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未来への叙事詩  作者: 妖叙 九十
第二章 中学生の叙事詩
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第五話 胸高鳴る日

 ジッとして! ジト目のジトたんというラノベがある。僕はこれが好きだ。

 料理で言えば、オムライスが好きだ。後はゲームや、涼しい部屋が好きだ。


 じゃあ、菫さんは?


 好きだ。でもそれは、ラノベやオムライスと一緒なのだろうか。そんな事はわかっていた、違うのだ、と。人と本や料理は違う。それでも、彼女はどこか特別に感じる。お父さんへの好き、七愛への好き、友達への好き。それらとは、何がが違う気がする。

 じゃあ、恋ってものか? それも違うと結論が出た。何となく、思い描いていたような恋心とこれは別物に感じる。

 それでも、凄く似ているように感じた。恋と呼ぶには、何かが足りていないように感じるのだ。


 菫さんと出会って、数ヶ月が経った。空は白い雪をこぼして、何もかもを覆い隠してゆく中。

 ストーブをガンガンに焚いて、僕たちは鍋を食べていた。ありきたりな昼だ。


「すっかり料理上手になったのぅ」

「そうですか?」

「うむ。この胡麻の風味が何とも言えぬ」


 脂身が多い豚のバラ肉を使っているから、つけだれは胡麻とポン酢と合わせたものにしている。そこに僕直伝の隠し味を加えているのだ。

 そんなに手間ではなかったが、一応工夫した所だ。そこを褒めてくれるとは、嬉しい。というか、褒めてもらえるだけで嬉しい。


「妾も、料理を勉強してみたいのじゃが」

「危ないですよ、小さいんですから」

「また言ったな!? ふんっ!」

「あぁ! そんないっぱい肉取っちゃだめですよ!」


 酷い。酷いのに、何でだか笑ってしまう。面白いわけではない、ただ漠然と楽しくなったのだ。


「何を笑っておるのじゃ」


 そう言いながら、彼女も笑っていた。


 少なめにした具を全て食べ終わり、雑炊も食べ終わって。菫さんは自分でお茶を入れて、僕の分も置いといてくれた。


「あぁ、暇ですね」

「食後はこれくらいで良いのじゃ」


 僕としては、やりたい事がある。というか、聞きたい事があるんだ。菫さんに世話係を頼んだ人物、菫さんの契約者は誰なのか、だ。

 ここ最近、そればっかり考えている。


 契約者さんは、一体どんな人物なのか。自称相当強い菫さんに勝てる人物。きっと、かっこいい崩術師に違いない。イケメンなのかな、菫さんとはどんな会話をするのだろう。

 夜になると菫さんは帰るけど、帰った後はどうしているのか。その人とお話したりしているのだろうか。風呂上りの菫さんを見た事はあるのだろうか、寝巻き姿の菫さんを、眠る菫さんの顔を。


 そう考えると、胸がモヤモヤした。まるで錆付いたように、鼓動がぎこちなくなる。こんな気分にならない為に、さっさと聞けばいいものを、僕は菫さんの契約者の事を聞けなかった。

 理由はある、本人が菫さんに口止めしている事。菫さんはそいつに使役されている妖怪だ、命令に背く事は無いだろう。

 それに何より、聞きたくないんだ。聞きたいのに、聞きたくない。怖い、もし、菫さんが、そいつの事を好きだなんて、言ったら。言われてしまったら。


 僕は全てを失うような気がする。


「……王雅は、将来はどうしたいんじゃ?」

「え?」


 僕の悩みとはまったくかけ離れた事を聞かれた。将来、ね。とくに考えていない。もちろん、このままでいいとは思っていない。でも、今更僕に何が出来るというのだろうか。学校に行っていない所か、自主学習すらしていない。間違いなく、高校には行けないだろう。だから仕事にも就けないだろう。崩術も扱えない。

 お父さんが残してくれたお金が無くなったら、飢え死にでもするんだろうか。


「お金が無くなって、死ぬんですかね……」

「……」


 菫さんは、複雑な表情を浮かべながら僕の前まで来て、座った。


「妾は死んだ妖怪を知らぬ。妾たちは老いもせぬし、人の世に来てからも日が浅い。はっきりと言おう。死というのがどういうものかわからんのじゃよ。こんなものなのじゃろうか、と想像する事は出来るが、はっきりとはわからん」


