仲直り(?)
「……」
思わず舌打ちしそうになる口元にストップをかけて、思い切り顔を顰めた。
「ほんと!不可抗力なんです!やましいことは何もない!本当に!!!」
「……わかった」
会社の飲み会から帰ってきた彼。
玄関を開けた瞬間、知らない香水の香りが漂って呆然とした私。
そこから事情聴取が始まり、現在に至る。
聞けばなんのことはなくて、単純に酔いつぶれた同僚が何度直してももたれかかってきていたとのこと。タクシーにいる間ずっと。
そのタクシーだって、2人きりで乗っていたわけでもないらしい。むしろ彼がいちばん早く降りたようで。
「とりあえずわかったからお風呂に入ってきてください」
「ねぇ怒ってる!?怒ってるよね!!?」
「いいからお風呂に入ってください」
「違うんだって!本当に!」
「それはわかったから」
なんにもやましいことがなくたって、モヤモヤはする。他の女の子にピッタリ張り付かれていたかと思うと。早くその香り、落として欲しい。
おろおろする彼をお風呂場に押し込んで、ため息とともにベットへ向かった。
「……やだもう」
心の狭い自分が嫌。だけどそのタクシーを想像すると嫉妬で心が黒くなっていく。ほろよいでにこにこ帰ってくる彼を想像していたのに。そんな楽しそうな彼の胸に、おかえり、って飛び込む予定だったのに。
黒くなった心が気持ち悪かった。でも、止まらない。どんどん黒の濃さが増していく。だって、待ってたのに。今日の飲み会は彼の尊敬する上司が海外から帰ってくるから、って楽しみにしていたのを知っていたし、私も朝は楽しい気持ちで送り出したのに。嬉しそうに帰ってくると思っていたのに。まさかこんなふうに帰ってくるとは。
ぐるぐると、黒い思考が巡り続ける。あぁ、もう。いらいらする。
「……だめだよ、噛んじゃ。……本当にごめんね」
ふわりと布団ごと抱きしめられて、自分が爪を噛んでいたことに気づいた。
「……」
おんなじシャンプーの香りになって布団に潜ってくる彼に少し安心して、背を向けたまま丸まった。まだ素直になれる気分ではない。
「……ごめん」
降ってくる優しいハグと、あったかい声色。安心と同時に、涙腺が緩んでいく。これっぽっちで泣きたくなんかないのに。バレたくなくて、どんどん背中が丸くなっていった。
「ごめん。悲しませてごめん」
そっと頬擦りをされて、いよいよ涙腺は限界で。
「仕方ないのはわかってるから大丈夫……」
「……大丈夫ではないでしょ。ごめんね」
「……そのひとが……くっついてた時間が憎い」
「……うん」
「心狭いってわかってるけど憎い」
「……うん」
「そんなの、私だけがしていいやつ、だもん」
「それはそうだよ、僕が好きなのは、くっつきたいのは、君だけ。本当に」
「……ん」
もう意地を張っている時間が惜しくなって、くるりと彼の胸に顔を押し付けた。
「……もうしないで……」
「うん。そうする。本当にごめん」
そろそろ甘えたくなってきて、ちら、と顔を上げると、何やら彼は照れたように笑っていた。
「……何笑ってんだ!」
どす、と思わず彼のお腹にパンチを入れる。
「う!ごめん!だってなんか可愛くて!僕愛されてるなって!」
「そうだよ!でも調子乗んな反省しろ!!」
「あっ嫌だごめんほんと!こっち向いて!」
またおろおろしだした彼を放って、もう一度背を向けた。
本当になんでこんなに好きなんだろう。
「むかつく。寝る」
「ごめんこっち向いて!こっち向いて寝よう!?ちゅーしていい!?」
「絶対嫌」
愛してるのが伝わったのはよかったけど。
もうちょっと、反省して欲しい。
ごめんね、と心配そうに抱きしめてくる腕に体をあずけて、ゆっくり目を閉じた。