表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来への叙事詩  作者: 妖叙 九十
第二章 中学生の叙事詩
4/13

第四話 妖怪デート

 揺さぶられている。誰かに。

 もう少し寝ていたい。後少し……五時間くらい……。


「起きるのじゃ王雅! もう九時じゃぞ!」

「後五時間……」

「たわけ!」

「たわけで結構ですー。不登校の良い所は、いつでも好きな時に寝られる所なんですー」


 毛布を引っぺがされた。夏だから関係ないもんねー。


「むむ……そうじゃ!」


 ジャーッ、という音がした。うっ、まぶしい! カーテンを開けられた! 僕の正体が吸血鬼という事にいつ気づいたんだ! という冗談はさておき、引きこもりの僕に日光はきついのだ。


「わかりました、起きます、起きますから。閉めてください」

「うむ……じゃが、たまには日の光を浴びんとだめじゃぞ?」

「はいはい……」


 出会ってから一週間、彼女も遠慮を失ってしまった。今や勝手に家に入ってきて、僕を起こしてくる。おかげで全裸で眠れない。とても暑い夜、全裸で寝たいと思う事だってあるのに。男心を分かっちゃいないね。


 起き上がった僕は菫さんに手を引かれて、洗面台へやってきた。顔を洗い、歯を磨く。その後は料理だ。今日のレシピはー、いつものだ。

 慣れた工程を、作業のようにこなして、料理を食卓へ運ぶ。


「ふー、やっと朝ごはんじゃ……あぁ、いつもの何じゃな。ご馳走になっている身ゆえ、何も言わぬが……」

「だってこれしか残ってないんですもん」


 僕は毎日同じ食べ物でも、大丈夫な性質だ。


「買い物に行けば良いじゃろう? 金は支払ったはずじゃぞ」


 菫さんは食費をくれている。鬼獣を倒して得たお金だと言うが、くれる額が結構凄い。中学生の僕にも目に見えてわかるほど、お金をくれる。食費の何倍もだ。銀行に預けに行こうにも、勝手がわからないし、外に出たくない。だからタンスに隠してある。使う事は無い、外に出たくないからだ。

 つまり、外に出たくないのだ。


「僕はどうにも、外に出るのが苦手なので無理です」

「じゃあ食材が尽きた時はどうするのじゃ?」


 どうしよう。庭に生えてる雑草でも食うかな。


「よし、決めた。今日は買い物に行くぞ」

「でも菫さん、買い物はできないでしょう? あなたが売り物を持ったら、それがいきなり浮いたように見えるんです。問題になりますよ?」


 人の目にも、監視カメラにもそう映る。そんな騒ぎを起こしたら、崩術師にお仕置きを食らうぞ。結局ご飯は食らえないのに、お仕置きだけ食らうぞ。僕もまとめて食らうかもしれん。その時にはもう、腹ペコなのに。


「王雅も行くのじゃ。妾がついておる、怯える事は無いぞ」


 料理を口へ運ぶという、機械的な動きを止めてしまった。あ、やばい、嫌だ。


「食べたらすぐ行くぞ」

「む、無理です」


 あ、いい事を思いついた。菫さんが妖怪の世界へ帰って、そこで食材を手に入れて戻ってくる。少々特殊な食材だけど文句は言わない。


「妖怪の世界に帰って……」

「でぇと、と言うんじゃろう? 妾もやってみたいと思っておったのじゃ」

「え……デート? デート、デートですか」


 始めてだ。デートするのは始めてだ。どうしよう、ちょっとその気になっちゃった。しかもこんな美しい幼女と。幼女。幼女……いや、待つんだ僕。長内王雅よ。

 中学生が、小学生にしか見えない子とデート?

 どこの世界の中学生が喜ぶんだそんなの? いや、喜ぶ中学生も居るんだろうけど、僕は特殊な中学生ではない。平凡な中学一年生だ。しかし、妖怪という事は、年齢は僕よりも上だろう。

 じゃあいいのかな、いいよね。


「行きますか」


 ってやり取りを、僕は死ぬほど後悔した。


 炎天下、気温は三十五℃。頭の上で焼肉が出来そうな錯覚。

 僕が暑さに苦しみ喘いでいたとしても、彼女は涼しい顔をして隣を歩いている。真っ白な肌には、汗一つ無い。考えてみれば、彼女の髪の毛は白い。肌も白い。小紋も黒い部分は薄い。

 つまり、光を反射しているのだ、だから涼しいのだ。


 対して僕は、引きこもりだけに肌は白いほうだけど、髪の毛は黒いし、衣服も黒い。


「ずるいですね菫さん」


 引きつったように告げると、彼女は思案の表情を浮かべた後に、「何がじゃ?」と言う。わからないならいいんだけど、と思いながら、まとまった髪に触れて確かめてみる。


「いきなり何じゃ!?」


 あれ、凄く柔らかい。これでもかというくらい嫋で、よく見ると淡々しく青紫色がかかっている。いや、調べたな、この色は菫色だ。

 白色と菫色を混ぜ合わせたような髪、グラデーションによって染まっていく純然たる菫色。その髪のどこを触っても、違和感一つない。

 染めているわけじゃなくて、地毛なのか。


「いつまで触っておるのじゃ!」


 ここまで人間にしか見えない妖怪は彼女が始めてだ。なるほど、確かに菫さんは鬼だ。そうでなくては、あり得ないほどに完成されている。人間にしか見えないが、人間ではあり得ない。


