悠久図書館2
『悠久図書館』(https://ncode.syosetu.com/n6277gw/)の続きですが、単体でもお楽しみいただけます。
深い森の中の湖畔にある、古めかしい石造りの建物。
木漏れ日の中、それは城のようにも見えるがその建物の周りは堀や城壁などではない。石畳が規則正しく敷き詰められており、花が植えられた美しい散歩道に囲まれている。
城塞のように何者も拒むような外観ではない。
むしろ、ここはどんな者でも平等に受け入れる場所だ。
『イシュタル国立図書館』
王の住まう城がある王都から、馬車で少し走るくらいの場所にある。王都の喧騒と華やかさとは真逆、静寂と清楚さがこの場所にはよく似合う。
寿命の長い【精霊族】でも、この施設が建てられた正確な年月は分からないと云われている。
そのため、この図書館を『悠久図書館』と呼ぶ者も多い。
・~・~・~・~・~・~・~・~
「館長~っ!! かんちょー、かんちょかんちょかんちょ、かんちょーっ!!」
図書館の各部屋を結ぶ廊下はかなり広い。
その廊下の始点から終点へ向けて、一人の少女が大声で叫びながら上司に駆け寄る。
少女の特徴として頭の上の猫耳、両手はふわふわ、それとお揃いのふわふわのしっぽも生えていた。猫の【獣人族】の新人図書館職員『アスター』である。
同時に、静寂であるはずの図書館の廊下から聞こえた大声。閲覧室にいた人々はギョッとして近くの扉へ一斉に顔を向けると、そこには一人の青年が遠い目をして立っていた。
「――――――はぁ………………」
ため息ひとつこぼすと、青年は掛けている眼鏡を上にずらし、片手で目頭を押さえて苦悶の表情を浮かべる。しかし、閲覧室からの多くの視線に気付き「失礼致しました」と丁寧にお辞儀をし、分厚い扉を素早く且つ静かに閉めた。
この青年は図書館館長の『アテュス』である。
彼は【精霊族】の中でも、性格が“真面目と不真面目が両極端”だと云われている『風のエルフ』だ。
丁寧に櫛笥ずられた金髪、黒縁の眼鏡を掛けた神経質そうな表情、二十代の若者の遊び心を盛り込まない折り目正しい服装。どう見ても彼は“真面目な方”だろう。
「かんちょかんちょかんちょかんちょかんちょかんちょ―――っ!!」
「…………………………」
がしぃいいいっ!!
「うにゃあっ!?」
アテュスはタックルよろしく、突っ込んできたアスターを流れるように避けてから首根っこを掴んだ。まるで……いや、猫の子そのものを片手でぶら下げて連れていく。
一般的にエルフは非力だと云われるが、一日に何千も本を運ぶ『イシュタル国立図書館』で働く職員には当てはまらないのだ。アテュスを含めたほとんどの司書や職員の身体能力は高い。
ぺいっ! と投げるように館長室に放り込み、やっと落ち着いて話を聞こうという環境になった。
普段、あまり座らない館長の椅子に腰掛けて、アテュスはこれでもかと言うくらいの深ーいため息をつく。
「……アスターくん、ここは図書館だから大声は厳禁だと解るな? あと……頼むから私の大事な呼称を、適当に短くしたり、語尾伸ばしたり、変な連呼にしたりしないでくれ。聞いた人が微妙な表情になってこちらを見ていた」
「はぁい、ごめんなさい館長♡」
舌を出してウィンクをしながらテヘッと言う……どこかで見たような全然反省もない謝罪に、彼は再び眉間を押さえる。
「……………………それで? 何の用かな?」
「はい! 実はこの間、館長が翻訳してまとめた『基礎薬剤事典』の事なんですけど……」
『基礎薬学事典』は別の大陸から輸入された本だが、一般には読めないような代物だったためにアテュスが翻訳して造り直したものだ。
「あぁ、これか。元々は口語で伝わっていた本だ。初心者でも内容が解ると定評があったが、肝心の原本が現地の古代言語でしか書かれていなかった。つまり内容としては実践に基づいた、実用的な方法を用いて…………」
「………………」
「……で、あって…………基礎というからには、子供から覚えた方がいい知識もふんだんに盛り込まれていたな。実際の薬草が手に入らなくても、特徴や効能、生息する分布なども詳細に書かれていて、これ以上ないくらいの簡単な説明に…………」
