鼻くそ使い
「じいちゃん、すげぇデカい鼻くそが取れた!」
1cmほどの鼻くそが入ったポリ袋を、手袋を装着した手でつまみ、祖父の目の前に掲げる少年。
「今日から冒険に出て、僕は世界一の育成者になるんだ!」
キラキラと瞳を輝かせ、祖父に夢を語るこの少年は村1番の人気者『トビー』だ。彼はとても活発な子で、いつも村の皆の仕事の手伝いをしている。
「ダメだ。お前はまだ半人前だからな」
「もー毎日毎日厳しいなぁ! 僕もう14歳だよ? いつになったら認めてくれるんだよ!」
「もっと大きな鼻くそを出せるようになったらだ」
「ちぇっ、いけず!」
村の広場で毎日行われるこの2人のやり取りはもはや村の名物になっており、村人たちも皆優しい目で見ている。
「トビー、またダメだったか。これ食うか? おらよっ」
畑にいた村人のマイケルが、手に持っていたトマトをトビーに向かって投げた。トビーはそれを上手くキャッチしてみせた。
「ありがとう! 食べながら帰るよ!」
トビーは帰り道を歩きながら考えていた。祖父はどうすれば自分を認めてくれるのか、と。
「1cmの鼻くそを見せても認めてもらえないなんてなぁ。それより大きいのを見せろって言われても、鼻の穴がだいたい1cmくらいなのに、それ以上どうしろって言うんだ⋯⋯」
トビーにはどうすればいいか分からなかった。鼻の穴以上の大きさの鼻くそを作れということだろうか。いいや、不可能だろう。そんなことを考えていると、森の方から1人の男が走ってきた。
「大変だ! 大変だぁ!」
そう叫ぶ男の左の鼻の穴には、氷柱のような形をした物があった。トビーは男の顔に見覚えがなかった。村の者なら全員知っているし、こんな特徴があるので、会ったことがあれば忘れるはずがない。
「なんですか、鼻のそれ!」
トビーは男の鼻を指さして言った。
「これか? これは鼻くそだ」
トビーは驚いた。自分が過去にほじった最大サイズの数倍はあったからだ。しかし、これは本当に鼻くそなのだろうか。
「実は僕も世界一を目指してるんですけど、それはいくらなんでも⋯⋯鼻くそって鼻の穴より大きくならないはずじゃ」
「世界を舐めちゃだめだよ。命懸けで鼻くそ育ててる人達は鼻の外に出てきてるのが当たり前なんだから! 君のお父さんなんてもう⋯⋯って、それどころじゃないよ!」
男はそう言って走り出したが、すぐに立ち止まった。男の声を聞いてトビーの祖父が駆けつけたのだ。
「何があった。とりあえずわしに話せ」
「実はですね⋯⋯」
トビーの祖父に、男が耳打ちしている。トビーには聞かせたくない内容らしい。
「なんだと!? ついにヤツが⋯⋯」
「どうします?」
「トビーはまだ半人前だからな、わしがなんとかするしかあるまい」
2人はそのままトビーの家まで歩いていった。トビーはトマトを食べながら独り言を言っている。
「半人前半人前って、いつも僕を馬鹿にして! もういい! 勝手に出て行ってやる!」
トビーは走って森の中へ入っていった。森の中は昼でもかなり暗く、普段の彼なら心細く感じるところだが、今日は違った。半人前と何度も言われ頭にきていたのだ。
「確かこの森の向こうに外の世界があるはずだ⋯⋯! かつて父さんが大活躍したという世界が!」
トビーの父アルフレッドもまた、育成者であった。レイザーとは鼻の中で鼻くそを育て、その鼻くその大きさのギネス世界記録を狙う者達の総称だ。
人の鼻の穴は2つある。当然両方の穴で鼻くそを育てる訳にはいかず、どちらか片方の穴で育てることになる。鼻の外にまではみ出るほど育った鼻くそは『牙』と呼ばれ、その『牙』の大きさで記録が決まるのだ。つまり、鼻の外に出てきていないトビーの鼻くそは0cm扱いである。
さて、この世には『鼻くそ使い』という者達が存在するのだが、彼らはギネス用ではない方の、余った鼻の穴で作られた鼻くそを使って日々悪と奮闘しているという。ゆえに、基本的に鼻くそ使いは右利きと左利きに分かれている。
