第一話 オペレーション・インセクト
小学五年生の昼休み。
給食によって満たされた腹も関係なく、みんなグラウンドや体育館に遊びに出る。女子は教室でキャーキャー騒いでるけど……サッカー、誘われたけど僕は行かなかった。
だって満腹なのに運動したら気持ち悪いじゃん、何でみんなあんな遊べるのだろう。
今日は暑いし、教室すら光で白いし。
「よ、王雅」
「よ、アキラさん」
僕の名前を呼ばれた。アキラさんだ。
「先生、遠いとこに行くんだって。転勤、って言うんだっけ」
先生転勤しちゃうのか。ヒゲで少しハゲてる先生だ。今年から担任になったから、特に仲良くもないからなぁ。
「担任変わるんですかね、誰になるんでしょう」
うーん、藤原先生がいいなぁ。きれいだし、優しいし。
「そんな事より、さぁ? 俺らでプレゼント贈らね?」
「と、いうことは」
教室組の活動だ!
教室組は、昼休みに外や体育館で遊ばず、ひっそりと教室に漂うワカメみたいな組なのだ! 僕みたいな人たちを、日陰を好む、っていうんだっけ。教室組メンバーの長内王雅こと、僕もその一員。
アキラさんがリーダーだ。
といっても、全部で二人なんだけど。僕たちしか居ないんだけど。
「何を贈るかは決まってるんですか?」
「あぁ、やっぱ先生の好きなものと言えば、アレだろ」
アレ。アレか……僕の大嫌いな虫だ。大嫌いだ、キモいから。本当キモい。好きな人には悪いけど、ほんとキモい。
何だって、あんな足がいっぱいあるんだ。何か、生物って感じがしないのがよくない。
「どんな虫にするんですか? カブトムシとかは、山とか行かないと居ないと思いますけど」
「それがさぁ、丘あるだろ? そこで見たんだよね俺……すげぇの! 角の無いカブトムシ!」
それって。
「メスじゃないんですか? メスって確か、角が凄く短かったと思いますよ」
「いや、デケーんだって。メスは小さいだろ? でも、そいつはデケーんだよ」
それってでかいメスなんじゃ……ま、レアな虫なら先生は喜ぶだろうからいいか。
「じゃ、早速行きます?」
「そだな。オペレーション、インセクトだ!」
「何ですかおぺれーしょん、いんせくとって」
「虫取り大作戦みたいな事だよ」
アキラさんの後を追い、教室から出ようとするその時。僕は立ち止まった。七愛が、これでもかというくらいびっくりした顔で僕を凝視していたから。今更僕を見て、何を驚くことがあるのだろう。幼稚園の時からずっと一緒なのに。
「王雅くん、お外出るの?」
「そうですけど、七愛もいかがですか?」
「私は絵描いてる途中だから、また今度ねっ!」
僕たちは教室組なんだから、また今度なんてないよ。今日は例外だから。
「ところで、何描いてるんですか?」
普段絵なんて描かないから、少し気になってそう質問すると、七愛は「んっ!」と言ってノートを差し出す。
薄いピンク色の髪に、両目が隠れるように眼帯をした女の子だ。服装はコート……何だろう? 何かのキャラかな?
と思ったら、右上に名前みたいなのが書いてある。
無、無眼、かな?