 んー、言いたい事はわかるけど、だからどうしたと言うのだろう。


「王雅は知っておるのじゃろう、死とはどんなものか。じゃから、王雅から見れば戯言に聞こえるかもしれぬ……それでも、妾はの」


 僕は無言をもってして、待つ。


「王雅に死んでほしくないのじゃ」

「……はい」

「死とは即ち、消滅じゃろう? 王雅が居なくなるのじゃろう? それは嫌じゃよ。妾はこれでも、王雅と共に居る事を好んでおるのじゃ」


 自然と死にたくないなとは思えた。でも、どうすれば生きていけるのか、それはわからない。


「ま、中学生というのは、目標がなくとも成り立つものじゃと聞く。今はそれで良いのかもしれぬな」

「そうなん、ですかね」


 それもそうか、と甘えたくなる気持ちもある。そこで考えを止めてしまうのが一番楽だ。

 と言っても、結論なんて出ない。何か一発逆転的なものは無いだろうか、ワンチャンほしい。僕は猫派だから、ネコチャンのほうがほしい。

 一発逆転……ギャンブル?

 世の中には、パチンコで儲けて生きていっている人が居ると聞く。僕はギャンブルをやった事はないけど、ネトゲとかで、攻略サイトにもろくに情報が無い、レア武器を出した事だってある。くじだって一等賞を何度も引いた。


 僕は運がいいに違いない、よし、僕は今日からギャンブラーだ。


「急に、自信の満ちた顔じゃの」

「博打で生きていこうと思い立ったので」


 菫色の瞳が曇る。それから瞼を落として、ため息をこぼした。


「時々すんごいバカじゃよな」

「えぇ? いい案だと思うんですけどね」


 何ヶ月も一緒に居ると、話題が尽きるのは早い。無言だなんて、他の人となら息苦しい空気になるだろう。しかし、僕は居心地が良い。菫さんはわからないが、この、何もない瞬間が心地良いんだ。


 時が止まったように、何も変化しない。


 菫さんと居ると、安心できる。安心できるまま変化がなく、時が止まる。安心したままに。


「はい、また明日」

「うむ、また明日のぅ」


 だけど実際は時間が流れて、菫さんは帰る。


 誰も居ない、僕しか居ない部屋はとても静かで、それは寒さに似ている。

 菫さんが居る時は、静かなのにとても、暖かい。


 僕はいつも通り、パソコンを起動する。菫さんが帰ってからはいつもこうだ、そうやって寂しさを埋めている。色んなオンラインゲームを転々として。


 MGOと書かれたアイコンをクリックし、ゲームランチャーが起動する。慣れない手つきでログインを済ませた。このネトゲを最近始めたばっかりだ、とはいえ、さっさと勝手を覚えなきゃいけないな。


 このゲームにおいて、僕はフレンドの一人も居ない。寂しさを埋めていると言ったが、これもこれで孤独感がある。それでも、一応生きている人間と繋がれる唯一の方法だ。それが血で血を洗う、戦争であっても。


「ふふっ」


 血で血を洗う、戦争であっても、だって。アホか。

 これはただのゲームだ。ロボット対戦ゲームだぞ。人対人(PvP)人対CPU(PvE)でやるオンラインゲームだ。しかも設定的にも戦争じゃない。

 ま、僕は初心者だ。実は戦争設定もあるかもしれない。僕は間違ってない、僕は間違ってないんだ……。


 COOPモードのマッチングが整った。始まる。

 えーと、確かこのマップだと……プレイヤー側は四人チーム、ボス撃破でクリア、だったか。


 僕の修理特化機体、ディアが戦場へ舞い降りる。僕の嫁、愛機。

 丸いフォルムにキュートなボディ。他プレイヤーのロボットに比べても、一段と小さい僕の愛娘。


 っと、いけない。見惚れている場合ではなかった。僕は味方が一人も欠けないようにみんなを修理しなければいけない。僕自身も死なないように、気を使って。


 マップを見る。一人逸れてる人が居るな……修理しながら誘導しよう。

 廃都の中をディアちゃんが高速で移動する。レッグパーツを強化しておいて良かった、逃げ足も強化できるし、仲間の所にも駆けつけられる。


「あ」


 やべぇ、終わった。仕方ない、見捨てるしかないな。

 まさか、孤立した奴の所にボスが沸くなんて。


 COOPモードもこれで十回目だ。

 プレイヤーの一機でボスの相手は不可能だと僕でもわかる。

 相当初心者なんだろうな……すまん、残り二人に合流してクリアするから。クリアさえすれば、君の機体が大破しても報酬は得られるから。


 マップを見ながら踵を返す。残り二人はどこに……っ!?