「王雅!」

「は、はい?」

「れでぃの髪の毛を不用意に触るでないわ」

「は、はぁ」


 そういえば、太陽光を遮断しているかどうか確かめるために髪の毛を触ったんだった。感触、温度ともに覚えている。彼女の髪は、それなりに熱がこもっていた。


 僕は自分の手を見て、不思議な気分になる。

 一体僕の心に何が芽生えたのかはわからないが、悪い気分じゃなかった。


「ほんっと、変な奴よの。崩術師は変わり者が多いと聞いたが、それにしてもお主は変じゃ」

「いえ、僕は崩術師じゃないですよ」

「む!?」


 菫さんは大層驚いた様子で、足を止めた。何かを言いかけ、それすらも止めて、僕をジッと見る。


「え、僕そう言いました?」

「……いや、何でもないのじゃ」


 僕はそう、崩術の一つも使えやしない。お父さんは崩王という異名を持つくらいの凄腕の崩術師だったが、僕が崩術を教えてくださいと頼んでみても、教えてくれなかった。七愛のおじさんもおばさんも、教えてくれなかった。お父さんは僕が崩術師になるのは反対だったようだ、だから誰も教えないように根回しをしていたのだろう。

 崩王の息子たる僕が、崩術師ではない。妖怪からすれば、理解できない話かもしれない。いや、そもそも家族というシステムが無いから、疑問に思わないかな?


 妖怪は、どこから生まれて来るのかわかっていないからなぁ。家族という概念が無いのだ。どこから生まれたかわからないという点では、僕と同じだ。明確に違う点としては、僕の体は成長するが、妖怪の体は成長しない。いつまで経っても同じだ。

 だから僕は妖怪ではないと思う。人間だ。どっかの最低崩術師の親が、僕をあっちの世界に捨てたんだ。

 それも、妖怪たちが居るような安全地帯ではなく、鬼獣がさ迷うような危険な場所に。


 妖怪に連れ去られたのかな、とも考えたけど、それは多分違う。何にも得しない。


「すまぬ、何でもないのじゃ」

「え? あぁ、はい。行きましょうか」


 菫さんが気を使うほど、僕は思いつめた顔をしていたのだろうか。確かにお父さんの事を思い出したけど、なぜだか、悲しくはならない。


 そのまま無心で歩くと、スーパーにたどり着いた。小太りの主婦が自転車に乗り、僕とすれ違った。何だか見られていたような気がする。


 自動ドアをくぐり、中に入る。昼間だと言うのに、やけに人がたくさん居た。すれ違う人が僕を見ているように感じる。


 えぇと、何を買うんだっけ、考えがまとまらない。みんなが僕を見ている気がする、視界が揺れている。ぐらぐらぐらぐら、不安定に、歪む。


「あれ、長内じゃねぇの?」

「おい! 長内!」


 心臓が一度、ドクンと跳ねた。気づくと走っていた。カートも、菫さんも置いて。


 嫌味な汗が吹き出し、心臓が何度も内側から答える。聞いてもない事を何度も答える。気が付くと、人っ子一人居ないような、路地裏に僕は居た。

 お、お父さんに相談しよう、わからない事は大体お父さんが知って、いる。


「大丈夫か!? 顔色が悪いのじゃ!」


 お、お父さんに、お父さんはもう、居ない?


「は、ハッ! フッ、フ、フッ!」


 くるし、息が出来な、誰か助け。


「どうしたのじゃ!」


 う、どうにか、何とかして、誰か、お父さっ!


「大丈夫じゃ、妾が居る」


 力強く、抱きしめられた。だけどその体は小さくて、むしろ花のような匂いこそが僕を抱きしめているようで。


「菫さ、ん」

「よいよい、しばらく動くでない」


 僕を抱きしめる力が次第に弱くなっていき、もう抱えていると言ったほうが正しいくらいだ。体重を菫さんに預けて、眠るように目を閉じた。


 三分ほど、何も考えずにそうしていた。いい加減頭を上げると、「もう大丈夫かの?」と菫さんが問う。不安そうな瞳を揺らし。

 僕は大丈夫です、と伝えると、彼女はそっと手を離した。


「どうする? もう帰るかの?」

「いえ、行きます。ありがとうございました」


 僕が立ち上がると、菫さんもスッと立ち上がった。歩き始めると、菫さんも歩き始める。僕の隣にビタッとくっついて離れない。

 その上、彼女は手を握ってきた。


 それだけで、何だか頑張れる気がした。


 僕たちは手を繋いだままスーパーに入り、左手に買い物かごを、右手に菫さんの手を持ち、商品を探す。


「王雅、これは何じゃ?」

「お菓子ですね」

「これは?」

「お菓子です」

「じゃあこれは何じゃ?」

「ここはお菓子コーナーなので、お菓子しかないです」


 周りから見れば、とても変な奴だろう。独り言をブツブツ言ってて、頭がおかしいと思われているに違いない。でも、それでもよかった。

 菫さんが手を握っていてくれたから。


「随分たくさん買ったのぅ」

「しばらく出かけたくないので」

「何じゃ、克服したんじゃなかったのか?」


 そんなわけない。できればもう、二度とごめんだね。


 それから僕たちは、何事もなく家に帰り、夕飯後に彼女は帰っていった。


 僕はご飯を作りながら、一種の寂しさを感じていた。今までこんなに寂しいと思った事はなかった。お父さんが居なくなってしまった事を、しっかりと認識してしまったからか。

 それとも、単純に菫さんが居ないからなのか。あるいは両方か。


 僕にはわからなかった。それでもただ寂しくて。

 それでもやっぱり、菫さんの事が気になって。


 何なのだろうか、わからない。

 菫さんの事も、よく知らない。

 気になるという事だけが、はっきりとわかった。


 空に浮かぶ、寂しげな月と同じように、はっきりと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