トビーの父アルフレッドはギネス世界記録保持者でありながら最強の鼻くそ使いであった。全盛期の彼はまさに最強の象徴だったのだ。
しかし、トビーが生まれて間もない頃に病で亡くなってしまった。残念ながらトビーは父親のことを全く覚えていないという。
「僕も父さんのような立派な男になるんだ! ⋯⋯ん? あれは」
トビーは森の中に1人の男を見つけた。長い黒髪に、鋭い眼光、見るからに重たそうな鎧を纏っており、男からは普通ではないオーラを感じた。
「待っていたぞ、トビアス・デラックスノーズ」
トビーのフルネームだ。彼はこの男に会うのは初めてだったが、一方的に名前を知られているのには慣れていた。父親が有名すぎるからだ。
「あなたは⋯⋯?」
トビーは恐る恐る聞いてみた。こんな森の中でたった1人で自分を待っていたというのだ、明らかにおかしい。
「俺の名はルカス・ホーリーノーズ。お前の父アルフレッドのかつての親友だ」
「本当ですか!?」
それを聞いたトビーはひどく驚いた。小さな頃から父の話は聞かされていたが、親友がいるというのは聞いたことがなかった。まだ知らない話を彼から聞けるかもしれないと思うと、ワクワクが止まらなかった。
「トビー、お前がここへ来るのは分かっていた。巨悪を討ち滅ぼすため、この森へ入ったのだろう?」
「へっ?」
トビーはいきなり心当たりのないことを言われ、素っ頓狂な声を出してしまった。
「10分前くらいに、街の鼻くそ使いがお前の村の方に走っていくのが見えたんだが。そいつに聞いたんじゃないのか?」
「あ、確かにそれっぽい人には会いました。何かじいちゃんに耳打ちしてました。その後じいちゃんが僕は半人前だから行かせる訳にはいかないとかなんとか⋯⋯」
とトビーはルカスに説明をした。
「なるほど、何も聞かされていないんだな。実はこの森には、14年前に封印された闇の鼻くそ使い、通称『死の育成者』が眠っている。そのデスレイザーの封印が弱まってきていてな⋯⋯」
それからルカスは次々とデスレイザーの情報をトビーに教えた。
デスレイザーは自分の鼻くそを培養し、無限に増やす研究をしていたこと、そうして作った鼻くそを固めてギネスに提出し、無期限でエントリー禁止になったこと、自分の鼻くそを自分で食べるという禁忌を犯したこと、そして、トビーの父親を殺したこと。
トビーは祖父から、父親は病死したと教えられていた。今まで疑ったこともなかったし、そもそも疑おうとも思わなかった。
この話を聞いた彼は、世界最強の鼻くそ使いであるアルフレッドが同じ鼻くそ使いに殺されたということに驚いた。
しかし、どれだけ強大であろうとデスレイザーが父親の仇であるならば、自分が仇を討たねばなるまい、とトビーは思った。
トビーは強くなる方法を考えた。ちらりとルカスの方を見ると、彼の持っているオーラに圧倒された。ごつくてカッコイイ鎧も着てるし、彼は強いに違いない、トビーはそう思った。
「ルカスさん、僕に修行をつけてください!」
「フッ、よく言った。俺の修行は厳しいぞ、頑張ってついてこい!」
その日からトビーの修行は始まった。ルカスが飛ばす鼻くそを避け、後ろに回り込み鼻くそを相手のうなじになすり付ける。これは基本中の基本の技だそうで、気がつきようのない場所についた鼻くそはその者の精神を蝕み、定期的にダメージを与えることが出来るのだという。
相手の鼻の穴に指を入れ、相手に武器(鼻くそ)を使わせないようにする『鼻くそ封じ』という技も基本技だそうだ。
また、鼻くその水分量の調節も立派な修行である。乾きすぎた鼻くそは硬くなり、攻撃力こそ高いが、上手く丸まらないためコントロールに欠ける。
かといって湿りすぎていてもダメだ。指で捏ねて水分を飛ばすという工程が必要になり、運が悪ければどれだけデコピンをしても指から離れないこともある。