チ~~~~ン。
どこからか鐘の音が聴こえてきたように、アテュスの説明に数秒で『無』の顔になるアスター。
「館長……」
「ん?」
「全然わからないんですっ……!」
「へ?」
アスターは事典の表紙を眺めて、思いっきり口をへの字に曲げている。
「まず、今の説明は何ですか!? 何語ですか!?」
「いや……共通語だが……?」
「つまり、現地の人は元の本の文章じゃわからなかったから、口で教えてたんですよね?」
まあ、その通りだ。
何のひねりもない言い方である。
「この事典、挿し絵が可愛くありません!」
「…………実際の草花を説明するための絵だな」
「文字ばっかりで解りにくいんですよコレ! 事典のクセに!!」
「…………事典ってそういうものだろう?」
「事典なんだから、ちゃんと頭に知識が入ってこないとダメですよ!」
「…………読んだ人間がちゃんと、頭に入れようとしてくれないとダメだろ?」
「「…………………………」」
しばらく無言でにらみ合う。
すぐに折れたのはアスターの方だった。
「…………館長、にらめっこに負けたことありますか?」
「いや、相手が勝手に敗けを認めるな……」
「ふぅ………… ……」
「……………………」
「お面じゃない」と言いたいが、不毛な争いになりそうなのでやめる。余談ではあるが『風のエルフ』はかなり地獄耳なのだ。
「この間作った『今月の新刊コーナー』、事典特集にしたの館長ですよね?」
「そうだが?」
「もう今月も終わりなのに、何の反応もないんですよ!」
「そうか?」
「“子供から覚えた方がいい”って…………ほら、見てください。貸し出しカードには、子供どころか大人もいません!」
「…………そうだな」
「表紙だってめちゃくちゃキレイです! 手垢なんて一切ありません!」
「…………そうだな」
「さっき、指紋を採取してみたら、私と館長の指紋しかありませんでした!」
「…………そう……いや、待て。どうやって指紋を……」
「と・に・か・く!! コーナーに立ち寄るのも億劫になるほど“つまらない”みたいなんですっ!! 職員たちの間でも、休日の『館長の私服姿』くらい近寄りがたいってウワサですっ!!」
「………………………………」
チ~~~~ン。
傍目からは判らないが、アテュスの表情が『無』になった。
何で私服が………………泣きたい。
無表情でも人として感情は有るのである。
正直、本の貸し出しゼロよりも、私服のことが噂になっていることに、さすがのアテュスも内心プライドがズタズタになっていた。
「でも、大丈夫です館長!! 事典だけなら改善の余地があります!!」
「…………私服に改善余地がないように言うな」
「私服の話は後にしてください!」
軽く抗議したが脇に退けられる。
「せっかく基礎が学べる事典なんですよね? みんなが読めないのはもったいないと思いませんか?」
「それはそうだが……」
「そこで、もっとキャッチーにするために、案を考えてきました!」
「………………うん」
アテュスの中で、嫌な予感が反復横跳びのように往復して過っていくが、せっかくの新人のやる気を削ぐ訳にはいかないので、まずは話を聞こうと思った。
「まず! ターゲットは子供にしますが、大人も楽しめる感じにします!! 薬剤の本には正しい知識を広める前に、手にとってもらうのが第一です!!」
「ほう」
「どんな人にも理解できるように、難しい文字はほとんど無くし、簡単かつ優しい言葉で語りかけるようにします!! ついでに色味も可愛くしていきます!!」
「ほうほう」
当たり前だが、まずまず良い意見だ。
思わぬ好感触にふんふんと聞いていくアテュス。さらにアスターのプレゼンが続く。
「挿し絵は実物の物の他にも、可愛いイラストやキャラクターなどを取り入れて解説させます!」
「うんうん」
「そして、これが私の考えた事典の『イメージキャラクター』です!! ハイ、ドーンっ!!」
「うん?」
目の前に厚紙に描かれた、ポップな色味のイラストが置かれる。
そのキャラクターはまるで、ほうれん草を束ねたような草に手足が付き、何故か煙草をふかしていた。よく見ると、少々目付きがキツくてあちこち傷跡があり、ポップというよりシュールな見た目である。
