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異世界の魔法がド真面目過ぎる  作者: 桜ヶ
プロローグ
1/5

プロローグ.A

 鈍く黒光りする刃が、吸い込まれるように父の左腕を深々と切り裂く。しかし刃の勢いはそれだけに留まらない。

 次の瞬間、父の左肩から先は宙を舞っていた。


「くっ…」


 何度も攻撃を受け、今ではボロボロになってしまった父の自慢のローブが、見る見る赤く染っていく。


「お父さん…!」


 顔を歪め、その場に膝をつく父。それを見て、刃を振るい父の左腕を切り落としたその男は、高らかに笑う。その声はもはや笑い声と言うよりは、甲高い金属音を思わせるものだった。狂っていると言うより他ない。

 私は堪えきれず父の元へと走り出そうとするが、それを母が押さえつけた。


「だめ…!」


 私を押さえつける母を睨む。止めるな、と言うつもりだったが、私の口からその言葉が出ることは無かった。唇を噛み締める母の口からは血が数滴流れ、目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。

 何も口にすることが出来ない私と母の間に、延々と男の笑い声がこだまする。


「これが魔族の王か…笑わせてくれる。所詮は平和呆けした老害か…!」


 一頻り笑った後、そう罵りながら男は父を見下ろす。

 全身に傷を受け、数多の戦いを共にしてきた愛刀を折られ、あまつさえ替えのきかない左腕を切り落とされて尚、父の顔からは闘志が失われていない。変わらず目の前の男を睨みつけている。

 しかし体が言うことを聞かないのだろう。地面に着いた手と膝を、持ち上げることが出来ずにいた。


 不気味に口角を上げる男。


「悔しいか? だがお前に反撃をする力は残っていないだろう! 惨めだなぁ、魔族と人族の平和を守り続けてきたお前が、たった一人俺という男に破れ、家族のひとりや二人すら守れないのだからなぁ!!」


 そう叫び散らしながら、男はあろうことか地面につかれた父の手に、黒い刀身を思いっきり突き刺した。声にならない父の叫び声が漏れる。それを見て男はさらに嬉しそうな表情を浮かべた。悦にひたっているのだ。


「俺は忠告したよなあ? 俺に協力しろと、人族を滅ぼすのを手伝えと。断ったらどうなるかも伝えたよなぁ? 当然の結果だよなぁ!」


 今度は私達の方を一瞥し、こう口にした。


「だがまあ、安心しろ。お前を葬った後、後ろの二人も同じ場所へと送ってやる。お前一人だけというのも寂しいだろうからなぁ。200年もの間、異種族間の平和を保ち続けてきたことに対する、ささやかな褒美だとでも思えぇ。」


 その言葉が、消えかかっていた父の魂の焔を、静かに、されど力強く燃え上がらせた。ガックリと首を垂らし、地面を見つめる父。しかしその両肩は、怒りに震えている。


「少しは嬉しそうな顔をしたらどうだぁ。なんたって一緒に逝けるんだぞ? 知らぬ間に妻と子を殺されていた俺より、遥かに幸せというもの――――」


「だまれ…!」


 立ち上がることの出来ない父から、見た目に反して途轍もない量の魔力の波が放たれる。

 言葉を遮られた男は驚き、父の手から剣を引き抜いて構えるが、同時に今まで狂喜に満ちていた表情は、完全に焦りに支配されている。

 目の前で起ころうとしている現象を察したのだ。


「お前何を…! まさか、魔力暴走!?」


「そうだ。具体的には、我の全細胞一つ一つの魔力を一度に暴走させている。十数秒後には、我が肉体は暴れ回る魔力を抑えられなくなり――――」


 淡々と自分に起こっている事を説明する。


「多大な衝撃を伴った爆発を起こす。つまり、自爆だ。」


 父が昔話してくれたことがある。

 父の体は通常の魔族と違って、肉体を更生している各細胞が魔力の貯蔵を可能としている、つまり全身が莫大な魔力タンクなのだそうだ。父が魔王へと君臨するに至った強さの秘密は、常日頃作り出されている魔力を無駄にすることなく、肉体に貯めておけるからなのだと。