「俺いびきうるさいからあっちで寝るよ」
ルカスはそう言って毎晩トビーとは別の場所で眠った。朝会うと怪我をしている事もあった。もしやトビーに気を遣って自分だけ危ない場所で寝ているのだろうか。
4日目の朝、村に近い方から声が聞こえてきた。誰かが森に入ってきたのだ。
「トビー! トビー! どこにいるー! ここにはいないのかー!」
トビーの祖父が必死にトビーを呼んでいる。トビーは名乗り出ることが出来なかった。デスレイザーとの戦いに祖父を巻き込む訳にはいかないからだ。
トビーはこの4日間で祖父の真意に気づいたのだ。祖父はデスレイザーの存在を知っており、その危険が及ばないようトビーを手放さず近くに置いていた。
「いいのか」
「うん、今度は僕がおじいちゃんを守る番だから⋯⋯」
「強くなったな」
ルカスはトビーを優しい目で見ていた。
あれからさらに1週間が過ぎ、トビーはルカスの教えをあらかたマスターしていた。いつもルカスはトビーを褒めていた。やはりあいつの息子だな、と。
相変わらず朝会うとどこかから血を流しているルカスを見て、心配したトビーは今晩ルカスの後をつけてみることにした。
「じゃあ、また明日な。ゆっくり休めよ」
「今日もありがとうございました。また明日」
挨拶を済ませ、森の奥へと進んでゆくルカスの後ろをつけるトビー。2kmほど歩いたところでルカスは腰を下ろした。
「う、うぐぅ⋯⋯ぐああ!」
ルカス突然頭を抱え、苦しみ始めた。それが2、3分ほど続いたかと思うと急に大人しくなり、こちらを睨みつけた。
「フフ、アルフレッドの息子かぁ」
人が変わったかのように口角が上がり、満面の笑みになったルカス。いつもの彼と違い、禍々しいオーラを感じる。
「お前は誰だ!」
「俺か、俺はお前の師匠だろう。ハハハ」
トビーは彼がルカスではないことに気がついていた。ルカス以上のオーラを前にしたトビーの体は、意志とは関係なく後ずさりをしていた。
「もうすぐ俺の封印が解ける⋯⋯! お前が最初の生贄になれ!」
「封印だと!?」
トビーはすぐに理解した。
「そうか、お前がデスレイザー⋯⋯父さんを殺した張本人だな!」
デスレイザーの封印が弱まっているという話をルカスに聞いていたため、トビーはすぐに気づくことが出来たのだ。
「フフフ、それはどうかな⋯⋯だがもう死ぬお前にはどうでもいい事だろう。さぁ、死ね!」
デスレイザーは左の鼻の穴に人差し指と親指を突っ込んだ。それを見たトビーは驚きを隠せなかった。
「指2本入れてどうするつもりだ!」
「お前が知る必要はない。ふん!」
鼻から直接飛んできた鼻くそを避けきれず、左足に受けてしまったトビー。ふくらはぎから血がドクドクと流れ出ている。
「そうか⋯⋯居合か! 鼻の穴の中ですでにデコピンの指の形を作っていたんだな!」
「分かったところで何になる!」
居合鼻くそ飛ばしの嵐に為す術なくやられるトビー。体中から血を流し、その場に倒れてしまった。
「あいつの息子というから期待したが、こんなものか⋯⋯」
鼻から巨大な鼻くそを取り出し、構えるデスレイザー。
トビーは指ひとつ動かすことが出来ず、その場に倒れている。
(僕はもう死ぬのか⋯⋯父さん、仇を取れなくてごめんなさい。じいちゃん、勝手に飛び出してそのまま死んじゃってごめんなさい。母さん、今まで育ててくれてありがとう⋯⋯)
「あばよ」
デスレイザーが巨大鼻くそを弾き飛ばす。
「トビー!」
遠くから聞こえる声とともに、デスレイザーの倍はある鼻くそが飛んできた。
トビーの目の前で鼻くそ同士がぶつかり合い、小さな爆発を起こし姿を消した。
「まったく、勝手にいなくなりおって」
デスレイザーの前に、トビーの祖父が現れた。その姿はまさにヒーローだった。
「村まで漂ってきた禍々しいオーラを辿って来てみれば⋯⋯やはり貴様か、デスレイザー」
