幕間⑫ー5 名も無き勇者は、それでも歩き続けた
※名も無き勇者視点
気づいたら、ボクは黒い煙を浴びたままの姿勢で立っていた。
とくに自分の装備に傷や壊れたところはない。
周りを見る。
周辺に建物、木々など見慣れた物は一切なく。
代わりと言わんばかりに、奇妙な形をした岩が乱立していた。
ひょっとしてここがあの世というところなんだろうか?
想像とはだいぶ違う。
天国、ではないだろうけど、地獄としてもあまりにも無味で殺風景。
でも違った。
すぐに、ここが天国でも地獄でもなくアルベリオールの街中なのだと理解する。
街を囲む壁はないけど、さらに遠くの山々が以前と同じ姿をみせていたから。
さっきまで目の前にいたはずの、バルドクルツはどこにもいない。
まさか、何もされてない?
ハッタリで逃げられた?
そんな甘い期待は、やがてわき立った体中の激痛の悲鳴でかき消されてしまう。
誰かに診てもらうまでもなく自分の状態はわかった。
正直、絶望的な状況と言っていい。
即死こそ免れた。
けど、身体が魔素に冒されて、体力が少しずつ削られていってる。
このままでは、1日と持たずボクは死ぬ。
といって回復や治療魔法を使おうとする度に魔素で魔法が乱され、発動しない。
魔力によらない呪術による効果も受け付けない。
こんなの、初めてだ。
それでも痛覚を遮断すれば普通に動くことができた。それもいつまで持つか。
走るのは……難しそうだ。
ましてや、戦うのは。
多分、とてつもない濃度の魔素を浴びせかけられたのだと思う。
見えないはずのものが、黒くくすぶって見えてしまうほどの濃い魔素。
そんなのを浴びれば、普通の人間ならタダでは済まないだろう。
ボクは勇者の加護で多少マシだったようだけど……。
にしても……なんでボクにトドメを刺さなかった?
技を使ったあと余裕がなかったのか。
それとも、あの技で確実にボクを仕留められる確信があったのか。
とにかく、ここから一番近い町へ行こう。
そこは教会の聖地の一つ。
アルベリオールの支部より大きな施設があったはず。
自分の知らない、未知の治療法があることにかけるしかない。
歩いても半日ほどでつくはずだ。
そうと決まったら早く――
不意に、オルゴールの鳴る音が聞こえてきた。
……まさか!
ボクは走り出す。
普通の耳なら聞こえない、か細い音のするほうへ。
幻聴かも知れない。けどまさか、もし……。
もう、身体が悲鳴をあげるのにかまってられない。
音の聞こえてくる周辺へたどり着く。
そこは魔物と戦った地点から遠かったからか、多少建物の形が残っていた。
その中で、ボクは馴染みの酒場だった場所へと足を踏み入れる。
「あっ……○○○にぃだぁ……」
酒場の隅でうずくまっている彼女。
こちらを見ると弱々しい笑顔でボクを呼んだ。
おそらく魔物の実験によって彼女も何らかの耐性をもってたんだろう。
けど、それでも息も絶え絶えだ。
「一体! どうして!」
「だって……、○○○にぃ、絶対勝つってわかってたもん……。
だから、ここで待って……」
「そうか……ありがとう。
ああ、キミをヒドい目に合わせたアイツはボクがやっつけたよ。
一緒に帰ろう。帰ったら、美味しいご飯、作ってくれないかい?」
「うん……、よりをかけて……つくるね……」
こんな風になってまで待っていてくれた彼女に、ホントのことは言えなかった。
もし、ここを乗り切ったら謝らないと。
彼女の身体はくてっとした感じで脱力していて、既に歩くことも難しそうだ。
これは背負っていくしかないかな。
けどその前に、もしもの時のために……。
彼女をおんぶして、ボクはアルベリオールだった場所から出た。
目指すは隣の町。
そこで治療ができることにかけるしかない。
ひょっとしたら、ボクは治療すら受けさせてもらえないかも知れない。
だとしても、せめて彼女だけでも――
「じつはさ……、とっておきのお肉があってさ……。
帰ったら、それ、ふるまっちゃうよ……」
「いつのまにそんなものを……
ていうか、そのお金!」
「だって……、お店の人が勧めたんだもん……」
歩いている最中、彼女はいつもにもましてよくしゃべった。
手にしているオルゴールの音色をバックに。
魔力のコントロールをしないよう、ボクは彼女に指示をしていた。
彼女は今、魔力がつねに垂れ流されている状態にある。
そうすれば、ひょっとしたら浸蝕した魔素を少しでも減らせるかも知れない。
だけど多分それは、湖の水をコップですくいだすのと同じだ。
気休めにしかならないかもしれない。
けど何もしないよりは……。
「まったく、キミは……」
「キミ、じゃなくて、名前でよんでほしいな……○○○にぃ」
「そんなこと言ったって、記憶戻ってないんだよね?」
「じゃあ、○○○にぃが名前をつけてよ……。
今日からわたし、それにするから」
「そんな、適当な……」
「あー、とっておきのお肉だすの、やめよーかなー」
「名づけさせて頂きます。
えっと……◇◇◇っていうのはどうかな?」
「……」
「変、だったかな?」
「変っていうか……、変わったひびきのなまえだよね?
あんまりきいたことがないよ……?」
「ああ、実は死に別れた妹の名前なんだ。
ボクの一族は代々、そんな感じでさ。
……やっぱりやめた。そんな名前つけられるの、気持ち悪いよね」
「ううん……。
それでいいよ、今日からわたし、◇◇◇だ……」
それにしても、彼女と話しているのは楽しい。
もし無事に、勇者の加護を転生者に引き継げたら。
こうやって旅をしていくのもいいかもね……。
「わたし、○○○にぃとずっとこうしていたいな。ダメかな?」
まるでボクの心を見透かしてるようだ。
……かなわないな。
「すこし、待っていてくれないか?
ボクが勇者の加護を他の人に引き継げるまで。
そうしたら、もっとメンバーを集めてパーティーを組んで冒険をしよう」
「なかまがふえるの? たのしそう……。
でも、もう少し、2人だけで一緒にいたいかな……」
「どうして?」
「……そういうことは、……きいちゃダメなの」
彼女の言葉の意味がわからず、答えにつまってしまう。
2人の間をオルゴールの音色が静かに鳴り響く。
「まあ、そういうことなら、しばらくの間は2人だけでただ、旅をしよう。
いっぱい見せたい場所があるんだ」
たとえば手近なところだと……。
真っ先に思い浮かんだのは、
「たしか、王都の近くに遺跡を改造した訓練施設があってさ。
その奥に、とてもキレイな景色があるんだ。
信じられるかい? 隠し通路に――」
ボクは自分が訪れたことのある各地の名所を語った。
その間、彼女はうなずきながら、黙ってボクの言葉を聞いていてくれる。
それにしても、パーティーを組むというのはいいかもしれない。
なんとなく言っただけだったんだけど。
それなら、彼女に危険がおよぶ可能性も薄まるんじゃないかな。
それにボクがいなくなったとしても、他のメンバーが彼女を支えてくれる。
それに――
「そうだ! ボクには、ねえさんがいるんだ。
もし、ねえさんが了解してくれるなら、ボクらのパーティーに――」
不意に、オルゴールの音が止まった。
「……コヨリ?」
ボクの、彼女を呼ぶ声だけがあたりに散った。
わずかに感じていた彼女の鼓動は、止まっていた。
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