え…………なんか怖…………
「キャラクターの“ヤクーザくん”です! モチーフは『薬剤事典』の薬草で…………」
「――――――ハイ、危険っ!!」
思わず叫ぶアテュス。
「えっ!? 何でですか、こんなに可愛いのに!?」
「バカ言うなやっ!! 全然可愛くなかっ!! 何でこげんと傷だらけっちゃね!? 何故に煙草ばふかしちょると!?」
微妙な反社会的キャラクターに、アテュスの我慢の限界は秒で突破され、癖である『お郷言葉』が出てしまう。
「それは、大人にも対応しているからです! やっぱり修羅場をくぐったような、人生経験豊富そうな渋みのある人の方が、説明にも深みが増して説得力が出てくるじゃないですか♪」
「ツー危険じゃ!! 深みが深すぎて“底なし沼”やろがっ!! 万人受けに易しく改定するのに、何でそこだけ厳しか人選するとねぇぇぇっ!? ぐっ!! ゴホッゴホッ……!!」
噎せるとすぐに水の入ったコップが差し出された。
まるで、この事態を予想していたように。
「ハイ、館長お水ですよ~。もう~郷言葉がふんだんに出てますぅ……良いと思うんですけど…………あ、そうだ! ヤクーザくんのキャッチコピーも考えてあるんです!」
「ゴホ……ハァ……うぅ、嫌な予感が…………」
呼吸を整えているアテュスの前に、さらに厚紙で吹き出しのようなものが登場する。
アスターがサムズアップをしながら満面の笑みを浮かべた。
「“薬、大好きー!!”…………です!」
「スリー危険ぉぉぉぉぉっ!!」
スパァアアアアアン!!!!
チェンジの宣言と共に厚紙を床に叩き付けた。
「あ!! 館長、これはパワハラですよ!!」
「違うわっ!! それに何だ、こんの誤解しか招かんキャラクターと文言は!? こんなん表に出したら、私が関係者各所に謝罪に行かなきゃいけなくなるっちゃろぉぉぉっ!! げほっ! ハァハァ……」
さすがに郷言葉は先ほどから全力で叫んでいたので気力と喉の限界である。
「ハァ…………アスターくん、君のやる気と方向性は認めよう。だが、ここは『国立図書館』だ。少しでも公でふざけていると思われれば、それは世間では“悪行”だ」
「私、ふざけてませんし……別に悪気があったわけでは……」
まだ成人になったばかりの新人は至って真面目だ。
「悪意が無くても……だ。公で働く者が“悪行”に対して無知ではいけない。悪気が無かったというのは、公では許されないのだから」
“悪気が無かった”という言葉は、相手の立場で考え“何が不愉快になるか想像する”ということを怠ったと公言したと同じ。
これが許されるのは若い時だけであり、歳と経験を重ねた者がこれを言ってしまうのは、自分の無知と浅はかさを露呈させるようなものなのだ。
「君も今のうちに色々覚えておいてほしい。ここで働くのは、他で働くよりも気を遣うことが多いのだから」
「……………………はい……」
判りやすく耳としっぽがシュンと下へ垂れ下がる。そして、アスターは持ってきたイラスト入りの厚紙を持ち帰ろうとしたが……
「これは預かる」
「え?」
「改善の余地はあるから……」
ため息混じりに苦笑する。
「かんちょぉぉぉ~~!! ありがとうございます! ぜひ、ヤクーザくんを生かしてください!」
「いや……名前は変える。絶対に変える!」
「えー? ひねりにひねった愛称なのに~!」
「どこがだ!」
文句を言いながらも、アスターはアテュスが厚紙を揃えて机に仕舞っているのを見て、判りやすく耳としっぽをピンッと上へ持ち上げた。
・~・~・~・~・~・~・~・~
いつものようにアテュスは館長室ではなく、書庫にある小部屋で本の修繕をしながら館長の実務を行っている。この部屋で溢さないようにお茶を飲みながら作業するのが、仕事中での唯一の楽しみであると言っていい。
しかし、先ほどからあまり仕事に集中できないでいる。
「預かる……とは言ったものの、どうしたものかな……」
厚紙に描かれたシュールレアリズムの塊のようなキャラクターに目をやるが、見ているうちに段々と気が滅入っていく気がした。
改善、改善…………どこを?