「フフ、久しぶりだな、伝説の鼻くそ使い『フェリックス・デラックスノーズ』」
「孫には指1本触れさせんぞ」
そう言うとフェリックスは両の穴に指を入れてほじり、両手で鼻くそを乱射した。ギネス世界記録を狙っていない者にのみ出来る芸当だ。
「ぐ⋯⋯腕は落ちていないようだな、フェリックス!」
若干押し気味のフェリックスだが、だんだんと息が荒くなってきている。歯を食いしばり、苦しそうな表情をしている。
「どうした、手が遅くなっているぞ」
「貴様こそ避けるスピードが落ちてるんじゃないか?」
「避ける必要もなさそうだからな」
「!?」
デスレイザーはフェリックスの攻撃を受けながら小指を鼻に入れ、真っ黒な鼻くそを取り出した。
「受けてみろ、闇の力を」
小指でのデコピンで飛んで行った鼻くそは、フェリックスの胸に命中した。
「ぐぼあ! くっ⋯⋯ぬかったか!」
「歳には勝てないみたいだな。もっと楽しませてくれると思ったが」
胸に穴が空き、木にもたれかかっているフェリックスに、デスレイザーがゆっくりと近づいてゆく。
「さてどんな風に殺してやろうか⋯⋯」
笑いながら近づくデスレイザー。トビーも全身血だらけで動くことが出来ない。
「ふふ、待っていたぞ⋯⋯ふんぬ!」
フェリックスは近づいてきたデスレイザーの顔めがけて鼻水を噴射した。多少血の混じった見事な鼻水だ。これは1戦闘につき1度しか使えない奥義で、相手に特大の不快感を与えることが出来る。鼻くそではなく鼻水を使うため、鼻くそ使い同士の戦いにおいては禁じ手である。
「貴様! 光の鼻くそ使いが鼻水の使用など⋯⋯ぐああ! ぬわあああ!」
「どうだ⋯⋯ざまあ⋯⋯みやが⋯⋯れ」
フェリックスは目を閉じ、その場に倒れ込んだ。彼が死んだことはトビーにも想像がついた。胸に大きな穴が空けられているのだ。最後の力を振り絞って禁じ手である鼻水を使ってくれたのだろう。
トビーもこのままではやがて復活したデスレイザーに殺されてしまう。しかし、祖父を失った彼はもはや自分のことなどどうでもよくなっていた。
「う⋯⋯ここは⋯⋯ハッ! フェリックスさん!」
鼻水のおかげでデスレイザーの人格が引っ込み、本来の人格であるルカスが出てきたようだ。彼はフェリックスの遺体を見て涙を流した。
「トビー、俺はお前に謝らなければならない事がある。ずっとお前に嘘をついていた」
「な、なんですか⋯⋯」
トビーは今、息をするのもやっとだが、ルカスの告白を聞かなければならないと思った。
「お前の父親を殺したのは俺なんだ。さっきのように暴走して殺してしまった。あいつは俺の体を傷つけないように戦ってくれたが、そのせいであいつは⋯⋯」
トビーは彼を責めようとは思わなかった。自分に修行をつけてくれていた彼が本当のルカスであり、父を殺したのは何らかの理由で取り憑いたデスレイザーだと分かっていたからだ。
「20年前、俺はアルフレッドと2人でデスレイザーと戦った。当時のデスレイザーはそれは強く、俺たちでは歯が立たなかったんだ。そこで、俺は悪魔に魂を売ってしまった。その結果デスレイザーを封印することが出来たが、ヤツの一部が俺の中に存在するという状態になってしまったんだ」
ルカスは左の鼻の穴に人差し指を入れた。指を動かし、穴の中の鼻くそを集めている。
「夜になるとヤツの力が目覚め、周りのものを傷つけてしまう。だから俺はずっと森の中に1人でいた。今封印が弱まっているが、完全に解ける前に俺が死ねば、そのままヤツを道連れに出来るはずだ」
ルカスは鼻の穴から光る鼻くそを取り出した。
「トビー、お前に頼みがある。最後の頼みだ。今から俺の力をお前に分け与えるが、そうすると俺の力が弱まり、デスレイザーに復活のチャンスを与えてしまう。しかし、お前が力を得てすぐに俺を殺せばヤツも復活することなくそのまま地獄に落ちる。頼むぞ、トビー」
