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森の魔女と従者の物語

作者: 白石定規

※本作はカクヨムでも掲載しています

「馬鹿じゃのう」


 人里離れた森に私が棲んでいたのは単に、森の中にいれば研究資材が豊富に手に入るからであって、人が嫌いだからでもなければ、夜な夜な人を苦しめるための研究をしているからでもない。


 ここ最近、近くの村は不作が続いていると聞くが、それもこれも単に運のめぐり合わせが悪いからであって、私が雨を止めているなどという根拠のない噂に迷惑以外の何物でもない。

 それこそ村の連中よりも困っていると言えよう。


『森の魔女様。どうかこの生贄をお食べ下さい。そして願わくば、我らの村に再び雨を降らせては頂けないでしょうか?』

 こんなにも馬鹿げた提案をされてしまっても始末に困るほかない。


「ほんとうに馬鹿じゃのう。こんな生贄を渡されて一体どうしろと? そもそも人間の肉はあまり美味しくないから我きらいなんじゃが」


 紙切れを折りたたんで、我は目の前の生贄に目を向ける。

 手足を縛られ、みすぼらしくよれた服を着せられていたのは、まだ小さな子供だった。村の連中はどうやら我が人を食いたがっていると思っているらしい。


「ひっ……。あの、魔女様……、僕の命で、どうか村を救ってくれないでしょうか……」


 本当にいい迷惑だと思った。


「そもそも貴様のような子供を食したたところで我には何の旨味もなかろうよ。ほとんど骨と皮しか無いではないか」

「すみません……でも肝はおいしいと思います……」

「何言っとるんじゃおぬし」

「ストレスを与えられた鳥の肝は美味しいとうちの隣の農家が言っていました」

「喧嘩売っとるんかおぬし」

 我と対峙することがストレスだとでも言うつもりか? これから死ぬだろうと思い込んで好き放題言ってくれるではないか。


「いえ……、そういうわけではなく……」

 見下ろす我の目から逃れるようによそを向く子供。

 首筋には大きな痣があった。

 我ははたと気づく。

 よく見ればこの子供、みすぼらしい服からのぞく肌のあちこちに傷がある。

 切り傷であったり、何かで殴られた跡であったり、形はさまざまだが、この子供が家族からどのような扱いを受けていたのかは想像に難くない。


 なるほどストレスとはそのことか。

 なるほど要らない子供を押し付けられたわけか。

 …………。

「おぬしは一つ勘違いをしておるぞ」

 我は言った。

「鳥の肝が美味しくなるのは、無理やり餌を与えられ続けたときじゃ。ただストレスを与えられただけで肉は旨くならんよ」


 我は大変気まぐれであった。

 どうせならばこの子供を育てて、村の人間たちの思惑通り食ってやろうと思った。じっくりと時間をかけて、肥え太らせてからのう。


      ○


「昔はそんなこともありましたよね、お師匠」

 我の家のキッチンで料理中のあやつは懐かしそうにつぶやいて見せた。


 肥え太らせようと食べさせ続けた料理を常に完食し続け、今ではすっかり背も伸びて良い歳した青年に成長しおった。

 身体についた肉は硬くてとても食えそうにない。

 そもそも脂肪がどこにも見当たらん。


 十歳を過ぎた頃からは自分で料理をするようにもなりおった。

 黙って見ていれば健康にいい料理ばかり作りおって今ではキッチンはあやつによって占領される始末じゃ。

 しかも最近はなぜだか魔法にも興味を示して我の研究の助手になるほどですらある。


 育成失敗じゃよ!


「ところで、いつになったら私を食べるおつもりですか?」

 くすりと笑ってあやつは振り返る。

 最早我にその気がないことくらい分かり切っておろうに。

 本当に、食えん奴じゃ。


「もうお腹いっぱいなのじゃよ」

「? では夕餉は少ないほうが良いですか?」

 そういう意味ではないがの。


「馬鹿じゃのう」

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