「無眼、って何ですか? 何かのキャラですか?」
「え? これ、無眼じゃなくてっ」
「王雅、いつまで話してんの。行こうぜ」
そうだった。
「それじゃ」
七愛に手を振り、僕は教室を飛び出した。
あれ、無眼って読むんじゃなかったのか。最近目が悪くなってきたなぁ。ついにメガネデビューだろうか。似合うのかな、僕にメガネ。
少し不安。
「王雅、七愛と何話してたんだよ」
「絵を見せてもらっていただけですよ」
何だろう、アキラさん、少し怒ってる、のかな。ま、女子と話すなんて普通じゃないのが普通だ。僕だって七愛以外の女子とはあんまり話したくない。バカにされるし。
でも七愛とは、幼稚園からずっと一緒で、小学校に入ってもずっとクラスまで同じだ。だから仲が良くてもバカにする奴なんて居ない。
「あぁ、時間あんまり無いな。急ごうぜ」
「はい、早歩きで!」
走ると先生に捕まる、昼休み終わっちゃう。怒られる、やだ。だから早歩きでいい。
そうこうして下駄箱で外靴に履き替えて、外へ駆け出る。
「うっ」
アキラさんも元気で行動的だけど、どうやら太陽の光が嫌いらしい。わかるよ。
体育館でも遊ばないのは、人が集まってできたモアッとした暑さが嫌だかららしい。
にしても、暑いなぁ。夏は嫌いだなぁ、虫がいっぱい出るし、暑いし。
さっきまでの早歩きが嘘だったみたいに、僕たちはうだうだと歩く。
丘に到着しても、うだうだと探す。
「居ないなぁ、王雅、そっちはどうだ?」
「い、居ませんね。居ません、僕も居ません」
「は?」
見てる。すげー見てる。僕たちのこと、ジッと見てる。すごく怖い。
丘の後ろ側にある山に、ドでかいのが、僕たちのことジッと見てる。なんだあれ……どっかで聞いた気がする。
あの赤い四つの目、毛が一本も無い体、両方に一本ずつ、胸から一本の腕で、合計三本。足も同じように、股から三本目の足が生えている。
名前は確か、キムナイヌ。
お父さんに聞いた、最近出没しているから気をつけなさいって。あれは、あの妖怪は、人を何人も、食べてるって。お父さんは悪い妖怪と化け物の鬼獣をやっつける崩術師だ。キムナイヌは悪い妖怪のほう。どっちにしても、お父さんに報告してやっつけてもらわないと。
「あぁ~! チャイム鳴っちまった!」
「で、ですね」
早くこの場から離れたい。間違いなく僕を狙ってる。多分、見えるのがバレたんだ。アキラさんや他の人は妖怪が見えない。僕が今まで出会ってきた中で、妖怪や鬼獣が見えるのは、お父さんと、七愛と、七愛のお父さんとお母さんくらいだ。でも、僕や七愛じゃ絶対に勝てない。
今は何も無かったように、教室に帰るしかない。
「そういや、今日の給食、パンとジャムだったな……」
ぼそっとアキラさんが呟いた。確かに、そうだった。
「俺、ジャム残したんだよね。帰りに木に塗っといてさ、夜になったら幻のカブトムシ出てこねーかな?」
「それって、夜になったら学校に来るってことですか?」
「うん、こっそりな。お前もどう?」
危険すぎる。子供が一人で出歩いてたら、間違いなく食べられちゃう。
「だめですよ!」
「は? 何怒ってんだよ?」
「だって、危ないじゃないですか。一人で夜に出歩くなんて」
「お前は母ちゃんかよ」
アキラさんは僕の肩を軽く叩いて、早足で教室まで入っていった。
僕もそれを追いかけながら、何度も説得したけど、アキラさんは聞き入れてくれなかった。
それから放課後、ギリギリまで説得したけどダメだった。
「七愛、グラウンドの妖怪、気づいてました?」
帰り道が同じな七愛と、家までの道を歩きながら話す。帰り道が同じと言っても、隣の家だけど。
「ううん? でも妖怪なんてどこにでも居るよ?」
「いや、明らかにヤバそうなのが居るんですよ。多分、キムナイヌさんです」
七愛は首をひねりながら考える仕草を浮かべて、目を見開く。