そう言うとルカスは光る鼻くそをトビーの鼻の穴に入れた。彼の最後の光の力だ。
すると、みるみるうちにトビーに力が溢れた。
「その力があれば俺を殺せるはずだ。頼む、やってくれ」
「で、でも僕は⋯⋯」
「早くしろ! でなければまた暴走してお前を殺してしまう! 俺に弟子を殺させないでくれ!」
「ルカスさん⋯⋯」
トビーは恩師であるルカスを殺したくなかったが、本人がここまで強く望んでいるのだ。これ以上は彼に恥をかかせてしまうことになる。そう思った。
「分かりました。あなたは本当に立派な戦士でした。ずっと独りで抱えてきて⋯⋯村のみんなにも伝えておきます」
「ああ、ありがとう⋯⋯」
ルカスは鎧を脱ぎ捨てその場に座り、目を閉じた。トビーはルカスの頬を伝わる1滴の涙を見逃さなかった。
トビーは小指を鼻の穴に入れた。
目を閉じると、ここ数日間のルカスとの思い出が蘇る。時に厳しく、時に優しく、自分を強くしてくれた最大の恩師。
トビーは思った。ルカスを殺さなくても、自分がデスレイザーを倒してしまえば全て解決するのではないか、と。いくら世界の平和のためとはいえ、世話になった恩人を殺すことは出来ないと思ったのだ。
そしてトビーは、鼻をほじる手を止めた。
「ルカスさん、やはり僕はあなたを殺せません。あなたは生きるべきです」
「そんなのダメだ! ヤツが復活してしまう!」
「大丈夫です。デスレイザーは僕が倒します。安心してください」
トビーの目は一人前の目になっていた。そんな目を見たルカスはもう何も言えなくなってしまった。かつての親友、アルフレッドの面影を彼に感じたのだ。
「フッ、本当にあいつにそっくりだ⋯⋯ぐはあ!」
ルカスの背後から飛んできた漆黒の槍が、彼の胸を貫いた。
「誰だ!」
トビーは鬼のような顔で槍が飛んできた方を睨みつけた。ズシズシとこちらに向かってくる大男の姿が見えた。
「全く、何を迷ってんだか。殺しってのはこうやるんだよ、小僧」
トビーは直感した。デスレイザーが復活したのだと。目の前にいる大男はデスレイザー本人に違いない、と。
「がはっ! ⋯⋯ゲホゲホ」
苦しそうにしているルカス。
「ルカスさん、しっかり! 僕がこいつを倒すまでなんとか持ちこたえてください!」
トビーは急いで鼻くそをほじり、ルカスの胸の傷を塞いだ。一応止血は出来たが、いつまで持つかは分からない。
「俺を倒すか。言うもんだな、小僧。だが仮に俺を倒せたとしてもお前の願いは叶わんぞ。最後の光の力を失ったそいつはもはや俺の分身だ⋯⋯悪いことは言わん。諦めろ、小僧。そいつはもう人の道には戻れん。じきに闇に染まるだろう」
「うるさい! お前がなんと言おうと僕はルカスさんを助けるんだ!」
悪には屈しないと言わんばかりの姿勢のトビー。
「分かってるさ、俺はじきにお前のようになる。助かるつもりもない。だが悲観はしない⋯⋯トビーが必ずお前を倒すからな!」
「フン、せいぜいそこで死に損ないながら見ていろ」
そう言うとデスレイザーはトビーの方を向いた。相変わらずデスレイザーは笑っている。その油断の隙をつき、ルカスは鼻から出した巨大な黒鼻くそをデスレイザーに投げつけた。
「ぐっ、不意打ちとは⋯⋯! 貴様も堕ちたものだな! 今死ね!」
「⋯⋯⋯⋯」
ルカスはすでに力尽きていた。先ほどの巨大黒鼻くそが最後の一撃だったようだ。デスレイザーに直撃はしたものの、あまり効いている様子はない。
「みんなの仇! 死ねデスレイザー!」
トビーは両方の鼻の穴に小指を入れ、同時に40cmほどの聖なる鼻くそを取り出した。
「一撃で終わらせる。ルカスさんがくれた力、この聖なる鼻くそで闇であるお前を倒す! くらえー!」
見事デスレイザーの股間に命中し、デスレイザーは光の力の洗礼を受け始めた。股間から少しずつ光の力が広がっている。そう、まるでズボンについたおもらしのように!