秘かに苦悩しているその時、
コンコンコン。
小さな扉に入室の許可を求めるノックが響く。
「どうぞ」
「失礼します。館長、今お時間よろしいですか?」
「よー! 相変わらず引き込もってんなー!!」
大人しい落ち着いた声と、遠慮のない騒がしい声が同時に入ってきた。
やって来たのは男女二人。
男性の方は長めの茶髪があちこちオシャレに跳ねて、ニカッと人懐っこそうな笑顔に目が留まる。
女性の方は肩くらいまでの淡い金髪、誰が見ても“おっとり美人”と思うような優しそうな雰囲気だった。
「……二人そろって、何かあったか?」
「そうそう! アテュス、お前の私服がヤヴァイって皆言って―――」
スパァアアアアンッ!!!!
「うぼぉうわっ!!」
小気味良い音と共に男性が床に転ぶ。
男性が勢いよく話したその時、隣にいた女性が何処から出したのか手に持った巨大なハリセンで男性を黙らせた。
「ストーン? ここではアテュスのことは『館長』と呼びなさいと教えたでしょう? ちゃんと覚えているのかしら?」
「い……イエス、マム!」
パチンパチンと手のひらでハリセンを打ち鳴らしながら、女性は男性に向かってにこやかな表情で言う。男性の方は半泣きでプルプルと震えていた。
「あと、館長の私服については口を慎め……と言っておいた筈よね? アスターちゃんにも余計な話をしているのを聞いていたわよ?」
「申し訳ありません……!」
「フローラ…………ここは、館長室じゃないから、少しくらいは大目に……あと、私服のことは勘弁で…………」
女性の容赦ないツッコミに内心疲弊しながらも、アテュスは館長としての冷静さを保つ。
男性は『ストーン』、女性は『フローラ』という名で、二人ともアテュスとは同い年で幼馴染み。フローラの方はアテュスと同期で図書館に勤務したが、ストーンの方は少し遅れて勤めだした。よって、フローラは後輩のストーンをその時から現在も教育中である。
二人はどちらも【精霊族】の『エルフ』だ。
ストーンはアテュスと同じ『風のエルフ』だが性格は真逆であり、俗に言われる“不真面目な方”。
フローラは『エルフ』の中でも“容姿端麗で嫋やかに見えるが、内の性格は意外にキツイ”と言われている『水のエルフ』である。
「……で、二人とも私に用件があるのではないか?」
「うん、フローラが。オレは特にないけど」
「じゃあ、何で来た?」
呑気な友人を睨むと、もう一方の友人が咳払いをする。
「館長、今日“記憶喪失を治す薬”の製造法が書かれている書物を持ってきてほしい……と問い合わせがありましたが…………」
「まさか…………宮廷魔術師から?」
「はい」
フローラの言葉にアテュスは顔をしかめた。
「少し前に私に直接問い合わせしてきた……『禁書保管室』の書物だから宮廷魔術師といえど貸し出しは禁止だと、そう言ってやったはずなのだがな」
「えぇ、わたしからもそう申しましたら、不機嫌に『わかっている』とおっしゃられていました。ついでに『早く使う。館長には後でこちらから言うから、すぐに持ってきてくれ』……と」
どうやら、別の人間に同じことを申し出たようだ。館長のアテュスがダメなら、他の職員に持ってこさせようという考えだったようだが、この図書館では館長に断りなく『禁書保管室』を開けるのは不可能だ。
「押しきれるとでも思ったのかねー。悪びれもせずに、よく偉そうに言えるもんだよ」
「たぶん……正式な問い合わせじゃないな。しつこいようなら、もっと上に抗議も言えるが……」
アテュスが言う場合の『上』とは、この国では最高位である『女王陛下』のこと。
「いや……それって、女王陛下に言うのは大げさじゃ……」
