レン② 調印式が始まった
強化された鑑定眼は、彼女の情報を欠損なくオレに見せる。
その装備欄にはメリオールの変化装備の指輪が表示されており。
彼女の状態が『変化』となっていた。
それより後の鑑定結果に視線が移せない。
本当は一体誰なんだ? どんな目的で化けてるんだ?
一体いつから? それとも最初からだったのか?
聞きたいことがたくさん頭の中に浮かんでくる。
だけど、どの質問も口から出てこない。
怖い。
その事実の裏に隠された真実をまのあたりにするのが。
「あなたは、本当にレン姉さんなのか?」
ようやく出たオレの言葉。
レンは、黙って部屋を走り去った。
引き留めようとしたけど、身体が動かない。
去り際、レンが泣きそうな顔をしているように見えた。
調印式当日。
調印が成されたあと、直ちにリタの引き渡しが行われる。
今日、オレはそのタイミングで彼女をさらう。
指輪を鑑定し終えてから数日しかたっておらず、準備が十分とは言えない。
それでも、できる限りのことはしたつもりだ。
逃走経路はいくつか確保している。
だけどリタをどうさらうか、その細かい段取りは場の流れを見て判断する。
ハッキリ言って行き当たりばったりだ。
鑑定力強化のあとから魔王やその幹部たちを鑑定できれば……。
なんてことを思うけど、考えても仕方がない。
調印式は教会の大聖堂で行われる。
開始は昼のはずだが、朝から多くの人がつめかけていた。
そこに入ることができるのは、希望者の中から事前に抽選で選ばれた者。
もっとも、転生者は申請さえしていれば自由に観覧できるらしい。
実際に申請したのは、龍介パーティー、悠里、こより、そしてオレだ。
だけど、こよりは来ていなかった。
でもそれは、以前のように恐怖で閉じこもっているからじゃない。
彼女は今、ギリギリまでアイテムの準備をしてくれている。
間に合うかどうかは不安だが、任せるしかない。
レンは転生者代表の枠で調印式の場に立っている。
彼女とはあれから連絡がつかなかった。
レンのことは信じている。
信じてはいるが、色々な可能性が頭によぎるのを止めることができない。
例えば、バルドクルツが変化の指輪で化けている、とか。
少なくとも、オレが今無事だから彼女が敵と通じていることはない。
なんて考えるのは、楽観的すぎるんだろう。
はなからオレたちなんて眼中にないのかもしれない。
オレが起こす騒ぎを、なにかの交渉に利用するつもりかもしれない。
もしくは、それを理由に講和を一方的に破棄するのかもしれない。
ああ、ダメだ!
今あれこれ考えても意味がないのに……。
やがて、雑踏のざわめきが途切れる。
魔王たちが入場してきた。
あらわれたのは、『魔王ヴェール』とその配下5体ほど。
その5体で目を引くのは、以前も見かけた『バルドクルツ』。
『バルドロール』はいなかった。
早速、6体を鑑定眼で視る。
魔王とバルドクルツ以外はハッキリ言ってゴブリン程度の存在。
まったく脅威になり得ない。
バルドゼクスの代わりになるようなのが入らなかったのは幸いだ。
それにしてもバルドロールがいないのが気になる。
逃げ出す時には警戒が必要かもしれない。
魔王の鑑定内容を見る。前よりもかなりの情報量の鑑定結果がでた。
けど、情報からはあいかわらず魔王の弱点が見いだせない。
「ねえ、なんとかなりそう?」
不意に、横にいた悠里が小声でオレに問いかけてきた。
「少なくとも『この場で魔王を倒す』という選択肢はなくなったな。
やはり弱点は見えてこない」
「じゃあ、リタを連れて逃げるのは?」
「それは正直、やってみないとわからない」
オレは悠里に返事をしながら、バルドクルツの鑑定内容を見る。
正直、魔王をどうにかできれば奴のほうはどうとでもなると思ってた。
実際そのステータスはバルドゼクスとバルドロールの間くらいしかない。
だけど奴の評価は、その詳細を見てがらりと変わる。
直感した。
こよりが前に出会い、恐怖させた謎の男。
多分、そいつはこの『バルドクルツ』が変化の指輪で化けた存在だと。
「なんだよ……あいつは……」
戦慄が走る。
単純な戦闘なら、今のオレでも勝てない強さではない。
だけど、コイツのヤバさはそんなことで語れるものではない。
ヤバさの質がまるで違う。
『死の瘴気』
奴の持つ、ミスリル原石を瘴気に分解するスキル。
その瘴気量は原石の大きさに比例する。
理論上は、王国全土を瘴気で満たし人間を死滅させることだってできる。
なんてイカれた魔物を作りやがったんだ、魔王は。
もっとも実際、そんな大きさの原石は存在しないだろう。
だけど王都を死滅させるくらいの物なら……。
もしアイツらがすでに、この王都にそれを持ち込んでいたら?
どうする?