「お母さんに聞いたかも……危ない妖怪だから、見かけても近寄っちゃだめだって。でも、学校のグラウンドに居たの……? そんなの、危険だよっ!」
「そうなんです。だから、今日お父さんに言って何とかしてもらおうと思ってます」
「おじさんなら大丈夫だと思うけど……お父さんとお母さん、今日はあっちに居るから帰ってこないって」
あっち、あぁ、ずっと夜の場所。妖怪たちが住んでいる、この世界とは違う世界、みたいな感じの場所か。じゃあ、今日七愛は僕ん家にお泊りか。いつもそうだから、多分そうだろう。
「僕はお父さんに付いていこうと思ってます、七愛はうちでゆっくり休んでいてください」
「えぇ~っ! 私一人ぼっちなの!?」
だって、危ないし。
「いやいや、でも、くまぬんが居るじゃないですか」
くまぬん、名前がいつも持ち歩いてる人形だ。明らかにパンダの人形なんだけど、何でくまぬんって名前なのかわからない。
「でも、寂しい」
「すぐ帰りますから」
そんな事を話していると、すぐに家についた。七愛はお泊りグッズを用意してくるという事で、恐らくは夕飯前くらいに来ると思う。うちに鍵なんてないから、誰でも入れるし、大丈夫だよね。
「ただいまです!」
そう言いながら僕はリビングに駆け込む。
お父さん、居た。老人とは思えないほど、姿勢を正しくして、ドブ水を飲んでいる。夕方に飲んじゃだめだってあんなに言ってるのに……。
「おや、王雅さん、おかえりなさい。まずは手洗いとうがいですよ」
「いやいやお父さん、それどころじゃないんです! 学校にキムナイヌが出たんです!」
「キムナイヌ……それは本当ですか?」
「はい。しかも、クラスメイトの友達が夜に学校に行こうとしてるんです」
お父さんは即座に立ち上がり、コーヒーを飲み干す。
「七愛さんは後で家に来るのですよね? ならば、王雅さんは七愛さんを待っていなさい」
「いえ、僕も付いて行きたいです。七愛にはもう説明してあります」
しわだらけの顔にしわが増えた。こ、怖い! お父さんが、めっちゃ怒ってる!
「だめです、王雅さんは家に居なさい」
でも、アキラさんが、危ないんだ。
一人じゃ教室組じゃ無い。
「行きます、絶対に行きます」
お父さんの顔がフッと柔らかくなる。見ただけで老人だとわかる、血管の浮き出た手が僕へ迫った。
思わず目を瞑ってしまう、が。
頭に手を置かれ、撫でられた。
「立派な息子を持てて、僕は幸せです」
「……お父さん、ありがとうございます」
お父さんと共に僕たちは外へ出る。
「王雅さんはすぐに七愛さんを呼んできてください」
「わかりました!」
僕は走る。と言っても、僕は足が遅い。
チャイムも鳴らさず玄関の扉を開けて、七愛の部屋へ走って、扉に手をかけた。
待って。
この間アニメで見たぞ。急いで女の子の扉を開けると、女の子が着替えているんだ。
七愛だって仮にも女の子、仮にも、女の子、仮にも、仮にも。
もしもそんな事になったら……。
まず七愛にぶっ叩かれる。いや、七愛は叩かない、多分泣く。そして学校で噂が広がって、僕は変態だとかスケベだとかエロエロ大魔神だとか言われるんだ。うわぁ、そんなの耐えられない。
僕はドアをノックした!
「ひぇ!? 誰!?」
「僕です、王雅です。今大丈夫ですか?」
「王雅くん! お着替えしてるから、ちょっと待ってて!」
「急いでくださいね」
ドタン!
「痛ぁ!」
ガタン!
「痛っ!」
ボトン! ガッ!
「~っ!」
七愛は本当に七愛だ。テストの点数いいのに……運動神経も凄いのに……。
「準備完了!」
バタンと勢いよく扉が開く。ヒラヒラのドレスの様なワンピースを着た七愛が立っていた。気合が入っている、凄く。何で……? ただうちに泊まりに来るだけなのに、何で学校に行く時よりお洒落するの?
