思い直す。

「いや、そんなことよりも試験だ。」

 まずスマホで時間を確認すれば、現在時刻は七時丁度。電車の運行情報、気象情報と一緒に会場が変わったかどうかも調べておく。

 結果、遅延情報は無し、今日は快晴、資格試験のホームページを見れば突然の変更等はない。何か先回りした気分だ。

 試験会場には一番乗りで入り、待合室で最後に不安な箇所の確認を行う。

「まもなく試験が始まります。受験者のかたは会場に入って、席の確認を―――」

 そろそろ始まろうとしている。受験票番号を確認し、驚愕する。

 受験票に張り付けたはずの写真が、どこかに落ちてしまっていた。鞄の中を漁るが写真が出てこない。どこかで落としたのだ。

 試験監督に近くに証明写真機が無いか聞けば、会場の裏手側にあるという。

「た、助かった!」

 証明写真機の前には誰も並んでいない。いや、写真が張り付けられていなければ受験できないのだから、普通は事前に用意していてしかるべきだ。並ぶわけがない。

 駆け込み、小銭を入れて写真を撮る。手早く切り取り、ノリで張り付けてから違和感を覚えた。

「ハサミとノリなんていつも持ち歩いてないぞ…いやまて、電卓もないじゃないか!」

 筆箱の中には普段数本のシャーペンとボールペン、消しゴム、そして関数電卓しか入っていない。ハサミやノリが入っているわけがないのだ。

「まさか、これも夢…?」

 次の瞬間、世界が切り替わった。




―――

「―――というね、夢を見たんだ。」

「はあ。」

 日曜の午後、居酒屋で僕と友人Hは対面していた。Hも僕と同じ試験を受けて、同じように頭を抱えながら出てきたのだ。試験のことを聞けば、いまいち振るわなかったと顔をゆがめた。

 Hはどこか強迫めいた思い込みをすることがあり、試験やテストなんかがあると憑りつかれた様に自分を追い込む悪癖があった。それで多くは優秀な成績を残すのだから彼にとっては正解なのだろう。しかしそれでうまくいかなかったときは、大抵今のように顔色が悪くなる。

「終わってから思えば、これは試験に失敗するという予兆だったのかもしれない。…今回の試験は普段よりも問題が難しかった。」

「あ、ああ。そうだな。」

 Hはどこか上の空だ。うまく行かなかったことがよほどショックだったのだろうか。

「H、何を怯えてるんだ?不合格になるのは別に死ぬわけじゃない。会社をクビになるわけでもない。そうだろう?だから、次頑張ればいいさ。」

「それはそうだけれど…その、一つ聞いていいかな?」

 試験の事だろうかと思いを巡らせ、いいよと言った。Hはゆっくりと呼吸し、聞いていいのかわからないといった様子で口籠らせていた。数分はそうしていたが、やがて決心したように口を開く。

「あ、あのさ。なんで頭を抱えているんだ?」

「え?」

「なんで、頭を抱えているんだ?」

「なぜって――――――」

 ふと暗くなった窓を見て、息を飲んだ。僕はHが言ったように、文字通り頭を抱えて座っていた。

 世界が低い。さっきまでHと同じ目線で話していたのに、とHのほうへ視線を走らせる。

 Hの頭もまた、僕と同じ高さにあった。




―――

 強烈な浮遊感で目が覚めた。心臓が恐ろしい速度で鳴っていて、呼吸も荒い。見慣れた自分の部屋であることと、頭と首が繋がっていることを確かめてからようやく落ち着きを取り戻した。壁の時計は六時過ぎを指しており、擦り硝子の向こうは薄らと明るく、静かだ。

 嫌な夢を見た。試験に寝坊したり辿り着けなかったり受けられなかったり、挙句首が落ちているなど碌な夢でない。あの様子だとどの夢でも試験にも落ちているのだろう。恐ろしい夢である。

 寝覚めは最悪だが、これで試験に遅れるということはない。嫌な夢を見たのは恐らく、昨夜解いた過去問題で合格点に達したり達しなかったりといまいち安定した結果にならなかったせいだろう。精神的に安定していなかったのだと自分を宥めた。

 ふと目に入った受験票を改めて確認する。写真はしっかりと糊付けされていた。

「試験は十時から、電車で遅れるのも面白くないし時間までどこかで勉強でもして待っていればいいか。」

 試験会場は駅前だから、コーヒーチェーン店でもあるだろうとぼんやりと考えていた。

 何の気なしにスマホを掴み、電源を付けた僕の表情は引きつった。





「18:16」

さて投稿したのは夢か現か…

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