一旦、引いて対策を練り直すか?
いや、もしここで逃して魔王が即行で本拠地に帰ってしまったら……。
だからって、バルドクルツを刺激して、奴が力を出せばどうなるか。
確かに王都の連中がどうなろうと構わないと思ってた。
だけど、さすがにこれは……。
調印式が始まり、進行していく。
だけど結論が出ない。
「――ねえ! ちょっと、アンタどうしたの?」
悠里に声をかけられているのにも気がつかなかった。
「ああ、いや、すまない……」
不意にドッとあたりから歓声が沸く。
いつのまにか調印が成されていた。
続いてリタが、魔王の配下の1人に促され、立ち上がる。
そしてその元まで歩き、その斜め後ろについた。
その表情には悲しみも絶望も浮かんでおらず。
ただ、凜々しく前方を見すえていた。
リタをさらうなら今だ。だけど足が動かない。
ここで、魔王からの挨拶が入る。
挨拶が終われば、奴らはこの場から去ってしまう。
どうする? 一体どうすれば……。
魔王は一瞬だけこちらを見ると王に向きなおり、語り出した。
「さてこうして調印が成され、余らとお前たちとの間に友誼が結ばれた。
そこで、友として頼みたいことがある」
この言葉に会場がざわめくが、魔王はなおも続けた。
「今回の戦にあたり、余の配下に褒美をあたえなくてはならなくてな。
それを提供して欲しいのだ」
この言葉に王は反応しない。
そこへ、教会の枢機卿の1人が立ち上がりフォローに入った。
「ホホホ、そうですなあ……。わかりました、お送りさせて頂きましょう。
なにかご所望の品はありますかな?」
「お前たちの配慮に感謝しよう。なに、大したモノではないのだ。
成人した男性を50人ばかり頂きたい」
「ホ、ホホホ。
念のため、なのですが、どのように扱われるか、お聞きしてもよろしいか?
どのような働きをするかによって人材を厳選しなければいけませんゆえ」
「ふむ。もっともな言ではあるが、使い道は受け取った配下に一任している。
労働力に望む者もいれば、愛玩、食用などにする者もいてな。
一概には答えられぬ」
魔王のこの発言に、場はさらに騒然となる。
「ああ、ちなみに厳選はしなくてもよいぞ。
ここにも随分と下等な者どもがいるではないか、それでも構わぬ」
魔王が貴族の1人を指さした。
「いえ、あの……」
「労働力の不足を気にしているなら、余の直属の下級兵を提供しても構わぬ。
自由に使い潰すがいい」
まるで衣服店で店員に衣服を見繕ってもらうかのような気軽さで。
魔王は、そんなことを話し続けた。
「えー……、さすがヴェール殿、冗談がうまくいらっしゃる」
「バルドクルツよ。今、余の話のどの辺りに冗談があったか?」
「さあ、どうですかね。
まあ人の文化は複雑ゆえ、何気ない言葉がこの方のツボに入ったのでは?」
バルドクルツは、自分より格上の存在にフランクに返した。
「お待ちください、ヴェール殿。その、我々には……。
同胞を無碍に扱ったり扱われたりするのを見過ごすことはできないのです」
「ふむ。だが確か条約では『人と魔物は平等に扱う』とある。
余らは下級の人間を使い、人間は余の配下の下等兵を自由に使う。
それでこそ平等ではないか? なあ、バルドクルツよ」
「……ああ! 多分、彼は自分の手でヒドい目にあわせたくないんですよ」
だからここは気を利かせて、私たちで間引いてやればいいのでは?
枢機卿の1人は言葉も出せない。
「面倒なら今、私がやっておきますけど」
バルドクルツの言葉の意味を一瞬誰も飲み込めなかった。
だけど徐々に皆が気づき始めたのか、人々のざわつきが広がって――。
そこで何者かが、バルドクルツを背後から躊躇なく切りつけた。
レンだった。
体制を崩し前方に倒れ込むバルドクルツ。
それに油断することなく彼女は構える。
その手には開かれた鉄扇が展開していた。
「弟の敵!!!! 取らせてもらいます!!!!」
宣言するように高らかに声を上げた。
レンはさらにバルドクルツに迫る。
「ああ、思い出したぞ。
君は昔、アルベリオールを落としたあとに襲いかかってきた少女だね?
弟がどうとか、というのはさっぱり覚えがないけど」
バルドクルツはど忘れした名前を確認する風にレンに答え合わせを求める。
レンは返事を返さずに閉じた鉄扇でキツく奴を突いた。
これが答えであると言わんばかりに。
オレは動けない。
彼女の鑑定結果に目を奪われて。
今の彼女の鑑定結果には、メリオールの変化装備の影響がなかった。
そこにあるのは彼女の、素のままの情報。
彼女は『恋』ではなく『レン』だった。
苗字はなく、ましてや転生者ではない。
この世界で生まれ育った1人の女性。それがレンの真実。
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