暇を持て余す魔王様は人間と仲良くしたい
「あ~暇! 勇者でも来んかな~」
バルムンド城――通称、魔王城。
この世界を破滅へと導く存在、魔王の居城。
だが、この世界を破滅云々などとは人間族が勝手に言っているだけだ。
現魔王であるパリスは争いを好まない。
魔族と人間族が何千年も前から戦争し合っているのを知っているが、パリスが生きている時代でも戦争しようとは思わないのだ。
『我々、魔族と人間族はお互いの事を知らずに昔からいがみ合っている。その末に悲しき思いをしたものがいるだろう。親を亡くしたもの、想い人を亡くしたもの。親しき友人を亡くしものがいるだろう。なればこそ憎しみ戦い合うのではなく、お互いを知るために手を取り合うべきだ』
あまりにも魔王の言葉とは思えないが、パリスは平然と自分の民へと投げかける。
中には軟弱者の考えとしてパリスに歯向かう輩もいたが、それら全てをねじ伏せ、以下に今までの魔族と人間族が悲しく哀れで愚かなことか説明した。
調教の甲斐あって、魔族領にいるすべての魔族とパリスが目指す未来は一致した。
そのような経緯があり、現在魔王軍は人間族に対する攻撃を一切行っていない。
故にパリスは今――暇なのである。
「魔王様、そんなこと言って本当に勇者が来たらどうするのですか?」
魔王側近であるニーズが眼鏡を中指で上げてパリスの呟きに答える。
「なぁに! 勇者が来たらけちょんけちょんにした後、和睦を申し込めばいいのだ!」
シュッシュッとパリスはシャドーボクシングをする。
「平和を望む魔王様が暴力で勇者を下し、和睦を申し込んだとして勇者がそれを受け入れると思いですか?」
「むっ! それはそうだな!」
パリスは先に体が動いて後から頭が動くタイプだ。
そんなパリスをいつもニーズが助けている。
「しかし、暇なものは暇なのだ!」
駄々をこねる子供のように手足をバタバタする。
「はぁ、魔王様。あなたももう十五歳になられたのですから、もう少し落ち着いたらどうですか?」
「ひ! ま! だー!」
パリスが思いっきり叫ぶと、パリスたちがいる魔王の間のドアが開かれた。
「ま、魔王様! ご報告いたします! 勇者が、勇者が攻めてきました!」
「……え、まじ?」
「まじです!」
「えー、聞いてないんですけど! 来るならくるって連絡してよー! そしたら歓迎の準備とかするのに!」
「魔王様、勇者は我々の話も聞かずにぐんぐん進軍しています! ここにたどり着くのも時間の問題かと!」
「どうしよう!? どうしよう!? まさか今日来るなんて思わないじゃん!」
「魔王様、先ほどから口調が崩れていますよ」
ニーズが眼鏡を掛け直しながら言う。
パリスはこいついつも眼鏡触ってるなぁと思いつつも返事をする。
「仕方ないじゃん!」
パリスはまだ十五歳。精神も肉体も出来上がっていない少女なのだ。
もちろん、いつもは魔王らしく話すのだがパニックになってしまうと元の口調に戻ってしまう。
「ま、まずは挨拶からよね!」
勇者がこの部屋に来たらどうしようか迷っているとドアが破壊された。
「諸悪の根源、魔王! あなたの野望は勇者である私が止める!」
赤髪を一つ結びにして、顔には切り傷がある女性が入ってきた。
そして右手には勇者のみが扱える聖剣が握られていた。
「あ、あの! 初めまして! 魔王のパリスですっ! よろしくお願いします!」
何をよろしくお願いするのかは分からないが、挨拶は大事と教わっていたので挨拶をする。
「あなたが魔王? そんな可愛い顔をして油断を誘っているのかしら!」
「えっ? えっと……私が正真正銘の魔王です」
「あなたみたいなかわいい子が魔王なわけないでしょ! あなたの横にいる眼鏡かけた奴が魔王ね。そして魔王の力であなたを操っているんだわ。ああ、可哀想に。私が助けてあげる!」