「ぐああああ! 効いた⋯⋯だが、こんな鼻くそでは俺は倒れぬぞ!」
デスレイザーはズボンを下ろし、イチモツを構えた。パンツは履いていないようだ。
「次はこちらからゆくぞ! 破ぁ!」
トビー目掛けて勢いよく噴射されるオシッコ。トビーは避けながら走っている。オシッコが当たった木は1本残らず切り倒された。
「殺し合いに鼻くそ以外を使うなんて、卑怯だぞデスレイザー!」
「フン、勝てばいいのだ! 敗者に言い訳は許されぬぞ!」
逃げ回るトビーだが、先ほどの技で体力を消耗していたため、さっそく息が上がってきた。
かれこれデスレイザーは3分ほどオシッコをしている。しかもこの勢いだ、60リットルは出ているだろう。
「そろそろ体力が切れるか? いいことを教えてやろう。俺のオシッコは無限だ」
「なんだって!? そんなことが許されるのか! 失礼だろ!」
トビーは怒りをあらわにしている。これまでオシッコを無限に出し続ける者などいなかったからだ。
体力の限界が近づくトビーをオシッコは容赦なく追いかける。
「クソっ、なにか方法は⋯⋯なにか!」
トビーは必死に考えた。鼻くそ使いとして、オシッコに殺される訳にはいかない! なにか勝てる方法があるはずだ!
『トビーよ⋯⋯今ちょっといいか』
「その声は! ⋯⋯いや、聞いたことないな」
トビーが声のする方を向くと、デスレイザーの頭の上に、写真でしか見た事のない父親の姿があった。
「父さん!」
アルフレッドは昔からトビーにとってのヒーローだった。トビーは母親から毎晩アルフレッドの活躍を聞かされていたのだ。
「父さんだと? アルフレッドがここにいる訳ないだろう」
『いるさ、今お前の頭の上に直立している!』
「なんちゅー雑な登場だ! お前は死んだはずだろう!」
『こういう時、幽霊になって息子を助けに来るのが親ってもんだろ?』
トビーは感激していた。オカルトにとても興味があったからだ。トビーはポケットからカメラを取りだした。
「父さん!」
『ん、なんだ?』
パシャッ
アルフレッドがこちらを向いたところでシャッターを押したが、画面には誰も写っていなかった。下にいるはずのデスレイザーも写っていなかった。
「お前も幽霊なのかよ!」
「当たり前だろう。20年も飲まず食わずで封印されてたんだぞ」
「ぐぬぬ、確かに⋯⋯」
平和な口喧嘩に誘導したトビーは父にアイコンタクトを取っていた。
『どうしたトビー、ドライアイか?』
やはり時を共に過ごしてこなかった父子はこういうものなのだろうか。トビーは諦めて口を開いた。
「助けてくれるんでしょ! どうやって倒すの?」
『お前、デスレイザーの前で作戦会議する気か』
「父さんが鈍いからだよ! とりあえずそいつの頭から降りてきてよ!」
『すまん、それは出来ないんだ。ルカスに取り憑いたこいつに殺されたせいで、移動制限がかかってしまっていてな、頭の上から離れられないんだ』
なんて間抜けな設定なんだ⋯⋯
今ここは、向かい合うトビーとデスレイザー、デスレイザーの上に父アルフレッドが直立しているという大変シュールな空間となっている。
生身のトビーの目の前に2段重ねの幽霊、しかも上段は味方という特殊な状況だ。