 マップ、孤立した初心者のほう、凄まじい速さで雑魚敵が消えていってる?


 僕は、いや、ディアは振り返る。


 黒い機体。

 真っ黒な人型機が、ミサイルと銃弾の雨を掻い潜りながら。

 敵を、焼き払っている。ビーム兵器か?


 そして黒い機体はボスへ突っ込んでいった。あの数の雑魚敵を裁けるなら、ボスの攻撃も避けられるだろう。幸い、味方二機もこっちに向かってきている。


 って、黒い機体の人、動いてない? 攻撃普通に食らってんぞ。親フラか何かか!? AFKか?


 やるだけ、やってみるか。頼むから、さっさと帰ってきてくれよ。


 使いきりのバリア装置を黒い機体の周辺に展開、出来る限りの修理を施す。

 ……修理は完了。バリアは限界だ、どうする?


 ま、ここまでくれば修理はいらんだろう。僕が身を挺して守るしかない。


 ディアが高速でボスに接近する。間近で見ると、結構でかい。幸い、黒い機体はボスに一切攻撃をしていない。ディアの貧弱な攻撃でも、ヘイトはあっさりと僕へ向くだろう。


「後は、とりあえず逃げまわる!」


 イメージしろ。黒い機体の人がやっていたように、避けるんだ。


「あ」


 指が攣りそうだ。


「う」


 まずい、死ぬ、死ぬ。


「……来た」


 ディアの真横から、閃光が走る。それを追うように、黒い機体が飛んだ。


 圧倒的。その三文字。

 そうとしか、言えない。

 ボスのミサイルを真っ向から迎撃し、懐に潜りながらビームを撃ち響かせる。黒い機体の低空走行(ホバーダッシュ)はまるで、アイススケートを滑るようで。

 ボスの捕捉は間に合っている、そのはずなのに当たらない。まるでムービーを見ているようだ、人間業だとは思えない。

 このゲームの熟練者は、誰でもあんな動きができるのか? なら僕はこのゲームやめるぞ、向いていないから。


 彼がミッションクリアを導き出すまでに、残り二機は間に合わなかった。


 ほっ、と一息つき、ヘッドホンを取る。そうすると、雨音が響いていた。その中に混じる、雨音よりも大きな音。

 雷、かな?


 ゴンゴン、ゴンゴンという音だ。掃き出し窓から聞こえている。誰かが、叩いているのか? え、誰?

 結構な恐怖心に駆られつつ、確かめないと逆に怖いと思い、勢いよくカーテンを開いた。


 そこには、ずぶ濡れになった菫さんが立っている。必死な顔だ。


「っ!?」


 無意識に掃き出し窓を開けた瞬間、菫さんの姿が消えた。それだけではない、妙に首が冷たく、圧迫感がある。


「ぐっ……ア!?」


 手、手か? ずぶ濡れになった、毛むくじゃらの手が僕の首を掴んでいる。腕の先には、狸が居た。腕だけが以上に長い、二足歩行の狸。


「ケケッ」


 と奇妙に笑う、狸。妖、怪だ。首吊(くびつ)(たぬき)。生まれながらにして、人間を殺す習性を持った、危険な妖怪だ。よりにもよって、菫さんの幻覚かよっ!


 首吊り狸さんの手が膨れ上がると同時に、少しずつ僕の体を浮かせていく。無理やりその手を剥がそうとするが、力が強すぎて、離せない。

 爪先立ちから、ついに僕の体は宙に浮いてしまう。


「やめ、やめてく、は、はな、離っ!」


 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい! 視界が端から黒く染まっていく。星空一つない空が広がる、光を押しつぶしていく。

 意識が保てない、顔中から血が噴出しそうだ、目が飛び出そうだ、顔が、破裂する!


「王雅に……触れるでないわッ!」


 突然鳴り響いた雷と共に、突然僕は尻から地面に落ちる。痛てぇ、尾てい骨折れた。絶対折れた。息が整わない、だが首に巻きついた腕は簡単に剥がせた。


「ずびれじゃん……?」

「すまぬ、遅れた」


 彼女はまるで、体重なんて微塵も無いかのように、屋根から軽やかに飛び降りて僕の前へ来る。


「よかった」


 僕を抱きしめて、そう言って。


「ありがとう、ございます」


 僕はそれしか言えなくて。


 ただ胸だけが、どくんどくんと高鳴って。

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