 そして父は、ここ数十年間戦いらしい戦いをしてこなかった。つまり、今父の体には一般魔族が十数年かけて作り出す魔力がほぼそのままの状態で貯蓄されている。


 父はそれを、一度に全て暴走させたのだ。


「ちっ、めんどくさいことをしやがってぇ…! だが、その前に力の源であるお前の命を絶ってしまえば問題のない事だぁ!」


 しかし流石に父をここまで追い詰めただけの実力がある男は、この魔力暴走を止める術を瞬時に考え出し、そして実行に移した。

 刃が父の首を目掛けて振り下ろされる…が、数秒たっても、その刃が父に届くことは無い。


「なん…だこれは…!?」


 男の全身を青白いオーラが覆っている。見ると、今まで戦いの衝撃から守るために私を押さえていた母が、同様の青白いオーラに包まれた左手を男に向けて突き出している。


「させないわ…!」


「くそ…ふざけr――――」


 男は悪態をつこうとするが、その言葉は次の瞬間、全身の完全なる硬直とともに遮られた。


 騒がしかった男は完全に沈黙し、憎しみに満ちた表情でその場に静止することとなった。


 軈て、場には沈黙が訪れた。


「…貴方、この子だけは、逃がしましょう。」


 動けずにいる私の髪を撫で、全身から魔力を放ち続ける父の背中を見つめた。


「あぁ、我も、これを止める術はない。もう私には、お前達を助けられない。」


 父はそう答えた。


 背中しか見えなくともわかる。父は、泣いていた。母はそんな父を見、無言で頷き、今度は私を見た。


「よく聞きなさい。ここに居たら衝撃に巻き込まれてまず助からない、だから、今から貴方を――――に送るわ。」


 私は最初、母の言っている事の意味が理解できなかった。しかし数秒と経たず、それが母が持つこの世で唯一無二の力、命と引き換えに――――を超えて対象を転移させる事が出来る――――魔法の事を言っているのだと理解した。


「そんな…でもそれを使ったらお母さんが」


「今はそんな事を言っている場合じゃないの!」


 私の抵抗は、母の力強い言葉にかき消された。そして私が新たな抵抗を始める前に、母の魔法は発動された。


「もう時間が無い、よく聞いて。」


 母は両手で私の頬を挟むと、グッと顔を覗き込んだ。


「貴方は転移の影響で、記憶を失うわ。今何かを説明してもそれは意味を成さない。だから、私が今、この最後の瞬間に言うべきことを言うわ。」


 そう言うと、母は自分の首飾りを外し私の首に付け直した。そして、私のことを力強く抱きしめた。


「大好きよ…初めてあなたに合った、あの瞬間から、お父さんとお母さんは貴方の事が大好き。例えここで離れ離れになっても、私達が貴方の事を愛していたという事実は変わらない。この先貴方と一緒に行くことは出来ないけれど、私達は貴方を見守り続ける。」


 私は、言葉を発することが出来無かった。ただ只管に、私の目からは涙が零れた。


「だから貴方もいつか、私達のことを思い出して。」


 それだけ言うと、母は一層私を抱きしめる力を強くした。

 すると、新たに暖かな手が、私の頭に触れた。


 あぁ、なんて暖かい手なんだろう。


 その暖かさが、果たして錯覚なのか、それとも魔力の暴走で生じた熱なのかは分からない。

 だけど、巨大な魔力の波の中から伸びてきた父の…お父さんの手は、言葉にできない暖かさを持っていた。

 お父さんの手は二、三度私の頭を撫でた後、そっと私の頬に触れた。


「…大きくなったな、アリシア。」


 父の声は震えていた。

 それと同時に、私は私の体の質量が急速に減少していくのを感じ、次の瞬間にはこの場から消えてしまうだろうと言うことを察した。


 最後に、今まで私を育ててくれた最愛の両親に、精一杯の返事をしようとしたが、それは嗚咽で言葉にならなかった。頬にある父の手を強く握りしめる。


「お、どうざん、おがあざん、だいずぎ――――!」


 それでも、意味は伝わったのだろう。お父さんは今まで見たことも無いような屈託のない笑顔を私に向け、お母さんは私の耳元で『お母さんもよ』と返した。


 そして次の瞬間、私はこの世界から姿を消すと同時に意識を失い、体感で数秒後――――一人森の真っ只中で目覚めた。

 暫くの間状況を理解するのに時間を有したが、直ぐに今起こったことを思い出した。


 首にかけられた首飾りを握りしめる。装飾が手にくい込み、血が流れるが、そんなことは私の入り込まなかった。


 私は、ただ只管に叫んだ。


「あ…あぁ…、あ…ぁぁあああ――――!!」


 悲しみ、絶望、孤独、寂しさ、全ての感情が渦となって私の心に押寄せる。言い表せない感情が全身を貫き、まるで私の体が捻じ切られるかのような錯覚に陥る。

 息の続く限り叫び、力の限りのたうち回った。

 私の心には、父の左手を切り落とし、さらに二人を死へと追い込んだ男を恨む余裕もなかった。ただ、これまでの両親との記憶が全て、走馬灯のように頭の中を流れて行った。


『転移の影響で、記憶を失うわ』


 私の記憶は、ついさっき母が発したその言葉に至った。

 忘れてなるものか、私のお父さんとお母さんの事を、忘れてなるものか。


 近くに落ちていた枝を拾い、手の甲の真上に振り上げる。

 絶対に忘れない。どんな痛みを持ってしてでも、記憶を脳にやきつけてやる。たとえ一度忘れても、きっと私なら、痛みで思い出せる。

 そう願いを込めて、思いっきり枝を振り下ろす。



 しかし、私の叫び声が私の肺から全ての空気を消費し、枝が手の甲へと届く前に。


 私の記憶は全て消えた。



 

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