「当たり前だ。さすがにお忙しい陛下に、そんな些細なことを報告するのは気が引ける。だが、脅しには十分だろう?」
「宮廷魔術師なんかより、うちの館長の方が陛下からの信頼は厚いですものね……うふふ」
「………………」
眉間にシワを寄せるアテュスと、どこか愉しげなフローラを交互に見ながら、ストーンは少しだけ顔色を悪くして黙り込む。
「もちろん、陛下の御名を出す前に、わたしの方から“貸し出しは不可能”だと丁寧に説明させていただきました。そうしたら今度は『薬を図書館側で作製できるか?』……と、質問されまして…………返答はいかがいたしましょうか?」
「薬作りは管轄外…………こちらができるのは、魔術師が直接こちらに来て薬品製造法の本を閲覧してもらうか、記憶喪失だという患者本人を連れてきてもらって魔法書での対処をするか。それくらいだと伝えてくれ」
「わかりました。さっそく、あちらに連絡いたします」
基本的に、図書館で魔法を扱うには“本に関わる業務”でしかできないことになっている。アテュスも魔術師並に魔法が使えるのだが、『統治領域』である図書館以外では使うのが躊躇われた。
「ああ、そういえば……」
話が終わり、持ち場に戻ろうとしたフローラは、何かを思い出してアテュスの方を振り返る。
「アスターちゃんが休憩時間の度に、何か本のコーナーに置くものを作製していたのを見たのですが……館長は御存じでしたか?」
「ん? あぁ、まぁ……」
おそらく『事典』のことだろうと考える。ふと、手元に置いてある厚紙に目がいった。
…………休み時間に作っていたのか。
「もし採用に難があるのでしたら、デザインはストーンが得意ですよ。ね?」
「え……うん、少しは」
「あと、そうそう。ストーンはファッションにも詳しかったものね?」
「うん…………まぁ…………ごめん……」
「何で、私に謝る……?」
気まずそうに顔を向けるストーンを、アテュスは思わず睨み付けてしまう。その様子をフローラはクスクスと笑って見ている。
「どんなものにも、流行りや常識はちゃんと盛り込んでくださいね。ストーンはこのまま帰りまで、館長のお仕事を手伝ってください」
「わ、わかった……」
「では、館長。わたしは戻りますので……」
「あぁ……」
スタスタと部屋を去るフローラを二人は黙って見送った。
ここで、ストーンは彼女が自分を連れてアテュスの元へ来た理由がこれであると確信する。彼女は最初からストーンを手伝いに残そうとして連れてきたのだ。
「あれを“確信犯”っていうのか? 解っててやるところが相変わらずだなぁ」
何もかも解っている上での彼女の言動にストーンは身震いする。部屋を出る前の彼女の美しい笑顔が恐ろしい。
「犯って……彼女、何も悪いことをしてないだろ。ついでに“確信犯”というのは、悪いことを悪いと解っててやることじゃない。自分のやることが絶対に正しいと信じてやることだ」
「最後にお前の私服をいじっていったぞ?」
「私服のこととは一言も言ってないが?」
「……………………」
「……………………」
しばらく静寂が部屋を包んだが、ほどなくして、アテュスはアスターが作った厚紙をストーンの前に出す。
「…………改善、できるか?」
「できるよ。伸び代があるじゃないか。お前の私服よりも」
「それ以上言うなら、悪気が無くてもシメるぞ?」
悪気が有るのはもっと悪いが。
…………今度の休みにクローゼットの片付けをしよう。
色々と思うことはあるが、アテュスはアスターが提案した事典コーナーの改善を優先することにした。
作者の覚え書きの短編です。
訛りは創造のもの。似たような方言はある。
今回は『エルフ』多め。
アスターは猫の『獣人』です。
お読みいただき、ありがとうございました!