『俺が鼻くそを落としまくるから、トビーはその隙を突いてくれ』
「分かった!」
「お前らすごいな、堂々としてるわ。敵の前でそんなこと⋯⋯痛てっ、本当にその作戦なのかよ」
作戦が決まったので、トビーは隙をうかがうことにした。ポロポロと鼻くそを落とすアルフレッドの姿は、まさに話に聞いていた通りの英雄だった。
トビーは後ろに回り込み、デスレイザーのうなじにこっそり16個の鼻くそをなすり付けた。
「お前の体には今16個の鼻くそがついている」
「なんだと? ハッタリに決まってる! ⋯⋯しかし、もし本当に付いていたら⋯⋯うう、うぅぅぅ」
みるみるうちに精神を病んでいくデスレイザー。さらにトビーは追い討ちをかける。
「くらえ! レッドバズーカ!」
血の混じった巨大鼻くそがデスレイザーに向かって飛んでゆく。
「いつまでも好き勝手させると思うなよ! こんなもの俺の鼻くそで相殺してくれるわ!」
デスレイザーは小指を鼻に入れようとした。しかし、鼻の穴にはすでに指が入っていた。アルフレッドの指だ。
「なに、鼻くそ封じだと!? こんな低レベルの技で俺の邪魔をするなど⋯⋯ぐはあ!」
レッドバズーカはデスレイザーに命中し、トビーとアルフレッドは見事勝利した。
「俺の負けだ⋯⋯思えば長い戦いだった。ギネス世界記録を取りたいがために俺は悪に手を染めてしまった。それが全ての始まりだった。その頃から誰も俺に近づかなくなり、俺は独りになった。その寂しさから、数々の悪事をはたらくようになってしまった⋯⋯」
絞り出すような声で話すデスレイザー。
「自業自得だろ」
そう言ったあと、トビーは父親の方を見た。
「ありがとう、父さん」
『ああ、よくやった。じゃあな』
アルフレッドはデスレイザーの中にスーッと消えていった。
「そこに帰るのかよ」
戦いが終わったので、トビーは村へ向かった。
「トビー、どこに行っておったんじゃ! 心配かけおって! フェリックスはどうした! お前を探しに森へ入っていったんじゃが⋯⋯」
心配した村長がトビーの肩を掴んで言った。
「今、デスレイザーを倒してきた。じいちゃんは奴に殺された⋯⋯村長、村のみんなに手伝ってほしいことが2つあるんだ」
村の民全員を引き連れ、トビーは森へ入った。デスレイザーのもとへ辿り着くと、村長が口を開いた。
「まさか本当にデスレイザーを倒すとは⋯⋯世界に平和が戻ったのだな⋯⋯」
村長は感極まって泣いてしまった。
「みんな、さっそく頼むよ」
「おう!」
アルフレッドと話した結果、デスレイザーの力が強大過ぎたため息の根を止めることが出来ず、封印することになったのだ。
1日かけて村人全員でデスレイザーを鼻くそまみれにしていく。完全に鼻くそまみれになって封印されたデスレイザーは村の役場で保管されることとなった。
「もう1つのお願いなんだけど、亡くなった英雄たちの銅像を作るのを手伝ってほしいんだ」
トビーは事の顛末を皆に話し、ルカスの誤解も解いた。銅像は値が張るということで却下され、代わりに石像を作ることになった。
3ヶ月後、村の広場にアルフレッド、フェリックス、ルカスの3人の石像が設置された。
トビーは変わらず世界一の育成者を目指し、鼻くそを育てていくのであった。