パリスのことを頑なに魔王として認めようとしない。
それどころか、操られていると言い出した。
「だーかーらー! 私が魔王なんだってば!」
たまらず大声を出し、再度自分が魔王であることを告白する。
「えっ!? ……本当に?」
「本当!」
パリスは頬を膨らませる。
瞬間、女勇者は消えパリスの眼前に移動した。
「っひ!?」
パリスは攻撃されると思い防御結界を展開したが、パリンっと結界が壊れる音を聞き思わず目を伏せる。
そして。
「ああっ! もう可愛すぎ! 魔王なんてやめて私と一緒に暮らさない!?」
抱きつかれ頬ずりされた。
「……はい?」
「本当!? じゃぁ、早速私の家に行きましょう! 今日はご馳走よ!」
パリスは女勇者が言っていることの意味が分からなかったのでもう一度聞きなおそうとして返事をしたつもりだったが、女勇者はその返事を承諾の意味として受け取ってしまった。
ニーズと部下に視線で助けを求めたが、助けてくれなかった。
そして魔王が勇者に誘拐された。
勇者に誘拐された魔王、パリスは今女勇者――ローズリーの抱き枕となっている。
なぜ、こうなったのかというと。
ローズリーの好みがパリスのように幼い子供だった。
パリスは十五歳と言っても身長は九歳から伸びることなく止まってしまったのだ。
そんなパリスにローズリーは一目惚れしたのだ。
魔王城から連れ去られたパリスはローズリーの案内の元王宮に行き、ローズリーは勇者を辞めるのと魔王と同棲することを王に報告した。
王はいきなり魔王が現れることを想像していなかったので、魔王という単語が聞こえた後気絶してしまった。
気絶から復活した王は、魔族は滅ぼすべきだと主張した。
パリスは人間たちと平和に暮らしたいと主張した。
ありがたいことにローズリーの援護があった。
援護と言えば聞こえはいいが、実際は。
『こんなに可愛いパリスちゃんを滅ぼせっていうの? なら、私も魔族に回るわ』
そういい、王の首元に聖剣を添えた瞬間、王はパリスの話をよく聞くことにした。
勇者の寝返り宣言が王を説得したのだった。
その後、ローズリーの自宅へ連れられ現在に至る。
「さぁパリスちゃん、寝ましょうねー」
「はーい!」
王宮を後にしたパリスはローズリーに人間の国を色々と案内されたのと、王を説得してくれたのもありすっかり懐いてしまった。
しかし、パリスは本当にこれでいいのだろうかという思いが少なからずある。
「パリスちゃん。あなたは優しい子よ。勇者の私と魔王であるパリスちゃんが仲良く暮らしていれば他の人達も魔族のことについて考えを改めるかもしれない」
パリスの思いを知ったかのように、ローズリーは言う。
「でも、お城に残したみんなが心配……」
「大丈夫よ! ニーズさんとは連絡先を交換したし、何かあればすぐに呼び出せる召喚魔法陣も渡しておいたわ!」
いつのまにそんなことをしたのだろうとパリスは思ったが、何かあればすぐに駆け付けることができることを知り、心配事も少なくなった。
「でも……私たちがいなくなって、勇者と魔王を名乗る人が出て悪さしちゃったら……」
「大丈夫よ。私とパリスちゃんがいるもの!」
ローズリーはパリスの体を抱きしめ、頭を撫でる。
パリスは気持ちよさそうに目を細める。
「私とパリスちゃんがいれば、いつだってこの世界は平和よ」
「……うん」
「明日は美味しいものでも食べに行きましょうか」
「うんっ!」
こうして何千年前から続く魔族と人間族の戦争は女勇者であるローズリーの少女愛により幕を閉じたのであった。
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