やっぱズレてるなぁ、七愛は。
「じゃあ七愛、すぐにうちに来てください!」
「ん、わかった!」
すぐに察しが付いたように、僕の後を走って付いてきた。
「鍵かけ忘れてますよ」
「あ~っ!」
そんなやり取りを挟みながら、七愛を長内家まで送り届けた。
「お父さん、どうして七愛を家に入るまで見届けなきゃいけないんですか?」
「王雅さんはどうしてそんなに七愛さんへの扱いがぞんざいなのですか。他の子には随分と丁寧に接しているように見えるのですが」
それは、アレだ。何だろう。とか考えていると、お父さんが扉から何歩か離れて、地面に手を当てた。アリさんでも居たのかな。お父さんはアリさんが好きだったのか……今度虫かごに入れてプレゼントしようかな。
「崩守」
一瞬。
家を囲むように、緑色の壁が走った。
「何ですかそれ」
「崩守です。王雅さんに最も覚えてほしい崩術ですね。効果としては、人や妖怪や鬼獣などを寄せ付けないというものです。というか、誰も出入りできなくなります」
「それって、僕たちもですか? 七愛は一生、一人で暮らしていくんですか?」
「僕たちも、入れませんよ」
まさか。僕がぞんざいに扱っていたからか!? 僕のせいで七愛が……うぅ、ごめんよ七愛。一生僕ん家で暮らしていってくれぇ……あ、くまぬんも居るよ、よかったね。
「ですが、七愛さんが一人で暮らしていくことはないです。崩守の対の崩術、崩攻を正しく放てば崩守は壊れます」
正しく、っていうのはどういうことだろう。鍵みたいなものかな? その鍵穴に合う鍵じゃないと開かない、みたいな。
「それじゃあ急ぎますよ、王雅さん」
「はい」
お父さんは僕を抱えた。すごいなぁ、どこにそんな筋肉があるんだろう。ムキムキってわけじゃないのに。
「崩弱」
お父さんは額に手を当てて、そう言った。その瞬間、お父さんはチーターみたいな速度で走った。
「むごごごご」
「しばし我慢してください。今人間にあるべきリミッターを全て崩壊させて全速力で走っています。王雅さんはこの技だけは覚えないでほしいですね。使い方次第ですが、負担が大きすぎますので」
言ってる意味がよくわかない! 怖い、おしっこもれちゃいそう! ごめんなさいお父さん、おしっこもらすよ! 今にも!
「王雅さん、これを持っていてください。お札に崩込を施しておきました。危険が迫ったら、これを相手に貼り付けてください」
「わがががりました」
「着きました。王雅さん、キムナイヌさんはどこに?」
胸騒ぎがした。僕は指差しながら、急いでグラウンドへ走る。
そして、見えた。
大きな影が、小さな影をつまんでいる姿を。
「あ、アキラ、さん……!」
「王雅さんはここに!」
お父さんは飛んだ。飛んだと言っても、地面を蹴って、急な雪道を滑るスキーみたいに物凄い速度でアキラさんへ向かっている。キムナイヌさんもそれに気づいて、アキラさんを放り投げてお父さんへ迫る。アキラさんが、ヤバイッ!
お父さんはキムナイヌさんの腕を抜けて、アキラさんを空中で抱えた。かと思えば。気づいた時にはもう、僕の目の前に居た。気づいた時には僕も走っていたんだ、お父さんと、アキラさんのほうへ。
「王雅さん、彼と共に逃げてください」
「はい!」
お父さんが優しくグラウンドの中心へアキラさんを落とす。持ち上げるぞ、よし。
「うぉっ」
重、重い。アキラさん、背丈も体型も僕と同じくらいなのに、こんなに重いんだな。って事は、僕もこれくらい重いって事か。
なら、持てる。僕はこの重さを動かしているんだから、持てるはず!
「おぉお!」
頑張って、踏ん張って、持ち上げる。そしてゆっくりと走る。後ろは気にしないで、お父さんを信じて、走る。学校から出て、薄っすらと覚えてるアキラさんの家への道を走る。
その内、一人の女の人が必死な顔で走ってきた。
「アキラ!」
お母さん、かな。
「あなた、長内くんね!? どこでアキラを!?」
「え、ええと、学校で」
僕はそう言いながら、アキラさんをアキラさんのお母さんへ渡す。アキラさんのお母さんは、軽々しく抱き上げた。凄いなぁ。
「この子ったら、探さないでくださいなんて書き起きしてっ……」
アキラさん何してんの。ドラマで見た事ある、それって家出する時に書く奴でしょ。夜中にこそっと抜け出すんじゃなかったの? アキラさん、本当、何してるんだ。
「ほんとに馬鹿な子なんだから」
アキラさんのお母さんは、静かに泣いていた。大人が泣いてる所なんて、初めて見た。僕は何か居心地が悪くて、一回頭を下げて、来た道を戻る。
同じ景色を見ながら、戻ってきた。
「王雅さん、よくやりましたね」
「あ、はい。もう終わりましたか?」
お父さんは校門の前で待っててくれていた。何だ、終わってみればあっさりしたものだったな。
「あ」
言葉が浮かばない、お父さんの後ろに、僕の前に。
居る、溶けたアイスみたいに、ドロドロになったキムナイヌさんが。
伝える暇なんて無い、考えてる暇なんて無い。体が動く、ポケットに手を突っ込んで、お札を握りつぶして、キムナイヌさんに投げつける。
僕の動きを見たお父さんが、すぐに振り返って構えた。と、同時にお札がキムナイヌさんに当たって、眩い緑色の光を放つ。
「崩極!」
お父さんの両手から飛び散る光に、僕は目を瞑ってしまう。
「王雅さん、もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「は、はい……お父さん!?」
お父さんが両手を地面につけて、めっちゃ具合悪そうな顔してる! 一体どうして!?
「ま、まさか、さっきのホウゴクって術のせいですか!?」
「いえ、崩弱のせいですよ。大丈夫ですので」
そう言いながらお父さんは、携帯電話を取り出していた。誰かに電話をかけて、迎えを呼んだようだけど、タクシーではないみたいだった。たまぁ~に呼ぶあれかなぁ。
日本の偉い人に電話して、戦いで壊れたものとかを修理してもらうんだ。後は妖怪や鬼獣を見た人たちから記憶を消すだとか。お迎えにも来てくれるけど、お父さんはあんまり呼ばないなぁ。今回は呼んだんだろうけど。
「王雅さん、今回は怖かったですか?」
「え?」
いきなりお父さんがそんな事を聞いてきた。
怖かったか、で言えば。うん、怖かった。怖い見た目をした妖怪でも、僕に優しくしてくれた妖怪たちはたくさん居た。だから見た目とかじゃない。
あの、人を食べた妖怪特有の表情や、雰囲気が、凄く怖かった。
「怖かった、です」
「崩術師になると、今回のような事ばかりです。少しでも油断すれば、死んでしまうかもしれません」
お父さんの目は本気だった。僕の目をしっかりと見て、言っている。
「王雅さんは将来は崩術師になりたいんですよね。今回のような目にあっても、それでもまたなりたいと思いますか?」
正直言ってあんまり思わないなぁ。怖かったし、強いお父さんでもこんな風になっちゃう。うん、思わない。やっぱりやめようかな!
「思いません! 崩術師はやめます!」
「はははは、王雅さんは素直でいいですね。僕はてっきり、王雅さんが本気で崩術師を目指しているんだと思っていましたよ。僕も老い先短いものですから、心配で心配で」
お父さんは「でも」と言って続ける。
「王雅さんはきっと、僕の考えも及ばぬような成長をするのでしょうね。そんな予感がするんです」
「いやいや、普通に働いて普通に結婚しますよ」
「僕の予感は当たるんですよ」
大人になった僕、かぁ。
何か自動的にサラリーマンっていうのになって、自動的に女の人と出会って、自動的に結婚するんだろう。そして自動的に子供が生まれて、自動的にお爺さんになって、自動的に死ぬんだろう。
よくわかんないけど、きっと普通だと思う。
「結婚、ですか。王雅さんは七愛さんと結婚するんですかね」
「しないと思いますよ、七愛は子供ですし」
「いえ、王雅さんが大人になったら、七愛さんも大人になりますよ?」
そうかなぁ。七愛はずっとあのままだと思う。大人になった七愛なんて想像できない。
「僕がどうなって居ようと、王雅さんが結婚した際は、お祝いしますね」
「ありがとうございます?」
よくわかんないけど、お父さんはこれからもずっと居てくれるんだろう。居なくなるなんて想像できない。死んだりする気がしない、お父さんは崩術師の中でも一番だと言われているし、無敵な気がする。
「あ!」
黒いのにテカテカと光る体、角の代わりに生えた触角! 足にとげとげもある、間違いない!
「幻のカブトムッ」
「うわぁ! ゴキブリじゃないですか! 居るはずないのに!」
ゴキ、ブリ?
何だろうそれ、まぁ、居るはずないって言ってるし、珍しいんだろう。
先生、喜ぶかな。